第六十九章 聖王都奪還戦② マントグレートソード
私、レオは鹵獲した魔剣機体で王牙と模擬戦をしていた。比較的軽傷な魔剣機体を見つけて乗り込む。
戦闘の方は一時的に休戦のようになっている。聖王都前の一区画を落とした私達はそこに魔素ジェネレーターを設置して回復中。このまま突撃するには手傷を負い過ぎたわね。幸い人間側も攻め込んでこない。内部で準備中でしょうね。
私は起動に必要な手順を終える。するとコクピットが加護で満ちる。これは対鹵獲用のシステムね。私がゴブリンだったらここで昇天でしょう。
私は機体に魔素を流し、加護で装甲に干渉していく。光と闇の合わさった私だからできる芸当ね。一人でも機体を立ち上げられる。
機体制御用はこれでいいのかしら。機体が立ち上がると目の前にバスタードソードを構えたオーガが居る。
私は拳を固めるとその顔面に叩きつける。もんどりうって倒れる王牙。
凄いわ。オーガの五倍以上のエネルギーゲインがある。これならいける!
私は機体を前進させると倒れたはずの王牙からの斬撃が飛んでくる。何時の間に。
私が王牙を把握するよりも早く胴体に直撃を受ける。それでもビクともしない。装甲値はまだ十分。私の黒皇女と同等の加護を使えばほぼ無傷と言っていい。衝撃も思ったほどじゃない。
何か武器は?
と思うけれどそこらに魔剣はない。私は拳の前面に全周囲加護を発生させる。
両手に、そう両手に。私の加護コントロールならできる。両手に加護を纏わせる。
出来た!
でもこのままじゃリーチの差で完全に先手を取られる。動かないと。
私は魔素の制御を最低限にして加護の鎧に集中する。その装甲一つ一つに干渉し、軽く、いえ、浮かすように操作していく。ステップを踏んだ機体が羽のように軽い。それを活かしてボクシングのフットワークを踏む。両手を上げ両こぶしを揃える。私の加護だからできる加護の消費を無視した動きね。
王牙の剣戟を腕で捌くとその内側に入る。
腕は加護の鎧。実質加護の武器。王牙の剣戟にも耐えられる。捌くことができる。
恐れないで私。加護の鎧を信じて。自分の加護を信じて。
そのまま王牙の顔面に一撃入れる。だけどまるで止まる気配がない。
魔物に痛みはない。本当に体が揺らぐ一撃を入れないと魔物は止まらない。私は左の拳の全周囲加護のタイミングを合わせる。当たる前ではなく、当たった後に、最高に拳が入った瞬間にインパクト。これには堪らず王牙も下がる。
私はそれに追従していく。
下がっては駄目。下がったら死ぬ。間合いを取られたら殺される。前に出て私。この剣を振らせたら私には対応できない。
このまま、でも、それは無理だった。あのモンクの時と同じようにバスタードソードを短く両手で構えている。それで拳が逸らされる。そして柄頭が私の腕を抑えると強引に中に入ってきてその剣先が私の首を狙う。堪らず距離を取る私。
しまった。この間合いは確実に死地。王牙の燃えた魔素が私の感覚で捉えられる。
防御は・・・、間にあった!
腕は落ちてない。まだ戦える。でも、これは剣が腕に刺さってる? こんなミスを王牙がする筈がない。王牙が大地を踏みしめる。
これは、衝撃が来る! でも腕が抜けない! 避けられない!
王牙の衝撃で腕が跳ね上がる。私は咄嗟に後ろを見て逃げ道を探してしまった。そして戻した視線の先に王牙が居ない。構えに戻った右腕が下がる。さっきの衝撃でイカレテしまったのね。
私は右腕の様子を探ると肘から先がなくなっていた。
え?
