第三十章 サブウェポン
撤退した俺達は魔物の村に戻っていた。流石にあれを殺しきるなら髑髏部隊の圧殺でもないと無理だろう。どう見てもあれは対魔物どころではない。対チート兵器。世界改変を行える敵に真っ向から戦うための兵器だろうな。以前に見た聖王都の巨大阿修羅ゴリラロボもその一つだろうな。あれと同等の代物だろう。そんなことをシノとリンセスと話し合っていた。
「ならばあの浮遊城郭と聖女を戦わせればよかったのでは無いか?」
その意見はもっともだ。
「だがあの浮遊城郭は精神系だ。あの婚儀といい既に捕らわれていた可能性が高い。もしあれが聖女を擁して俺達に歯向かっていたらどうなっていたかわからんぞ。完璧なコアを持つものは俺達の敵と見て間違いない。それも魔物のリンクを乗っ取っての偽の指示だ。ゴブリンとリンセスを狙っていたのも気になる」
「それなら私が知ってる。あそこの領主は特殊な力を持つ人間を集めていたの。私も狙われてた。だからゴブリンはそいつらの報復を受けたんだと思う。・・・そいつはどうなったの?」
「始末した。それを知っていたらあの無様な死にざまも憐憫を感じずに済んだのだがな」
「そう・・・。聖女でも駄目だったのね」
「聖女と知り合いか?」
「ええ。裏切られたと思ってたの。聖女が領主に負けたのならあの神官騎士達はその救助だと思う。あんなの見たことがなかったから」
「なるほどな」
「何かわかったのか?」
シノが期待した声で聴いて来るがそんなものは無い。
「聖女には正面から挑まずに搦手を使えということだ。そしてそれは俺たち魔物には無理だ。何か別の方法だな」
「ならお前もコアの分御霊を手に入れるか? 今の所これが一番有効だ」
シノの視線がリンセスを捉える。その意味する所はわからんでもないが言葉にしていいものではないな。俺は話を変える。
「リンセスのコアはどこで手に入れたんだ? お前も転生者か?」
これも重要だ。彼女のコアは完全体ではないようだが、どこで分御霊になったのか。
「これは姉妹で分けたの。それを分けた後襲われて、私だけが生き残ってエルフになったの」
「まて、お前は人間か?」
「そうよ。人間からエルフになったの。エルフは私の憧れだったから。皆で五人姉妹でエルフになって森で暮らそうって、あれ、誰だったかな。でも確か異世界とか転生とか言ってたのは、一人いた。コアもその子が持ってきたような気がする」
人間にも異世界転生が居るのか。
「ならば神の加護を持っていたのか?」
「ううん。あれは一部の人間だけ。努力すれば得られるとは聞いていたけど、私達は誰も加護を得られなかった」
異世界転生した人間が神の加護を得られないのか? とも思ったが、もし俺が人間に転生していたら神の加護が得られるとは思えない。逆に排除されるだろう。
いやまて。この世界には銃があった。あれはなんだ? 神の加護がある世界で銃など必要ないどころか逆に邪魔だ。魔物に効かず加護持ちを屠れる武器。明かにこれは転生者か。それも神の加護を得られなかった。
そして銃がなければコアを手に入れようとするだろう。そしてリンセスによればそれを分御霊にする知識もあった。加護無し人間にこそ転生者が居る可能性が高い。そしてコアは人間から生み出され濃縮した特殊魔素だ。
コアの源は転生した人間?
