第三章 魔物チュートリアル
「よくやった鬼の」
俺を出迎えたのは魔法を放ったのと同じ声だった。髑髏の顔にボロ布。それも浮いている。体もほとんどが骨だな。だがその大きさはオーガに迫る。何処から声が出ているのかと思えば、コレは声でも魔物だけに通じるリンクで共通言語のようなものだのだろう。
「助かった。あんたは骨の…リッチか?」
あの魔法と言いこの出立と言い、アンデッド最上位といえばリッチか何かだろう。その体の魔素を見ても解る。体の耐久度こそオーガに及ばないがその含有魔素の量が桁じゃない。魔素で出来た魔物ならば魔素の多さがそのまま強さに直結するのだろう。
「りっち? この髑髏をそんな名で呼ぶ鬼は初めてだ。私がりっちならお前は何だ?」
「俺はオーガだろう。さっきゴブリンも居た。ファンタジー物の定番だと思ったが違うのか?」
「鬼の王牙か。ならば私の事は死の髑髏とでも呼べ。ここで名前を呼び合うとは変わった鬼が居たものだ」
どうも何か勘違いを与えているようだがここの流儀に疎い俺はあえてそれを否定しなかった。あまりも情報が少ない。
ここはさっきの森を抜けた所、森から離れた盆地にある休憩所のようなものだ。勿論魔物に休息などは要らないが魔素の補給は必要になる。ここはその魔素が溜まりやすい場所なのだろう。魔素が溜まりやすいという事は他の生物が近づきがたい事を意味している。近づいた場合もその魔素の揺らぎで感知しやすい。安全な場所と言うよりも地形効果的に有利な場所と考えていいだろう。
「いやなに。久しぶりに会話のできる鬼を見かけてな。ほとんどの者は口を開かずとも足りるからな」
確かに。こと同族であれば目を合わせずとも疎通できる。
「それで王牙。お前の前世は人間だな?」
ツーと通じていた糸のようなものが切れた。だが切れたのはその一瞬。張り詰めた物は魔物特有の感応で敵意を感じるものではなかった。むしろ同郷を悼むような。
「あんたもか」
「ああ。ここで人の意識を保てる者は多くは無い。そもそもが元人間かどうかも怪しいものだがな」
「それだけここの魔物の生き方が熾烈だという事か」
「・・・? 気付いてないのか?」
「なにをだ?」
「お前、息をしているか? 食事はしているか? 睡眠は? その欲求に耐えられるのか?」
「何を言っている。俺たち魔物に呼吸も食事も睡眠も、休息さえいらないだろう」
「驚いた。本気でそう言っているのか。普通はそこで耐えられないんだ」
「よくわからんが、俺はゲーマーだ。食事もしない睡眠もない休息も要らない。こんな理想的な体が他にあるか。呼吸だってしようと思えば出来るだろう。意味は無いが会話はしやすしな」
「・・・お前は本当に人間か? げーまーとは新種の人類か?」
「違う。ゲーマーはゲームを生業とする人間だ。ゲームの為なら生理機能など捨ててる奴が五万といるぞ。俺はそれの端くれだ。廃人でさえないからな」
やはり髑髏は訝し気な顔をしているな。確かにまともな人間なら理解の範疇外だろう。言葉を持つ魔物が全てゲーマーであるという仮説はこれで崩れたな。
「…そうか。遠い未来から来たのかもしれないな」
その可能性があったか。だが元が普通の人間ならその認識も頷ける。
「そうだな。時代と言うか人間性にズレがあるのは俺も承知している」
「本当に不思議な鬼だ。鬼に墜ちた存在が人間性を語るのか。先ほども小鬼を庇っていたな」
「それが俺達の役割だろう。護衛対象が全滅しては何のための俺達だ」
「・・・まるでわからない」
どういう事だ? 俺達は俺達を呼びだしたか生み出した存在に従っただけだ。本隊を逃がしてエルフの森を脱出する。その損害は少ない方が良いだろう。
「鬼、いや王牙だったか。お前に興味が湧いた。しばらく同行しよう」
「それは助かるがいいのか?」
「どの道行くべき場所は同じだろう。髑髏では区別が付かんな。さっきの通り私の事はシノと呼べ」
「心得た」
満足げに頷くシノ。俺も心強い味方が出来て満足している。オーガは肉体に優れていても魔素の扱いには慣れていない。寧ろ扱えるビジョンが見えない。五感に頼らない魔素の索敵はそれだけで十二分に役に立つ。頼りになりそうだな。
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Tips
転生
基本的に死からの蘇り。別の存在への生まれかわり。
転移ではない。