第二十章 魔物の村防衛戦
この子エルフが手に入れたコアは仲間で特殊魔素を分け合い、その他が全滅したから。
救援指令が俺達に下った。
何の救援指令かと思えばあの魔物の村への救援指令だ。
前にも言ったが魔物に軍事拠点は必要ない。本来なら攻められたらそこを捨てるのが鉄則だ。それこそ身に染みている。
攻勢に出た人間は必ず勝つ戦争を仕掛けてくるのだ。そこで踏ん張るというのは傲慢で未熟で愚か者というのは記憶に新しい。
そこで防衛戦をするというのは、そもそもなにを守るんだ。早く逃げろ。
俺は考えうる罵詈雑言を頭の中で流しながら人間の攻勢を受けている。ここを守る理由が一ミリも思い浮かばない。
シノはまだ目が覚めず背中の盾に収納している。人間が乗れるサイズだ。今のシノでも問題なく乗れる。癪だがこの出しゃばり盾が必需品なのは毎回認めてはいるが業腹だ。
そして認めたくないのがこの眼前に迫る老人だ。鎧などつけずに服を着て魔物と戦っている。それというのも・・・。
俺の全力の剣がいなされる。しかも素手で。
流石の俺も泣くぞ。ここまで鍛えた俺の剣が素手で捌かれてるんじゃが。わしはここまで耄碌してしまったのかのう。
そしていなされた剣に何かの衝撃が流される。これは武器を破壊する奴だな。この剣が折れるかはわからないが俺はその衝撃をずらして体に流して地面に吸わせる。相当な手練れだ。素手で魔物と戦って生き残っている時点でおかしいが、その上場数も踏んでいるのだろう。
いや嘘だろ。そんな可能性があるのか。
だがそれでも現実に目の前にいる。どうやら加護の一点集中らしいな。鎧を着てないのは勿論武器もないのは手に全ての加護を集中しているからだ。戦士が加護で攻撃を受け、スーパーアーマーで攻撃してくるのに対して、こいつは加護を武器として使っている感じか。手に加護シールドを持って戦っているイメージで間違いないだろう。そして加護での身体強化。防御面は一切なしの近接DPSタイプか。これまで遠距離DPSは魔法使いとエルフの弓。シノのお陰もあるがそれほど脅威になってはいなかった。しかし・・・。
俺が戦っていた戦士タイプはあれでタンク職だったのか。グレートソードの威力はDPSに匹敵してた上に加護による硬さも尋常じゃなかった。そもそもそんなカテゴライズはないのかもしれないな。タンク兼DPSでバッファーなあれをどこに入れろというのか。ゲームではないから全てを兼ね備えても問題ないのだろう。
この老人は違うな。加護の掌底に衝撃を叩き込まれたらそれこそ中の骨を砕かれる恐れがある。切るのではなく、衝撃で中身を攻撃する奴だな。魔物に内臓はないが骨格は十分に弱点になる。これが鈍器なら肉体で耐えることもできただろう。肉を切る斬撃の方がマシまであるな。流石はDPSという所か。
リーチの差で捌けているが、こちらも全身が弱点とすると攻撃に転じるのが難しい。骨を折られたらまず間違いなくその時点で負けだろう。だがその必殺の一撃以外は問題ない様だ。骨の耐久を削るような一撃は特に問題ない。ダメージの蓄積はこちらも時間で魔素の再構築を図れる。肉に至っては加護ありとはいえ素手の攻撃だ。ほとんど問題はないだろう。そしてなにより顕著なのが攻撃時の加護の消費が大きい。素手に集中させた加護で殴っているのだ。その時点で消費が激しいのだろう。受け流しよりも攻撃の時の方が消費が激しい。つまり攻撃を誘発させるだけで相手の加護を削れる。今回の敵はヒーラーがそんなにいない。このDPS編成で短時間制圧が目的だったのだろう。長引かせるだけでこちらが有利になる。
流石にこんな魔物の村に戦争部隊がやってくるはずもなかったか。
初の近接DPSに最初はビビっていたがネタが割れればそこまででもなかったな。それもこの老人一人。これを止めていたせいで相手の勢いは落ちている。これは攻勢作戦というよりも人間の奪還作戦か。本来なら魔物を一掃するところだがそれが出来ずに作戦変更と言う所だろう。ある程度の人間を引き連れて撤退か。老人も護衛のタンクが来て下がりに気味なっている。
