第五十三章 タウラス
「なぜ汝がここにおるのじゃぁ!!!」
それは慟哭と呼べるほどの絶叫だった。魂の底から怨嗟が呼び起こされるような恨みの声。声の主はムリエルだ。そして相手はタウラスウ。元悪魔と呼ばれた男だ。
「消えたのではなかったのかぁ! もう終わったのではなかったのかぁ! なぜ悪魔がここにおるんじゃぁ!」
マズイ! 世界の改変を使う気か。
俺は即座に世界の改変を禁じる。
「何故じゃ王牙! 我を謀ったのか! そんあぁぁぁ!!! あああぁぁぁ!!!」
子供の姿のままタウラスに殴りかかるムリエル。その感情は尋常なものではない。
「殺してやる!!! 刺し違えてでも殺してやる!!! 我は楽園の守護者じゃ!!! 汝をここで消してやる!!!」
だがそれは叶わない。ただの人間ではタウラスに傷の一つもつけられないだろう。
そしてとうとう力尽きて絶叫を轟かせるだけの存在になってしまった。
泣き続けるムリエルはアリエス達に任せて俺とタウラスは町の外に来ていた。
「ここでいいか?」
「ああ。まずは僕の話を話すよ。・・・彼女は皇帝だ。間違いない。本人だ。皇女じゃない」
なるほどな。それで色々とつじつまが合う。
「僕は今まで皇帝に囚われていると思っていた。僕の魅了に当てられた一つの存在だと思っていた。それが僕を閉じ込めて自分のものにしようとしている。これまでの事も全ては皇帝が僕を手に入れるために仕組んだことだと思っていたんだ」
「違っていたと?」
「そうだ。今の皇帝を見て思った。あれは魅了に当てられた存在じゃない。皇帝は僕を殺そうとしていたんだな」
「今気づいたのか?」
「ああ。今までは気付かなかった。いや、前の僕では。今思い返すとその節はあった。そもそも僕がここに堕ちてきた時、まともで居たのは皇帝だけだった。他の存在は全て僕の魅了に当てられた。だから皇帝は僕を悪魔と名付けたんだ。そして誰の手にも渡さないようにした」
「確かに囚われではあったのか」
その理由は魅了をばら撒く悪魔の隔離か。
「そうさ。だから僕は気付けなかった。皇帝が僕を独り占めしていると思っていた。だからこっそりと少しづつ魅了の手を伸ばしていったんだ」
「魅了は止められなかったのか?」
「当時は出来なかっただろうね。例え出来たとしても止めることはなかったよ。当時の僕はそういう存在だった。文字通りの悪魔さ。その後皇帝の手を逃れた僕は多くのものに愛された。何よりもその力を。この世界を改変する魔法に異形の体。その全てが彼らに魅了となって襲い掛かったんだ」
その感覚はわかる。あれは抗うという選択肢が無くなる。
「そして彼らはおかしくなった。今までの全てを捨てて僕を目指した。そして僕はもう一度皇帝の囚われとなった。捕まったんじゃない。危険から身を守るためさ。その後は君の知る通りさ。力を求める魔族たち。皇帝も現身となる皇女を下して色々と動いていたみたいだけどどれも無駄だったみたいだ」
皇女などというものはそもそもいなかったのか。悪魔を幽閉し、改変で狂っていく世界を何とかしようとしていたのが皇帝か。
「そして君が来た。王牙。皇帝に対抗できる力を持った君さ。何としても手に入れたかった。その結果はこうなったけどね」
これが魔族の顛末か。つまり。
「全てお前が悪いという事か」
「そういう事さ。僕が来なければあの地がああなることはなかっただろうさ。悪魔なんて不名誉な名だと思っていたけど、こうして真実を突き付けられると流石にキツい。僕はどうしたらいいと思う?」
そうか。タウラスは転生後に感情を得たタイプか。持て余して当然か。
「償いだの代償だのを考えているなら無意味だぞ。そんなものは誰にもできん。例え神でも無理だろう」
「ならどうするんだ?」
「どうにもならん。犯した罪は消して消えない。間違えた過去は取り戻せない。全て不可能だ。諦めろ」
「じゃあすべてを忘れてなかったことにして無視しろっていうのか?」
「お前に後悔があるならそれでいい。お前が守るべきものはなんだ? 過去の残滓か今の関係か。過去の為にアリエスを捨てられるか?」
「君は鬼か。今の幸せのために過去の清算はするなと言いたいのか」
「そうだ。その過去の清算とやらは払えるのか? 今の為に踏み倒せ。それはお前の敵だ」
「ならこの感情は捨てろっていうのか! 僕は生まれ変わった! もう悪魔じゃない! 僕はアリエスと居るために悪魔でいるわけにはいかないんだ!」
「ならここで死ね。アリエスの伴侶足り得なかった獣よ」
俺は脇差で切りつける。
「何をする!」
「償うんじゃないのか獣。ここで死ねば全てチャラだ。お前の望みが叶うぞ。そもそもその過去はお前の命程度で償えるのか?」
「なら見せてやるよ。今の僕は宇宙の獣だ!」
タウラスが獣の姿を取り戻す。最初にあった時のデカイ奴だ。二足歩行の蹄二本足の熊手に蝙蝠翼の山羊牛角だ。
俺はタウラスの無防備な一撃に脇差を差し込む。しかし通らない。以前は魔族依存でない魔素は効いていたはずだが、改良したのか。相棒に変えてみても通らない。いつもの物理無効の感触だ。タウラスが笑っているようだが、そうかこいつには魔物のリンクがないのか。
俺は大地の支配を放つと黒曜石の剣を作り出す。それに世界の改変を伸ばす。改変された黒曜石の剣。これなら物理無効を抜けるはずだ。それに激高して突っ込んでくるタウラス。俺が使わないとでも思ったのか?
