第三十一章 旗折り(フラグブレイカー)
そこでは久々にファッションショーが開催されていた。シノとリンセスで盛り上がっている。何でもリンセスはプリンセスを目指していてお姫様をイメージしているだの、シノは女王や女神だの、どうでもいい会話が右から左に流れている。
・・・コアからの生成はその加減が分からず危険だという話だったが、この服の山はなんだ。この無意味な時間は容認するが無意味な生産は流石にどうだ。
などという俺の意見は黙殺だ。しかし相変わらず下着が一つもないな。何故服ばかりなのか。リンセスは流石に身に着けているが実用的なものばかりで、ぶっちゃけただの布だ。他人の嫁に興味はないがシノへの普及は期待したかった。
ゴブリンは小鬼の眷属たちに会いに行っている。俺も同行したかったのだが小鬼は小鬼のルールがあるらしく俺が邪魔だという事だ。
俺はといえばシノの好感度アップという戦力増強のはずだったのだが、二人だけで盛り上がっていてそれを果たせそうにもない。これなら同族と試合でもしていた方がマシだ。折角のサブウェポンが錆びついてしまう。
「私たちが着飾っているのにその反応はなんだ」
「中身がないぞ」
「中身? お前はそればかりだな。それならリンセスで我慢しろ」
「そういう問題か。大前提としてお前の体が必要だ。そこに付随することに意味がある。それ単体や他の者が履いていては意味のない代物だ。お前こそリンセスに感化されて履くべきではないか?」
「馬鹿を言うな。リンセスは今でも人間のようなものだ。私は違う。そのようなものは必要ない」
「俺の好感度アップのためでも駄目か?」
「ならお前が私に贈り物として渡すのはどうだ? 私の心が動くかもしれんぞ?」
「前にも言ったが俺が贈り物をすると碌なことにならん。俺が贈り物をするときはその相手を呪う時だ。それ以外は控えている」
「なんだそれは。祝い事以外でも駄目なのか」
「そうだ」
シノが言っているのはゴブリンとリンセスの再度の結婚式の事を言っている。あの二人は人間になった時も式を挙げていたらしい。だが今回魔物になって死に戻りも迎えたことで再度誓いを立てた。そこに俺とシノも参列したというわけだ。なにか贈り物をというシノに俺は同じような言葉を吐いた。あの二人には通じていただろう。俺は祝福したいからこそ送らないのだと。シノはそれが気に入らないらしい。この二人のファッションショーもその当てつけだろう。それが分かっているからこそ付き合っているのもある。
「強情な奴だ。人を捨てた時にそんなものは置いてきたはずだ」
「これは魂に宿るものだ。幾度の転生を経てもそれは変わらなかった。それをまた試すようなことはするべきではない」
「そんなものは私にとって何の障害にもならない。試してみてもいいのだぞ?」
「そのときは自発的に下着を履いてもらうが、それで構わんな?」
「その言い方は卑怯だぞ王牙。だがお前がそこまで言うのなら引き下がろう。それでも私は諦めたわけではないからな」
贈り物か。魔物になってまでまたそこに頭を悩ませるのか。人間にならばいくらでも送ることが出きるのだがな。
未だ聖女への対処策が成されないまま時間が過ぎていった。そしてついにゴブリンとリンセスの間に子供が生まれた。
何の誤植でもなくゴブリンの子をリンセスが生んだ。初めはコアから生まれる核ではないかと心配をしていたがどうやら違うらしい。コアといえばいまだにリンセスはツインコアのままだ。この二つのコアは引きあっていて安定している。剥がした方が危険だという結論に至った。ゴブリン自身もコアへの執着はもうないらしい。ただやはり前の持ち主ということもあってそれは予想していたと言っていた。その時の会話は今でも覚えている。