早計だがそれが一番しっくりくる。最初に見た人間の村は銃で武装していた。それはつまり転生者の村だ。それを圧殺せずに魔素ジェネレーターの発生場所にした。そこにコアはなかった。だが次の聖王都ではコア持ちの原料となる特殊魔素が発生した。
これも仮説だが。魔素ジェネレーターはコアとなる特殊魔素を送還できる? それとも特殊魔素を材料にしているのか?その処理が出来ない場所でコアが発生するのか。
段々と俺たち魔物に指示を出してきた存在の意図が掴めてきたな。
人間に転生しコア化する人間の排除。
これか。俺が殺すべき人間はコイツラか。この世界の人間は触媒で言わばこの世界のNPCのようなものだ。PC入りの人間。これを殺すために俺を呼んだのか。同族殺しの人肉食いとはよく言ったものだ。道理で俺はこの世界の人間に何の嫌悪感も抱かないわけだ。
「何をそんなに考え込んでいる」
「俺はここでも人殺しなのだと思ってな」
「なんだそれは」
「同族殺しの人肉食いが的を射ていたということだ」
「お前の同族は魔物だろう。人を殺して何が悪い。私たちはもう人間ではないのだぞ。それともお前は人道にでも目覚めたか」
目付きが鋭くなるシノを見て俺は思わず吹いてしまった。
「そうだった。俺は魔物で同族はお前らだ。魔物の同胞は俺の味方で守るべき存在だ。人間を絶滅させても何の咎があるというのか」
「お前は時々物凄くアホになるな。考える頭がついてる分余計なことを考え過ぎだ。お前は私のものだ。それだけを憶えておけ。その他は全て忘れろ」
「そうしよう。確かにそれが俺の全てだ。愛しているぞシノ」
「わかればいい。まだ好感度上げの作業が残っているからな。この先もずっといつまでもだ」
そんな俺達を不思議そうに見ていたリンセスが口を開いた。
「ねぇ。ダンナとシノって夫婦で魔物になったの? 人間から?」
「違うぞ。ゴブリンの嫁。私たちは死んで生まれ変わったんだ。こいつは宇宙から来た宇宙人だがな」
「それをまだ続けるのか。俺は異世界人だ」
「なんだそれは」
「異世界だ。こことは違う世界から来た」
「その戯言よりも宇宙人の方がよっぽど信憑性があるではないか」
流石にぐうの音も出ない。そもそも異世界とは何だと問われても俺も知らん。違う惑星の方が確かにありえる話だ。
「じゃあ、ゴブリンが帰ってくるっていうのも本当なの? 本当に信じてもいいの?」
「お前、またそんな世迷言を」
リンセスの言葉にシノが俺を睨みつけてくる。
「俺はそう信じている。人間から魔物に転生して、魔物から魔物に転生できない道理があるか?」
「なくはない。だが見たこともない。・・・お前はまさか死んで転生したのか?」
「俺の場合は意識が捕らわれていた。ある意味死んでいるとも言えなくないが特殊なケースだ。だが俺は帰ってくると信じている。小鬼はサイクルも早い。俺達大型とはまた違うだろう。ゴブリンのほかにも話せる小鬼はいた」
「お前が信じる分にはいい。勝手にしろ。それよりもゴブリンの嫁だ。お前はこれを信じられるのか?」
「信じたい。私はゴブリン・プリンセスのリンセス。私は夫の帰りを信じて待ちます」
「そうか。なら私も協力しようリンセス。お前もだ王牙。その大口を叩いたからには閉じさせはしないからな」
「最初からそのつもりだ。違える気はない。アイツは何時でも俺の創造を超えてくる。今回もそうだ」
なんだ。二人で顔を見合わせて。
「ねぇダンナ。ダンナとあの人ってどういう関係なの。どうしてそんなに通じ合っているの。そんなに信じられるものなの」
疑問をぶつけているようで口調は詰問調だ。なんだ? 異世界人への偏見か?
「私も気なっていた。お前はたまに私よりもあの小鬼と通じ合っていた。何がそんなに信じられる」
シノはわかるがリンセスまでゴブリンを信じていないのか。アイツは一体自分の嫁に何をしたんだ?
「同郷だからな。通じ合うものがあるのは当然だろう。何がそんなに信じられない」
まるで理解不能だ。今さっき信じて夫を待つと言った口でそれを疑うのか?
「違う。お前はまるで理解してない」
「私があの人を信じてないわけないでしょう」
「完全に意味が分からん。お前たちは何を言っている」
また二人で顔を見合わせている。なんだ? 何かのネタでからかっているのか?
