第二十九章 聖女
この街の占拠ももう終わりだな。人間があらかた片付いて戦力と呼べるものは撤退している。いつもの悪逆非道な行いで魔素ジェネレーターが一基稼働している。後はここの防衛か、と思われたときにそれが現れた。
それを何と形容すればいいか。
間違いなく人間だ。それも加護を背負った神官だが、その出力が桁違いだ。桁どころか二桁は違う。少なくとも普通の神官百人分は優に超えているだろう。これは何の冗談だ?
幸いというべきか加護を攻撃に使うような事はない。神の奇跡で俺達魔物を一掃とかいうそういう類ではない。ただ純粋に能力が、ステータスが異常に高いだけの神官だ。だがそれゆえに厄介だ。奴のサポートする人間はほぼ無敵。一パーティで十人もいないが百倍の加護で加護を減らすどころか刃が通るビジョンが見えない。攻撃力はさほど変わらないだろうが無敵の利点を最大限に活かして突撃してくる。無敵の死兵といってもいい。命の安全は約束された安全な死兵だがな。
「聖女・・・」
リンセスの呟きがそいつの正体を確定した。これが人間側のネームドか。
俺は最初人間側が弱くなっていると思っていた。だがそれは間違いだ。全体的な強さよりも特化したユニークを生かす構成に変わっていたのだ。この聖女に比べれば俺が苦戦したマントグレートソードもただのモブユニットだろう。
それにしても強い。これは例えるなら聖女を中心として遠隔操作の端末をぶつけてくるようなものだ。聖女を潰さないとこの無敵の連中が止められない。そして聖女に近づけない。攻防一体の最高の作戦だろう。魔物であればこれは崩せない。
「リンセス。アレは使えるか」
「やってみる」
これを打開するのはリンセス、つまりコア持ちの使える生成魔法。あれであればこのバカげた出力の加護を無視してダメージが通るだろう。火球を前に聖女が下がった。これはいける。ヘイトを取ってしまったリンセスを護衛しながら動向を探る。やはり生成魔法の物理効果は聖女に有効だ。このバカげた加護でも温度までは遮断できないのだろう。そもそもが対魔物を想定された代物でそれ以外には効果が薄い。
そして聖女の援護は距離に難点がある。無敵を付与するがごとき加護は聖女の近くでないと機能しない。距離を取れば薄れる。正確にはある一定の距離を取ると加護の効果が激減する。周りの奴らが首輪付きのように繋がれた行動をしているのがその証拠だ。防御は完璧だが攻勢に出るには聖女自ら前に出る必要がある。それは逆に言えば聖女を下がらせれば攻撃の手を潰せるということだ。
俺は距離を取っての聖女への攻撃をリンセスに伝えるとそれに付き従う。そう奴らの首輪の外で待ち構える。そこまで誘き出せば数を減らせる。案の定乗ってきたな。大盾とチャクラムのコンビだ。大盾をあしらいながらチャクラムの攻撃を防ぐ。
妙だ。リンセス狙いの敵を潰すつもりが二体ともこちらに来ている。その答えはすぐに知れた。大盾の影に潜むモンク。マズイ。俺を先に取る気か。これは腕を一本持っていかれたな。相打ち狙いでも相手の行動は怯まない。本気で相打ちを考えているのか聖女の加護を信じているのかわからないが、こちらには選択肢がないな。だがそこでシノの魔法が飛んできた。ドスっという重い音と共にモンクの体が吹っ飛ばされる。
これは何の魔法だ? シノにしては珍しい直線的な魔法だ。それもほとんど威力がない。だが人間の体を吹き飛ばすだけの威力がある。
「成功したようだな。加護抜けの魔法弾だ。威力はないが足を止められる。どうだ?」
「最高だ。どんなカラクリだ」
「生成した塊に加護を抜くだけの魔法を付与したものだ。抜くだけといっても相当な技術なのだぞ。私が隠蔽を施せないほどの恥をかいてまで使っているんだ。ありがたく使え」
「助かる。それにしてもいいのか?」
「いいわけあるか。こんな恥ずかしい魔法はお前に下着を着せられた時以上の屈辱だ。だが使うしかあるまい」
「そんなにか」
「そんなにだ」
なら有効に使わせてもらうか。
「シノ、リンセス。聖女を取る。援護してくれ」
