第三十二章 聖女再戦
聖女との戦いが始まった。もう何度も見た交易路の街だ。何という名で呼ばれているのかは知らないがここまで激戦区になるとは誰も予想していなかっただろう。城こそないものの今や城塞のようになっている。町を囲む塀こそ変わらないがその戦力は外からでもわかる程だ。単純な話聖女が常駐している。一度建てられた魔素ジェネレーターも今は破壊され街並みも修復されている。
今は既に総力戦。髑髏が開けた塀の穴から雪崩れ込んでいる状況だ。幸い聖女は髑髏部隊が抑えている。巨大な協力魔法を街に放ち聖女がそれを押さえている。ただそれでも単騎といういうわけではない。それを囲む何百という神官が重なり、さながら街の中は加護の森といった所だ。数多くの神官が広域に加護を展開しそれが重なって魔物が自由に動けない。いつぞやのエルフの森ではエルフが木を操って俺達の進路を塞いでいたが、それの神官バージョンだと思えばわかりやすいだろう。この圧のせいで中に入り込めない。無理に入れば加護に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。
今でとはまるで違う戦い方だ。これまで神官やヒーラーなどそれほど見かけなかったがこういう事か。この神官の森で人間は自由に動けサポートも受けられる。それに加えて俺たち魔物は多重に重なった加護の壁で行動制限を受ける。間違いなく対魔物戦闘の答えだ。神の加護は魔物にこそ効果を発揮する。
ここで活躍しているのがゴブリンの息子達。ゴブリンサンとでも呼ぶか。彼らは神の加護の影響が少ない。やはり魔物ではないのだろうな。そして生成魔法を使っている。最初は核を疑ったがこれは血に宿っているようだ。コアを宿したリンセスの文字通り血を分けた存在だ。それもゴブリン譲りのスカウト技術で隠れながら神官を仕留めている。ほぼ主力といってもいい。彼らが神官の数を減らしているおかげで俺達が前進できている状態だ。
だがやはりというべきか人間の標的がゴブリンサンに向かい始めている。やられてはいないが攻撃できない状態だ。こうなると最初は聖女を髑髏が抑えていると感じていたが聖女に髑髏が抑えられているのが正解か。髑髏の火力なしにこの神官の森を突破することが難しい。
「王牙。アレをやるぞ。古城で使ったアレだ。このままでは埒が明かん」
「ここでか」
「ここでだ。髑髏の魔法が聖女を疲弊させる頃にはこちらが全滅だ。終わった後はすぐに回収しろ。状態にかかわらず元に戻る。あの時のように指揮官扱いで追いかけまわされるのは御免だからな」
「心得た」
シノが赤髑髏を顕現する。あの古城を焦土と化したあの魔法だ。恐ろしいほどの魔法の気配が俺の後ろから漂ってくる。
「ゴブリン。息子を下がらせろ。デカイのが来るぞ」
状況が確認できない俺は声だけで伝える。流石にこの乱戦でゴブリンの把握は無理だ。だが意図は伝えられたようだ。人影が神官の森から出てくるのが見える。
一瞬の光。本来光を放つはずのない魔素による魔法が光と感じるほどの濃密な破壊。ビシャビシャと降り注ぐ魔素の余波を浴びながらその光景に目を疑う。何もない。そこに街と呼ばれるものは消え失せ見渡す限りの瓦礫が転がっていた。しかしそこに転がる人間の死体は異常なほどに少なかった。
嘘だろ。
この瓦礫の山で人間だけが立っている光景が既に異様だ。流石に神官の森は解除されているがそれだけだ。街がなくなった分戦いやすくなったがスカウトをしていたゴブリンサンには適さない環境だな。それに加えて降り注ぐ魔素の雨は俺達魔物には助けになるが彼らにはあまり適さないようだ。やはり見た目は魔物でもかなり人間に近い。魔物というより亜人という表現が的確か。
「出し惜しみするべきではなかったか」
シノの声だ。今髑髏をパージして乗り込んでくる。
「意識を残すために加減したが裏目に出たな」
「だが魔物が動ける空間が出来ただけでも上々だ。あの化け物相手にようやく五分に持ち込めた。それよりお前の赤髑髏が動いてないか?」
「あれも加減の理由だ。しばらくはそのままだ。あれを囮にする」
なるほど。精鋭が来るなら待ち構えるのもありか。
「それよりも私の空間の把握が出来ない。加護があまりに濃密すぎて機能しない。頼りにするな」
「わかった」
漸く総力戦か。見晴らしのいい瓦礫の山で俺達魔物が人間を包囲していく。流石に城壁のない守りの陣は機能しないだろう。ようやく数が生きてきたな。それにこちらは魔物の武器持ちだ。懐に入れば神官のぶ厚い加護も抜ける。ここから先は時間の問題と言いたい所だ。聖女さえ居なければ。
聖女が出てこない。奥に控えている。この状況であの化け物聖女が怖がって引き籠るとは考えにくい。何を狙っている。
「王牙。悪い知らせだ。あの精鋭が髑髏部隊の方に向かっている。彼らの援護は望めんぞ」
俺はシノが残した赤髑髏をみやると無傷だ。相変わらず判断が早い。魔法切れの赤髑髏を完全無視して主力の髑髏部隊を叩きに行ったか。
まさかあの時と同じ奴らか? また見失うのを避けてたとも考えられる。あの聖王都での黒髑髏は完全に囮だったからな。結果的にそうなっただけだが。
そして雨が降り出した。
ぽつぽつとではなく急に中空から雨が湧きだしている。それが聖女の周りから発生してこちらに広がってくる。
「シノ。盾を密封しろ」
俺は嫌な予感がひしひしとする。それは物理的に、主に皮膚の表面から。
痛ぇ!