俺はというと興味を失っていた。そもそもここは防衛戦で、邪魔な人間を持って行ってくれるなら万々歳だ。初の近接DPSもグレートソードに比べるとそこまでの脅威でもない。これが精鋭なら追いつめて潰すところだが、あれは戦争をする連中とは違うな。
防衛戦は拍子抜けするほどに早く終わり、一部の人間に執着している魔物が躍起になっているだけだ。俺は指示通りここの防衛にしゃれ込もうとしていたが、まさかの動きがあった。加護の展開と、これはゴブリンか。挟まれているな。
俺は到着するとゴブリンの背後にいる加護持ちに狙いをつけたのだが、いやおかしい。ゴブリンが庇っているのか。どういう状況だ。ゴブリンが弾け飛ばされてその前に俺が立ちはだかる。だが追撃は来ずに加護持ち達はそのまま去っていった。残りはゴブリンが庇っていた加護持ちだが、加護が消えた。
なんだ。一体何がどうなっている。加護はオンオフできるものなのか?
みているとどうも敵ではなさそうだ。耳を見るにエルフ。ゴブリンの知り合いで間違いない様だが、魔物の俺にはその顔と言葉がわからない。だがゴブリンには見えているのか。それとも雰囲気だけか。人間と会話できるいつぞやの黒骸骨とは違うようだ。
「助かったよ旦那」
特にいつも通りのゴブリンか。
「それは?」
「旦那もあったことがあるだろう。初めて会った時の戦利品だ」
「あの時の子エルフか」
「ああそうだ。旦那。危険じゃないからそれを収めてくれねぇか。こいつはいつも人間に襲われて敏感なんだ」
あの時から生きているだと。それも加護のオンオフ。これは、なんだ。
頭では警戒が働いてるが敵意や脅威は感じない。だがこの違和感はなんだ。俺はこいつを殺したい。何故だ?
「なんだ。また妙なものに絡んでいるなお前は」
これはシノか。言葉ではなくリンクでの会話か。俺もそれに返す。
「これはなんだ」
「私と同じようなものだ。コア内臓の人間だろうな。それも使いこなしている。さっきの加護はコア産だろう。神のものではない」
「わかるのか?」
「今の私ならな。私も挑戦してみたが魔物の体では加護が操れない。人の体とコアが必要なのだろう。そして、コアが自分で加護を作り出せるとも思えない。だから、それはコアを制御下に置いている」
なるほど。コア自体でないのなら即座に破壊する必要はないか。俺は剣を下すとゴブリンに向き直る。
「わかった。手に負えなくなったらすぐに言え。即座に叩き潰そう」
「今更だな。もうそんな日はこねぇよ」
「だといいがな。手に負えなくなったらいつでも言え」
「なんだよ、その含みは。旦那も見てただろ。こいつが人間に襲われてるのをよ」
「そういう意味じゃない。なんでもいいから問題があったら言え」
「なんか気持ち悪ぃな。まあ旦那の言葉なら聞いとくよ。その時はよろしくな」
そしてその舌の根も乾かぬうちに事件がおきた。
俺はあの特殊魔素の妙な気配を感じてその場に降り立った。
ゴブリンに子エルフ。そしてあの俺に特殊魔素を授けたサキュバスらしき魔物。どうしてそうなっているかまるで見当がつかないが面倒ごとなのは間違いないだろう。
「旦那。こういう事か」
ゴブリンの手には特殊魔素が握られている。
「これがあれば俺もアンタらみたいになれるのか」
不味い。何か勘違いしているな。
「俺も、俺の望んだ俺になる。俺は人間になる!」
そっちか。そうなるのか。いや可能なのか。
「まて! そいつには使い方がある。間違えると暴走するぞ!」
決意を込めていたゴブリンの瞳がこっちを向き動きが止まる。
「分割して定着したらお前以外の分け御霊を破壊する。そうでなければ乗っ取られるぞ」
ゴブリンの手が下がる。あと一押しか。
