第五十一章 奈落
その後も人間の攻勢は続いていた。
外壁の占拠が終わり魔物が中に入ると左右の外壁の屋上部、その扉が開き中から装甲列車がやってきた。加護装甲の魔素人形列車だ。左右からの挟撃だったがシノがリンキンと共にキャノン機体に両手持ちの照射四門を魔法で強化した代物で東側の門を破壊。正面から見て西側の列車は撤退。俺達は東側に戦力を集中していたがそこで思わぬアクシデントが起こった。
街の底が抜けた。
一言で言えばそうだ。全てではないが東側の街の一部が脱落して地下空間が顔を出した。そしてそこから見えるのは魔素ジェネレーターの姿だ。あの魔素流体がどこで作られているかと思えばこれなのだろうな。この街に下水施設がないと思っていたがこれが代わりになっていたのか。下水とはつまり人間の欠片だ。そして魔素は生物に悪影響がある。虫などの発生も防いでいたことだろう。この工業都市ならその選択もあり得るか。ただこれを建てたのは誰だという話だ。
ここを髑髏で圧殺しない理由の一つがこの地下空間なのは間違いないが、それ以外にも理由がありそうだな。
そして本当の問題はこの壁の向こうだ。この入り口を超えると線路の森が現れる。さっきの列車が通れるほどの大きな線路が縦横無尽に走っている。魔物が通るのにも問題はないがその穴の深さが問題だ。そう、線路以外に地面がない。俺が線路の森と形容した理由がそれだ。線路の道筋も滅茶苦茶だ。中央のドームのような所が俺が戦った大会の会場があった所か? 魔素人形の博覧会になったところだ。黒塗りグレートソード機体と戦った時に大地の支配が使えたことからあそこが地続きの山になっている可能性はある。俺が運ばれたときは列車に乗っていたから見えなかったがもとからこんな状態だったのだろうか。
この不安定な地形を俺は走り抜けている。レールの枕木の間は完全な中空だ。ここに足を取られるだけでも危険だろう。底の見えない所から柱が生えて支えられている見るからにヤバい代物だが俺達魔物はおろか装甲列車が走っている所を見ると惑星ファンタジーの超科学技術なのだろう。
移動自体は問題ないが戦うには不向き。進軍する魔物を装甲列車が射撃している状態だ。ドームに辿り着きたいがレールに鎮座した装甲列車が邪魔だ。避けて通れるほどレールの本数自体は多いのだが遮蔽物のなさと足場の悪さで使えない状態だ。
シノとアリエスが中核になり俺とリンキンが遊撃をしている。衝撃力のある単発式レーザーと魔素流体タンク使い切りのグレネードランチャーに魔素流体タンクを斜め掛けしている状態だ。そしてジェットコースターのように上層に向かうレールの上から射撃しつつ前進している。
「やっぱ戦えてんのはシノの姉御だけだな」
リンキンは盾の中でレーザーの糾弾係だ。リンキンの言う通り動いているのはもとより止まっている列車にも手こずっている。さもありなん足場が悪すぎる。せめて地面があれば横から攻めることもできるが、この地形では正面から乗り込むしかない。横のレールから飛び移るのは完全に的だ。下手をすると撃ち落されるだろう。顔を出した魔素人形をシノがモグラたたきをしているだけだ。アリエスは停止した列車に取り付いている魔物を防御する様に滞留魔素を展開しているがその列車の破壊が上手くいっていない。
相当に旗色が悪いな。そんなわけで俺達は一路ドームに向かったのだが装甲列車にマークされている。幸いこの何のためにあるのかわからない上昇カーブレールは列車が来ないが足止め状態だ。
「リンキン。ジャンプ分の魔素は生成できそうか?」
「一回分だけだ。それで打ち止めだぜ。この盾の魔素収集と俺の魔素の回復力足しても息切れ状態になっちまう。ドームまでは絶対に無理だぜ」
「そうなると確実にドームに足がつく状態までは使えないな」
「だな。でもこれシノの姉御は化け物だな。これを連発してたのかよ」
「そんなに凄いのか?」
「ああ。魔素の総量も凄ぇけどその使い方がまるで違うんだ。かしこさの数値が相当高いんだろうな」
「かしこさ?」
