第三十三章 ロスト
聖女が跪いた。天を仰ぎ祈りの為に指を組む。
普通ならば諦めの境地だろう。だが俺の剣で切られても加護の揺らぎもなかったあの聖女が諦めるなどいう選択肢を取るはずがない。
天に穴が開いた。
そう形容するほかない。その巨大な穴から二本の光る腕が降りてきて聖女を包む。その光る腕が千切れて落下してくるとその穴は消え、聖女だけが残った。
光の翼。光る鳥の羽だ。それが顕現し羽を降らせる。そして死者が蘇った。
・・・やっぱり死霊使いじゃないか。
俺の予感が的中した。今の聖女は依然戦った時の3倍以上、人数にして神官六百人に到達するだろう。
流石にチートじゃね?
とも思うが。公式の仕様は全て仕様だろう。神の力なら何をしてもオーケーというわけだ。事実相棒と出しゃばりが反応していない。最悪コイツラを投げ捨ててチート合戦も視野に入れなければならないだろう。向こうは何をしても仕様でこっちは全て違法行為というペナルティ付きだがな。
「これが神の手先か」
シノが呟く。
「文字通りの意味だとは思っていなかったが知っていたのか?」
「流石に言葉の綾だ。だがこれが私が到達すべき頂点の一角か」
などと言っている場合ではないな。飛び回る聖女に無敵加護の首輪付きだ。へんに奇跡を使われるよりも厄介だ。だが聖女が落ちた。
なんだ。何かが当たった。魔素の弾丸。いや、魔物の弾丸か。見ると一体のオーガが銃を構えている。大砲状のバレルに自作のストックなどか。弾はさっきも言った通り、魔物武器として弾丸を顕現したのか。戦闘に参加しないオーガは居たがただこの時この一撃のためだけに全てを注ぎ込んだのか。どうりで普通の武器を出せないわけだ。あの武器を出せなかったオーガだろう。
千載一遇のチャンスだが、それを許す人間達でもないだろう。やはり決定打が居るか。
「相棒、出しゃばり、インナースペースを使う」
もしもこの世界の改変を行うならそれ相応の反動があるだろう。だが自身の改変ならば問題ない。自身の消失を含めたリスクを取ることにもなるが。
「シノ。俺のインナースペースを解放する。それに乗り込んでくれ。合体する」
「まて、流石に情報量が多いぞ。説明しろ」
「俺の背中が開くからそこから乗り込んでくれ。一体化してコアの性能を限界まで引き出せる。俺と一体化している間コアは使いたい放題だ。俺に合わせてくれ。負担は俺だけだ。ただ死ぬときは一緒になる。死ぬ気はないが来てくれるか」
「わかった。私をお前の好きにしたい言うことだな?」
「そうだが。あまり変なことを吹き込むな。それが反映される」
「それなら真面目にやるとしよう。そちらの準備はどうだ?」
「いいぞ。乗り移ってくれ」
俺はインナースペースを解放するとそれを背中側に向ける。
「なんだこれは。お前私を食らう気か」
「そう見えるのか?」
「全く。お前の煩悩が形になっているかのようだ。そんなに私が欲しいのならくれてやる。好きに使え」
シノがインナースペースに入るのを確認すると扉を閉じる。卵の殻の中、インナースペースに浮くシノの体からコアを取り出す。それを俺の体、背中側に顕現させる。そこから巨大な蝙蝠の翼を作り風を生み出して噴出させる。
これでいいのか?