私は揺れる機体の振動に耐える。そして見覚えのある脇差の刃が私に突き刺さる。
これはどこから。上から。コクピットの上から。
そこで私の意識は途切れた。
俺は魔剣機体の後ろから飛びついて脇差を首元に差し込んだがどうやら上手い事コクピットに届いたようだな。一つの手段ではあるが、今回のようによほどうまくいかないと狙えないな。それも単騎ならいいが複数だと妨害されるだろう。
さっきの視界から外れたのは簡単な原理だ。防御を弾いて相手の視線が切れた所に相手の腕の死角に入る。魔剣機体の太い腕だ。これでガードすれば見えなくなるのは当然だな。そして見失ったのを確認してから右ひじを切り落とし背後に回って首から脇差という流れだ。
しかしダメージコントロールが遅いな。正確にはダメージの把握か。腕を切り落とされても気付くのに時間がかかってはダメコンどころではないな。俺達魔物にしても痛みがないだけで感覚器がないわけじゃない。鈍い分、気を張る必要はあるが切り落とされて無反応はありえんわな。
それにしても人間視点の俺は恐ろしいな。単純な見た目の戦意喪失効果など意味がないと思っていたが、この強面がダメージを負うたびにニヤケ笑いが加速してくのはレオでなくても恐怖を感じるだろう。
・・・俺、あんなに笑っていたのか。もっとこう、しかめっ面のイメージだったんだが、俺が苦戦してると思っているときほど顔が殺意の笑いに満ちている。いや、確かに俺は生き延びるために必死に考えているのだが、それが殺意として顔に出ているんだな。殺意で生きる術を模索している。決して楽しんでなどいないだろうな。きっと、多分。そうだろう。
俺が遊んでいる間に何か動きがあったようだな。レオの方は問題ないだろう。施された体と魔王の心臓で軽症だ。むしろ魔剣機体の中ならどこよりも安全だろう。輸送用の魔素人形はあってもいいのかもしれないな。
俺が駆け付けると魔素人形に乗ったグレートソード達が壁の上から降りてくる。妙に数が少ないが、どいつもこいつもマントをしている。そして加護の光波が放たれた。
まあ、そうだろうな。こいつらがここに居るのは当然だ。
だがなんだ? 少ない数で攻勢? 人間が攻勢に出るときは必ず勝てる時だけだ。そうでないなら何かの目的がある。散発的な消耗戦などありえない。マントグレートソードを出すほどの何かがここにあるのか?
それは味方の、アリエスの行動で知れた。アリエスがたった一人で立ちはだかった。仮面を捨て、人間の姿で歩み出る。
そして一人のマントグレートソードがそれに応えるように進み出た。
これは流石に無関係という事はないのだろうな。
アリエスがタウラスを形態変化させグレートソードへと変える。そして応酬が始まった。
そこに言葉はなく、ただ剣戟だけが続いていく。アリエスもマントグレートソードも自己強化で切り続ける。そして鍔迫り合いが始まった瞬間マントグレートソードが溜める動きを見せる。俺の想像通りグレートソードが爆発した。そうか。こいつが俺が相対したマントグレートソードか。下がって爆発を回避したアリエスが魔素を燃やした一撃を放つとマントグレートソードも加護を消費した一撃を放ち切り結ぶ。
やはりアリエスは戦闘センスもだが魔素コントロールも相当だな。そして奇跡や魔法も高いレベルで扱えている。全ての能力が高いのだろうな。それは魔物に転生しても変わらない。
そろそろ決着が着くな。完全に拮抗しているなら体力が無限の魔物の方が有利だ。
遂にマントグレートソードが防御を捨て完全に攻勢に出る。相打ち狙いの一撃をアリエスが全力で弾き返すとその刃が首を捉える。その首が落ち、力なく崩れ落ちるとアリエスはその刃を残りのグレートソード達に向ける。
さて。ここからは俺も参戦だな。
グレートソード達は撤退していった。大した交戦もなくすぐに終わる。アリエスだけが目的だったのだろうな。