「シノでさえ半分でも暴走した。お前の体ならもっと少なくしろ。取り合えず一気飲みは無しだ」
ようやくゴブリンの顔がこっちに向いた。これなら安心か。
「旦那。横取りじゃないだろうな」
「冗談じゃない。それはもう凝りだ」
ようやく止まったか。しかし他の動きがないな。子エルフは様子を見ているとして、サキュバスが促してくる様子が見られない。サキュバス自体は外付けの核付きでも内蔵型のコアでもない。魔物のリンクは働いているが会話は出来ないタイプだ。止めてくるかと思ったがそのそぶりもない。俺の時も渡すだけで押し付けてくるような事はなかったが、意図してこの特殊魔素をばら撒いているわけではないのか。
いや、これは。そこに転がっている人間を見る。これは人間から搾った時に出てくるのか? となればこれは特殊なケースか。だが子エルフの仕業とも考えられる。駄目だな。情報が足りなさすぎる。
「・・・旦那を信じるよ。どうすればいい?」
「それ以前にそれは危険物だ。シノの状態を見ていただろう。安全に誰でも使えるようなものではない」
「それでも俺は。これを使う。協力してくれ。旦那」
まあ、そうなるな。特に戦闘力の低いゴブリンならその力の渇望は俺よりも大きいのだろう。俺は頷くと未だ愚図ついているシノを起こす。まだリンクだけだがあらましは聞いていたようだ。俺達は段取りを話し合うと準備を始めた。
結局ゴブリンの扱える量は十分の一。一口サイズという結論に落ち着いた。その他をゴブリン眷属に食わせて全て破壊する。そう取り決めてそれは始まった。
ゴブリンが特殊魔素を取り込むとシノの時と同じように人型に、人間に近づいてくる。実験用に少し多めに食わせたゴブリン眷属は異形となるものもあらわれた。それはコアの形成と同時に破壊する。同時に興味深い現象も出てきた。コアの形成時にそこから漏れた特殊魔素が核となってデミゴブリンを作り出す。やはりデミはコア付きから生み出されていたようだ。それも全て破壊する。
ゴブリンが喪失感に苦しんでいるのを子エルフが支えている。これはシノの発案だ。これも一悶着あったのだが、どうやらこれを成功させるには他者の支えが必要だということだ。一人ではダメらしい。それを俺に伝えずに秘密にするものだから要らぬ悶着が起きた。このような重要な情報を何故秘匿するのか。しかもそれを暴き立てた俺が悪いらしい。まるで意味がわからん。コアを渇望する魔物の特徴なのかもしれないな。
だいぶ落ち着いてきたな。ゴブリンがそれこそ耳長のエルフになってきている。やはり魔物ではなく人間になりたいのか。少し残念に思えるがこれがゴブリンの、いや彼の決断なのだろう。
エルフになったゴブリンはあの子エルフと共に旅立っていった。コアは無事に定着して俺の魔素でコーティング。傷だらけにする必要もなさそうだった。加護も使えるようで加護を展開すると魔物としてのリンクも消え人間の特性になる。つまり魔物の俺からは表情や会話、個体識別が出来なくなる。しかしそれを解除すれば魔物とのリンクは回復する様だ。ゴブリンは敵味方になると言ってはいたが俺はそんな気はさらさらない。俺が攻めてきたら逃げろと伝え、コアの固定に必要なら俺の魔素も提供する。そもそも同郷なのだ。
結局名前はゴブリンと名乗るようだ。これだけで智いものは気付くだろう。そもそも人間の側に異世界転生がいるのかもわからない現状だ。ただ一つ共有できていなかったのは転生は一つじゃないということだ。やはりというかシノはゴブリンを知らなかった。俺達はシノを過去の人間だと思っていたがシノはいわゆるこの世界の輪廻転生、俺とゴブリンはこの世界の外から来た異世界転生。ここまでは共有しているがその違いが世界に干渉できるチートを使えるという事は伏せてある。確証がないうえにこれを使えば神以外の敵が出てくる可能性がある。もし敵にチート使いが居れば自ずとその使い方は理解できるようになるだろう。俺がそうだったように。