#28
九月三〇日
学業院 校庭
その日、学校の校庭に何台かの車が停車しており。数少ない保護者がやってきており、校庭では多くの生徒達が外に設営されたテントの下で椅子に座っていた。
今日は学業院での運動会。
ほぼほぼ観にくる保護者はいないのだが、一応準備しなければならない。士官学校でもないから首相が来ることもないし、お偉いさんが来ることもない。
金持ちや有名人の子が多い学業院だが、親から離れて来る生徒も居るので、親が観に来ると言う事もこの歳ではほぼなかった。
今日は一部の生徒達は面倒だと思ってしまう運動会である。
冬歌達は暑いから絶対に出たくないと思っており、後ろで色々とする大会運営委員をしていた。
散々委員長であるカラニットに扱かれた影響でこの日、冬歌達は日陰のテントの下で扇子を仰いで涼みながら行われる競技を眺めていた。
「あっちぃ〜…」
「本当、暑すぎて溶けちゃうよ…」
そう言いながら、冬歌とさくらはグラウンドを眺める。そこでは今、名物のリレーが行われていた。
「ぬぉぉぉおおりゃあぁぁあぁあ!!」
グラウンドではアンカーの沙耶香がバトンを持ってがむしゃらに走る。さすがは軍人一家の娘、鍛え上げられた体は学内でもトップレベルであった。
その証左に沙耶香はトップで先頭を走っていた。
「うりゃあぁぁぁぁあ!!」
そして、学年毎のリレーの美を飾ったのは沙耶香であった。
====
現在、欧州などでいまだに遺恨を残す獣人の差別問題。特にルーマニアなどの地域ではそう言った差別は未だに残っているそうだ。
だから日本などの獣人と人が混ざり合って生活している光景は信じられないと言う。
獣人…向こうでは亜人と呼ばれる人種が差別される様になった理由は幾つかあると言われているが、最も軽蔑される様になったのは獣人の数の少なさからだろう。数で圧倒的に劣る獣人は国を出ていく様に言われ、国を追われた彼らは東に移動し、東亜細亜に向かってそこで安息の地を得る。
獣人を追い出した欧州では獣人追放と同時進行で魔女狩が行われており、西洋魔法の技術は伝承される事なく潰えてしまった。
それ以降、術師は遠距離武器に劣り。威力もカノン砲以下の使い難い物であると認識されていたが、その認識が変わったのが、イギリスと大日本帝国の間で行われた日英戦争であった。
当時、進軍するイギリス軍の圧倒的優勢であったが、陸地に接近した所を当時最新鋭の秘匿兵器であった術師専用の兵器である刻印弾による砲撃で武装汽船が爆沈し、それに巻き込まれる形でほかの輸送船四隻も巻き込まれて沈んでいった。その一発のカノン砲の威力に恐れ慄いたイギリス軍は士気が減少し、双方痛み分けの形で終わった。
これ以降、接近戦における術士の需要を見たイギリスでは慌てて術士確保の為に動いていた。そして日本人の術士拉致問題もこの一連の戦争が関係していた。
そして、他の亜細亜諸国と同様に多くの術士を確保していた日本は維新以降初の海外派兵であるタイ遠征において伝染病に苦しめられた事から、戦時中における術師の回復術式は貴重な物であると認識すると、積極的に術士を軍に誘致していた。
そして満州独立紛争では産業革命後初の術士同士の撃ち合いが行われ、当時の記録には『空に永遠と花火が上がっていた』と言う記述があった。
しかし、世界中に術士の必要性を感じさせたのはその後の世界初の近代戦と言われている日露戦争であった。
外満州を巡っての戦いであったあの戦争で日本は勝利し、ウラジオストクやその周辺地域を獲得していた。
世界各国から訪れた観戦武官が、日露戦争において半ば枯れかけの技術であった刻印弾を使用した砲撃を行って敵陣地を吹き飛ばす光景を目の当たりにし、本国に慌てて『早急に術士の育成をされたし』と伝聞を送ったほどであったと言う。
何せウラジオストク港閉塞作戦の際に、ロシア軍のサーチライト目掛けて術師の刻印弾による攻撃が飛びサーチライトを照らせば死ぬ状況が作られ、第二次まで行われた閉塞作戦は成功していた。
しかし閉塞したウラジオストク港は何とまだ未完成であった極東ウラジオストク要塞から国内でかき集めた術師を使った刻印弾攻撃で沈めた輸送船を丸ごと吹き飛ばしてしまった。
再度、閉塞作戦をする余力のなかった日本はウラジオストク要塞を包囲。観戦武官らは日露で行われる術士同士の大砲の撃ち合いを見て衝撃を受けていた。
そして、日本は夥しい損害を出しつつもロシアに勝利し、世界は術士は近代戦争に必要不可欠であると認識していた。
そして二〇世紀の戦争に術士は必要不可欠な存在であり、かのナチスですらユダヤ人であろうと術士である者は徴用したと言う噂があった。
元々、日本は刻印弾の開発などで術式の研究が最も進んだ国家であった。
その代表格とも言えるのが日野式破魔装置であろう。今まで術士には術士で対抗するしかなかった所を、機械の力を使って術師を抑える事ができる様になっていた画期的な装置であり、世界中で術師による犯罪が増えている中で最高の抑止力となっていた。
