#9
現在、帝国の武装機関は主に五つある。
国防省管轄下に存在する、日本陸軍・日本海軍・日本空軍。
内務省管轄の日本警察・日本海上警察。
この五つが行政が管理する武装機関である。
また民間人もある一定以上の契約金を払い、一定の訓練を受ければ本土での銃種毎の携帯免許を取得することが出来る。
ただし法律の関係で拳銃や自動火器の携帯は厳しく制限されており、1m以下の全長の銃と連射できる武器の所持は禁じられていた。
ただし、南方地域や満州地方など紛争勃発の危険が高い場所などの治安の悪い場所などに渡航に行く際などは、訓練さえしていれば銃の携帯は比較的簡単に許可される仕組みになっていた。
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七月一七日
横須賀 ヴェルニー公園
その日、冬歌は変装もせず、日傘を差してその公園で海を眺めていた。視線の先には一隻の軍艦が停泊していた。
大和型戦艦二番艦 武蔵
今も昔も世界最大・最強の名を欲しいままにする戦艦。大和型戦艦の二番艦であり、現在は横須賀海軍基地にて記念艦として保存されている。
大和型戦艦は今までに起工された四隻全てが記念艦として保存されている。
一番艦大和は呉に。
三番艦信濃は高雄に。
四番艦紀伊は大湊に。
本土各地にあるそれぞれの軍港に停泊し、それぞれが記念艦として保存されていた。
戦中よりも戦後の活躍が目まぐるしく、観艦式では大人気である大和型。その周りに停泊するのは数隻の巡洋艦や駆逐艦、軽空母などが停泊していた。
現在の日本はアメリカに次ぐ世界二位の海軍力を持っており、嘗ては機動艦隊発祥の国として何隻も空母を保有していたが。ミサイル技術の発展や予算の関係から運用に維持費のかかる正規空母は今では退役し、今では軽空母を旗艦とした航空艦隊とミサイル戦艦を旗艦とした打撃艦隊に分けられていた。
と言っても、この空母は時々論争になるのだが…。
維持費のかかる正規空母を持つよりもより安価で量産ができる軽空母(?)を日本は建造し、またミサイルや主砲を多数搭載したアーセナル・シップの様な構想の元に建造された扶桑型イージスミサイル戦艦も建造していた。
現在の日本海軍は四個航空艦隊と四個打撃艦隊を編成し、それぞれ日本に存在する軍港に配備されていた。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「んっ…了解」
そんな軍艦を日傘を差して眺めていると心陽が声を掛けて来た。
今日此処に来たのは単純に海が見たいと言う冬歌の要望にあった。
先月に起こった学業院占拠事件以降、学生には精神的な面から一週間の臨時休暇が与えられた。
その間に学校の掃除やカリキュラムの見直しなど、多くの予定変更が行われた。
特にさくらなどの別で連れて行かれた面々は詳しい検査をする為に病院に送られており、それはそれは大騒動だったと言う。
それから、これらの事件の功績は全て沙耶香嬢の手柄になっていた。
事前に正体を明かしたのが功を奏した様で、沙耶香は私のことを一切話さなかった様だ。おかげでマスコミは突入した部隊に釘付けになっていた。
「今度、沙耶香さんにお礼の品でも送ろうかしら?」
自分はあの後、例の赤髪の男の捜索の為に駆り出され、術式の残骸を追っていたが、横浜の大黒埠頭で途切れており、そこには既に警察が来ていた。
なんでも停泊していた貨物船に先の帝都同時多発テロの首謀者である臨時赤軍部隊のアジトがあったと言う。
しかし、警察が向かった時には貨物船は炎上し、中には残っていたメンバーなどが九十九折りになって死亡が確認された。
原因は甲板に転がっていた燃料に証拠隠滅のために誰かが火をつけたと言う結論だった。
そしてその火が予想以上に燃え広がって自滅した、と言うのが公式見解だった。
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心陽に車に案内されると冬歌はそこで携帯からメールを受けた。
「あっ、さくらからだ」
メールやの送り主はさくらであり、内容は今から会えないかと言うものだった。
あの事件以降、さくらは自主的に銃を扱うための練習をするようになった。理由は…
『冬歌が使えるなら。自分も練習する!!』
なんともさくららしい理由で面白かった。そして合流場所からしておそらく今日も射撃の練習と言ったところだろう。
「良いご友人をお持ちになられましたね」
微笑んでいるのが見えたのだろう。心陽が声をかけた。
「ええ、さくらは良い友人よ」
冬歌は窓の外を見ながらそう答えていた。
合流場所である都内の射撃場に到着するとそこではすでにさくらが四九式半自動小銃の引き金を握りながら弾倉を抜いた状態で構えの練習をしていた。
「さくら〜!」
「あ!冬歌!こっちこっち!」
そう言い、手招きして冬歌を呼んださくらに冬歌が聞いた。
「その拳銃どうしたの?」
「へへ〜、この前買ったの。扱いやすかったから」
「おぉ!さくらの小銃かぁ!」
「コンパクトだし、気に入ったからね」
そう言い、弾倉に十発の6.5mm小銃弾を込めながらさくらは呟く。
「この前、冬歌や沙耶香嬢に助けられてばっかりだったからね。その時、何もできなかった自分が悔しくてね…」
「…」
さくらは冬歌を危険な目に合わせたことを負い目に感じているようで、あの時の事を悔しげに語っていた。
そんなさくらに対し、冬歌はさくらの肩を軽く叩くとさくらに言った。
「私は、さくらが無事で良かったと思っているよ。テロリスト相手に強気で入られただけ十分すごいよ」
「でも、冬歌がテロリスト相手に銃を撃っているのを想像したらね…」
そう言い、さくらは弾丸の装填を終えると弾倉を銃に入れて両手で25メートル先の人型の的を狙って引き金を引いた。
タンタンッ!!