その制御を頼む。
俺は翼で飛び上がると左手に盾を持つ。変形で盾に一対のシザースを生やして魔素の爪を纏わせる。そしてその中央に魔物武器である脇差の旗織りを仕込む。シザースの爪で強引に聖女を掴み旗織りを射出して止めを刺す。対聖女の加護用の武器だ。
聖女が起き上がってきたな。こちらの準備もできた。俺は口から熱線を発すると聖女の周りを薙ぎ払う。これは単純に聖女を飛ばせるための布石だったが思いの他効果があるな。聖女が居ないならこれで掃射してもいいくらいだ。死から復活した死にぞこないには丁度いい浄化だろう。
そして予想通りに聖女が上がってくる。盾では飛翔が精一杯だがこの翼なら空中戦が出来る。そしてその間は聖女の奇跡を封じられる。全てにおいて都合がいい。人間側に魔法使いや弓使いが居ないのが幸いした。そもそも空飛ぶ魔物などいないからな。
聖女も最初の狙撃に警戒しているようで俺を間に挟むように動いている。遮蔽物は俺しかないから当然だな。俺はそれを利用して斬撃を叩き込んでいく。聖女が攻勢に出なければ地上への掃射も忘れない。明かに焦りが見える。聖女の力が及ばない地上では掃討が進んでいる。かといって下に降りれば俺の熱線掃射だ。
唯一の勝機は聖女が地上で回復を撒き続ける事だったが、それはもう遅い。俺が逃がすわけがない。
聖女が最後の足搔きを見せようと奇跡の行使をしようとしたがそれも狙撃で封じられる。俺は聖女に熱線を浴びせると左手のシザースで掴み、死のフラグを与える旗織り(フラググラント)を射出する。そしてついに俺の牙が聖女に届いた。
聖女を倒し大地に降りた俺は困惑していた。シノの気配がない。
おかしい。コアは機能している。その制御は俺が行っている。何時の間にすり替わった。まさか俺がシノを飲み込んでしまったのか。そんな馬鹿な。たとえどんなに信用し合っていても食われるまで無抵抗ということはないだろう。
その答えを教えてくれたのはシノだった。
「王牙。あの子は逝った。伝言だ。神に匹敵する力を手に入れるために転生し続けると。お前の中で何かの可能性を見出したらしい」
それはコアを失った元の髑髏。死の髑髏の言葉だった。
「あの子は悩んでいた。今の力に限界を感じていた。特に王牙、お前との力の差をな」
「それは、俺と共にあればそれでいいだろう。この力も俺一人の物じゃない。俺達の力だ。二人で一つでは駄目なのか」
「そうだ。あの子はお前と歩む道を望んだ。共にあるだけではない存在にな」
「それでいいではないか。それの何が不満だ。それを続けるための婚儀ではなかったのか」
すると死の髑髏が左手を見せてきた。
「どうだ。ここに指輪はない。お前の手にもな。それはあの子の魂が持って行った。必ずまた会える」
「また会えるだとふざけるな。それは何時だ。転生がそう甘いものか。ここでない場所に転生したらもう会えるはずがない。そんなものに賭けたのか」
「そうだ。あの子と私が同調したのは神への反逆という一点のみだ。それが髑髏の存在と嚙み合い過ぎた。それこそがあの子の望み。今のお前たちで勝てる相手か?」
「それでもだ。共にいる時間が無駄だというのか。自分の望みの為に俺を捨てたのか」
「ともに歩むためだ。私が言えるのはここまでだ。もう私はお前のシノではない」
そうだ。それはわかる。この髑髏の体はあの時シノが顕現したまま放置していたやつだ。あの時から、シノは何かを決心していたのか。
「悪い。少し感傷的になった」
「いいさ。私もお前たちとの旅は楽しかった。だがここでお別れだな。私も髑髏に戻る」
「ああ。助かった。シノ・・・、死の髑髏が居てくれなかったら俺は既に死んでいた。俺はその程度の鬼なのだがな」
「ああ。知っている。だから同行した。だがもう必要ないだろう。もし小さい私に会ったなら私も愛していると伝えてくれ。何時でも力になると」
「過保護だな。だったらこんな旅を娘にさせるな」
「愛ゆえにだ婿殿。それではさらばだ。二人で戻ってくる日を楽しみにしているぞ」
勝手を言ってくれる。勝利を得たのは一体誰だ。こんな形で同族食いとは笑わせてくれる。呪いを受けたのは寧ろ俺ではないか。やはり贈り物などするべきではなかったのだ。どこまでも性が魂を蝕むのならシノも永遠に神に手の届かぬ存在で居続けるのか。
だがここで神を恨むのはお門違いだろう。ならば誰を恨めばいい。答えが出ないまま俺はその場を去った。




