第四十八章 真ベルセルクヒーラー
弓矢の壁を抜けた先には見覚えのある壁が待っていた。オーガですら登れそうにない高い壁。そう、この出しゃばりが居た魔素人形訓練場だ。しかし今見てもデカいな。門も狭い。オーガ級が一体通れるかどうかだ。あの時のデミオーガ達は世界の改変を使って入ったのだろうな。そうでなければ入れるようには見えん。当時は交易路街が栄えていた時だ。魔物が攻めてくるなど夢物語だったのだろうな。だが今は違う。今回はこの街の占拠だ。仮に宿主殿が出てきても今回は敵同士だな。
しかしどれほどの時間が経っているかその感覚が掴めない。四季がないというよりも緩やかなのだろう。この惑星は地軸の傾きが少ないのか。ここが赤道に近いのか。まさかの天動説もあり得るがその辺はこの物語で語る部分ではないな。
おかしいところといえば今回は髑髏が居るのに圧殺は無しだ。殲滅よりも魔素ジェネレーターの建設が優先か。それとも何かの温存か。
気になるのはまだある。この分厚い壁だ。出しゃばりもここでの戦闘は忌避するかと思ったがむしろ何かを期待している節がある。あの壁から巨大魔素人形が、などというシチュエーションはありえそうだ。ここの作りにしてもこの街の後ろにさらに大きな壁がある。流石に地平線を覆い隠すほどではないが、明らかに人間が住むサイズではない。俺達オーガサイズの魔素人形が闊歩しているのだろうか。
今回は膠着状態だな。魔物が壁の前に集まってきているのに人間の動きがない。迎撃は勿論、物見もたたない。一つしかない入り口が開いているのも不気味だ。外側は開いているが内側が閉まっている。この明らかな罠を隠そうともしない仕様が逆に警戒心を煽る。単純だからこそ心理効果は抜群だ。
今回はアリエスも参戦だ。悪魔であるタウラスが変異した鎧を纏っている。顔は兜で覆っているがそこから延びるシスターフードが異様さを醸し出している。鎧は胴体を中心に覆っていて手足は手甲足甲だけだ。腕部分は魔素で覆っているが太ももの辺りは生足だ。所謂絶対領域でこの辺は蛇女への部分変化をしやすい仕様だ。足を蛇化させての高速移動は勿論、回復の胞子も即座に高度を取って散布できる。ヒーラーとしての資質と蛇女の魔素の支配での形態変化はあり得ないほど早い。傷はおろか腕を切られても即座に再生可能なほどだ。鎧を胴体面に集中しているのはその器官が胴体にあるためだ。特に回復の胞子は胴体で生成される。胴体へのダメージは回復能力の低下と同義。逆に言えばここさえ守ればアリエスを落とすのはまず無理だろう。
武器は魔物武器の片手金棒を二刀流。長く太い警棒に低い突起が多数並んでいる代物だ。自身の改変を行っても尚、アリエスの人間の殺害は不可能。俺達魔物への参戦も人間の成長を促すためだ。ここ以前でも参戦していたが、人間に止めを刺さず死力を尽くさせるスタイルで問題になっている。
人間側からいればいたぶって嬲って放置という恐怖の対象だが、それはいい。問題は魔物側だ。トドメを刺さず放置というのは勿論問題だが、それ以上に人間に死力を尽くさせるという一点だ。
ハッキリ言おう。たとえ人間であれ死力を尽くして戦った存在の尊厳を無下にできるかという話だ。最初は俺だけのアリエスの信仰からくるものだと思っていたが、他のオーガも手を出しづらそうだ。簡単に言えば自分と戦って死力を尽くした存在ならば喜んで討とう。だがよそで死力を尽くした戦士が倒れていたら止めを刺せるかという話だ。
仲間の為に一人残って戦う人間など殺せるか。しかもアリエスのしごきに耐えてだ。俺達が何故かけつまずいてそいつらを人間側に蹴り飛ばしても文句は言わせるものか。オーガの魂はそういう系統のものを使っているのだろう。
