#31
現在、日本周辺の平和は薄氷の上を立っている。
数多の問題を内外に抱えており、国内経済も最近は低迷し始めていた。
アメリカに次ぐ世界二位の経済圏を有する日本だが、原油価格の高騰。
満州国境付近の戦闘態勢、新ロシア大統領当選による社会不安。
そして何より、春の社会主義者による帝都同時多発テロは日本経済を大きく揺るがしていた。
現在、沖縄沖に建造された東支那海ガス油田の採掘が始まり。国内油田の備蓄も終えて原油価格の下落が期待されていた。
何せ中東に次ぐ新たな石油採掘場だ。おまけに埋蔵量は中東地域の二倍以上はあるともっぱらの噂。当然、採掘にはうちの会社も噛んでおり、株式を買い漁っていた。
十月十九日
東支那海洋上 第八海上石油リグ
毎月八〇万ガロンの石油を算出する東支那海油田。そこでは日本海軍や海上警察がテロ組織による破壊工作などを警戒して常に巡視船や軍艦が走り回っていた。特にここ最近はロシア軍の動きが活発化して来ており、警戒は高まっていた。
そんな中、操業中の石油リグの制御室で職員が呟く。
「ん?何だこれ?」
「どうした?」
責任者が聞くと、職員がパネルを指差しながら言う。
「此処見て下さい」
「…どこかで油が漏れたか?」
そう言い、制御盤の異常を示すランプを見ながら呟くと責任者は頭をポリポリとやや面倒そうにしながら外に続く扉を開ける。
「全く、明日交代だってのに故障かよ…」
「一応、警戒のために警報を出しておきますね」
「あぁ、頼む。俺は修理班連れて行ってくる」
そう言うと責任者が制御室から出て行き。一人残った職員の男は持っていた無線機の電源を入れるとそこに向かって呟いた。
「責任者が行った。作戦を始めろ」
『了解』
そして三時間後、南支那海油田の石油リグの一区画が何者かに占拠された報が日本政府に届いた。
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十月二十日
東京 学業院
その日、冬歌達は月末に行われる学園祭の準備に明け暮れていた。
「上社さん。この注文お願い出来る?」
「はい、分かりました」
「狸道さん。カッターどこだっけ?」
「こっちにあるよ」
教室で学園祭の準備を進めている冬歌達は準備を進めていた。何せ学園祭は二四日から七日間だ。殆ど準備は終わっており、ウチらは喫茶店をするそうで…。
学園祭中は大勢の人が出入りする事から警備も少しだけ緩んでおり、もし問題があった場合は体力に自信のある獣人の人が突撃してくるそうだ。まぁ沙耶香が居るなら心強いなと思いながら冬歌は買い出しに行こうと教室を出る。すると、さくらが付いて来た。
「私も一緒に行って良い?」
「いいよ、人手は多い方が楽だしね」
「ついでに私、クリームも買おっと」
そう言うわけで二人は学園竿で必要な材料の追加購入の為に学校を出て行った。
もうすぐ始まる学園祭は一週間行われる行事であり、日本有数のお嬢様学校が外部から人を招き入れるほぼ唯一の機会だ。
大勢の人が来ることが予想されており、来年の入学希望者もやって来る。かく言う自分達の喫茶店もレトロ喫茶をイメージして和洋折衷コーデを見に纏う予定だった。
「必要なものはこれくらいか…」
学校を出て店に入った二人はそこで必要な物を買い込むと、さくらが提案して来る。
「時間あるし、ちょっと寄り道しない?」
「え?でもバレたら面倒じゃない?」
「あー、そう言えば制服だったなぁ…」
そう言いながらさくらはスカートを軽くひらひらさせていた。今月から冬服なので、紺色のセーラー服を着ていた二人。冬歌はその上に白いカーディガンを羽織っていた。脇にはRuger-57が仕舞われており、分かる人には分かる変な膨らみ方をしていた。
「さ、荷物を買ったらとっとと帰るよ」
「はーい…」
やや残念そうにしながらさくらは冬歌と共に学校に戻っていった。
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カツン…カツン…
薄暗い廊下を皮靴の乾いた音が響く。
ギィ…
廊下を歩く一人の男は部屋の扉を開けると設置されていた椅子に座り込む。
「ふぅ…もう歳だな…やれやれ、老いというのは怖い物だ…」
そう言うと、その男は机の上に手を置くと、部屋にパソコンの灯りがつく。複数の大画面から映像が写り、そこには多数の情報が映し出されていた。
「さて、今日はどんな情報があるかな…」
そう呟くとその男はキーボードを触り出す。すると、とある情報を見て彼はやや目を細めた。
「ふむ…南シナ海の石油リグでロシアの特殊部隊が占拠か…」
するとその男は再び慣れた手つきでパソコンを触ると通信画面が現れ、出たのは赤い髪が特徴の宇野であった。
一ヶ月前、東京である人物にちょっかいをかけた後、クワトとノーヴェの二人を失う大損害があったが、死体が確認されていない事から何処かに収容されている事は確実であり、生きている事は確実だ。恐らく彼女の手で封印か何か拘束をされているのだろうと予想していた。
『呼んだか、ファーター?』
「あぁ、宇野…頼みがあるのだが…」
