#6
帝都で突如発生した同時多発テロ。
テロの首謀者である『臨時赤軍部隊』は『六月革命』と呼称する一連のテロ行為の発生から四時間が経ち、詳しい情報が回って来ていた。
「残るは首相官邸と学業院か…」
「特に後者は厄介ですね。学生や教員、警備員の全員が人質になっています」
校舎を見ながら一人がそう呟いた。
「向こうからの要求は?」
「今の所、何も出ていません」
報告を聞き、少しだけ驚愕の色が出る。まさか他の部隊との通信手段を持っていないのかと思わざるを得ない行動に栄三達は困惑の色を浮かべるのだった。
現在、学業院の周辺は警視庁のSATや一個歩兵中隊が展開し、立てこもりグループの要求を待っていた。
増援の陸軍部隊や機動隊は首相官邸に立て籠ったテロリストの対処をしていた。情報によれば首相やその他大臣は地下の危機管理センターで立て籠っており、人質とはなっていないと報告があった。その為、すでに制圧が始まったと報告が上がっていた。
「…音声で人質の解放を呼びかけてくれ」
「分かりました」
要求がなければ動けない。その為、拡声器を用いて警察の現場指揮官が呼びかける。
人質の解放を旨とする音声が流れる。時刻は一四時、昼時の時刻であり事件発生から四時間が経過した。
音声は確実に聞こえている筈だがと言った様子で待つ事三〇分。立て籠ったという講堂から大勢のセーラー服を着た少女達が出て来た。
無言での人質解放に驚愕する指揮官達だったが、解放されて行く学生達に一斉に警官達が駆け寄る。
すると一人の生徒が警官にノートの一頁を切り取った物を渡した。
「あ、あの…中にいる人がコレを渡せって…」
怯えながら紙を渡され、警官は中身を見ると即座に指揮官に渡された。
紙に書かれていたのは立て籠もりグループからの要求だった。
『1.今までに拘束された全ての仲間の解放
2.安全な脱出路の確保
3.葦塚政権のモンゴル駐留軍派遣の即時撤回
4.キューバへ向かう輸送手段の確保
5.身代金の要求』
要求を読み、対策本部ではやはりと言った様子だった。
元々、社会主義者の活動が活発化しているのは事前に予知していたし、すでに拘束された面々が社会主義者だったのも把握していた。
社会主義の総本山であるソ連が消えてから二〇年以上が経った。なのでこう言う過激派社会主義者の目的は親米体制への反発が主な活動目的と化していた。若しくはここ最近の度々起こる不況時にリストラされた者が社会への不満を爆発させて起こすとも言われている。
日本にはモンゴルなどを経由してロシアから武器密輸が行われており、それら武器を手に入れた者が国内で暴れると言う事態を引き起こしていた。
今回もそのような事態だと思っていた指揮官は、要求を見てどの位で受け入れるべきかを相談していた。
解放されたのは教師含めた約四〇〇名、まだ中には二〇〇名近くが残っており。さらに虎寺沙耶香嬢などの名家の生徒はどこか別のところに移動したと言う。
紙には要求を呑むごとに四〇人ずつ解放すると書かれていた。また、要求を飲まない場合は生徒を射殺するとも書かれていた。
中にはまだ海外から留学に来た者も残されており、諸外国から呼び出しを喰らうのも時間の問題だった。
離れた場所では報道陣も集まり、上空にはヘリが飛んでいた。
「上のヘリコプターを退かせろ。立てこもりグループを刺激する」
「はっ!」
大きな音を永遠と聴かせると相手が恐怖心に駆られて何をしでかすか分からない。その為上空から中の様子を撮ろうとするヘリコプターに対してこの空域から出ていくように命令が出された。
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講堂に残った生徒たちは眠れない一夜を過ごす羽目になりそうだ。
現在残っている生徒は二〇〇名ほど。襲撃して来たグループの人数はおよそ二〇名ほどで、五人ほどは体格や声から女性だと思われる。
残った面々の内、自分達残された生徒を巡って先生達がテロリストと交渉をしている。
「生徒達だけでも全員解放出来ませんか?」
「それは難しいだろう」
「しかし、疾患を抱えた生徒もまだ残っているんです。お願い出来ませんか?」
必死の交渉が行われる中、生徒達はただただ不安な声をあげて講堂で座り込んでいた。
人質で解放された生徒は友人が少ない生徒達だった。そして講堂には大きな生徒達のグループが残されていた。
おそらく何かあってもグループであれば動きずらいと言う考えからだろう。
残った私はさくら達の居場所を知る為に動かなければならない。
「あの…すみません…」
私は取り敢えず近くにいた人に声をかける。すると覆面の男が疑問に思った。
「何だ?」
「あの…その…」
ぶっきらぼうに言われ、冬歌は少し顔を赤くして小声でモジモジした様子を見せると男の人は納得した様子で女性と思しき人を呼んでいた。
「おい、こいつをトイレに連れて行け」
「分かりました」
そう言い、女構成員は自分を監視しながら講堂を出て行った。
此処の講堂は致命的欠陥としてトイレが無い。その為、用を足すには一旦教室のある校舎まで渡り廊下を移動する必要があった。
しかし今回ばかりはこの欠陥構造に感謝だ。
渡り廊下から見えた校舎は狙撃されないように至る所のカーテンが閉められ、この渡り廊下もガムテープで貼り付けられた段ボールで外の様子は見えなかった。
「(ただの素人に此処までのことができるのだろうか…?)」
