第七十一章 聖王都奪還戦④ 魔女アリエス
こちらの戦力も回復し、遂に本陣での戦いが始まった。
とはいえ、今の聖王都はもう戦闘施設も残っていないただの街だ。あの巨大ボウガンもない。街の外に要塞を築いただけで中はほぼ市街地だ。人間がこんなところを守る理由が一ミリも浮かばないのが不気味だ。橋頭保とはいえ、あまりにも備えがなさすぎる。
敵の兵力はほぼ魔素兵器だな。今までのように街を駆けずり回るのではなく神殿のあった登頂に陣を敷いている。正直コレも不可解だ。袋のネズミどころか背水の陣だ。これに何の意味がある? 援軍が来るにしてもこの死地に留まる理由はなんだ?
開戦の口火を切ったのはアリエスだった。いままでのシスターのような出立ではなく魔女のような風体だ。タウラスを変化させた巨大な一つ目の魔女ハットに白のブラウスとタイトスカートだ。それにマント。ローブではなく動きやすい格好だな。
そのタウラスの一つ目が怪しく輝くと敵の陣営が崩れ出した。
なんだ? 敵の後衛が前に出てきている。本来ならヒーラーを安全圏に移動させるはずの魔素人形が突撃してくる。それを止めようと魔剣機体も前に出てきている。流石にあの密集した魔剣機体は崩せないと思っていたがこうなると話は別だ。俺も前に出る。
味方の髑髏部隊の魔法攻撃も始まったな。突出した部隊の奥を攻撃してその穴を閉じさせないようにしている。完全に穴だな。その間にも敵の後衛がこちらに突撃してくる。これは流石に人間の作戦ではないな。思うにタウラスの魅了か。あれを視線にすることで魅了を遠くの敵に利かせている。そんなところか。だが次第にそれが収まりつつある。人間のヒーラーが加護を展開している。魅了に対する抵抗か。流石に神の加護というだけあって悪魔の魅了にも抵抗できるのだろうな。
こっちは突出してきた魔剣機体をタコ殴りにしているがこちらも様子がおかしい。明かに動きが鈍い。これは類推するまでもなくわかる。アリエスの魔素の支配だ。滞留魔素も同時に使っていたようだがこちらはコクピットに加護が満ちて無効化されたようだな。
俺は誰も取り付いていない魔剣機体に肉薄する。今はコイツラの数を減らすのが先決だ。動きが鈍っている所を脇差で首を狙う。この状態なら素直にコクピット狙いだな。壊れるまで殴っていては日が暮れる。だがそれは突撃してきた他の魔剣機体で防がれた。
不意を突かれて飛びのいてしまったが威力もクソもないただの体当たりだったようだな。そのまま崩れ落ちるがどちらの魔剣機体も中の人間が出てきている。思い切りのいいパイロットだな。使えない機体は即座に捨てるか。捨て身かとも思ったがそれを魔素人形が連れ去っていく。ヒーラー付きだ。ヒーラーが加護を展開してアリエスの魔素の支配を妨害している。これはマズいな。前に出てきたヒーラーが加護の展開を始めたら魔剣機体が通常状態に戻ってしまう。狙うのはコイツラか。初見殺しをこうも早く破ってくるとはな。
俺がヒーラーを追いかけまわしているとアリエスが弓矢の標的になっている。連結したトゲ棍棒で捌いているが流石に数が多い。前に出られずに下がってきているな。俺が盾を使おうと思ったがアリエスの前に魔素の盾が出現する。シノだな。同時にミサイルウェポンを軽減する魔素膜も展開している。今回は珍しくサポートに回っているな。多分だがシノも感じているのだろう。人間の手札がこれで終わるわけがない。切り札は必ず切ってくるだろう。それに対抗する切り札はシノ自身だ。
シノと言えばそれこそ弓矢の時、メタ的に言えば第三十八章の弓矢回。シノの言う神だけが他のキャラの言う神と違っていた。
シノ以外が神と呼ぶ存在はあの代弁者で間違いないだろう。何かの目的があり自分以外を見下したあの態度だ。
だがシノの語る神は違った。「理の外にいるもの」。異世界人である俺が神であるかもしれないと。
明確にシノだけが神の概念が異なる。少なくともシノのいう神は代弁者ではない。
シノの言う神こそが代弁者ではない真の神か? だが外の世界の神では代弁者の語る神とも違うだろう。
代弁者の語る神と、シノの言う神は違うものだ。取り合えず分けて考えるべきだな。
俺はヒーラー付き魔素人形を纏わせた魔剣人形を捌きながらそんなことを考えていた。敵は流石にアリエスをガン狙いだな。その構成で突撃は悪くない案だが、それを通すほどこちらも甘くはないぞ。ヒーラー付き魔素人形を叩き切ると動きの鈍った魔剣機体に脇差を差し込む。確実にコクピットを刺し貫いたな。
ここ以外も攻勢に出ているな。アリエスがタウラスの魅了で後衛職を抑えているおかげで回復が間に合わず人間側が崩れ始めている。髑髏の魔法で魔剣機体が崩れている。加護の装甲が消失しているな。ああなれば前線を張るのは無理だろう。無理にでもアリエスを潰しに来る理由はわかる。
