第六十四章 異界の神
私はまたレオに戻って王牙との模擬戦を始めている。模擬戦と言っても私の、人間のテストだ。主は私で王牙の方は剣を振るうだけ。
何度か撃ち合ってみたけれどあまりの力の差に絶望しか生まれないわね。アリエスには効いた加護の収束だけれど、あれは付け焼刃。タンク兼ヒーラーであるアリエスの攻撃ならいなせるけど、王牙のような大型のオーガ種の攻撃は止められない。単純に私の加護が弱すぎる。もしかしたら私は魔法使いタイプなのかもしれないけどワード理解値3の私では自身の魔素に関わることすら出来ない。これは奇跡にも作用して加護を使用した奇跡を私は全く使えない。
ただコントロールは高いようね。王牙の魔素コントロールがそのまま人間の加護コントロールになっている。加護の収束や施された武器の変更はこの辺ね。多分これはやっている人間を私も見たことがない。言わばこのパワーコントロールが私自身の長所。
それにもまして問題なのが王牙の強さ。王牙の魔素を燃やす一撃を人間視点で見てみたけど剣を振りかぶった瞬間に斬撃が終わっている。文字通り見えないもの。こんなものファンタジーの誇張だと思っていたけれど本当に見えない。王牙が振りかぶって私が備えようとしたときには剣が降り終わっている。こんなもの対処のしようもない。どれだけ強い人間でもこの剣速を超える斬撃は見たことがないわね。
そう私が王牙として戦ってきた人間は皆この絶望的なまでの強さを誇る鬼を前に一切怯まなかった。
対峙してみてわかる。私が魔素人形に囚われて対峙した時には感じなかったけれど、この体格差というだけで恐怖を感じる。今の私だったら絶対に戦わない。それを人間達は当たり前のように対峙していた。いつかの、そう魔物惑星と戦った時だ。デミを片付ける特化装備のデミ掃除部隊。とてもではないけれど魔物と戦える装備ではなかったのに、それでも立ち向かってきた。私があの時彼らを殺せなかったのはなぜか。その勇気と高潔さが私を超えていたからでしょうね。
人間が強いわけね。
私は私が最強だと思っているマントグレートソードを思い出す。先も言ったけれど私が強いと感じた人間はこのふわふわ全周囲加護で戦っていた。そして王牙の斬撃を防いでいた。
そう、思い出して私。本気の一撃は流石に耐えきれていなかった。致命傷の一撃は施された武器で防いでいた。という事は私のように加護の収束は使い方として間違っている。
王牙の斬撃をスロー再現する。そして王牙の剣が私の全周囲加護に触れた瞬間に加護を活性化する。王牙の剣の軌道が私の加護に弾かれて逸れる。これだ。私は徐々に王牙の斬撃を速めてそれを全周囲加護で弾いていく。そうか。触れた瞬間にインパクト。加護の活性化をすることで全周囲の攻撃を軽減できる。弱い攻撃なら弾くこともできる。これは加護を収束していたら出来ないわね。私は収束した加護で同じことをしてみるけど、なんていうか漏れる。全周囲でなければ機能しない。
そう。ならこれはどう?
私は加護で囲んだ空間を施されたバスタードソードに纏わせる。王牙の斬撃に合わせて活性化するとそれを弾く。防御を捨てた捨て身の一撃になるけれど、王牙に勝てる可能性が、道筋が見える。私は王牙に魔素を燃やした斬撃を用意させる。この一撃は私には見えない。予測して活性化を置いておくしか術がない。流石の私も緊張している。自分に当てる攻撃ではないけれど、王牙の魔素を燃やした一撃は本能的な恐怖を引き起こす。
私に対峙した人間達はこれを耐えていたのでしょう? 私が超えられないでどうするの!
完全に捉えたけれど私の斬撃が弾かれる。これは、私の加護が消失した。完全に打ち負けたわね。
レオの加護の消失と同時に俺の意識が王牙に戻ってくる。
レオの加護が元に戻る。これは聖女タイプか? 黒皇女のパターンだ。世界の改変ではない。そして武器がレイピアに替えられた。その立ち姿は堂に入っている。この前のようにリンクが使えないというような事はないな。
俺の中に嫌な予感が走る。これが体の持ち主だとして、あの筋肉だるまのオジサン呼びの方が魔王なのか? あのリンクも使えずペタン座りしていたアレだ。
その疑問はレオの突撃によって中断された。俺の斬撃を加護で受け流しレイピアの間合いにまで近づく。俺は飛び上がりレオの背後に立つと脇差で切りつける。それは活性化した加護を抜いてレオの服を切り裂く。
なるほど。今ならわかる。魔物武器は加護を無効化するんじゃない。活性化した加護を無効化しているのか。あの非活性のふわふわ状態の加護なら容易く抜ける。もし俺が人間なら活性化した加護を抜ける魔物武器は収束した加護で防ぐのが理想的か。奇しくもアリエス戦でそれを体現していたな。
レオの奇跡で加護の森が三重に展開される。明かに自分の特性を知っている使い方だ。通常の加護ではありえない。ダメージがないがこちらを押し返すフィールドの奇跡だ。本来なら多人数で使うものをこの使い方か。
俺は右手の相棒を前に出すと後ろに隠した左手に出しゃばりを持ちシザース形態で爪に魔素を流す。トドメ用の脇差もセット済みだが、さて使うことになるか。
三重の加護の森を前提にレオが飛び込んでくるが、俺のシザーズは魔素の爪の特性を備えている。加護の効果を無効化しレオの体を挟み込む。そして、脇差を射出する寸前で止めた。
レオの制御が戻る。まるで何事もなかったかのようだ。
今のはなんだ? この体は聖女タイプなのか? それに魔王の心臓が搭載されている。魔王の現身ではないのか?
