#33
十月二四日
時期からややズレた季節にやって来た台風で大荒れの天気の中。洋上に浮かぶ石油リグも波に揺られ、少しだけリグ全体が揺れていた。
「…」
そして、その石油リグで外に出て監視をしている特殊部隊は大時化の外を見ながら軽くため息を吐く。
片手には自動小銃を持ち、人質の部屋の前で船酔いになりそうな揺れ方だと思いながら少し煙草が欲しくなって来て懐から煙草の箱を取り出す。変な雑草を纏めて作った闇市で売られている物じゃ無い、日本産の超高級品だ。この任務の前に支給された貴重な物だ。
彼は喫煙者な上に比較的上流階級なために一本だけ吸おうと思っていたが、他の仲間はこれをそのまま売り飛ばそうと思っているようだった。日本産の煙草は超高級品だ。きっと高値で売れるだろう、そうすれば、家族をより養う事もできる。それか若しくは…
「(いや、考えるのは無粋か…)」
そう思いながら北中の特殊部隊の構成員は取り出した一本の煙草に持って来たライターを手に取る。
カチッ!カチッ!
しかし、ガス切れか少し火花が散るだけで火がつく事はなかった。
「(仕方ない…)」
ライターが使えず、仕方なく煙草を片付けようとする。そして、煙草を口から離した時。スッと横に細長い火がついた大時化の中、ゆらゆらと揺れる炎に反射的に構成員は返事をする。
「あぁ、ありがとう…」
そう言い火を借りるとそのまま構成員は一息煙を吐く。
さすがは日本製、良い味がしすぎて即席タバコしか吸わなかった身からすればむしろ気持ち悪くなりそうな味だ。これが本物の煙草かと思っていると、ふとここは石油リグで周りには可燃物しか無かった事を思い出し、自分の行動に冷や汗が出てしまった。
まぁ、でも周りが大時化でここにも水が降り注いでいるからそれほど火事の心配もないかと思っているとその時さっきの炎の違和感を覚えた。
「ん?そう言やぁ、さっきの火って…」
そう言い、横を向いた瞬間。目の前にいた一人の陰は左手を前に出し、そこから術式のような陣を展開し、その瞬間構成員の視界が真っ赤に染まった。
「…まずは一人」
一瞬で黒ゴケになった遺体を見ながら宇野は呟く。静岡から自分たちの上司から割り当てられたプライベートジェットに乗り込んでここら辺一帯がジャミングされているのを良い事に航路を間違えたとして近くを飛んで、後はダイナミックにジェットから飛び降りて術式を使って着地だ。
人質のいる部屋の前で北中の特殊部隊を斃した宇野は上から声をかけられる。するとそこには紫髪を持った少女が呆れた様子で宇野に言う。
「全く、周りは可燃物しか無いのよ?」
「一瞬だから引火しねぇよ」
宇野がそう言うと少女ことウンディは呆れた様子でそのまま別の場所に移動してしまった。すると宇野はそんな彼女に忠告する。
「術式使うならガスマスク使えよ」
「それはアンタでしょう」
そう言いながら、リグを一回ずれて走っていると宇野は手当たり次第目に入った北中の特殊部隊の構成員を丸焼きにする。肉が焼ける時の嫌な匂いがするが、一瞬なので反応することも出来ずにやられていく。
すると、異変に気付いたのか何処からか怒声が聞こえ、走ってくる音が聞こえた。
「ウンディ、頼む!」
そう言い、宇野は叫ぶとガスマスクを頭に被り、彼女は呆れた様子で言う。
「はいはい、了解」
そう言うと、彼女はリグの制御室の扉を蹴破って突入すると特殊部隊の面々は驚愕した様子で銃を向ける。
「何者だ!貴様!」
そう問われるとウンディは面倒そうにしつつも、ややノリノリで答える。
「アンタらを冥土に連れて行く死神さんよ」
そう言った瞬間、ウンディが両手を前に出し、その先から一気に紫色のガス状の何かが飛び出し、部屋を丸ごと紫色に包み込む。
その瞬間、制御室にいた構成員は呪詛のような悲鳴を上げる。
「あ、あがっ…」
「ゴホッゴホッ…」
「く、苦しぃ…た、助けてくれ…」
そして、紫色の煙を吸い込んだ特殊部隊はそのまま倒れると、ウンディは突き出した腕を下ろす。その瞬間に紫色の煙は霧散すると肩で息をして思わず近くにあった椅子に座り込んだ。
すると反対側の扉から制御室に宇野がやって来て、倒れた特殊部隊の面々を見てウンディを見ながら労う。
「お疲れ」
「…他は?」
「人質しか残っていない」
「そう…」
すると、宇野はウンディを背中に背負うとそのまま制御室を出て行く。
「このままズラかるぞ。そろそろ人が来そうだ」
「逃げ道は?」
「コイツらの乗ってきたボート」
「こんな大時化で大丈夫?」
外に出て雨の中、そんな会話をしながら二人は彼等が乗り込んできた時に使った鋼鉄製のワイヤーを見つけると、そのまま下に係留されているボートを確認する。それを見て一瞬だけ宇野が震えるも、ワイヤーに器具を取り付けてボートに降りた。
宇野はウンディを降ろすと、彼女が船外機のエンジンを掛けてそのまま大時化の中を小さなボートで走り出して行った。
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「…で、これが石油リグで起こった殺戮?」
「作用です。冬歌様」
別邸のリビングでタブレットを眺める冬歌はそう呟くと、そのまま黒焦げになった特殊部隊の写真を見るとそのままタブレットを机に置く。
「人質となっていた技術者は?」
「軽傷者数名のみです。死者はいません」
「通常の人質事件なら満点の結果なんだろうけど…」