冬歌はそんな事を思いながら廊下を歩く。
今の所さくら達が居る気配は無し、廊下には二人の靴の音が不気味なほど響いていた。
「(今まで集めた情報からしておそらく学校全周を陸軍と警察が囲んでいる…そして他の場所の制圧はされた模様…か)」
無線機やテロリスト達の会話を盗み聞きして情報を集めていた冬歌はトイレに着き、中まで入ってきた女構成員に徐に話しかける。
「あの…此処まで来るんですか?」
「当たり前だ。貴様は人質だと言うことを忘れたのか?」
トイレの扉前まで付いてきた彼女に怯えた様子で話す冬歌。
「えぇ…わ、分かっています」
「分かったならさっさと事を済ませろ」
そう言う女構成員に投下は頷いた。
「はい…分かりました…
よっ!」
その瞬間、冬歌は左手で女構成員の右手首を握って手前に引き、右手で顎に手を掛け、右足で相手の右足を引っ掛けて掬うとそのまま地面に思い切り叩きつける。
「ごふっ?!」
後頭部からトイレの床に叩きつけられた構成員はそのまま脳震盪を起こして気絶してしまった。
「よしっ!上手く行った」
冬歌はそう呟くとそのまま近くに誰も来ていない事を確認する。
初めて実践で陸軍格闘術を使ったが、上手く行ったことに取り敢えず安堵していた。
気絶したのを確認すると冬歌は懐から御札を取り出し、麻酔術式を展開して女構成員に貼り付けるとそのまま熟睡してもらった。
御札は直接貼り付ければ効果は一二時間続く。それまでにテロリストを無力化しなければならない。現在の時刻は一七時、つまりタイムリミットは明日の五時。
「それまでに方をつけないとね…」
そう呟き、冬歌は気絶した女構成員をトイレの個室に引っ張って行った。
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学業院がテロリストに占拠された報道は当然。学生の保護者も知っており、まだ校内に残っている生徒の保護者は恐怖心に駆られながら娘達の無事を祈っていた。固唾を呑んで校舎を見守り、一部の保護者はさっさと要求に応じろと騒ぎ立てていた。
そんな中、学業院から少し離れた道に一台の黒塗りの車両が止まっていた。道路沿いに報道陣の中継車や野次馬の車が多数止まっている中、黒塗りの車の中では白い髪に尖った耳を持つ一人の女性が毅然とした様子で座っていた。
スモークガラスで周りから見えないように設計されているのにも関わらず、その女性は目元を隠すように少し唾の大きい帽子を被って居た。
すると運転席に座っていた三〇代に見える紳士が女性に話しかけた。
「奥様、行かれなくてよろしいのですか?」
するとその問いに女性は答える。
「ええ、大丈夫よ」
女性がそう答えると、車に搭載されていた機器から声が聞こえる。反応したのは警察用の無線だった。それと同時に車のカーナビ画面に校舎から出てくるセーラー服を着た少女達が映った。
記者達が声を上げる中、女性は映像を見て呟く。
「あの子は一体何をしているのかしらね…」
その目はほんの少しだけ愉快そうだった。
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「どうする?第五部隊も壊滅したぞ」
連れて行かれた場所で声が聞こえる。その声はやや焦っているようにも聞こえた。
学校がテロリストに襲われて、講堂に集められたけど自分や他の虎寺や狐山などの名家だった事から冬歌と別れてしまった。
目隠しをされたままだったがここは恐らく校舎のどこかの教室。自分たち以外にも大勢の同級生や先輩が此処に集められて居た。
両手を封じられ、全員が不安げな声を上げる中。私はなぜかいつも以上に落ち着いていて、テロリスト達の話を目隠しされた状況で聞いていた。
「大丈夫だ。そのためのコイツらなんだぞ?要求が通れば俺たちは無事に出国できるさ」
「しかし、大丈夫なのか…?」
話を聞くとどうやらテロリスト達は何か計画しているみたいだったので、私はテロリスト達の会話を詳しく聞くことにした。
「何、俺たちは新しい生活を手に入れるんだ。北中国でな」
「そうだな…俺たちは捨てられたんだ…この国に」
話を聞くと、どうやらこのテロリスト達は此処最近の不況で元いた会社をリストラされた者のようで、これも金に目が眩んでの行動だったようだ。
ただの雇われで此処までのことをするのかと言う驚きをしていると、一人が思い出した様に言った。
「あぁ、そう言えば宇野が逃げ延びたらしいぞ」
「そうなのか?てっきり捕まったと思って居たが…」
「なんでも第一部隊が国防省の襲撃に失敗したのを見て一目散にこっちに来ていたぞ。んで、今は隊長の元で動いているんだとさ」
そう言うとさぞ恨めしそうにもう一人のテロリストが言う。
「あの餓鬼め…術師なら第三部隊の首相官邸の方に行っとけば良いモノを…」
「そうだな…あの性格なら俺たちも燃やされかねんな…」
そう言い、宇野という術師は仲間から餓鬼と言われるくらい若いようで火に関係する術式を使って居たらしい。
それに他にも仲間がいるらしく国防省や首相官邸までもコイツらは襲って居たみたいだ。
あぁ、火と言えば思い出すのは冬歌と山手線に乗った時の出来事だ。いきなり目の前で人が燃えるなんて誰が思っただろうか?
あれのおかげで一週間くらい私は肉系が食べられなかったと言うのに…
そんなことを思いながらさくらは現在の時間も分からないままこの状況が打開されることを祈って居た。