#5
六月二〇日
その日、冬歌はいつも通りに登校していた。
セーラー服の上に白いカーディガンを羽織り、腰にはポーチを付けていた。
「おはよ〜」
「ええ、おはようさくら」
そう言い、いつも通りさくらと挨拶をした冬歌。そして一時限目の授業が始まり、授業を受けていた。同じクラスに狐山や虎寺がいる影響で先生も緊張している様子だった。
あぁ、可哀想に。と思いたいがここは学業院、日本や東亜細亜などから有名人や実業家、果てには皇族などの子供達が多く集まる学校だ。
そう言った政治家や有名人の子が多いが故に、この学校の警備は日本有数であると言える。
過去に起こった学校内での無差別殺傷事件を皮切りに全国でそう言った不審者に対する警戒は強まっていた。特にここ最近は社会主義者による襲撃も起こっている事からより厳重な警備体制が敷かれていた。
その為、学校の警備員は拳銃の所持が例外的に認められていた。
監視カメラの常時動いており、周辺道路の監視もきっちりと行われていた。
「…ん?なんだあの車」
警備室で一人が気になる車を見つける。その視線の先には駐車場に止まる一台の大型バスがあった。
時刻は午前十時頃、三時限目の授業が始まったくらいだった。
「おい、今日バスが来る予定なんてあったか?」
「すぐに確認する」
そう言い、警備員が職員室に電話を掛けたその時だった。
『なんだお前達!グァッ!』
外にいた職員が悲鳴を上げ、銃を抜こうとした前に警備室の扉が蹴破られ、奥から覆面マスクを被った武装集団が片手に自動小銃を抱えて突入してきた。
銃口を向けられ、警備員達は両手を上げて降参のポーズを取っていた。
「警備室の制圧完了」
「よし、次の目標に迎え」
「了解」
覆面を被っていたが、声からして女性が混ざっているのかと少しだけ驚く警備員達だった。
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同時刻
市ヶ谷 国防省
学業院が何者かの襲撃を受けた頃、ここ国防省でも同グループと思わしき過激派が国防省舎にRPG-7などを用いて襲撃を開始。職員達は対応に追われていた。
「襲撃だ!」
「応戦しろ!」
『非常事態発生!非常事態発生!』
けたたましくサイレンが鳴り響き、20式6.5mm自動小銃片手に兵士が射撃を開始する。
「くそっ、奴ら派手に仕掛けてきやがって…!!」
毒を吐きながら一人がそう言うと横に居た一人が突如として火達磨になった。
「う、うわぁぁあああ!!」
「くそっ」
突如として発火した兵士を見て指揮官が叫ぶ。
「術師が居るぞ!封魔装置を持って来い!!」
「ゲリラが術師?!」
「如何なってんだ!!」
兵士たちが混乱する中、また一人仲間から出火する。すると指揮官の元に一辺40cmほどの立方体の機械が現れ、同時に発火した兵士に消化器から特殊な消化剤が吹き付けられた。
「準備完了しました!」
「すぐに起動しろ!」
そう叫び、野戦電話にも似た機械のノブを回す。すると襲撃してきたグループの数人から呻き声のようなものが聞こえてきた。
すると攻撃の嵐が一瞬だけ同様の色を見せた。その気を逃さず、帝国陸軍少将の虎寺栄三は指示を飛ばした。
「今だ!テロリストどもを捕えろ!」
「指揮官に続け!!」
「でらぁぁぁあああ!!」
小銃片手に突っ込んでいった栄三を追いかけるように他の兵士達も続いて突撃していく。無造作に放たれた6.5mm銃弾が襲撃犯の体を貫き、銃剣で喉元を刺す。次々と仲間がやられていくのを見て、恐怖から銃を落として降伏する者もいた。
「術師は?!」
「見当たりません」
「逃げたか…周辺地域を全て封鎖しろ!急げ!」
時間にしておよそ一時間ほど。国防省を襲った襲撃グループは逃亡若しくは射殺か投降していた。すると驚くべき続報が入った。
「閣下!内務省や警視庁、首相官邸が同様に襲撃を受けたと報告が…!!」
「何だと…!?総理のと陛下の安全が最優先だ!」
そう叫び、付近にいた通信兵に聞く。
「すぐに動かせる部隊は?!」
「近衛第一師団および第一歩兵連隊と第一偵察大隊です」
「第一歩兵連隊は首相官邸に行かせろ!重迫撃隊以外の残りはその他政府関連施設だ!ここは後で良い、急げ!」
「はっ!」
指示を飛ばすと国防省から何台もの軍用トラックや装甲車が出て行く。
「おい、第三四歩兵連隊を此処に呼び出せ」
「はっ!」
「それから今起こっている事を全て此処に持って来い!全部だ!…もしもの時を考えて空軍や海軍にも要請せぇ!」
「了解しました!」
「一体何をしでかしやがった。社会主義者どもめ…」
栄三が毒を吐きながら帝都を眺める。至る所で黒煙が立ち上り、場所的に霞ヶ関、新宿、池袋、練馬、御茶ノ水と言った所だろう。
「第二次東京戦争でもする気か…?!」
栄三は襲撃を受けて一部が破壊された国防省の庁舎からそう呟いていた。
国防省が襲撃を受けた頃、学業院女子高等科では冬歌は授業中に目に入った大型バスに目が行く。
「たかバス…?」
学校の駐車場に停まっている一台の大型バスを見て違和感を覚えた。
「(あれ?今日何処かで親善試合でもするのか?)」
少なくともそんな予定あったかなと思っていると突如学校に爆発音と揺れが起こる。
「!?」
「何だ?!」
途端に教室が騒然となると廊下を銃を持ち、覆面をした集団が一斉に銃を向けて来ていた。
「動くな」