案の定なます切りだ。改変して一切揺ぎのない妙な手ごたえの黒曜石の剣でなければもっと悲惨なことになっていただろう。
「その力はなんだ」
タウラスが元の人型に戻っていく。だが傷はそのままだ。
「外の世界の力だ。異世界、いや外宇宙の力といった方がいいのかもしれんな」
「貴様が外宇宙の存在か。僕が追い求めていたものがこんなに近くにあったなんて。王牙。また貴様に取り付いてやる。その時は必ずその皮をはいでやる・・・!」
ん?
「タウラス。これはそれほど特別でもないぞ」
「・・・その名で呼ぶなと言いたいが、そう呼ぶっていう事は本当か」
「それこそ皇帝でも使えるだろう。俺も否定派だが必要があれば使う方だ。これはその程度のありふれた異世界転生の力だ。お前が望むものとは違うだろう」
「僕はそれを手に入れるために宇宙を飛び回ったんだぞ。簡単に言ってくれる。それで結局何がしたかったんだ?」
「背負えない荷物を背負うな。背負わせるな。お前は矮小なただ一匹の獣だ。運べぬ荷物を前に立ち止まったから蹴飛ばしただけだ」
「なんだいそれは」
「運べぬなら置いていけ。お前はそれを忘れるか? 背負わそうとするものが居たら殺せ。それは敵だ。これだけ思えておけばいい。罪を背負うなど創作だけで十分だ」
「僕の自己満足だって言いたいのか?」
「違う。できん事をするなさせるなと言っているんだ。できる範囲なら何も言わん。だがお前はそこから逸脱しようとしていた。だから止めた。過ぎた悔恨は周りをも巻き込むぞ。それも容認できん」
「つまりそれは無理するなってことであってるのか?」
「簡単に言えばそうだ。それでお前が止まるならその言葉を使っていたがな」
「違いない。本当に感情ってものはどうしようもない。ただもう一度皇帝と話をしたい。それは可能かな?」
「まだ時間が居るだろう。何よりも向こうが話したいかだ。何をするにしても難しいぞ」
「それはわかってる。ありがとう王牙。だいぶ楽になったよ。体はボロボロだけど」
「それも必要経費だ。下手にケチって再発してはかなわんからな。ここで卒業しておけ」
「手厳しいな。でもそうするよ。何も解決してないのに清々しい気分だ。アリエスに会いたいな」
さてそろそろ向こうはどうなったか。
「それにしてもタウラス。お前はアリエスに素手でやられたのか?」
現実ではなくインナースペースでの話だ。
「なぜそう思うんだい?」
「見ればわかる。お前は生物の動きが出来ていない。ただ大きくして殴っているだけだ。無敵の体に慣れ過ぎだな。無敵が破られた途端それだ」
「そうはいっても僕に決まった形はないからな。僕のこの姿は君の中にあったものだ。だからここまで動かせる。宇宙での姿は地上では使えそうにないからな」
「その姿は仮想の想像上ものなのだがな。それにしても宇宙服もあるのか?」
「いや、生身さ。何のための物理無効だと思っているんだい?」
「なるほど。勘違いしていた。宇宙人ではなく宇宙生物か。土台が違うのか」
「そうさ。魅了も一種の防護機能みたいなものさ。あの悪魔の姿は皇帝のイメージだ。あれは本当に動きにくい」
「だろうな。あれも想像上の生き物だ。動くようにはデザインされてない時代のものだろうな」
「どうりで。それなら僕はアリエスの鎧としての戦い方をした方がよさそうだ」
「アリエスに合わせるのか? 逆に難易度が上がるぞ」
「アリエスが使ってくれるのさ」
なるほど。それが理想だな。