痛みを感じない筈の魔物の体に激痛が走る。なんだこれは。流石の俺も目を閉じる。これは加護の雨か。それも濃密に凝縮して物質化している。言ってみれば聖水の雨だ。加護に触れても抵抗しかしない筈だが確実に触れた部分を蝕んでくる。
あの化け物め。やはりあいつは死霊使いだ。まともな頭がついていればこんな呪いを撒くがごとき奇跡を使えるわけがない。
マズイな雨自体はそこまで長くないが痛みが長引いている。むしろこれは加護で爛れているというよりも奇跡によって痛みを発生させてると捉えた方がいいな。傷がうずく。
問題は俺たち以外だ。オーガはほぼ問題ないがその他の兵科が軒並み機能不全だ。ほぼ痛みを感じたことがないのだろう。その未知の感覚に戸惑い想像以上に恐れを感じている。オーガが問題ないのは痛みを知る魂を使っているからだろう。事実俺はこの程度の痛みで止まることはない。全身から魔素が流れ出し血塗れ状態だが、特に問題はない。問題は魔物側の数の減少だ。
包囲が崩れて逆にこちらが包囲される形になる。流石に大部分の魔物が逃げてしまった。今ここに残っているのはオーガとゴブリンサンだけだろう。やはりゴブリンサンは加護の雨によるダメージがない様だ。
とはいえ完全に敗走状態だな。下がる以外の選択肢が取れない。なにより聖女が前に出てきている。もう隠し玉はないだろうがその必要もないのだろう。
そしてまた雨の気配。いやこれは聖水の雨ではない。それも後ろから。
ーーもう大丈夫。
そのリンクはその場にいた全ての魔物に届けられた。
後ろからから迫ってくる雨に慄いていた魔物たちが足を止める。それを真っ向から浴びた魔物たちは自身を取り戻した。
それは魔素を含んだ雨の掃射。その方向にはゴブリンに抱きかかえられたお姫様抱っこの身重のリンセスの姿があった。
「流石だな」
確かに。俺もそれに頷く。体の痛みがすべて消えた。
「今ならリンセスを聖女として崇めたい所だ。あの人間の聖女こそ化け物だろう。悪役令嬢のメインヒロインだな」
「なんだそれは」
「創作のテンプレだ。日陰者として追われた方が本物の聖女で陥れた偽物が酷い目に合うという展開だ」
「それはヒロインがリンセスではないのか?」
「メインヒロインという悪役なんだ。主人公が悪役令嬢で聖女は敵役だな」
「ややこしいな。入れ替える必要があるのか」
「自身を悪しきものとして受け入れるのが大前提だからな。常に正義の側でいるメインヒロインとぶつかるというわけだ」
「ならば私も魔物として生まれかわった悪役令嬢だな。メインヒロインは神だが」
「それは大きく出たな」
「当然だ。むしろ髑髏は神に弓引く者の集まりだ。その火力に変質的に拘るのもその性だ。神を打ち破る魔法。それが私達髑髏の宿願だ」
「その道は長そうだ。果てのない旅だな」
「そうだ。この物語に果てはない。覚悟を問う必要があるか?」
「ないな。人肉食いよりも神を食らう神肉食いの方が面白そうだ」
「なんだそれは」
「俺がここに居た理由だ。同族の異星人を始末するより神に挑む方が面白い」
「ようやく認めたな。この世界の神を屠ったらお前の星を探してみよう。まだまだ私達の旅は続くぞ」
長い旅だ。こっちの方も終わりそうだな。痛みの消えた魔物たちの暴走はとどまる所を知らない。完全に形勢逆転だ。後少しで聖女に手が届く。俺の間合いまで押し込めた時が聖女の最後だ。




