第二十六章 デミ人間
「ファイヤーボール!」
俺は魔物で人間の言葉は鳴き声にしか聞こえないのだが、それでもそれはそう聞こえた。
人間の手から放たれた火球が飛んでくる。ゆっくりと。
俺はそれを相棒で絡めるとそれが爆発した。
おおう。俺の髪が縮れ毛に、いや元からか。
「アイシクルランス!」
空中に氷柱が育っていく。それが落下してくる。
俺はそれを相棒でそっとずらす。
するとそこから棘が出てきて破裂する。
おおう。まぶしい。
「ロックブレイク!」
つぶてがちゅどっどどーん。
・・・俺は大地の支配で真下から棘を出すとその曲芸は終わった。
神の加護もないんかい!
今の手品は何だ? 何もない空中から何かが生み出されていた。ファンタジー物定番の魔法という名の超能力だ。
まさかのサイキッカーか? いやそれにしても無から有を生み出せる・・・のか?
何かの鳴き声が響いて俺が目を向けると先ほど倒した人間が血塗れで立ち上がってくる。
いや。流石の俺でもわかる。この流血量は致命傷だ。立てるはずがない。つまりどこからか血液が生み出されているということだ。そしてこの回復力。俺がその人間の首を落とすと何事もなかったかのように何かを放つ体勢になる。俺が上半身を切り飛ばすとそれが見えた。核だ。内蔵されてはいるが核だ。コアではない。いわばデミ人間だ。案の定再生してくるが痛みを感じている様子はない。これは操作されているな。シノが自ら生み出したデミ髑髏を操っていたのと同じだ。俺はしばし迷ったが核を破壊する。まさかの人間に核だ。もう少し様子を見ようと思ったがこれを操るコア人間が居るのならそちらを優先すべきだろう。
しかしさっきの手品は核から生み出されたものだったのか。「魔素」「神の加護」「血液」は生み出せる。その原理で行けば炎や水のファンタジー魔法を生み出せても不思議はない。だが魔物にあの生成魔法とでも呼ぶべきか。あの生み出したものをぶつけるというのは効率が悪い。素直に魔素による魔法と加護による奇跡を起こした方が有用だろう。しかも人間がベースであればどちらも使える。魔物と違って加護の守りと魔素の魔法が同時に使えるのだ。人間の魔法使いでも更なる力を手に入れられるだろう。
狭い路地にでたな。
今回は人間の街の占拠だ。石壁で囲われているレベルのそれなりの大きな街だが特に何かがあるわけでもない。大きな街特有の水路はあるが、普通の街並みだ。敷き詰められているレンガも施されていない。交通の要所ではあるが戦争部隊が居るわけでもなく自衛のそれなりの加護持ちが居た程度。正直オーガが必要なのかと疑っていたがこういう事か。
俺はシノに頼むとここら一体を魔法で吹き飛ばしてもらう。すると出てくるわ出てくるわ。間違いなく黒い害虫だな。しかも厄介なことに人間の中に核があり、そのうえ操られているから補足が難しい。シノはまだ半分寝ている状態だ。素直に俺が害虫駆除に勤しむか。
しかし意外なことが起こった。デミ人間たちが俺には目もくれず人間達を襲いだす。
これは、どういうことだ?