しかし、ヒーラーでデバッファーで遠距離ヒーラー潰しに近距離戦最強のアリエスは本当に存在がチートだな。確かに近距離戦を仕掛けて他の機能を停止させる以外に術がない。ああそうだった。この上最高のヘイト稼ぎの遠距離広範囲タンクというありえないスキルも存在しているのか。弓兵の攻撃が全てこちらに集中していると見ていい。
これからこの物語タイトルは「元聖女の魔物に堕ちた魔女アリエス~人間の皆さんごきげんよう私は元気です~」に改名しよう。
流石にこの局面は俺も攻めずにアリエスの防御に回っている。魔物側はアリエスが居れば安泰だ。弓矢のヘイトもだいぶ外れだしたな。もうアリエスを狙っている場合でないのだろう。こちらも前進できる。
だがあまりにも上手くいきすぎている。ゴブリンたちも今の状況で攻めに入っている。俺達の周りの魔物が居なくなり始めたな。
「アリエス。広域に魔素を散布できるか? 滞留魔素ではなくただの広域散布だ」
「はい。できます。今すぐですか?」
「頼む。嫌な予感がする。魔素の流れで敵を炙り出せるかもしれん」
アリエスが二つ返事をすると蛇足で視界を上げ操作された魔素を広範囲に設置していく。ビンゴだな。やはりというか間違いなく奴らだ。魔素の流れがまだらになっている。この動きを見るに狙いはシノか。アリエスを狙わずにシノに行くという事はこの戦い自体がシノを狙っていたのか? 少なくとも現状の最強カードであるアリエスを狙わずに切り札のシノを狙うという事は間違いなく第二陣は来そうだな。
「シノ! 赤髪をこちらに乗せろ!」
「わかった。奴らか?」
「だろうな。つくづく縁のある奴らだ。あの時の再現だな。味方はほぼ前進している。今回の狙いは確実にシノお前だろうな」
「またアレか。だが今回は私も万全だ。迎え撃つか?」
「いや、逃げ回ろう。今回人間がこんな場所で背水の陣を敷いているのは理由があるだろう。その理由がお前の気がしてな。魔王城を破壊したネームド髑髏を屠れるならこの程度の損害は安いものだろう」
「私も有名になったものだ。それで配下の王牙よ。今回も主君を守る気はあるか?」
「当然だ。俺は髑髏の王の牙。王牙だからな。取り合えず人間の手札を知りたい。髑髏の王に無策で近づくとは思えんからな」
「わかった。最悪黒髑髏を囮にしよう。欲を言えば温存したい所だがな」
「やはり人間に短槍は当たらないな」
俺達は動き回りながら人間を削っていく。
「そうなのか?」
「ああ。魔素人形が如何に大きかったのかを痛感する。加護の有無も大きい。当たった所で怯まない。追撃はほぼ当たらないな。範囲魔法と言いたい所だがその予測も難しい。後衛職なら当てられるが前衛職は今でも厳しいな」
「確かに髑髏は詰められた時点で有利は相手側か」
「そうだな。やはり髑髏は後衛職。流れを読んで魔法を使うのが望ましい」
「この戦い方はそれだけで不利か」
「それもあるが王牙。お前の動きが敵以上に読めない。下手に魔法を放つとお前に当たるからな。・・・そうだな。敵を吹き飛ばすなりなんなりで距離を取って動きを止めてくれ。それに私が追撃する。マーキングがその合図だ」
「わかった。やってみよう」
俺は丁度良くやってきた盗賊風の人間を空ぶって下がらせるとその背後に大地の支配で石柱を建てる。こんなものは神の加護で当たった所でダメージはない。だがその動きは止まる。俺の間合いの外だ。相手も安心しているだろう。そこにシノのマーキングが出ると短槍二十連発が追撃して瀕死にする。
「この方が効率がいいな。当たらない魔法を撃つよりも有意義だ」
俺が軽口を返そうとしたが加護の隠蔽が途切れてそちらに集中が向く。さっきの盗賊風を回復するために解除したのだろう。ざっと二十人か。
「やはり奇跡の術か。美談だが片付けさせてもらおう」
盗賊風を蘇生しようしたヒーラーにシノが止めを刺す。短槍ダブルの四十連発だ。
これならこちらも攻勢に出られるな。だが流石精鋭というべきか即座に撤退に移る。やはりあの隠蔽の加護が要だったのだろう。
ほっと力を抜いた途端後ろからぞっとするような視線が飛んでくる。タウラスの魅了の視線だ。それに当てられて精鋭が戻ってくる。いやいやいや強力過ぎるだろ。それに俺にも掠ってるんだが。俺はヘイトのない安全な状況で精鋭を切り飛ばしていく。トドメはシノだ。やはりヘイトコントロールは重要だな。あの精鋭が一瞬で壊滅だ。しかもアリエス達は遠く離れた前線に居る。魅了を視線にすることでその威力と射程がとんでもないことになっているな。もはや次世代の新型タンクだな。
アリエスは魔女になっても新型の地上を走る地上戦艦なんだな。もはや聖女がどうこうではなくアリエス自体がイレギュラーだ。流石は俺を圧倒した女だ。魔物に与してもその輝きは変わらないな。