「ああ。かしこさのパラメーターだな。旦那はレーザーの缶の効果はわからないだろ?」
「ああ、さっぱりだ」
「その理解度がかしこさだな。これが高くないと使う以前に理解が出来ねぇんだ。俺が転生前のかしこさ最弱値のゴブリンだったらわからなかったもんな。今のゴブリンキングだからわかるんだ。この数値が姉御は桁違いなんだと思うぜ」
「どれほどなんだ?」
「今の俺が60~80。人間が30~40。で姉御は1000超えてるぜ」
どこかで聞いた数字だな。
「俺は3か?」
「お。わかるのか」
「以前にシノに聞いた。言葉の組み合わせだとかなんだとか」
「その方が近ぇな。かしこさじゃなくてワード理解値って言った方がカッコいいな。これが低いと旦那みたいにMPがあっても全く魔法が使えねぇんだ」
「それにしても1000とは盛り過ぎではないか?」
「いやそのレベルだぜ。あの姉御が使ってた短杭を連発するやつ。あれも俺なら3、4が限界だな。姉御はあれを20発くらいのを3、4セット連動させてたからな。赤髪で700。髑髏状態なら1000超えてもおかしくないぜ。正直姉御はもう魔王とかそのレベルだろ。普通の髑髏でも120は超えないと思うぜ」
なるほど。俺は納得しながら装甲列車の車輪部分にグレネード魔法を発動する。大きく揺らぐがそれだけだ。あの隙間に何かを入れれば転倒も可能か。使い切ったタンクを外してリロードする。威力はあっても連発は無理だな。
「ワード理解値3の俺には理解できない世界だな」
「旦那は極振りしすぎだろ。多分、旦那が振ったのは魔素コントロールだろうな。あの魔素を燃やして強化と斬撃する奴。あれ出来る奴は少ないと思うぜ」
「そうなのか?」
「燃やすのは俺でも出来るけどな。それで筋力強化が精一杯だぜ。斬撃なんて無理無理。魔素を燃やして強化って時点で無理なんだわ。その状態で斬撃を放てるのは旦那くらいだぜ。異常なほど火力が出るのはそのせいだろうな」
「それも気付かなかったな。魔物なら誰にでもできると思っていた」
「だろうな。あのオーガ体だっけか。あれもいくら魔素があってもできる奴いないだろ。シノの姉御でも無理なんじゃねぇか」
「それは盲点だった。俺の長所はそこか」
「だな。俺は初手に最弱値のゴブリンやったのは正解だったな。結構わかることが多いぜ」
「流石だな。俺は完全に全部極振りだったからな。これから先遠距離戦が出てくると辛いな」
「そこはシノの姉御が居るだろ。アンタらの組み合わせは正直最強じゃねぇの?」
「確かにな。今回は場所が悪いだけか」
「遠距離と言えばあの四門レーザーのフルバーストも姉御にとっちゃ遊びだったもんな」
「あの人間どもに教育してやる。か」
冒頭の端折った所だな。
「それそれw 本気を出せばあのドーム毎吹き飛ばせるんだろ? あの列車も潰せるんじゃねぇのか?」
「あの時も言ったがここの目的が分からないからな。吹き飛ばしていいなら髑髏部隊で圧殺するはずだ。占拠と指示が出ているときは極力被害は抑える様にしていたからな。今もそうだろう。あの列車は俺達にも使えそうだ」
「はー。それであんなに加減してるのか。俺だったらもうぶっ放してるぜ。流石かしこさ1000越えだな」
「いや、単純に人間の魔法技術に興味津々なだけだろうな。あのフルバーストの高笑いはそれだな」
むしろ遊びたかったのはシノの方か。
そうこうしているうちにレールの頂上まで来てしまう。下りは流石に無理かと思ったが・・・。
下りレールがない。
一瞬止まった俺に装甲列車からの総攻撃が来る。間違いない。誘われたか。俺は自分の体が空中に投げ出されるのを感じる。
「旦那。降りるぜ!」
「おう」
リンキンが降りるという事は相当にヤバい状況だな。リンキンはレールに辿り着いた。この状況の打開策はない。下に降りることも考えたがリンキンの危機察知能力は高い。このまま落下は危険だろう。ここは頼るか。
「ともに楽園を」
世界を改変する感覚。そしてそれが現れた。
牛車の形をした靴。それが俺の足に履かれている。
これは、皇帝か?




