第七十章 聖王都奪還戦③ 神の
俺はどこかの寝室で目を覚ます。
ようやくレオとの繋がりが出来たと思ったらこの寝室だ。人間に囚われてクッコロではなく単純に救出作戦だったのだろう。
特に拘束もなく傷の手当てもしてある。それにしても不用心だ。監視もついていないのか?
レオは、いやこの体は人間の世界に籍があるのだろう。しかしあの大虐殺をやった人間だ。
人間視点で見るとすれば。魔王の心臓を受け入れ、魔に目覚め人間を大虐殺。その後魔に堕ちここまで来たが、人の心を取り戻して魔剣機体で善戦。俺に敗れて放置されていた所をここの人間達が救出。と言う所か。この体には魔王の心臓のほかに神を降ろした証である施された肉体もある。まだ完全に魔に堕ちたと判断するには早いという事か。
それにしても一人でベッドに寝かすか? 何か決定的に人間が信用する何かがあったはずだ。レオに繋げなかった時間に何があった?
俺は竜翼を展開する。これは問題ないな。十二枚全てを使える。
俺は八本足の蜘蛛スタイルで屋根の上を飛んでいる。どうやらここは聖王都で間違いない。その内部だ。外は要塞化していたが中はいたって普通の街並みだ。前回の戦いも巨大ボウガン以外は戦闘を前提としたつくりではなかったな。今は神殿もなく攻撃目標となる施設が見当たらない。ここを潰せば勝ちというわかりやすい戦いにはならなそうだな。戦力の大半は外から持ってきた魔素兵器で内部で兵器生産という感じもない。
そもそもここは軍事拠点ではなく、橋頭保か。単純な足場固めでそれほど気負う必要はなかったのかもな。
それにしてもこのレオのスタイルはまるでアラクネ蜘蛛女だな。人間に見つかったら一発アウトの代物だろう。
アリエスにレオと聖女タイプの人間が魔物化している現状は人間視点だとどう映るんだろうな。どう考えても魔物に囚われての、エロ同人展開での、クッコロ闇堕ちの、すべて魔物が悪い!って所だろうな。実際はアリエスは俺を殺すために魔物に転生し、レオは俺を呼ぶために魔王の心臓を取り込んだ。
つまる所、俺は被害者で聖女タイプの魔物化に関しては完全に無罪だ。だが証拠だけを並べると聖女の魔物改造の下手人にしか見えないのだろうな。
クスっとレオが笑ったような気がした。
その瞬間レオとの繋がりが薄れ制御を失いそうになる。
これは、何かわからないが急いだほうが良さそうだな。問題が解決しているわけではなさそうだ。
「はじめまして。王牙さん」
レオの意識が戻り言葉を発すると俺とレオとの繋がりが完全に切れた。声が違う。女性ではあるがレオの声ではない。
そしてこの視線、俺はこの視線を知っている。
「神か?」
「そう、呼ぶ方もいます」
? 否定するのか?
「お前は神か?」
「自称はしていません」
自身で名乗ってはいないと?
「ならば神ではないのか?」
「さぁ? 王牙さん。あなたが私を神だというなら私は神になるでしょうね」
なるほど。確かに厄介だ。俺はこいつを神と呼んではいけないのだろう。
「随分とヒントが多いがそれは何のサービスだ?」
「王牙さん。やはりあなたはいままでのアリンコとは違いますね。そんなあなたに朗報です! あなたの為に神の塔を降ろして差し上げましょう!」
神ではないが、その力はあるのか。
「神ではないお前にそれが可能なのか?」
「勿論です。私が神に見えてきましたか?」
やはりこいつは俺を試しているのか。
「いや、お前は神の代弁者。代理人か」
「そう、ですね。代理人は近いですが、遠いです。代弁者。神の代弁者。そう呼んでください」
「なるほどな。エコーか」
「エコー。その言葉は確かに私を示しています。あなたは神だった人間ですか?」
おい。神の代弁者がいうとシャレにならんぞ。
エコーとは創作の一種だ。相手の言葉を木霊する。必要以上の情報を渡さないための処置だ。俺がその答えに近い答えを返さないとこいつは答えられないのだろう。もし俺がコイツを神と呼んだらそうだと反って来て全てが失敗に終わっていた。
「随分と買いかぶられたがヒントを出し続けていたのはお前だ。代弁者」
「これがヒントと捉えられたのはあなたが初めてです! 神の塔でなら全てをお話しできます!」
「来ないとどうなる」
「この世界が終わります。私はそれでもいいのですが、王牙さんは困るでしょう?」
「それは脅しか」
「まさか。真実です。私はいつもいつも真実を話しているのにここのアリンコどもは言葉の理解できないチンパンジーでした。ですがあなたは違います! あなたはこの世界を救う救世主です!」
芝居がかった動作で両手を広げる代弁者。
「特大な厄介ごとに巻き込まれている感じがするんだがそれは合っているか?」
「合っています! この私が抱えた問題に比べればアリの涙ですが! それでもこの世界の趨勢を左右することは保障します!」
なんだろうなこれは。こいつの視線は間違いなく俺が感じた神の視線だ。聖女を人工ならぬ神工と断じた時だ。口調はふざけているがその力の圧迫感はその比ではない。なによりこの自然と人間を見下している感じが俺の感じている神の像と被る。
「で、その神の塔とやらは厄介ごとの一つなのか?」
「そこはご安心ください! あなたのための塔です! 直通で試練の一つもクリアすれば通れるようにしておきます!」
「一人で登るのか?」
「魔物全員で来ても構いませんが私に会えるのは王牙さんただ一人です。そもそも塔に入れるかどうか。罠はその試練一つだけだと思うので王牙さんなら余裕でしょう。ここの攻略が終わったら降ろします。手助けが必要ですか?」
