#34
組織というものには必ず、汚れ仕事を伴うものがある。
それは社会全体という家族から生まれるゴミ、掃き溜めとも言えるだろう。
人の体から排泄物が出るのと同様、組織にも必ず汚れ仕事を請け負う場所を用意しなければならない。それが、国内の安全に関わるなら尚更だ。
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一一月三日
東京 臨海地区
空は曇天、湿度低めの空気の中。臨海地区のキラキラとした明るい雰囲気の街とは裏腹にほとんど車の通らないコンクリートで覆われた海底トンネルの端に一台の黒塗り高級セダンが停車していると、真後ろにもう一台の高級車が停車して、中から一人の男が現れる。
一丁前のスーツを着込み、純黒とも言うべき少し長めの髪を持ち。此処にもし女性がいたら黄色い声が上がりまくりそうな…いや、気絶する人が居そうな男はそのままセダンの扉をを待っていた心陽に開けてもらい、乗り込むとやはりと言った様子で少し驚いた表情を浮かべていた。
「まさか、お嬢様が今日のお相手ですか…」
「悪かったわね。お母様で無くて」
「いやいや、そんな事ないさ」
そう言い、その男の視線の先には目を閉じたまま不満タラタラな様子が滲み出ている様子の冬歌が学生服を着たまま車の椅子に座っていた。
すると、冬歌はその座ってきた男に向かって言う。
「学校帰りに行きなり呼び出しを受けた身にもなってほしい物だわ」
「それは、済まないことしをした。しかし、こっちは命の危機があるんでね」
「…要件は?」
冬歌は単刀直入に聞くと、その男…近藤裕翔は同じ様に切羽詰まっているのか端的に答えた。
「武器を…出来れば機関銃を頼む」
「はぁっ?!あんた達、また東京で戦争でもする気?」
思わずそう冬歌は答えてしまう。裕翔は主に関東圏を裏で支配する所謂ヤクザの若頭だ。名を東照会と言う。幾度と無く抗争に続く抗争で、関東域を支配する日本有数のヤクザであった。
そして、そんな彼らが関東圏を支配できた裏には公爵家である狼八代家の力があった。幾分か売上を受け取る代わりに、狼八代家は武器を渡していたのだ。
お陰で高品質の武器が彼らの手に渡っていた。そして、表向きにできない仕事も東照会に依頼する事もあった。いわゆる、裏の仕事専門の外注組織である。
そんな、関東一のヤクザの頭がわざわざ冬歌との面会を希望したのは武器の手配であった。冬歌が思わず理由を聞くと、裕翔はやや面倒そうに答える。
「俺たちは薬を扱わないのが鉄則だ」
「えぇ、知っている。だからウチが手を貸しているんでしょう?」
そう言い、冬歌はやれやれと言わんばかりに軽くため息を吐く。
「だが、此処最近。シマに薬を撒いた輩がいる」
「そう…」
「相手はロシアマフィア。此処最近、シマを拡大しようとしている奴だ。既に九州方面は奴らに制圧されたって話だ」
「あぁ、この前の銃撃事件ね…」
そう言い、ネットで見た機動隊が出て行った北九州市で起こった抗争を思い出す。すると、裕翔は面倒そうに冬歌に言う。
「そいつらが最近、関東に薬をばら撒き始めた」
「…場所は?」
「浮浪島だ」
「あぁ…厄介な事を……」
臨海地区の浮浪島は東照会が実質的な権力者であり、彼らが支配してから治安も比較的良くなった事から警察もあそこで起こった事に対して積極的に介入しようとしてこなかったが、麻薬となれば話は別だ。確実に乗り込んでくる。
そしてあそこには東照会の帳簿や武器庫がある。
と言うか、そんな関東のヤクザを怒らせる行動をしていいのかとも思ってしまった。
「おまけに、奴らは仕入れた武器でうちの事務所を襲おうとしている」
「ロシアの馬鹿?」
「ああ、」
「どうりで…」
あくまでもロシアとの国交は今は友好的だが、安土桃山時代よりロシアと我が国は国境を接した隣国。今まで幾度と戦果を交えてきた仮想敵国である。
そしてそのロシアンマフィアは軍隊から武器を仕入れていると噂だ。つまり、武器の質は高いと言うわけだ。
「蛮族を仕留める武器が必要だ。金はいくらでも出す。四日以内…出来れば明日にでも武器を寄越してくれ」
「明日は無理ね…早くても三日後。場所はいつもの所?」
「あぁ、頼むぞ。少なくとも五〇は欲しい」
そう言うと、裕翔はドアを開けて車を降りていくと、乗ってきた車に乗って走り去って行った。心陽が運転席に座ると、冬歌に聞く。
「近藤様のご要望は?」
「武器…機関銃の手配。数は五〇」
「随分と過大な要求ですね…」
「蛮族が相手なら仕方ないわね」
そう言うと、心陽も納得した様子で冬歌を見る。二人は蛮族とも言われるロシアのヤクザがどんな輩かを知っているからこそ、警戒していた。
「心陽、警察の押収品から選定できる?出来れば廃棄寸前の物を…」
「了解です…しかし、宜しいので?」
「何が?」
「彼らが与えた武器を使って暴れるとは…」
すると、そんな心陽の懸念に冬歌は答える。
「いいのよ。どうせ機関銃なんて物は滅多に集まらない。それに押収品は粗悪なものが多いし、下手に機関銃を持つと周りを刺激するってのは、あいつも分かっているはずよ」
「そうですね…この前、制限は厳しくなりましたし…」
そう言い、この前さらに厳しくなった銃規制を思い返していると、冬歌は常に懐にしまっている拳銃を一瞬だけ見た後に言う。