「「「!!!」」」
銃口を向けられ、声を出なかったクラスメイト。するとなだれ込むように他のテロリストと思しき人たちが入ってくる。
そして銃を向けながら一人の男と思わしきテロリストが言う。
「貴様らは我々の人質だ。今から我々の指示に従って貰う」
そう言うと私達全員を目隠し仕出した。そしてその目隠しは全員に行われたようでリーダーと思わしき男の声がまたした。
「来い」
そう言うと教室から追い出された私達は場所的に講堂に集められているようだった。複数の足音がする中、冬歌は落ち着いて状況を整理していた。
「(まさか学校を襲撃するなんて…しかし、私達を人質にとっただけで終わるのか?)」
この時、まだ東京各地で襲撃事件が起こっている事を知らない冬歌はそんな事を思いながら見知らぬ同級生の肩を掴んでいた。
行動までの移動中、テロリストが無線機から入る情報に聞き耳を立てていた。元々唯の一般人だったのだろうか。暗号化もせず、情報をダラダラに漏らしていた。
「(首相官邸に内務省…国防省や財務省にまで襲撃したか…)」
しかし、国防省はやはり部隊がいると言うことで早々に襲撃失敗の報が上がっていた。
前に鴉で偵察していたのはこの為だったのかと思いつつ、講堂に生徒全員が集められるとそのまま座らされた。周りでは名前を言って友人を探す声が上がっており、その中にさくらの声もあった。
「さくら」
「冬歌っ!」
そして集められて注意が疎かになっているであろう隙を見計らって冬歌はさくらと合流する。目隠し状態だが、目の前にさくらがいる事を確認するとさくらがやや震えた声で聞いて来た。
「私達…どうなっちゃうの?」
「…分からない」
聞いた感じ統率は取れているようだが、末端の一人が粗相をする可能性がなくも無い。
時々、リーダーと思わしき溌剌とした初老の男が叱って殴り飛ばしている声が聞こえた。如何やらテロリストのリーダーはそれなりに人望があるようで殴られたテロリストはそのまま命令通りに巡回をし始めていた。
そして足音が止み、全校生徒が集まったのかと思うと自分たちを此処に連れてきたテロリストが言った。
「友人を探して集まれ」
如何言う事なのかと思いつつも、銃を持っていた恐ろしさからクラスメイト達は声を頼りに友人を探し始め、次第に集まるとテロリストはぶつぶつと呟いており、何やら名前を言っているようだった。
「虎寺沙耶香…狐山愛結…狸道さくら…」
どれも知っている名前で何をするのかと思うと一人ずつ目隠しを取って確認していたのだ。髪色や耳の形から呟かれた三人はそのまま連れて行かれてしまった。
「冬歌!」
「さくら!?」
いきなり連れて行かれて驚くと他のクラスからも連れて行かれた者がいた様で数は足音から大体二、三〇人前後といったところだろう。そしてそこで全員の目隠しが取られることになった。それと同時に携帯も回収され、通信はできなくなっていた。
辺りを見回すと沙耶香、愛結、さくらが連れて行かれており、他のクラスでも何人か連れて行かれたようで共通点は有力な家の娘と言うところだった。
残された生徒は連れて行かれた者の名前を聞き、次は自分が…と言った不安が広がり。連れて行かれた者では無く、自分たちの事を心配していた。
灯の灯っていない講堂の中、教師達も一ヶ所に集められていたがそんな中で冬歌はテロリストの行動を見て行動を考えていた。
「(約六〇〇人の生徒をこのまま人質に取るとは思えない…おそらく価値のない生徒から解放するでしょうね…)」
人数的に多くても一〇〇人、なんなら先ほど連れて行った人だけでも十分すぎるほどと思われるので此処にいる全員が解放される可能性があった。
「(さくらを見付けないと…)」
冬歌はそう思いながらテロリストの動向に注視していた。
学業院がテロリストの襲撃を受け、生徒が人質に取られたと言う報告は国防省襲撃から二時間後に伝えられた。
襲撃から一時間後に『臨時赤軍部隊』と名乗るテロリストが犯行声明を出し、これは六月革命であると宣言。一連の襲撃は革命の灯火であると大々的に発表した。
発表を聞き、都内で非常事態宣言が発表され。関東地方の陸軍部隊に緊急招集命令が降る。
事件発生より二時間半後。内務省、警視庁を襲撃したテロリストの排除を警察の対テロ特殊部隊と第一歩兵中隊が完了する。
双方合わせて死者一二名、負傷者四三名と言う被害を被ったが死者のほとんどはテロリストだった為。損失は皆無に等しかった。
他の襲撃地点でも駆けつけた応援部隊が掃討を開始し、テロリストが残っているのは首相官邸と学業院女子高等科だけとなった。
「少将、現在SATが学業院に出動を掛けました。学業院を中心とした半径500mを封鎖。住民の避難も完了しました」
「了解した。こちらからも一個中隊を送れ、残りで首相官邸を囲むぞ」
「はっ!」
国防省の地下司令室で栄三が地図を見ながら指示を飛ばす。さいたまから第三二歩兵連隊が増援に駆け付け、テロリストの排除を行なった。
練馬駐屯地から司令部を一時的に国防省に移動して練馬駐屯地の襲撃で負傷した師団長の代わりに国防省にいて無事だった副師団長であった栄三が指揮を執っていた。
「しかし、学業院にも向かっていたか…」
栄三は少し緊張した様子で椅子に座り込む。他の兵士たちも栄三の愛娘が学業院に通っていることは知っている。だから栄三の心情を理解でき、穏やかでは無かった。