実際アリエスは強い。魔物武器という事で施された武器に弱そうだがそうはならなかった。ヒーラーであるアリエスは魔物である魔物武器も回復可能だ。しかも鈍器で壊れにくい。本来なら加護を抜くための魔物武器だが逆に加護特攻のトドメをさせない武器としてこれ以上なくアリエスと相性がいい。後衛職には蛇女の長い腕に形態変化させて傷をつけることもできる。これで加護の揺らぎも誘発できる。そして何より魔法使いにはめっぽう強い。魔素の支配という事は魔法使いの魔法を発動した後に奪えるという事だ。本来なら魔物のバフや部位回復に使うものを敵の使う魔法に作用させるなどいう考えはそもそもそこに至らないだろう。アリエスと同系統の蛇女も増えてきているがそのほとんどは後ろでヒーラーだ。負傷したら下がって回復。間違っても前線で戦うタイプではないだろうな。
そして悪魔の鎧であるタウラスも悪魔の魅了を放っている。同士討ちを誘うものではなくヘイトスキルと見た方がいいだろう。俺が悪魔の毛皮を欲していたのはこれだ。どんな手を使ってもそれを手に入れたいという欲望を増幅させる。厄介なのはそれが付与されたものではなく自身の内から生じた欲望に感じる事だ。その欲望が外部からの影響と知っていれば対処できるが初見ではそれが自身の欲望に感じる。
一度タウラスに悪魔の魅了をかけられた事があったが意識しても尚抗いがたい代物だ。いうなればアリエスを侮辱した従者を信仰の下に苦しめようとした時だ。あれと同じほどの魅力がある。あの時シノが止めていたからこそ同じ種類の悪魔の魅了にも抗えてたが、あの時信仰の下に連中に呪いをかけていたらわかっていてもこの悪魔の魅了に屈していただろうな。あの時のタウラスの驚きの顔は今でも憶えている。
タウラスは俺を自分のものにしたがっていた。信仰ではなく愛を。俺がそれを拒否した時にこの悪魔の魅了だ。シノが乱入した時は実験だと偽ったが堕ちていたらどうなっていたか。アリエスの言を取れば夫は必ず浮気をするから俺ならば安全だという事だ。リンセスに意見を求めたらリンキンに手を出したら俺を魂まで燃やし尽くすとのことだ。美少女にもなれるとタウラスは食い下がったが俺は元の姿を望んだ。シノには愛を。アリエスには信仰を。リンキンとリンセスには友情を。それぞれ共有した。ならばタウラスには感謝を。という事で話は収まった。
愛は渡せない、信仰とは違う、友ではタウラスの望みではない。では、と出て来たのが感謝だ。俺はアリエスを救ってくれたタウラスに感謝している。そしてタウラスもまた皇帝から救ってくれた俺に感謝している。愛や信仰ではない。それが判明した時に俺達の関係は正常化した。
タウラスは自身の不甲斐なさを嘆いていた。そしてなぜ付き合ってくれたのか? と。
答えは簡単だ。シノ、アリエス、リンキン、リンセス、そしてお前だタウラス。転生したては不安定になる。どれほどの魂をもってしても体が変われば正常では居られない。シノが一番酷かった。それに比べればお前は軽症だ、と返した。
それでようやく自身の状態に気付いたのだろう。ここまでくればもう安全だ。俺は悪魔の魅了をシノに使った時はその名前を剥奪すると宣言した。もし不安定な時にこれを言っていたら実際にシノを傷つける可能性もあったが今の状態なら問題ないだろう。
「わかった。わが恩人、王牙。我妻アリエスともにあなたの愛も僕が守る」
わだかまりが無くなればアリエスの所に飛んで行った。本当に現金な奴だ。
だが最後のやり取りは俺の心に残った。
タウラスは言った。
鬼とは欲望のままに生きるのではないかと。
俺は返した。
欲望のままに生きられないから俺は人間を捨てて鬼になった。
それは自然に出た言葉だがそれが真実だ。俺は俺が望むままに生きられないから今の鬼になったのだ。
人間の生き方などお断りだ。転生したからこそ俺は俺の望んだ欲望のままに生きる。ただそれだけだ。
「ようやく貴方の事が知れた。友になれないというのは返上するよ。わが恩人」
そんなに俺はわかりにくいのか。
話は脱線したが悪魔の魅了はそれだけ強力だという事だ。タンク兼ヒーラーのベルセルクヒーラーが完全にその姿を現した。今までの何もかも噛み合ってない代物ではない。本物のアリエスが見えてきたな。