「わからないならいい。許そう」
「私もダンナを信じていましたよ」
??? 俺を試していたのか? 一体何を確認していたのかわからん。
「何の疑いかは知らんが、何もやましい所はないぞ。奴が帰ってくる手立てがあるなら俺も協力する。これでいいか」
「そこは疑っていない」
「私はダンナも信じていますよ」
付き合いきれん。通じ合っているのはお前らだろう。
俺は新たな指示を受けて魔素ジェネレーターまでやってきた。どうやら武器の補充が始まるらしい。俺たち魔物に鍛冶技能などない。ではどうするのかというと武器の魔物を生み出すらしい。確かにその発想はなかった。俺の爪と牙は神の加護を抜くには最適だが施された武器と打ち合えば一撃で折られる。だからこそ無防備な状態を作る必要があった。それが武器となれば加護を抜く機会が増える。本体にダメージを与えれば体勢を崩しトドメの牙も使いやすくなるだろう。ただそれだけに施された武器との打ち合いは避けた方がいいだろうな。俺ならばサブウェポンにショートソードか脇差が欲しい所だ。
だがそこに先客がいた。
「横取りか? 旦那」
小鬼にしては大柄だ。2メートルはないが人間の大男くらいはある。緑の引き締まった体躯だ。今しがた手に入れたのだろう二丁の手斧を手にしている。
「ああそうだ。今は両手に花のハーレム状態だ。これからもっと増やして俺だけの王国を作る。お前の嫁はその足がかりだ」
「外道に堕ちたな旦那」
「取り返せるのか? 一度死んだお前に」
「そのために地獄に帰ってきたんだ。死んでもらうぜ旦那」
手斧が投げられる。魔物の手斧か。どんな軌道を描くか。と思った瞬間魔法が発動した。間一髪で避ける。俺を座標にした爆発系の魔法だ。この中鬼の仕業か。もう片方の手斧も飛んでくる。次の魔法は二つ。俺の座標と避けるであろう方向にもう一つ。受けても避けても俺にダメージを与える戦法だろう。だがそんな魔法に隠蔽までかけられるはずがない。事実俺に把握されている。俺がカウンターマジックの発動を狙うと中鬼本体が肉薄してきた。そうだ、こいつはデミ髑髏との戦いにも参加していた。俺のカウンターマジックを知っていておかしくない。となれば避ける方向に賭けるしかないか。いや、手斧が戻ってくる。これはマズイ。何かを受けないとこの場を凌げない。それは負けを意味する。
俺は相棒を真下に落とした。中鬼の視線がそちらに向く。その隙を見計らって両手の爪に魔素を流し魔物の手斧を弾き飛ばす。そして俺の座標にある魔法を封じる。中鬼がこちらを向いたときは俺の口の中だ。がぶっと上半身にかぶりつく。そこで勝敗は決まった。
「嘘だろ旦那。もっと油断ししろよ。こちとら死に戻りホヤホヤだぜ」
「全くたいした付け焼刃だ。遊びならともかく実践なら一瞬で首を落とせるぞ」
「魔法まで使えて武器もあるんだぜ?」
「そこが一番危険なんだ。下手に戦える分ゴブリンの時よりも危ういぞ。またリンセスを泣かせる気か」
「そこを突くなよ旦那。どんな顔して戻ればいいのかわからねぇんだ」
「その顔で戻れ。お前の嫁はお前が思っている以上に強い。で、どうやって戻ってきたんだ?」
「俺も良くわからねぇんだ。未練かな。ここでまだやり残したことがあるって思ったらまた新しく体が生まれた。それで少し強化したのさ」
体が出来る。
「まさかのコスト制か。大型が死んだら戻らないが、小型は何回か復活可能という事か」
「げ。それなら俺の体強化した分死ねねぇじゃんそれ。強化して損したわ。だったら俺がゴブリン選んだのも納得だぜ。一死で終わりとかありえねぇからな」
「となると俺は全てのコストつぎ込んでると思っていいな。俺は最初に全振りだ。魔法に適性がないのも頷ける」
「旦那はそういうスタイルかよ。やっぱここは異世界転生なんだな」
「シノに言わせれば俺達は宇宙人らしいぞ。この未開惑星ファンタジーに降りたった異星人だ」
「それいいな! 異世界ファンタジーはもう古いもんな。他惑星SFに切り替えてレーザーとか撃ちてえわ」
「確かにアサルトが欲しい所だ。あの聖女は性能がチート染みてたぞ」
「聖女ってあの聖女か? そんなに強かったかあれ」
「馬鹿をいえ。神官百人分は優にあったぞ。俺の剣で加護が抜けなかった」
「はー、旦那がそこまで言うって事はなんか覚醒でもしたのかもな」
「となれば悪徳領主から救い出した時か」
「旦那。あんた本当に何してるんだ」
事の顛末を話すと呆れようにそりゃ宇宙人と呼ばれるわけだと肩をすくめた。その後はチートも含めての情報交換。ここから先は必要になってくるだろう。
リンセスと会うのを渋るゴブリンを励ましながら俺は魔素ジェネレーターへと赴く。もう武器の銘は決めてある。「旗織り(フラググラント)」脇差だ。本来なら突くだけのショートソードでもよかったが、聖女のような切り分ける必要のある重厚な加護を相手にするには刃が必要だろう。魔素ジェネレーターの前でそれを請う。そして俺の目の前に俺の望んだままの脇差が出現する。俺はそれを手に掴むと腰に差した。抜くと黒い刀身が現れる。その濡れるような光沢はどこか黒曜石を思わせる。金属とはまた別の素材だな。
魔物のリンクで銘を伝えるとそれが刻まれ刃が生まれる。先ほどの濡れた光沢は消え波紋が浮かび上がる。これでまた頼もしい仲間が増えたようだ。