放たれた弾丸の衝撃が腕に伝わり、排莢された薬莢が地面に落ちて金属音を発する。
そして十発全て撃ち切ると的が寄ってきて結果を見せた。
「真ん中に当ったのは四発かぁ…」
結果を見て渋い表情を浮かべると、後ろから冬歌がアドバイスをした。
「撃つ時にもっと脇を絞めれば、撃った時の反動をおさえられるよ」
「そうなんだ!!」
冬歌のアドバイスを聞き、さくらは早速実践に移していた。
同時刻
虎寺家 地下射撃場
そこでは愛結がヘッドホンやゴーグルをつけて両手に四式自動小銃を握り、後ろから沙耶香が愛結の指導をしていた。
「愛結、もう少し腕の力を抜いて。反動を受け流すのよ」
「分かりました」
指導を受けて愛結は再び引き金を引く。
あの事件以降、休暇を利用して沙耶香が、愛結を呼んで小銃の使い方を教え込んでいた。元々銃の免許は祖父に叩き込まれており沙耶香は一通りの免許を持ち合わせていた。
現在日本で所有出来る銃は小銃、散弾銃である。
機関銃や短機関銃、自動小銃などの連射武器は公的武装機関以外は認められていなかった。一部例外としては民間軍事会社が国外で活動する場合だけであった。
かく言う虎寺家も戦後は民間軍事会社を介しての傭兵業で儲けていた。
そして、一通り銃の練習をしていた愛結は拳銃を簡単に扱える様になっていた。
「如何でしょうか?」
「ええ、十分よ」
そう言い的に殆ど当たっているのを見て満足げな表情を浮かべていると愛結は気になった様子で沙耶香に聞いた。
「しかし沙耶香様、何故私をここに呼ばれたのですか?」
「ん?あぁ…なんとなくな」
「?」
沙耶香の曖昧な答え方にやや不思議に思うも、深入りすることはなく拳銃の手入れをし始めた。その様子を眺めながら沙耶香は上社冬歌…いや、狼八代冬歌の顔を思い返していた。
「(狼八代冬歌…まさか狼八代の直系が同級生とはね…)」
そこには驚き半分、納得半分の自分がいた。
狼八代は帝国の宝とも言える種族である。その血筋から強力な術式を使用でき、天皇家を影から支えて来たと言う表に出ない歴史があった。
大政奉還以降、天皇家に政治の助言を行なっていたのも狼八代家であると言われており、公爵家の中でもより一層位は高いといえよう。
狼八代家の家は北関東にあると言われているが、詳しい所在は不明である。理由としては近代の戦争で魔法を使うことのできる術士は戦局を左右する重要な存在であるからだ。
イギリスと大日本人帝国との初の戦争である日英戦争で、大日本帝国の術士部隊が侵攻してきたイギリス軍艦を丸焼きにて大損害を与え。
ロシアや列強の援助を受けて勃発した満州独立紛争では双方の術士部隊が魔法を撃ち合い、夜空が彩るほどの大合戦を繰り広げ。続く日露戦争では旅順港閉塞作戦を成功に導いていた。
そして最も術士の有用性が確認されたのは第一次世界大戦の塹壕戦だった。
狭い掩蔽壕に隠れた兵士を術士が攻撃し、丸ごと焼き尽くす。生き残っていても酸欠状態を引き起こし、やがて死に至る。
この様に術士は所謂火炎放射兵としての役割を果たし、塹壕戦を打開する秘策として欧州では重要視されていた。
それは日本も同様で、太平洋戦争序盤のマレー作戦時においてシンガポール要塞に立て篭もるイギリス兵が降伏した理由であるのは有名な話である。
戦後、冷戦時代に入っても術士の隠密性は暗殺にピッタリであり、多くの術士は諜報員として世界各地に派遣されていた。
そんな歴史もあってか、過去に魔女狩りで術式を使える者が殆どいなくなっていた欧州では。術士を揃える為に日本から少なくない術士をShanghaiしており、今日まで続く俗に言う『術士拉致問題』と言う国際問題の火種と化していた。
現在、世界で最も術式に関する研究が進んでいるのは当然ながら日本である。
その技術力の代表として、それまで術師には術師をぶつけるしか無かった所を対術師兵器なるものを開発したのだ。
開発者の名前を取って日野式破魔装置と呼ばれているその機械は戦術レベルの広範囲に渡る術士制圧が可能で、先のテロ事件でも術士攻撃を停止させることができた。まだその術士は捕まっていないが、いずれは逮捕されるだろうと言う結論に至っていた。
なお日野式破魔装置は完全軍用であり、世界中で同様の破魔装置が運用されていた。
沙耶香はなんだか、戦果を譲られた様な気分で、何処となく悔しい感情を抱きつつ、自分の持っている拳銃をまるで鬱憤を晴らす様に引き金を弾いていた。