「何ができる?」
「なんでもですよ。ここの情報から人間への誤情報まで。私を味方につければすぐにでも終わるでしょう! なにせ、神の、代・弁・者! ですからね!」
「それは神の力か?」
「これは私の力です。神の力はそこにはありません。神の力を欲するなら神の塔へどうぞ!」
「神に会えるのか?」
「さぁ? あなたはもう会っているかもしれませんよ? 神の塔に神の力はありません」
これもヒントか。
「流石に手助けしすぎではないか? それほどまでに俺に厄介ごとを押し付けたいのか」
「そうですね。そのためならここのアリンコ共を全滅させても心は痛みません。そのくらいには急務です」
人間を見下してはいるが軽視はしていない。ここの人間を全滅させてでも必要な何かがある、という事か。
「それは神の意志か?」
「それはあなたが何を神と定義するかによって変わります。これ以上は塔の上で。あなたの参加を心待ちにしています!」
そして代弁者はレオから去った。
参加、か。会話した感じでは代弁者は皆に聞いた神のイメージに近い。だが本人はそれを否定する様に誘導していた。そしてそれは俺も正しいと思っている。代弁者を神と断じてしまったが故に神の元に辿り着けなかった者たちが居たのだろう。
わからないのが代弁者だ。まさかの奴自身が神への反逆者なのか? 皆に神と断じられ神としての振る舞いを強要されて来た代弁者。それを押し付けてきた人間をアリンコ呼ばわりして嫌うのはわかる。だがその行動自体はなんだ? なぜ人間を神の元へ近づけようとした? そして俺はもう神に会っている? 誰だ? どれだ? その答えによって展開が変わる。正しい答えかそうでないかだ。
誰に相談するべきか。神との交戦経験者は駄目だ。ここは素直に元シスターに聞くのが理想か。
「神についてですか?」
俺がアリエスの元を訪ねるとその装いを変えている所だった。シスターフードからつば広の魔女ハットだ。やたらデカくて一つ目がついているがそれが動いた。これはタウラスか。鎧から帽子に変えるのか。
「私もここでの転生で記憶が抜け落ちていますが、概要なら説明できます。お聞きになられますか?」
俺は頷く。それにしてもアリエスの方は大丈夫そうだな。
「はい。最初は世界を滅ぼす魔物の王とそれを倒す勇者の物語から始まります。魔物の王を倒した勇者はその力を人類に分け与えたのですが、それは魔物の王の力。次第に人々を蝕み人間同士で殺し合いが始まります。勇者はその力を再度集め封印しようとしたのですが道半ばで息絶えてしまいます。そこで我らが神が光臨し、その力を浄化し神の加護にしたと伝えられています」
ほう。世界創造からではないのだな。
「その後、神の加護は神によって管理され正しき人の元へと送られるようになったのです。そうですね。神については何も語られていません。像ですらも禁止されています。ただ祈りと感謝を捧げることを求められていました」
「創世の話はないのか?」
「いえ、それは全て魔物の王によって破壊されたと伝わっています。歴史が始まるのはこの戦いからです。そして神の光臨は勇者が倒れてから。神が創世に関わっているかどうかはここからではわかりません」
なるほどな。この神が代弁者と仮定すれば勇者と魔物の王はそのどちらかが実際の神と言う所か。
「何かわかりましたか?」
アリエスを見る。アリエスが無から神に作られた新型聖女だとレオーネは言っていた。これに当てはめればアリエスを作ったのは代弁者。その指示を出したのが神か。神は現存している。居ないという事はない、という事か
「アリエス。お前は全く新しい聖女として認められていたのか?」
「はい。驚きました。わが父にもそう見えていたのですね。はい。私は今までと違う新しい形の聖女として期待を寄せられていました」
「では神の塔のことを聞いてもいいか?」
「・・・あなたは誰ですか?」
? アリエスの空気が変わったな。
「それを知るものは、いえ、たとえ魔物であってもあり得ません。あなたは何者ですか? この世界の神であったなどと言い出すのではないでしょうね?」
初めて見る顔だ。敵に対してもこのような顔はしていなかった。
「神の塔を降ろすそうだ。俺の為にな」
「・・・あなたにその資格があると?」
「さあな。だが随分と買いかぶられてはいたな」
「・・・いいえ。わが父でも流石に。魔物にそんなことが。いいえ。・・・それは何時かわかりますか?」
余程のイレギュラーなのか相当に混乱しているな。だが、最後はいつものアリエスに戻っていた。
「この戦いが終わった後だそうだ。実際俺もどのようなものか知らん。それでお前に聞こうと思っていたのだがな」
「わが父。それは保留にしてもらえませんか? 本当にそんな事が起きるのか。私自身も信じられません。そしてこの事は誰にも言わないでください。その名を口にするのも控えて欲しいのです。お願いします。わが父、王牙」
アリエスがお願いと口にするほどの事なのか。
「わかった。その時までは俺も忘れていよう。俺も少し軽率過ぎた。事の重大性を見誤っていたな」
「はい。それほどの事です。その反応では私が最初のようですね。良かった。・・・はい。ですがそれは決して口にしないでくださいね」
「心得た」
人間にとってそれほどの事なのか。代弁者が恩着せがましく言っていたわけだ。なんにしてもこの件は一度忘れた方が良さそうだ。今はここの攻略に集中する時だな。




