第三十八章 弓矢
戻ってきた俺達を待っていたのは激戦区だった。
交易路の進んだ先。砦というよりも壁といった方が正しいか。平原に建てられた長い壁が今回の舞台だ。戦力の薄い部分はあるものの、俺達の目標は一番厚い所だ。門があり町として機能している。元々はただの壁だったのだろうが交易路の街が潰れて急遽増築されたのだろう。砦と呼べる規模までは発展していない。流石に壁の前に、つまり魔物が攻めてくる方向には建物がないな。
それよりも問題は弓矢だ。今まで施された矢などはなかったがそれに近いものが実装されている。それが今まさに俺の左肩に刺さった。
魔物の肌を貫くのは勿論だが刺さった後がまたやっかいだ。普通の矢なら返しが付いた所で排出できるが施されているせいでそれが出来ない。こちらの干渉を遮るのは勿論、その周りの魔素も削り取っていく。言ってみれば魔物にとって抜けない毒矢といっていい。
俺は脇差を左手で握ると肩を刺して抉り出す。施されているのは先端だけでシャフト部分は問題ない。そこを脇差の刃で引っ掛けて引きずり出しその場に落とす。痛みのない魔物だからできる芸当だがそれでも相当に厄介だ。全ての矢がここまで刺さることはないが間違いなく魔物の魔素を削り取っていく。
こちらはというと大地の支配で遮蔽物と蛸壺を作っているが、地雷が多く進みにくい。しかも聖王都の地雷と同じで木の杭を混ぜているのが厄介だ。これはオーガの大地の支配では除去出来ない。そしてそれを乗り越えようとすれば施された矢が飛んでくるというわけだ。勿論街道は人間の加護持ちが抑えている。
やはり弓矢があると戦場が様変わりしていくな。こんなものは髑髏の魔法で圧殺して欲しいものだが、今回も制圧だ。こちらは弓が使えるのが俺一人で焼け石に水と来ている。
「シノ。魔法の盾は出せるか」
やってみようという返答と共に魔素の盾が展開される。今のシノは盾の中だ。流石に髑髏一体は集中砲火を食らう。
防げはするが長くはもたないな。だが一つ妙な事がある。施された矢だと思っていたが魔素の盾で弾かれた矢はその気配がない。これは施されているのではなくエンチャントか。矢自体は特別製だが施されてはいない。エンチャントに特化した素材なのだろうか。
これ自体に脅威はない。これ自体に脅威はないが・・・。こういう形で弓矢を運用するか。これでは矢が尽きるというのも期待できなさそうだ。こうなれば久々にアレをやるか。
俺はいつぞやの白煙棒を作り出す。そして大地の支配で岩壁を作り出し土煙でカモフラージュ。壁に白煙棒を投げつけると鈍い音を立てて白煙が広がっていった。自分に煙を撒くよりも射手にぶつけた方が早い。移動したとしても射手が塀を降りることはないだろう。
あとは時間との勝負だな。この機に接近する。俺は味方の立てた岩壁に身を隠しながら白煙棒を投げつけていく。
これは効果的だと思ったが人間の立て直しが思ったよりも早い。視界が塞がれて個別ではなく面制圧に移っている。この混乱に肉薄したかったがこの矢の雨では前進が難しい。
矢に脅威が付与されただけでここまで不利になるのか。兵站や兵法が必要になるわけだ。だがこの物語はそういうものは取り扱っていない。この場で叩き潰したい所だ。
「王牙。中央を突破するぞ。矢の勢いを軽減出来る魔法の膜を展開する。これなら矢の雨を防げるはずだ」
シノが黒髑髏を顕現させる。筋肉を纏って強化はしてあるが普通の大きさの奴だ。それに魔素のぼろ布を巻いている。コアではないから血の色にはならないんだな。そして展開された薄い膜はエンチャントされた矢を失速させてほぼ無力化している。これならいけるな。
俺は突撃することを周りに疎通させると躍り出る。シノの魔素膜が機能しているが矢を射っている連中は白煙で見えていない。面制圧の矢が無効化されているとは露とも思わないだろう。矢の雨がないのなら街道の加護持ちを片付ければそれで足りる。
これもまた久々にグレートソードが出てきたな。やはり強い。それも二体か。俺は全身の魔素を燃やすと一人目のグレートソードを弾き飛ばす。そして致命の一撃。今回は攻勢だ。トドメは要らないだろう。次だ。今回のパーティはグレートソード中心の構成か。この編成は強いがグレートソードが倒れると瓦解する欠点がある。タンク兼DPSのグレートソードが倒れれば機能しないだろう。他の兵科に剣と盾などがいるが問題になりそうにない。こいつらはグレートソードのサポートだろう。脅威はグレートソードのみ。魔法使いはシノが片手に封じている。
だが妙だな。ヒーラーが居ない。それに加護を消費する近接DPSの姿もない。あの構成が特殊にしてもこの事態に居ないのは考えにくい。もう一体のグレートソードの体に一太刀入れると俺は奥に駆けだす。脅威はもういない。次は弓だ。