コアは転生した人間ではないか、と。
俺も同じ意見だった。だがゴブリンの意見はその先を行っていた。分御霊はコアとなると魔物と同化する。それは死に戻りをしてコアを完全に排除できたからこその意見だ。だからこそその違いに気づけたらしい。
シノも同じ意見だった。俺がシノのコアに付けた傷が修復しだし俺が再度傷つけようとした時だ。もうその必要はない、と。俺はコアの浸食を疑ったがそもそもそれは最初からだったらしい。コアが発生した時点からシノは変わり今はコアを含めて自分なのだと。そして肉体を持つ小さな自分と髑髏である自分との乖離も感じていたらしい。もう一人の自分がいるがそれは自分自身でもある。それがシノが出した結論だった。そしてコアを破壊すればそれこそもうそれは自分自身ではないとも。その答えを聞いて俺は剣を引いた。未だに俺の魔素の吸収と回収は行っているがそれはほぼ俺の魔素の生成行為以外のものではない。
リンセス、というよりも人間に宿ったコアはまた異なるらしい。同化のない純粋な願望器。世界の改変なしで起こし得ることは大体可能だという事だ。自身の変化、生成魔法、ゴブリンとだけ繋げたリンク。そこにゴブリンの魔物性のコアを取り入れたことで多少の同化とコアの要望、願望などが流れこんできた、と。二つのコアはかつて愛し合っていたものだとリンセス自身から聞いた。今安定しているのはそのせいだろうと俺も思っている。
ただ子供を産むのはまた別の事柄らしい。俺たちオーガが大地の支配が使えるようにゴブリンは生命の支配が使えるらしい。これはゴブリン本人ではなくシノから聞いた話だ。ちなみに髑髏は空間の支配。敵の数の把握や魔法の構成を中空に浮かべてより高度な魔法を使うのに使えるそうだ。シノの敵の把握能力は魔法のものだと思っていたが違ったらしい。それを本人にいうと魔法は万能ではないぞといつもの軽口で返された。
そしてゴブリンの生命の支配によりリンセスに子供を産ませることができるらしい。それこそ万能ではないかという俺にシノのあきれ顔が返ってきた。単純な話で大地の支配でさえ抵抗があるのに生命の、しかも人間が支配に応じるわけがない。リンセスがゴブリンを信じ受け入れたからこそ可能な事だと聞かされた。よくあるファンタジー物のゴブリンのようにはいかないらしいな。
だが生まれた子供はまさにそのファンタジー物のゴブリンそのままだ。魔物のゴブリンとその嫁となったゴブリンプリンセス。この二人がこの世界のゴブリンの始祖といっても過言ではない。
ここが正直わからない所だ。この行為は許されるのか。魔物である存在が更に新種の魔物、いや怪物を生み出す。もしも討伐の指示が出れば俺はゴブリンの側につくだろう。だがその気配はない。これが予定通りという事はないだろうが目を離していい案件ではないな。
魔物の街に対聖女用の戦力が着々と集まってきている。数は要るがいつもの基本的な戦力だ。髑髏に牛頭馬頭、小鬼に鬼だ。今回も魔物側にユニークやネームドは見当たらない。いや、一体赤黒い髑髏が居たな。
「やはり理解は得られないな」
シノだ。今回は髑髏側に行くつもりだったが馬が合わなかったようだ。
「その力を持ってしてもか?」
「いくら強いとはいえ私は異物だからな。髑髏の部隊は協力して大魔法を駆使することも多い。自然とリンクの繋がりも大きくなる。そこに私のコアと共有している意志が介在すると乱れも生じる。もし私が彼らの立場でも同じ反応をするな」
「単体で三倍以上の魔素があってもか?」
「当然だ。個よりも部隊の連結の方が強い。いくらか試してみたが私は良くても彼らの拒否反応が強いんだ。こればかりは仕方がない。私でさえ受け入れるのに時間がかかったからな」
「ならいつも通りでいいか」