アリエスがマントグレートソードの元に来ると丁度牛頭と馬頭が運ぶところだった。一応彼らは確認してきたがアリエスは丁寧に礼をしてそれを見送った。
「埋葬はいいのか?」
「いえ。これが魔物の流儀でしょう」
その顔は何とも言えない。その言葉が本心かどうかも分からなかった。
「わが父。私は命(命令)を破ってしまいました」
「一応、聞いても良いのだろうな?」
「はい。私にとって人間とはここに居る仲間。魔物です。それを守るために私は今のままではいられなかったのです」
「そうか。後悔はないのか?」
「はい。・・・いいえ。まだそれもわかりません。わが父、私が命を破り人間を殺害したことを責めないのですか?」
「それはお前を守るための命令だ。お前が無事ならいう事はない」
「では信仰は? 私は人間を裏切り魔物に与する魔女です。幻滅されたのではないですか?」
「俺は・・・。そうだな。俺はお前が人間の側に戻ると思っていた。それがどんな選択であれ俺の敵になると。だが、アリエス。お前の選択に安堵している俺がいる。お前の信仰たる神としては失格だな」
「はい。私もわが父も。信仰などと大それたことを口にしていたのかもしれませんね」
「言ってくれる。その信仰を俺に植え付けたのは誰だ。俺にもお前にも神の信仰に見合う気概はなかったのかもしれないな」
「はい。わが父。父と呼んでアリエスの名を続けてもよろしいですか?」
「勿論だ。歓迎するぞ。魔女アリエス。魔物を守る守護者よ。お前の選択を歓迎する」
「ありがとう、ございます。・・・さっきの人間は私の実父でした」
ようやく話せるようになったか。
「もう朧気にしか思い出せません。父は厳しい人でした。私に聖女であることを求め、成果を上げられない私に失望していました。居るはずのない領主に囚われ、魔物に手傷を負わされ、挙句敗北。そして魔に堕ちました」
それはいつも思うが相手が悪すぎた。世界を滅ぼせるレベルの存在と連続して出会うなど普通ではありえない。そして魔に堕ちたのは俺を討つためだ。その行動になんら恥じることはない。
「でも、最後の立ち合いは。全力でぶつかってくれた。ただまっすぐに私を見つめてくれた。私は何かを間違っていたのでしょうか?」
「その立ち回りは俺も見ていた。見事だった。言葉をはさむ必要などない。・・・そうだな。あるとすればここは人間領の中でも辺境のど田舎らしいぞ」
アリエスの瞳がこちらに向く。
「つまりだ。お前の実父はお前を最前線の激戦区に送る気などなかったという事だ。ど田舎の安全な辺境での生活を望んでいたのかもしれんな」
アリエスの目から涙が零れた。
「お前の事だ。聖女の役目と気を張っていたのだろう。あのまま放っておいたら成果の為に何をするかわからん。あの交易路街にお前を縛り付けたのはそういう事だろうな」
聖女であり続ける事、成果を出せない事、それに失望し絶望していたのは実父ではなくアリエス本人だったのだろうな。
アリエスが駆けだす。実父の元へだろう。
俺がアリエスに追いつくと実父の遺体に泣きついていた。タウラスが悪魔の姿になりそれを囲うようにしている。たまには気の利くこともできるのだな。
その前には魔素ジェネレーター。まさに入れる寸前だったのだろうが・・・。馬頭が俺にサムズアップしてくる。コイツラは気が利き過ぎだろう。俺は手を上げると硬くその手を握る。そして横の牛頭にも。彼らはそのまま仕事に戻ったが良い仕事をしてくれるものだ。
俺は盾を構えるとそのまま二人に付き添う。いい話だがここは敵地だ。油断だけは出来る状態でないな。
そして俺は油断していた。何時の間にかレオが攫われているんじゃが?
おいおい。どういうことだってばよ。意識も繋がらないんじゃが?
おいおいおい。まさかだが、あのグレートソードの突撃は人間側のレオ救出作戦だったとか?
・・・ありえそうで頭が痛いな。