『ファーターの頼みなら良いぜ』
そう言うと、ファーターと言われた男は宇野に言う。
「南支那海の石油リグに北中の特殊部隊が侵入した。目的は彼らの排除だ」
『良いけど…移動手段は?』
宇野はそう聞くと、男はキーボードを叩きながら少し考える。
「そうだな…一八時に静岡空港に行きなさい。そこに飛行機を呼んでおく」
『了解。どの位暴れば良い?』
「人質以外、全員殺してかまわん。ロシアの愚か者どもに慈悲など要らん。やり方は自由だ」
『OK、やっておくぜ』
そう言うと、宇野は通信を切った。そして男は通信の切れたパソコンの画面を見ながら椅子に座り直した。
「…」
そして、彼は少し間を置きながら考え事をする様に目を閉じる。そして暫く間を置いた後に大きく息を吐くと呟いた。
「…やはり、この世界に必要なのは君の様だ。
ゼーロ」
そう呟くと、机の上に置かれた一枚の写真を見る。そこには黒犬の獣人に化けている冬歌の姿があった。すると、その男…エドモンド・クライツァーは置いてあるもう一枚の写真を見ながら呟く。
「いや、今は狼八代冬歌か…まぁどちらにせよ…大きく育ったな……」
そう言い、エドモンドは写真を手に取ると少し懐かしそうにしていた。
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「はい、もしもし?」
学校から帰る途中、冬歌は電話をしていた。相手は沙耶香からだった。内容は今度の学園祭についての話だった。
『あぁ、もしもし?少しお願いがあるんだが…』
「どうした?」
すると、沙耶香はある物を冬歌に要望した。
『冬歌がいつも使っているあの変装具。余っていないか?』
「え?いきなりどうしたの?」
唐突な依頼に少しだけ驚いてしまうが、沙耶香の話を聞いてすんなりと納得できた。
『文化祭くらいはゆっくりしたいのさ。できるか?』
「…えぇ、予備があるはずだから。明日持って行くわ」
『ありがとう。感謝する』
そう言うと電話が切れ、冬歌は駅から歩いて家まで帰っていった。
家に帰ると、冬歌は心陽のいつも通りの出迎えを受け、そのまま自分の部屋に入る。
銃を置き、弾倉入りのポーチを置く。獣人だから基礎体力はあるお陰でこれ程度であれば簡単に片手撃ちができた。
「ふぅ…行きますか…」
荷物を全て置き、私服に着替えた冬歌は屋敷の地下室に入る。そして部屋に入った冬歌はそこで札を取り出すと目を閉じて意識を集中させる。
古代から洗練されて来た術式は多数存在し、日本本土だけでも多くの流派が存在する。国家機密になる部分もある事から詳しく分からない部分もあるが、一応日本でも諸外国の様に術師の出せる技の威力で等級が分けられている。
甲級、乙級、丙級、丁級の順で等級分けがなされており、一番上が甲級である。
甲級は殆ど排出されることはなく、一発術式を打つだけで一個師団が吹き飛ぶ能力を持っており、一部の優秀な血筋がその能力を継承していた。
自分の術師としての能力はこの等級で当てるなら乙級程の実力と言われ、所謂軍から推薦の手紙が来る様なほどの実力である。
遺伝で継承される術師としての実力だが、私の場合は母の能力をほぼ全て継承していた。
ただ私の場合は霊力…西洋では魔力とも言われる術式を展開するために必要な燃料的存在の体内保有量が文字通り桁違いで、幾ら術式を撃っても霊力切れを起こすのに苦労するレベルだった。
だから宇野に正体がバレた時はよっぽど霊力を込めて刻印弾を撃っていたのだろうと思っていた。
正直、あそこで正体がバレたのは手痛い被害だったが、彼らが日本にいると言うことはつまり国内に彼らの拠点があると言う事。あの悪魔の科学者が作り出した人工術師は被害を無くすためにも全ての情報を消す必要がある。あんなものが出回ってしまってはそれこそ世界大戦が起こる。
自分の血を使って作られた彼等は今も自分の事を姉と思っているのだろうが、はっきり言って仕舞えばごめん被る。私は狼八代冬歌。日本の公爵家の一人娘なのだ。あんな番号の名前で呼ばれるような実験動物じゃ無い。
しかし彼等の目的をはっきりと知るのもまた必要。正直言っ、十年も経って自分に会いに来た理由は私を捕まえて血を抜き続けてあの薬剤を作る事以外に考えられないと思うのだが、クワト達の動きからもしかしたらがある可能性が浮上したのだ。
もし別の目的があると言うのなら、彼等のボスに会って直接話すのも良いかもしれない。
まぁそんな事を母が許すわけないのだが…。
母にとって、私は跡取りであり大事な一人娘。
手放す理由が見つからないし、実際私の事を常に気にかけているのも事実。常に離れたところから護衛が付いているし、何か不測の事態があってもすぐに行動に移せる様になっていた。
小学校と中学校を丸々狼八代家で過ごして来た過去からも私をまた同じ事態にさせまいと言う強い意識が感じられる。
「お嬢様。食事の用意が出来ました」
「あ、ありがとう。すぐ行くわ」
そう考え事をしていた術式のトレーニングの休憩中に心陽がやって来て、冬歌はそう答えると軽く汗ばんだ体にシャワーを浴びた後に夕食をとりに向かった。




