第五十五章 光明
「裏切り者ぉ~!!!」
それはまた騒がしいムリエルの罵声から始まった。
「なんで汝が既婚者なんじゃ! 鬼で魔物が人の真似事か!」
つがいに人も魔物もあるか。
「そうは言われてもな。俺が決めたことだ」
「なんでじゃ! 我がめいんひろいんの流れじゃろ!」
「そこはもう埋まっている。他をあたってくれ」
「なんじゃ、ムリエルの4番目というのは4番さんかえ? 汝見かけ通りに外道じゃのう。我をきーぷとはいい度胸じゃ!」
「茶化すな。シノ以外は受け入れてない」
「それなら僕は2番さんかな?」
タウラスか。流石に早すぎだろう。案の定ムリエルの動きが固まった。
おいどうする。とタウラスに目で尋ねると流石にバツが悪そうだ。何も考えていないのだろう。
「2番さんか・・・。うん。初めましてじゃ。我はムリエル。吟遊詩人じゃ」
タウラスに振り替えるムリエル。声を聞かなくても無理をしているのが伝わってくる。
「始めまして。ムリエル。僕はタウラス。星渡のタウラスだ。いつかまた星の話をしよう」
「そう、じゃ。うん。そうじゃ。うん。わかったのじゃ」
ムリエルの表情はこちらからは見えないが、もう限界だな。俺が目で言わなくてもタウラスはすまなさそうに手をあげて去っていった。
タウラスが去った後もムリエルの動きがない。それでも荒くなる息遣いはこちらにも聞こえている。
「王牙。そこにおるか・・・?」
「いるぞ」
「我は間違っておらんよな?」
「勿論だ」
振り返ったムリエルはきつく目を閉じていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。我は、頑張ったよな?」
「ああ、頑張った」
「なら、もういいよね。王牙。もう泣いても。いいよね」
「ああ。俺はここに居るぞ」
目開いたムリエルから止め処もない涙が零れる。そしてその泣き声も止め処もなくその場に響いた。
「またお前は泣かせているのか」
シノだ。
「ああ。今は必要だ。手は出すな。ムリエルは強い魂が折れた状態だ。修復中は余計な手出しは要らないだろう」
「そういうものか?」
「余計な手出しは恨みを買うだけだ。弱っている強い魂はただ傍にいるだけでいい」
「私の時は散々撫でまわしていた気がするが?」
「お前の時はそれが最善だった。俺が見てただけでは逆に恨みを買っていただろう」
「それでは私の魂が弱いという事か」
「弱いというよりも繊細さ、だな。魂の強弱に魂の輝きは影響しない。何よりその繊細な魂だからこそシノ、俺はお前を愛することが出来た。図太い魂ではそうはならなかっただろう」
「ものは言い様だ。そういわれて悪い気はしない。それで結局どういうことだ?」
そうか。シノにはまだ話していなかったか。今わかっていることをかいつまんで話す。
「つまり、ムリエルは皇帝であり皇女。そして皇帝はお前の持つ剣と同じ世界の改変を止める者。そして元凶は悪魔であるタウラスの魅了だったと。我々魔族はそれに巻き込まれて狂わされていたのか。・・・そしてそれは全て解決したと見ていいのか?」
「概ねそれで正しい。タウラスの魅了は自分の意志で止められるようになった。ムリエルに関しては元の世界の守護者に戻ったと見ていい。魔族は絶滅したと思うか?」
「流石にそれはないだろうな。王都はともかく辺境も残っている。それらすべてをかき集めるのは皇帝でも無理だろう。合成獣は王都限定だ。その技術が流出していれば可能だが、あの焼け野原の王都を見ればそれもないだろう」
「それならば我が破壊した」
ムリエルだ。もういい様だな。
「改変魔法を使わぬように触れも出した。この戦ののち我が負ければ身を潜めて改変を使うな、とな。皇帝のいない今どこまで効力があるかはわからぬが、魔物の去った今、改変魔法に手を出すものはいないじゃろう」
なるほどな。あの王都の破壊跡は合成獣の技術を破棄するためか。
「王都に居た魔族はどうなったんだ?」
「あれは現身じゃ。汝の消滅させた魔族の残滓を形にしただけにすぎん。元々命ある存在ではないのじゃ」
なるほど。どうりで使い捨てなわけだ。