やや口が曲がっている冬歌、石油リグの事件が解決してから一夜明け。先ほど学校から帰った冬歌は家に帰って心陽に言われて先に食事をとった後にこの情報を見たが、その方がありがたかった。
冬歌は好き好んで人の死体を見る趣味はない。先に食事をしていなかったら食欲が減衰していただろう。
「人質からの報告によると、大時化の影響もあってか大きな音もかき消されていたそうです」
「でも大時化でも銃撃の音は聞こえるはず…と言う事は銃を撃つ前に制圧されたと言う事か…」
タブレットを片付けながら、心陽は冬歌に言う。
「政府は仲間同士の殺し合いで済ませるそうです」
「まぁ、それが一番良いでしょうね…人質が死んだ訳でもないから特に追求される事もないでしょう…」
後は、この事件をダシにロシアに侵攻しようとする馬鹿が出て来ないようにしないと…。
石油を回収しようとした貨物船は部隊が全滅したのを知ってからか、港に止まったまま無駄に燃料を消費しただけで終わったらしい。
運が悪かったと思いながらも、許す訳でもない。冬歌はこれから母の仕事が忙しくないそうだなと思いつつ、手伝いさせられるのだけは勘弁だと思っていた。
私が、日本に帰ってから母は今まで以上に政治に積極的に手を出すようになった。その関係で、自分は中学生の時に母に連れられて人生で初めてお偉いさんの家に行った。
今でも覚えているが、その政治家の人が私に付き合いの印として蜻蛉玉の簪をくれたっけな。変に装飾が多く付いており、家じゃあ使いずらいなと思っていた。まぁ、外行きの際はいいかもなんて思いながら今も部屋に仕舞われていた。
正直、杉峰さんの方が日用的に使える物を送ってくれるから、そっちの方が学生の身としてはありがたい。
「(今度、つけて行こうかな…)」
外行きならお気に入りだし、なんて思っていると。冬歌は心陽から伝言を受け取る。
「後、それから。御当主様より『新嘗祭の手伝いをしに行きなさい』との事です」
「げぇっ…嫌だなぁ〜…」
顔が思わず顰めっ面になりながら、冬歌は呟くと心陽は予想通りといった様子で冬歌に言う。
「無事に終えられれば飴を差し上げます」
「心陽、馬鹿にしてない?私もう一六なんだけど?」
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石油リグにいたロシアの特殊部隊全員が何者かによって殺されたのは政府も把握していた。
何せ、リグの制御室から電話で『襲って来た人が死んでる』と通報があって慌てて海上警察が接近して分かった事だ。鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまった。
「…」
首相官邸から自宅に帰った葦塚は渡された資料を元に対応に追われていた。
何せ、突入部隊が突入する前に全員死亡が確認されたのだ。乗って来たボートが消えていた事から一人が裏切って逃げ出したと思っていたが、死体が丸焦げになっていた事もあり、あんな可燃物だらけの場所に火炎放射器を持って来たのかと思っていた。
また、制御室で死んでいた遺体の特徴から何かしらの毒ガスが使われた可能性があったが、周囲に一切毒ガスが使われた痕跡がなかったのだ。
「何が起こっているのやら…」
葦塚は思わずそう溢してしまうと、執務室にこの前二〇歳になったばかりの息子が入ってきて彼に言付けをする。
「父さん、電話」
「あぁ、分かった」
そう言うと、葦塚は電話をすると相手を聞いて少し驚きつつも家族に出かける旨を伝えて出て行った。
三〇分後
旧帝国ホテルにやって来た葦塚はそのままウェイトレスに連れられ、個室に入るとそのまま先に来ていた人物に挨拶をする。
「今日はわざわざお呼び下さりありがとうございます。狼八代殿」
そう言い、座っていた雪に葦塚は挨拶をするとそのまま席に座る。すると、雪は口を開く。
「こちらこそ、お忙しいのにお呼びして申し訳ありません。何せ、急用でしたので……」
「いえいえ、優秀な部下が仕事を片付けてくれますので。今日も定時で帰ることが出来ました」
そう言うと、二人はグラスに注がれたシャンパンを口にしながら雪は早速要件を伝える。
「石油リグの方は如何ですか?」
「既に次の人員を送りましたので操業に問題はありませんが…少しだけ石油の価格が上がる可能性があります」
マスコミも嗅ぎつけたようで、騒ぎ始めた頃合いだ。明日の朝に会見を開いて事件の話しをする予定である。
しかしあの石油会社には狼八代家も噛んでいる。気にならないはずが無いが、問題はないはずだ。
これからの報道の予定を計算していると、雪は葦塚に言う。
「葦塚さん。今回の事件ですが、少し気を付けた方が宜しいかと…」
「ほぅ?」
それは一体どういうことか。葦塚は少しだけ目元が鋭くなりながら雪に詳しく話を聞く。
「あの事件からロシアの動向を見ておりますが、どうやらロシアの軍上層部が一掃された可能性がある様です」
「なんと、そんな事しては…」
軍の上層部が一層とはどう言うことかと思っていると、雪は葦塚に紙を渡す。出来るだけデータとして残したく無いのかと思いながら、葦塚は手に取るとそこには街中に停まる戦車の姿があった。
どう言う事かと思っていると、雪は少し険しい表情をしながら言った。
「あの国で大規模な粛清が起こった可能性があります」