「私は聖女で魔王で魔物。そんなことがあり得るの?」
レオの口で語らせてみる。特に違和感はない。しかし聖女で魔物か。それはアリエスを思い起こさせる。アリエスも聖女から魔物に転生した。聖女として死に、魔物として、望んで魔物になった。
望んで魔物になった? そんなことが可能なのか?
いやリンキンは魔物として死に魔物として転生した。新しい姿を望んだままに。奴は俺と同じ異世界転生者だ。
聖女は俺達異世界転生の魂と同じなのか? いや、それにしては異世界転生者とは思えない。世界の改変も行えない。
聖女の魂は異世界転生者と同じようにコスト制で転生先を望んだままに変える事が出来るのか? コスト制は俺の想像だが、この違和感はなんだ?
聖女の魂は、疑似的に作られた異世界転生者の魂の模倣だとして、それが出来るのは神くらいなものだろう。
人工ならぬ、神工異世界転生者。神に作られた異世界転生者を模倣した魂。これが聖女タイプの真実か。
ゾクっと何かが俺を見た感触がした。
なるほど。ビンゴか。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。
これか。これ伝えるためにわざわざ回りくどいことをしたのか。聖女タイプに魔王の心臓が憑依するわけがない。自分で取り込んだのか。神に弄ばれた聖女の魂が俺を呼んだのか。
「レオと呼んでもいいのか? 聖女よ」
「私はレオよ。それ以外のなんでもない」
これは俺が語らせたが、まあいい。これは考える事ではないだろう。
「聖女が神に作られた異世界転生者と同じ特性を持つ魂だと? ・・・確かに聖女タイプはこの世のものとは思えない性能だ。そして異常なまでの神の寵愛を受けている。お前がそう考えても不思議はないが、それでも神が魂を作る、か。そこまでの禁忌を神が侵すか。それよりも神に魂の製造が可能なのかという所から始めないといけないぞ」
俺はシノに相談していた。流石に俺に身には余る。
「アリエスの望んだ転生がキーか。だが人間から魔物に転生という前例はお前の目の前に居るだろう」
そうシノはこの世界での転生、輪廻転生だ。異世界から来た異世界転生とは違う。転生しても世界の改変は行えない。
「だが留意しておこう。しかし神が魂を作れるなら転生など必要ないのではないか?」
「それが狙いではないのか? 自分の望んだ魂で溢れかえる世界。それこそが神の望みではないか?」
「・・・お前は、本当に神ではないのか? この世界ではない異界の神だ」
「いや、俺達の世界ではこういう創作物に溢れていたんだ。それほど突飛な展開でもない」
「お前の言う創作や創作物は本当に存在しないのか?」
「・・・そういわれると返答に困るな。俺が確認したわけではないが、その荒唐無稽な世界が・・・。そうかここにあるのか」
「では異界の神よ。私と永遠に共に居ると誓え」
「異界の神ではないが、俺、王牙は死の髑髏であるシノと永劫に共に居る。これでいいか?」
「王牙。お前は私のものだ。お前は私の愛したお前でいろ。これから何度も聞かせるぞ。それでもいいか?」
「勿論だ。それは俺よりもお前に問われると思うがシノ。俺から逃げたらその時は四肢を切り落として永遠に俺のインナースペースに監禁するが構わんな」
「許す。その時はなんでもお前の好きにしろ」
「言質を得たな。四肢はともかくその算段は付けてある。次に死から転生しての自己強化は出来ないと思ってくれ」
「お前も抜け目がないな。私はこんな変態に好かれて囚われた哀れな一魂だ。こんな貧乏くじを引かせたんだ。その責任は取り続けてもらうぞ」
「勿論だ。幸せには出来ないが、永遠に共に居る事は誓おう」
「幸せにしろ。いつかこの呪いの指輪ではなく本当の指輪を送れるようになれ。お前の呪いは私が払拭したのだからな」
「心得た」
本物の贈り物か。これはシノの成就が達成してからだな。