「では皇女はなんだ? お前は楽園の守護者であり聖女のような神の手先まで降ろせたのか?」
「あれはグリッチじゃ。世界の穴を突いたにすぎん。現身は間違いなく人間じゃ。そこに細工を仕込めば聖女に準じた力が手に入る。だがこれは裏技じゃ。禁忌に触れる。教える事は出来んのじゃ。ただ・・・」
そこでムリエルは珍しく考え込んだ。
「やっぱり言えんのじゃ。神に挑むのなら余計な知識は入れない方がいいのじゃ」
やはりムリエルは神との交戦経験があるのか。
「ムリエル。敢えて聞こう。神と戦ったことがあるのか?」
「わかっておるじゃろうがそれには答えられん。その知識自体が危険なのじゃ。神とは汝が考える以上に厄介な代物じゃ、理解してしまえばその時点で負けとなる。これ以上のヒントは汝らへの敵対行為となる。自身で相対しなければいけないのじゃ」
なるほどな。理解してはいけない存在か。ようやく形が見えてきたな。その中身を入れるのは自身で行えという事か。
「王牙。今ので理解できたのか? 私には目の前に神への道があるように見えるのだが?」
シノが珍しく目をぎらつかせている。それはそうだろう。今まで漠然としていた神への反逆が形になるのだ。そして今、神に相対できる力を手にしている。ここで逸るのは当然だろう。
「シノ。落ち着け。ムリエルの言う通りだ。ここでムリエルを締め上げて情報を吐き出させれば神への敗北が決定する。勝ちへの道筋を俺達で作り上げる必要がある。負ける道筋を目にしてはいけないんだ」
「王牙。お前一体何を知っている?」
「我も知りたい。汝は知り過ぎている。王牙。汝は一体何者じゃ?」
なんだ? シノはともかくムリエルもか。こいつは同郷だろう。
「創作だ。創作で嫌というほど目にする展開だろう。その知識を組み合わせれば類推できる。理解しているわけではないぞ。あくまで想像だ。このファンタジー世界ではそれが当たりやすいというそれだけの話だ」
俺の話を聞いて先に緊張を解いたのはムリエルだった。
「まあ、確かに汝のようなヤレヤレ系主人公ならありえなくない話じゃが、汝が実は神だったというありきたりな結末までついてはこないじゃろうな?」
「そこまでは保障外だ。仮に俺が神だとしたらどうするシノ。その時は仲良くこの世界の統治でもするか?」
「お前たち二人が共謀しているという説はないか? 神とこの世界の守護者だ。私を謀ろうと思えばいくらでも方法はある。例えば私を魔族に転生させて魔族を喰わせて肥え太らせるとかはどうだ?」
「・・・シノ。お前が消えた後の俺の旅路を知ってそれでも尚それを言えたのなら大したものだ。その指輪に込められた呪いが途切れたことがあったか?」
俺とシノの緊張が高まったが、先に折れたのはシノだった。
「すまん。失言だった。どうやら私も先走っていたらしい。・・・それで? お前には神への道筋が、作るのだか、想像するのだかは知らないが見えているのか?」
「まだだ。今わかったのはその道筋が存在しているという事だけだ。そこから神への道を見出さなければならない。これは単純ではないだろうな。仮に人間を絶滅させたら神が降りてくると言うような事にはならないだろう」
「どういうことだ?」
「神の目的だ。仮にシノの言を取るなら神はこの世界を玩んだ。人間が全滅した世界に降りてくると思うか?」
「確かに。そうなれば人間を救うために降臨という可能性もなくなるわけか。・・・フフ」
珍しくシノが含み笑いをしている。
「やはり私の見立ては間違っていなかった。王牙。お前は私を神の元へと導いてくれる。お前といれば私の牙が神の喉元へと届く。フフ。ハハ。ハーッハッハッハ!!!」
ご満悦だな。
「まだ仮説だぞ。道筋があるというだけで見えてないのが現状だ」
「それでもだ。光明が差した。後は照らし見つけ出すだけだ。その道があると知れただけでも十分だ!」
そしてシノは高笑いを重ねた。
まだ入り口だぞ。
「ヤレヤレ。困った連中だZE☆」
「ムリエル。それは俺が今言おうとしたんだがな」
「お返しじゃ。我の魂が図太いなどとのたまうからじゃ!」
やれやれ。それ以前にここの列車の森がまだ片付いていないんだがな。