日野式破魔装置は基本的な構造は変わっておらず、開発から八〇年以上経った現在では欧州や米国でも破魔装置は広がっていた。まぁ、そもそもとして滅多に術師の絡む戦闘自体が起こらないというのが実情であったが…。
====
沙耶香がリレーで優勝して胴上げされているのを見ながら、冬歌とさくらは移動して教室の窓辺に腕を置きながらグラウンドを眺める。
「リレーは終わったか…あと残っているのは…」
「午後の部だけだね」
「って事はクラス対抗競技か…」
次々と消化されていくプログラムを確認しながら冬歌は教室で優雅に涼んでいると、携帯でニュースを聞いていた。
『続いてのニュースです。先週末に行われた大統領選挙において、ロシア国営メディアは次期大統領にエルドリアン・シコルスキーが当選した事を発表しました』
様々なニュースを伝える中でも、今週のトピックはこれ一色だった。
新たなロシア連邦の大統領のエルドリアン・シコルスキー…彼はタカ派と言われており、今後の亜細亜情勢に影響を及ぼすと言われている人物であった。
今更戦いを煽って何のためになるのかと思ってしまうが、恐らくロシアの狙いはモンゴル、そして満州地方の地下資源だ。新たなロシア大統領の誕生に日本などの国境を接する国は警戒していた。
「(もし事が起こるなら、国内が落ち着く来年からかしら…)」
そう思うと、冬歌はグラウンドで昼食を摂り始める沙耶香と目があった。
二週間前の事件で理由はわからないが和解した様子のさくらと愛結。その影響で冬歌達とたまに会う様になった沙耶香達とは良好な関係を結んでいた。そして沙耶香と私は共にクワト達に持っていた愛銃をぶっ壊された仲間でもあった。
カラニットから『お礼に欲しい武器はあるか?』と言われたので、沙耶香と私は個人的に新たな銃を所望した。
あの犯罪組織が持っていた銃は軍に押収されてしまっていたので、今頃は誰かの兵士が使っているのだろう。あの時分捕っておけば良かったと軽く後悔していた。
ここ最近、国内にいる反政府勢力への対応の為に流れて来る武器は一旦は証拠品として回収されるが。一部は同じ種類の武器でまとめた後に日本が支援する組織に送っていると言う噂もあった。まぁ事実だろうと思いながら冬歌はさくらと共に弁当を食べていた。
現在、イェルサレム共和国はこのロシア新大統領の動向に非常に警戒しており、デフコン3が発令されようとしていた。
もし間宮海峡などに部隊集結の報があれば即座に戦闘体制に移行するだろう。
現在、日本はモンゴルに派兵をするかどうかの最終議論が行われており、この前のテロ行為が効いたのかはわからないが、満州地方への増強で終わる事で追いつくと予想されていた。
満州地方への陸軍部隊の派遣は昔から良く行われているのでそこまでロシア刺激しないだろうと予測されていた。
「(いつまでもこんな日が続けばいいけど…)」
少なくとも春の様な事件だけは勘弁だと思いながら冬歌はさくらと昼食を摂った後、放送で呼び出しを喰らってしまった。
『一年三組、上社、狸道は至急大会本部まで来てください』
「げっ、先輩からの呼び出しだ…」
「嫌な予感しかしないわね」
そう言いながら、またパシらされるのかと思いながら二人は教室を出ていく。二人は大会運営委員の一人であり、委員長によくパシリにされている事は委員会内部では有名な話で、他の先輩方もロックオンされたかと哀れみの目で見ていた。
そのおかげで時々慰めと差し入れをしてくれたのはありがたかった。
正直差し入れなかったらキツかった。と言うか多分、うちらに委員会辞められたら自分がロックオンされるかもしれないと言う恐怖から絶対に辞めさせないようにするためにそうした可能性もなきにしもあらずではあるが…。
だとしたら一つ文句を言わせてもらいたい。
そして、呼ばれた二人は大会運営委員会本部に移動すると、そこでカラニットと対面する。
「お呼びでしょうか?」
「あぁ、来てくれたね。ちょっと頼み事をするよ」
あぁ、呼ばれるって事はやっぱりこう言う事か…はてさて、何を注文されるやら…。
「すまんが、先ほどのリレーでバトンが壊れたから新しいの買ってきてくれ」
「バトンが…?」
「壊れた?」
すると、カラニットは苦笑気味にその訳を話した。
「さっきのレースで虎寺嬢がバトンを握り潰しちゃったんだよ…」
「「…」」
あの体力バカめ…バトン壊すなよ…。
そう思いながらとんでもない壊れ方にもはや言葉がでないまま、対して運動会にも興味がなかったので、二人はそのまま学校を出ると近くの店に移動した。何でも午後の部で使うらしいのでなるべく急いで欲しいとのことだそう。
「なんで予備ないんだ?」
「全部今までの先輩達が壊して来たんじゃない?」
さくらの冗談混じりの意見にあながち否定できない事に悲しさを覚えるよ。
「やれやれ、力が有り余るのも不便だ…」
「それは本当に思う」
そう言いながら二人は慌てて校門を出て買い出しに走って行った。