二人の返事を確認すると俺は駆けだす。リンセスの方はまだヘイトを引いている。その穴を抜ける。それが耐えられる間に聖女を取る。それが俺の作戦だ。俺の追撃二人はシノが足止めをしている。他は別の敵にかかりきりで聖女がフリーだ。
これは取った。という俺の喜びと共に聖女を屠る一撃が、あまりの硬さに弾かれた。即座にもう一撃。駄目だ抜けない。これは相棒の物理の一撃だぞ。加護には有効な筈だが。俺は切り抜くのを諦めて加護にありったけの斬撃を食らわせていく。硬い。あまりにも硬い。十撃程叩き込んで三分の一も減っていない。ならば爪と行きたいが俺の魔素を込めた左手の爪が中空で止められられる。これはただの加護だ。それがあまりにも濃密で手が進まない。例えるなら砂の球体に手を入れているようなものだ。そもそも中にいる聖女にまで手が届かない。
これは想定以上だ。俺は魔素を燃やして剣戟を加速させていく。削れてはいるが果てがない。さっきの例えではないが砂の塊を切りつけているようだ。ようやく三分の二。ここまで削れれば行けるか。俺は慎重に狙いを澄ます。この加護は円だ。まっすぐに剣を突き入れれば今の状態なら届く。この状態なら胴体だ。変に首を狙えば中心線からずれて弾かれる。首を狙える角度から狙うのは威力不足で届かない。まずは一撃、聖女の体に一撃を入れる。
俺の狙いを澄ました一撃が聖女の体を捉えた。肉を割き骨を折る感覚。間違いなく致命傷だが、それ以上は入らず弾かれる。マズイな。今ので取れると思ったが聖女の加護が全く揺らがない。杖を支えにこちらを睨みつけている。あの傷で怯まないのか。少しでも揺らげば爪と牙が使えたがここまでか。
「王牙! 引け!」
シノの魔法の気配がする。これも生成魔法との混合か。爆炎と魔素の爆発を合わせた・・・煙幕か。流石にここが潮時か。
血相を変えて襲ってくる聖女パーティを俺ごとシノの爆炎魔法に巻き込むと俺はシノの元へと下がる。
「すまん! しそこねた!」
「それよりもあいつらはやる気だぞ。お前を逃す気はない様だ」
そちらを見ると聖女が支えられながらもこちらへと進んできている。
「人間の聖女は化け物か」
「人気者だな王牙。女をたぶらかす手腕だけは上がっているらしい」
「お前のお陰でな。それよりもリンセスは、ゴブリンの連れはどうした」
「もう逃げている。引き際の良さはゴブリン譲りだ」
それなら安心だな。後は俺達か。俺は相棒を収めると出しゃばりを弓に変える。シノの加護貫通魔法に合わせて黒曜石の矢を放つ。これは効果覿面だな。これなら数を減らせる。だが、
黒曜石の矢を受けた人間がその回復力で矢をへし折って立ち上がる。完全に貫いて刺さった矢が人間の体を境に真っ二つだ。
「コイツラは本当に人間か。あれは聖女ではなくて死霊使いではないのか」
「似たようなものだろう。命を惜しまぬ死兵であることは違いない。ただそれが生者だというだけだ」
これはマズいな。殺しきれない人間がここまで強いとは。これが聖女の性能か。
よくある聖女物で魔物が人間を使って聖女を陥れるという話をみたが、それはそうだ。俺達を戦車に例えたらこいつは陸上を走る地上戦艦だ。これを正面から潰そうなどというのが間違っている。しかもコイツラはたまたま立ち寄った街で参戦したに過ぎない。散歩がてらの装備でこれだ。対魔物用の装備で固められては手も足も出ないだろう。それも踏まえてここで潰したかったが残念だ。
「王牙。私を乗せろ。魔法では埒が明かん。生成魔法は小さい私の方が向いている。倒れた後も頼むぞ」
「心得た」
俺は出しゃばりを盾に戻すと背に背負う。そのまま髑髏をパージしたシノを収納。
なんだ? 何かの気体が溢れ出してくる。何かのガスか。確かにこれは有効だ。呼吸の要らない魔物に無害で人間には致命的だ。
「点火するぞ。下がれ」
シノの言葉に反対側の出口まで全力疾走。まあそうだろうな。後ろで大爆発が起こる。これは意図してではないだろうが酸素の消費も激しいだろうな。あとはもう一目散に逃げだすだけだ。