「この銃もちょっと危なくなってきたからね…」
正直、九粍拳銃弾以外の使用制限はきつい。特に対術師においては…まぁ、バレなきゃ犯罪じゃないのだが…。最悪、関東圏においては絶大な権限を有しているので揉み消しも容易である。
「全く、こっちは新嘗祭の手伝いで禿げそうだってのに…」
思わず冬歌はそんな愚痴を溢してしまっていた。そんな、冬歌を見て心陽は少し同感してしまっていた。
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「んで、集まったのはこれだけか?」
東京の山奥で裕翔はトラックの中身を見てそう言うと、荷物を運んできた冬歌が答える。
「少なくとも廃棄寸前の武器はこれが精一杯。弾薬の数が多いから、それでなるべく我慢して欲しいわ」
「……そうか…」
そう言い、トラックに置かれた自動小銃と数丁の機関銃を見て裕翔はやや渋めの声を上げる。
トラックの積荷はお決まりのAKシリーズの武器であり扱いやすい物であった。連射武器といえばいいのかもしれないが、相手にとっては捻り潰せるレベル武器だろう。今回の攻勢で皆殺しにすれば問題ないと考えていた。
「詳細はAKー74が八、RPK軽機関銃が三丁。後は弾薬だけね…」
「過大な要求をしてこの数か…」
やや苦しい顔をしながら、梱包されたり裸の状態で箱に入れられた銃を眺めると裕翔は冬歌を見ながら彼女に言う。
「値段は?」
「そうね…大体このくらいかしら?」
そう言い、携帯の電卓に数字を打ち込むと裕翔は値段を見てややゲッとなっていた。
「もう少しまけてくれよ」
「うーん…じゃあ、このくらい?」
そう言い次の値段にした時、裕翔は少し間を置いた後に答える。
「…良いだろう。時間があれだから現金で良いか?」
「ええ、良いわよ」
「じゃあ、部下から渡す」
「荷物は出してよ?」
「分かってる」
そう言い、裕翔は荷物を運ばせると数少ない銃を載せ替えるとそのまま裕翔の部下の一人が片手に封筒を持って心陽に手渡す。心陽は封筒の中身の札束を数える。
「…問題ありません」
「了解…あぁ、念の為伝言ね」
「?」
すると、冬歌は帰り際に裕翔に警告する眼差しで言う。
「もしかすると、今度の揉め事は一回殺しただけで終わらないかもね」
「…そうかい」
「じゃ、私はこれで。また必要なのがあったら言ってね。今度はもう少し質のいい物を持ってくるわ」
そう言うと、冬歌は車に乗るとそのまま消えてしまった。その様子を眺め、裕翔は今回やけに価格が高かった理由を察した。
「…こりゃ、長丁場になるかな?」
そう呟くと、裕翔は回収した数少ない武器を運んでいた。
しかし、次回武器を注文したときはもっといいものが手に入るかと思っていた。少なくともガラクタ押収品を回されるよりは質がいいのが買えそうだ。
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一一月七日
知り合いのヤクザ者に武器を届けた翌日。やや寝不足気味で授業中に欠伸が漏れてしまいそうになるが、押し殺して我慢するとふと外を眺める。
あのイケメンヤクザは外に出たらさぞかし女性陣の目を引くだろうなと思いつつ、少なくとも戦争中の芋女っぽい今の私とは不釣あいだなと思っていた。
初めて会ったのは小学五年生の時だったか、子供の頃から恵まれた見た目をしてんなと思って接していると次第に悪友としていろんな事をしたっけね…主に怒られるような事を…。
なんて思いながら、冬歌はヤクザ関連でふと思い返す。
「(ロシアのマフィアか……)」
少なくともいい印象はないなと思いながら冬歌は窓の外をふと眺める。
「(大粛清、か…)」
一週間ほど前に発表されたロシア連邦国内での大規模な粛清。
母は事前に掴んでおり、嫌な予感しかしないと感じながら新たにロシア連邦のトップとなった人物を思い返していた。
「(…あ、そう言えばこの前。沙耶香の兄からの招待があったんだっけ?)」
沙耶香にはそれぞれ陸・海・空のそれぞれに進学した三兄弟が居るはずだ。
子沢山で羨ましいと思いながら、冬歌はその内海軍に進学した兄から今度海軍が行う新年明けの観閲式に来ないかと言うものだった。沙耶香曰く、祖父以外に自分の話をしていないそうだが、明らかに何か感じるものがあるとしか思えない雰囲気があった。まぁ、でも皆んなに誘いをかけていたから数合わせだと沙耶香は言っていたが…。
「(まぁ、その時期は宮中行事のお手伝いで大忙しだから無理だな)」
去年、散々扱かれたし…少なくとも、中学校にどうせ行かないからと皇居に早めの花嫁修行をさせたあの母には一言申したいものだ。
「(まぁ、その時の経験はいつか生かされるでしょうね…)」
少なくとも暫く先であろうが…。
いずれは自分もお見合いで結婚し、婿を迎え入れて子を産まなければならない。それが、血を残すと言うこと。子を残すのも又、狼八代家の直系の長女として生まれてきた為に課せられた運命だ。
皇族よりは幾許か制限のない生活ではあるが、それでもこんな風に友人を軽々しく悪口を言える生活は厳しいだろう。
「(それまでは精一杯学生を楽しむとしますかね…)」
冬歌は内心、せめて良い婿でも迎えられればなと考えながら授業を真面目に聞いていない事を教師に指摘され、軽く教科書で頭を叩かれた。