流石の俺も戸惑いを隠せない。これでは俺がデミ人間を呼び出したようにも見えるな。
折角だから観察させてもらおう。今回は街の占拠だ。どのみち人間を片付けなくてはならない。下手に手を出してヘイトを稼ぐよりデミ人間の可能性を探る方が優先だ。さっきも言ったがこの生成魔法は魔物には効果が薄い。だが人間にはとても有効だろう。
見ていても生成魔法は魔法よりも加護に対する効果が高い。そもそも神の加護に対して魔素の魔法は相性が悪い。それは人間と魔物のスペック差があるからこそ機能しているようなものだ。同じスペックなら魔法など使うはずがない。
それにしても有効だな。単純に物理効果は神の加護に対して強い。銃があったがあれは魔物よりも加護持ち人間に効果がある武器だ。あの炎一つとっても、あれは油を生み出しているのだろうか、あれが加護に張り付いている。ダメージがなくても単純に暑いだろうな。水牢のようなものある。あれは生み出した水を自身の生成加護で操っている。普通に破られているがその水がさっきの炎と交わって辺り一面に蒸気が発生している。これは単純にきついだろうな。
「高みの見物か?」
シノが起きたか。
「ああ。もし俺がコアを手に入れたら口から炎を吐くドラゴンになれるかもしれないな」
「どらごん? 宇宙の龍は火を吐くのか」
「宇宙ではないが創作だ。あの生成魔法はまさに絵に描いたような魔法だとは思わないか?」
「確かにお伽噺の光景だな。あれは私にもできるがお勧めはしないぞ」
「髑髏のプライドが許さないとかそういう事か?」
「違う。アレを魔法と呼ぶのは私も抵抗があるがそれよりもコアが持たない。無限に生成できるようなものでないだろう。私もデミ髑髏の生成と魔素の生成を同時に行っていたが、コアの疲労を感じる事が出来なかった。急に動けなくなった」
ああ。魔物惑星の時のアレか。慎重な髑髏のシノがガス欠を起こしたのはそのせいか。
「じきに終わるだろう。それよりもコア人間が伸びているがアレをどうする」
シノのマーキングを見ると先ほどシノが吹き飛ばした瓦礫の下に埋まっている。
罠ではなさそうだが。俺は大地の支配で周りを掘っていく。色々な機材が見えてくるが何かの施設というよりも地下室レベルか。そこには実験材料と思わしき耳長の人影が見えてきた。細部の描写は避けるがそういう事だろう。
どのみち見逃す気はないが、楽にしてやろう。
俺が剣を振りかぶると別の加護持ちエルフが襲ってきた。町の中でエルフが二人、流石にこれは不自然過ぎる。短剣を使ってはいるが殺意がない。俺は戦っているふりをしながら剣の腹でエルフを壁に叩きつける。そして加護を失ったエルフを左手で掴み上げた。
「よぉ、旦那」
まあそうだろうな。案の定ゴブリンだ。
「状況は?」
「そいつを助けに来た。その後町を出る」
「シノ。ゴブリンの俺の魔素はどうだ」
「もう凝り固まっている。摘出が必要だな」
なるほど。
「ゴブリン。少し痛いが耐えろ。後で俺の魔素を吸え」
俺はゴブリンの上半身を咥えると牙でコアへの穴を開け、舌で同期させ俺の魔素を吸いあげる。シノの時のように口からは無理だろう。
暴れるふりをしているゴブリンを堪らず口から出す演技。そこからゴブリンが俺の指に噛みつき魔素を吸いあげる。その終わりと同時に加護を発生させたゴブリンを捕らわれていた方のエルフに投げ飛ばす。
さて、あとは追いかけるふりをしながらゴブリンとエルフの逃亡援護か。やはり人間の町など碌でもないな。
「まて、それを逃がすのか?」
シノか。何を今更だが俺は問いただした。
「何がだ」
「いまそれを捕らえろと指示が来ていないか?」
なんだそれは。いつものシノの口癖を俺が言う所だった。
コア持ちを捉えろ? それも名指しで?
俺が魔物のリンクを探ると確かにそれを捕らえろと指示が来ている。しかし何だこれは。あまりに精巧すぎて逆に怪しさ大爆発だ。まさかの偽指示だ。
遂に来たか。世界改変の情報操作。チートによるサイバー戦だ。
「これは一大事だな。まさかここまでやるとはな」
「だがそこまでするほどの価値はあるぞ。魔物ではない人間種のコア持ちだ。それも使いこなしている。私も少し興味はあった」
「なら人間どもと同じ様に縛り付けて実験道具か?」
「そこまでする必要があるか。普通に連れて行けばいいだろう」
シノの魔法への探求心は高いがそこまでの外道にまで堕ちるほどでないか。
「お前はそうでも。その指示を出した奴はどうだろうな」
いつもと立場が逆だな。いつも何かを信じている俺と、今の指示を単純に信じているシノが被る。シノがいつも感じている俺への危機感はこれか。何かを盲目的に信じているように見えるのか。
「シノ。俺はコイツラを見逃す。お前はどうする」
「・・・お前と敵対してまで指示には従わん。何より私の力の源はお前との好感度なのだからな。そっちを優先する。それにしても甘すぎだ」
いや違うのだがな。いまこの指示が偽物だと言っても逆効果だろう。ゴブリンの方も拘束が解けたようだ。
俺は逃げるエルフ二人を追いかけながら町の中を探っていく。
デミ人間はガス欠で止っている個体が増えてきたな。意外なのがエルフ二人が人間のいる側に逃げたことだ。どうやら味方をする人間もいるらしい。辺に干渉してはマズイな。
俺がまた高みの見物を決め込んでいると新しい指示が届く。撤退指示だ。あるポイントまで合流。勿論偽指示だ。
元の指示であるここの占拠も大事だが、このサイバー戦を仕掛けている存在の方が脅威だ。今潰すしかないだろう。
俺達はこの街を後にする。ゴブリンは上手くやっただろうか。