俺が煙幕から姿を現すと流石にパニックが起きた。シノは後ろに下がって味方に魔素膜を張っている。ここは存分に暴れても問題ないな。やはり加護持ちが居るが弓兵全員ではない。というか弓兵が加護持ちだと? そしてヒーラーが控えている。
なるほど。今回は近接DPSではなく遠距離DPSの加護消費というわけか。加護持ち弓兵がエンチャントするのに加護を消費すると仮定して加護の補給にヒーラーが要る。さっきのグレートソード構成も弓兵の援護があればヒーラーなしでも問題ない。ヤバければ下がればいいだけだからな。弓矢が無効化されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
流石にこの状況は脇差が大活躍だな。相棒と二刀流で使っているが加護を抜くのは魔物武器の脇差が段違いに有効だ。相手が施された武器さえ持っていなければこれだけでも足りる。加護弓兵が持っているのが施された弓だな。これで矢をエンチャントして射る。これを見るに矢だけでは無理なのだろうな。施された武器は魔物には壊せない。俺は弦だけを切り裂いて放置する。これだけでも安心だ。
それにしてもこの仕様を見るに間違いなく次は施された銃にエンチャントバレットが来るのは想像に難くない。流石の俺も銃弾を切り裂くような技能はないぞ。銃弾を防ぐ盾か。それこそあの悪魔の毛皮の物理無効が欲しくて堪らない。神の加護を受けた攻撃に強いかどうかはともかく単純な鉛球なら無効化できるだろう。今度会ったら世界の改変を使ってでも手に入れたい。奴はこの世界の住人ではないだろうしな。
欲しい。是が非でも俺の物にして俺の所有物にして俺の手で活かしてやりたい。
悪魔よ。この次の会合がお前の最後だ。その魂を穢して犯して屈服させて、その全てを俺の物にしてやる。
弓を止めた後はあっけないものだった。いつもの地獄絵図で魔素ジェネレーターが一基稼働している。近頃本当に仕事が早いな。当初は一日以上かかっていたと思ったが。あの牛頭馬頭も強化しているのか。彼らの支配は一体何なのか俺も知らない。これを見るに魂の支配だろうか。彼らで言葉が話せる魔物に会ったことがない。
「うまくいったな」
黒髑髏のままのシノだ。
「ああ。助かった。あれは加護の真似事か?」
「着想はそうだが原理はまるで違う。軽いものに対しては有効だが剣などは流石に無理だぞ。そのぶん魔素の盾と違って維持も楽だ」
「あれなら銃弾も防げるのか?」
「鉄砲には大した効果はないぞ。そもそもあの矢にしても矢じりではなく羽の部分に干渉している。施された矢じりだけが飛んでくる状況となると効果は薄いな」
「しかしそろそろシノののようなサポート系の髑髏が欲しい所だな」
「馬鹿を言え。髑髏がこんな魔法を使うものか。もしこれを強要されていたなら私でさえ魔物の陣営から去るぞ」
「それほどか」
「それほどだ。私に関してはお前の存在が大きいからな。お前を活かす方向で動いている。そもそもこんなサポートなど魔物に出来るものか。仮にお前にその力があったとしてそう使うか?」
「状況が許せば使うが、常にこれとなると流石にだな」
「そうだろう。魔物の魂はそういうものだ。成したい事と成すべき事が合致している。そこから外れた私は異端だが、その目的は変わっていないぞ」
シノの目的といえば神か。
「神とはなんだ?」
「その質問にはこう答えよう。定義づけられないものだ。
聖女に現れた神の手先、魔族の皇帝、それらはいずれも神のように思えるが神ではない。神とはそういう存在ではないのだ。
神とは運命や因果律というものも居るが、そう定義付けが出来る時点で違うものだ。
そういうものではない。理の外にいるもの。
異世界人だというお前がその神の可能性はある」
なるほど。俺達が神ではないか。という以前のシノの問いかけはそういう事か。
「それで異星人か。確かに俺が神では今までの全てが無に帰すな」
「むしろ自分で気づけていないぶんその可能性が高いぞ。お前は神の手先ではなく神自身だ」
「ならば悪魔よ。今すぐ現れて物理無効の毛皮を俺に与え賜え」
「・・・お前そんなにあの毛皮が欲しいのか。流石に施された武器に耐えられるとは思えんぞ」
「そういう問題ではない。物理無効の毛皮というその存在が俺のゲーマーとしての本能が欲しているんだ」
「たいした神だ。それならば私は毛皮を剥がれた悪魔か」
「どういうことだ?」
「神の物欲で玩ばれたという意味だ。私たち髑髏は決して神を許さない。その座から引きずり落してその肉を食らい尽くし、その存在を消滅させてやる」
なんとなくだがわかってきたな。強い恨みか。それが俺たち魔物の動力源。それは俺にもある。人間への恨みだ。
同族殺しの人肉食いと神降ろしの神肉食いか。結局俺達は魔物なんだな。