「ああ。今回は小さい私で参戦だな。髑髏の役割は彼らに任せよう」
「なら少し付き合ってもらえるか?」
「珍しいな。何か秘策でも練るのか?」
「そんなところだ。盾に乗ってくれ。精製した魔素も頼む」
俺は赤髪に戻ったシノを盾に乗せるとかつて破壊した古城へと進路を向けた。
あの時のシノの魔法で崩れ去った古城が見えてくる。そこではゴブリンとリンセスが暮らしていた。ゴブリンは問題ないがリンセスとその子供たちは魔物と相いれない可能性がある。それを考慮しての処置だ。
「おかえりなさいダンナ」
子供を抱えたリンセスが迎えてくるが、子供の数が多いな。すでに成長済みの個体もいる。だが魔物リンクがない。声はあっても鳴き声だ。意思の疎通は難しいな。どちらかというと人間の部類か。
「ああ。式の準備はいいか?」
「勿論。ようやく決心したのね」
「何の式だ。結婚式でもあげるのか」
「そうだ。俺とお前の式を今ここで挙げる。協力してくれるな」
「お前は馬鹿か。協力ではないだろう。何か他に言葉はないのか」
「協力だ。これからの聖女との戦いで愁いを全て消しておきたい。迷いや未練があって勝てる相手ではない。心残りだったお前との関係を形にしておきたかった」
「死にに行くわけではないだろうな?」
「勝つための儀式だ。これからお前と歩むための」
「まあお前にしては上出来だな。言葉に出来ただけでもは誉めてやろう。だがまだ足りないな。お前は形といったがここに何か残すのか?」
「いや、これを用意した」
俺は指輪を取り出す。大地の支配で生み出した金剛石に世界の改変を加えたものだ。ダイヤを削り出しカットしたただ硬いだけの代物だが余計なものを盛り込むのは危険だろう。
「銘は旗折り(フラグブレイカー)。ありとあらゆる運命を断ち切る呪いの指輪だ」
「王牙。お前これから運命を共にする相手になんてものを差し出すんだ」
「聞け。この名はあらゆる死のフラグを回避するという意味で付けた。これから幸せになるという時に必ず訪れる死のフラグだ。だからこその呪いだ。俺は祝福された贈り物などできない。だからこそお前を呪いの指輪で縛り付けそのフラグを回避する。幸福と共に訪れる死のフラグを破壊するものだ」
「死の髑髏である私にそれを渡そうというのが気に入った。それで、それをどうする気だ? 無理やり私に嵌めるのか? 抵抗はしないが伴侶とはなりえないな」
勿論。そんな気はない。
「シノ。俺、王牙と結婚してくれ」
これが俺の呪いだ。シノを縛り付けるための。
「そう来なくては。その呪い受けよう。死の髑髏である私がお前の王牙の呪いを解く。忘れるな。お前の呪いはすべて私が引き受けた」
「心に刻む」
俺は跪いて俺の呪いをシノの指に嵌める。そうか俺は人を不幸にすることで救われていたのか。今ここで俺は救われた。ならばあとはその救い主に全てを捧げよう。
「まったく。色気のない贈り物だ。お前というやつは本当にどうしようもないやつだ。俺の物になれと下着でも差し出してくるのかと思ったぞ」
「私も意外でした。ダンナがこんな機微に触れる言葉を使えるなんて本当に意外。贈り物で人を不幸にするなら呪いを与えるなんて、シノでなかったら足蹴りを食らわされてる所でしたよ」
「全くその通りだ。私以外にこんなことはするなよ王牙。私だけだからなお前を理解できるのは。ありがたく私の物になっておけ」
「そういっているように聞こえなかったか」
「聞こえた。聞こえたが再確認だ。手に入れたものを愛でているだけだ。存分に私にもてあそばれろ」
なるほど。シノが俺に下着を着せられていた時の気分がよくわかるな。
「ならばもう式は必要ないか。リンセス、手間をかけたが・・・」
俺の言葉はシノとリンセスの飛び蹴りによって遮られた。
式はつつがなく終了した。




