第三十五章 悪魔の毛皮
その後も魔族の掃討が続いていたが遂にシノに限界が来た。
・・・ただの食べ過ぎだ。
死んだ魔族の血を自身の血で呼び込んで吸い込んでいたのが、流石に多すぎて消化不良を起こしているのだろう。魔族の血が経験値になるとはいえ過剰なレベルアップは体に悪そうだ。何時ものように盾に格納して休んでいる。
それよりも問題は相棒の方だ。聖剣から元に戻らない。余程因縁があるのだろうか。時折魔素キャンセラーを照射して索敵を行っている。先程も建物内の掃討をしていたのだが魔素キャンセラーの照射で隠れている魔族や隠れる意味の隠蔽魔法を悉く炙り出している。さながら剣の形をしたレーダーサイトだ。
剣を振るうたびに索敵が行われる。そして現実のレーダーのように照射した魔族を電子レンジだ。しかも壁を貫通する。
あまりにも殺意が高すぎる。
今は魔物が居ないから問題はないが、そこは配慮しているのだろう。俺やシノに当たることはない。それでも完全に安全な代物ではないな。実際こうして聖剣の力を見るとこれが人間の手に渡らなかったことが一番の功績かもしれないな。もしもこれを聖女クラスの勇者などが振ってきたらこの物語のタイトルは「秒殺転生~転生したら秒で瞬コロされる無理ゲーが始まりました~」になるだろうな。まあ相棒の敵は魔物ではなく世界の改変を行うものだろうがな。取り合えずシノに改変魔法を使わせるのだけは避けないと何が起きても不思議ではないな。
今俺達はシノの屋敷の中庭に居る。中世ヨーロッパのゴシック調。この建築物の長所は天井が高いことだ。これがとても助かる。扉はぶち破るしかないがそれほど硬くないのも良い点だ。いざとなれば大地の支配で変形させることもできる。人間の領域だとこの手の建物は施されていて魔物が利用できない作りになっているからな。
それにしてもデカイ中庭だ。こういう所は噴水やお茶飲み場に庭園があるものだと思っていたが何もない訓練場のようになっている。ゴシック調で中庭が戦闘様式というのが魔族のスタンダードなのだろうか。
だがどうせアレだろうな。魔族弱いとか言ってるとアレだろう。俺の勘違いでギャーって奴だろう。その羽音がもう聞こえている。このばっさばっさという重い音と共に星空が陰る。案の定それが落ちてきた。
俺の第一印象は魔獣だった。毛むくじゃらの二足歩行。背中には蝙蝠の羽。顔は山羊か、牛の角に山羊の角のような節がある。猫背で足も蹄の獣脚だ。だが手は熊のように爪が見えている。上半身に対して下半身が貧弱に見えるな。だが大きさは俺の倍以上だ。
正直に言えばこれが二本足で立っているのが不思議だ。飛んできたということはあの翼に浮遊する何かがあるのだろうな。しかも驚くべきはこれで世界の改変が行われていない。普通に考えれば改変魔法を駆使した合成獣キメラという趣だがそうではないようだ。
そして勿論挨拶抜きの一撃だ。明かに重力を無視した動きで右手の爪が繰り出される。俺は相棒で切りつけるのだが感触がおかしい。剣が滑る。いや刃が立たない。切りつけているのに撫でているような、おかしな感触だ。そのまま懐に入るが胴体も足も斬撃が効かない。短く持って突き入れるが入らない。硬いとかではない。肌の弾力を感じる。だが刺さらない。さっきから静かな相棒に魔素キャンセラーを頼むが意外な回答が返ってきた。この獣は魔素ではない。実際照射しても何も起こらない。
斬撃と突きを毛と皮膚で防いでいるというのか?
何という超生物だ。魔素抜きでこれを実現しているのか。攻撃をいなしているが傷がつけられない。打撃が効くかと石棍棒も試したがそういう事ではないな。まさかの物理無効化。それも改変なしで。
これは素晴らしい材料だ。
こいつを狩ればこいつの毛皮で物理無効化防具を作れるんじゃないか。獣の皮なら施された武器も通さないだろう。しかも鬼の俺にピッタリじゃないか。
俺はサブウェポンの脇差を取り出す。物理無効なら魔素はどうだ?
攻撃を受け流さず回避に専念して脇差をそっと獣の体に差し込む。
ビンゴだ。これなら刃が通る。俺の毛皮が手に入る。サクサクと捌いていくと切り落とした毛が落ちて消えた。
は?
俺は聖剣から戻らない相棒を地面に突き刺すと爪に魔素を流す。傷物になるが仕方ない。殴りつけてくる腕に爪を食い込ませる。そう。さっきから感じていた違和感がある。こいつ血を流してないな。そして傷が回復している。だが切り落とした毛や肉は消滅する。これはつまり?
俺は獣に乗り移ると羽の付け根に牙を突き立てる。脇差で懸命に切りつける。そしてついに部位破壊が成功したが、その羽が無残に消えた。
お、俺の素材がぁー!
返す刀で反対の羽にも爪を突き立てる。普段使い慣れていなかった爪だが流石になれて来た。刺さった爪を中心に俺の体を回転させ翼をえぐる。これも無残に砕け散る。
ど、何処が素材になるんだ。どこをえぐればこいつの素材が手に入る。欲しい。物理無効の毛皮が欲しぃー!
翼を失って四つ足で獰猛になったが大地の支配で落とし穴を作る。見事に決まるが底に仕込んだ黒曜石の棘が刺さっていない。だが身動きを封じるには最適だ。さあドコだ。ドコがテニハイル。ゼンブバラバラニシテヤル。ワレワレハイセイジンダ。キャトルミューティレーションの時間だァ。
しまった。あまりの好素材に我を失っていた。生きたまま部位破壊など畜生が如き所業はゲーム中だけだ。さっさと絞めて解体しよう。この獣に感謝の気持ちを込めてありったけの気持ちを爪に込める。巨大な魔素の爪が具現化する。いつもは人間相手で使えない技だがこの獣にならいいだろう。ありがとう。素材を残してくれて。ありがとう。きっと素材が残る。ありがとう!
「ありがとう!」
俺の爪が食い込むと獣が何かを語り始める。これは詠唱か。それも改変魔法。こいつは獣じゃないのか。となれば流石に離脱か。俺が爪を解こうとすると相棒の改変の気配。相棒が飛び上がり獣擬きの喉元を貫く。素では無理だが改変を使えば問題ないのか。案の定獣擬きが消え始める。未練がましく毛皮を握るが駄目か。こいつを活かすには生きたまま解体してその後も生かすという特大の外道行為が必要そうだ。流石にそこまで人にはなれんな。人間以下の外道はもってのほかだ。
それにしても物理無効生物とはなんだ。しかも改変魔法。獣や魔獣ではなく悪魔の類か。俺たち魔物がデーモンだとしてこいつらはデビルの方か。そもそも何で出来ているのかわからん。自然由来なら魔獣なのだろうが素材を落とさないゴミならデビルで十分だろう。こいつらは悪魔で決定だな。
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Tips
悪魔の魅了。※ネタバレ解説
王牙の様子がおかしいのは悪魔の魅了を受けているため。その表現のためにキャラ崩壊している。
ここが評判が悪かったので先にネタバレ。




