第十六章 魔物の村
「旦那。生きてたのか」
その場所に辿り着いたとき開口一番挨拶を交わしてきたのはいつぞやのゴブリンだった。あの後補給地の指定を受けていた俺達はその到着地点で困惑に囚われていた。魔物の村だ。人間の町を魔物が歩いているのではなく、魔物のサイズに合ったボロ屋が並んでいる。家というよりも屋台か店舗といった感じだ。
「これはどういうことだ」
魔物が店を作って街づくりだと? そもそもがナンセンスだ。食う寝る出すの三大欲求に衣食住も必要ない。補給と言っても魔素を排出する魔素ジェネレーターがそれですべて足りる。
「ああ。近頃元人間が多くなってるんだ。それで生前の再現ってやつが増えてきてるのさ」
いや理屈はわかるが人間の真似事か。人間を捨てた連中が魔物になるのではないのか。
「まあ、遊びさ。なんにでも娯楽は必要だろう?」
そうか。考えたこともなかったな。俺たちオーガは戦いこそが全てでそれ以外に眼中にない。それこそが娯楽と言えなくもない。そのようなことを話すとゴブリンは肩をすくめた。
「旦那たちはそうだろうさ。ただ俺達はそうじゃない。まだ人間に未練があるのさ」
「だからゴブリンか」
「軽蔑するかい?」
「いや、やはり生前の望みが今の姿をとっているのかもと思ってな」
「これが俺の望みの姿だってのか旦那」
「少なくとも俺はそうだ。お前は違うのか?」
「俺は、そんなに自身満々に言えねぇよ。小鬼だぞ」
「そうか」
いや俺には楽しそうに見えるのだがそうではないのか。俺と同じように。
だが流石にこれを口に出すのはまだ待った方がよさそうだな。
「それよりもシノを知らないか? 約束をしている」
「ああ、あの赤髪のべっぴんさんか。見てないな。旦那と一緒にいたんじゃないのか」
「俺の体はここに居たのか?」
「なんだその変な言い回し。俺は見てないが赤髪と一緒に居たという話は聞いたぜ。違うのか」
「意識が戻ったのはつい最近でな。その前の記憶がない」
まあ嘘ではないが真実を話しても仕方がないだろう。
「はぁそれでか。道理で旦那の話を聞かないわけだ」
言いながら屋台で何かと交換した串を差し出してくる。何かの肉か。
「いや俺はいい。散々身に染みたがこの体はもっと研ぎ澄ます。余分なものを今は取り入れたくない」
「はー。確かに好きでやってないとそんなセリフは出てこんわな」
そう言って肉にかぶりつくゴブリン。
やはり楽しんでいるじゃないか。望んだ姿になるという仮説は強ち外れてはいないようだな。
ゴブリンと別れた後俺は加護の気配を感じて走り出した。ここには人間もいるようだが生まれたばかりのものではない。間違いなく戦えるレベルの加護だ。
意気揚々と駆け寄ったが様子がおかしい。加護持ちの人間が鎖に囚われて従えられている。案の定駆け寄るとそれを従えていた黒骸骨が止めに来る。
「横取りか鬼の」
またか。またこのパターンか。
「違う。その加護持ちはなんだ」
「俺のものだ。俺に付き従っている」
人間が魔物に付き従っているのに神の加護を得られるのか。その可能性もなくはないが今も神に仕えているとみていいだろう。このレベルの加護持ちが魔物の町に身をやつすと?
この黒骸骨も様子がおかしい。大型のオーガ4mに比べて中型の2mくらいか。初めて見るタイプだが骨格がおかしい。体は魔素体で出来ているがその骨が魔素ではない。人間のものか。それにしては頑丈に見える。
「アンデッド。死にぞこないか」
「死にぞこないだと?」
「ああすまん。元人間の魔物化かと思ったが違うのか?」
「俺が元人間だというのか?」
それを聞いて缶切り声をあげたのは加護持ちの人間だった。何かをまくしたてている。何を言っているのはわからないがこの黒骸骨の言葉に反応しているようだ。だが特に敵意はない。
「黙れ。俺は人間じゃない。生まれも育ちも魔物だ」
これは俺に言っているわけではないな。この加護持ちか。アンデッドを人間に戻す研究でもしているのか。
「それでその加護持ちは危険なのか。不要ならここで叩き潰すが」
「必要だ。こいつは俺に特攻の奇跡を持っている。それを解明するのに必要だ」
アンデッドと加護持ちが互いを研究素材にしているのか。珍しいケースだ。それが嘘だとしても魔物の町にスパイ活動とは考えにくい。しかもアンデッド化してだ。
「手に負えなくなればいつでも言え。すぐにでも叩き潰す」
「大丈夫だ。手綱は俺が握っている」
とてもそうは見えないが。しかしアンデッドは人間と会話や表情の変化、個体差も見分けがつくのか。俺が魔素人形になった時は遂に叶わなかったが。そういう固有能力なのかもしれないな。
次の進軍場所が決まった。何かの古城。標的は人間はなくデミ。やはりあれは俺達の敵か。ただ一つ問題が上がってきた。魔物の不参加。この町にとどまり生活を続けようという勢力が現れた。この指示に強制力はない。それは不思議ではないのだが今までそんなことはなかった。俺達オーガはこの退屈なオママゴトが終わって大歓迎なのだがその他の種族はそうではないらしい。それほどの数は居ないのだが、それでもそれは意外だった。元人間は望んだ魔物の姿になると思ってはいたが、これが望みなのか。
「僕は彼女たちを愛している。ここには置いていけない。」
そういったのは人型美形の、ヴァンパイアかインキュバスといった所か。人間の女達を囲っている。どうやら町を作った理由がコレらしい。確かにそれなら衣食住が必要なわけだ。そしてそれを面白がった魔物が協力しているらしい。
だが、俺の目でもわかる。コイツラはさっきの黒骸骨と違って人間の言葉や表情を読み取れていない。この大勢いるのも個体識別が出来ていないからだろう。食料はあってもインフラ整備のないこの環境で、しかも魔素の充満するこの地で加護無しが長生きできるとも思えない。
しかし、よく見ているとこれは変化系の魔物か。このイケメンはその名の通り作りものだ。望んだ魔物になるよりも望んだ姿になれる魔物になるという選択肢もあるのだな。それでこのハーレムタウンか。
ここを遊びと捉えていた魔物は既に出立準備を始めている。戦闘には支障がないがその後の補給線に問題が出てくる。それでも俺達は出発した。これ以上のお守りは時間の無駄だ。




