#25
倉庫の中で沙耶香とクワトが殴り合いをしている頃、同じ場所で冬歌はノーヴェと銃撃戦をしていた。
お互いに物陰に隠れながら冬歌は刻印弾を、ノーヴェは空気中の水分を利用した水の弾丸を使っていた。
「高圧で発射された水はコンクリート以上の硬さを持つ。障壁術式でも耐えられるかどうか…」
そう呟く間にも頭上に水で生成された弾丸が着弾する。此処は港湾地区、空気中の水分が欠けることは無い。だから狙うは向こうの霊力切れだが…。
「野郎、囮には引っかからないか…」
「そんなのしたって無駄だ」
そう言うと、目の前にあった木箱が破壊され、慌てて逃げ出す。
「マジか…」ダンダンッ!!
「やれやれ、ゼーロもコッチに来れば良いのに。そしたらこの技も使えるのにね…」
そう言い、冬歌に追撃を掛けていると。冬歌は物陰に隠れながらノーヴェに向かって叫ぶ。
「人体実験の賜物がよく言う。あの悪魔の手下が…」
「…ファーターの悪口は流石に許さないぞ?」
そう言うと、ノーヴェは攻勢を更に強めて冬歌の居る物陰に何発も弾丸を撃ち込む。
「どうした?出てこいよ」
そう言って何発か撃った後、違和感を覚えてノーヴェは冬歌の隠れていた物陰を覗くと、そこに冬歌の姿はなかった。
「?…っ!?」
ノーヴェが覗き込んだその瞬間、上から気配を感じた時は遅かった。
上の通路に捕まっていた冬歌はノーヴェに一直線に落下するとそのまま彼女の首を絞めていた。
「(このまま気絶させれば…!!)」
そう思いながら冬歌はノーヴェの首に腕を回して固めていた。最初にコイツを倒せば、あとは二対一だ。
そして、どんどんノーヴェの顔が青ざめていくのを確認した時。
「うっ…!?」
突如身体中にスタンガンを受けた様な衝撃が加わるとそのまま地面に倒れてしまった。何が起こったかと思うと、視界に頬に痣のできたクワトが現れた。
「あっぶねぇ…死ぬ所だった…」
そう言っていたので、思わず沙耶香のいた方を見ると、そこには破壊された木箱に収まる形でグッタリと倒れている沙耶香の姿があった。
まさか、沙耶香が負けるとは予想外だった。学校でもかなりの実力だったが、此処までの実力だったとは…。
体がさっきの電撃攻撃で軽く麻痺していると、クワトは私を見ながら言う。
「じゃあ、あとはゼーロを連れ帰るだけだね」
「そろそろ、警察が嗅ぎつけてくる。とっとと撤収するぞ」
それだけは何としても避けなければ、その為なら…。
「くっ…」
「おっと、まだ動けると来たか…」
「はいはい、抑えますね〜」
そう言うと、クワトは自分の握っていたジャッジを蹴ると銃身を真ん中からポッキリと折った。
「チッ…ごめん…」
拳銃は沙耶香の方に飛んで行ってしまっていた。打つ手なしで詰んだか…。
冬歌はクワトに連れて行かれるくらいなら、何処かで消えるチャンスはあるかと予想していると、体に更に電気を流されて体に力が入らなくなる。そしてそのまま体を抱えられた時、倉庫に何かが弾ける乾いた音が聞こえた。
その音の方を見ると、其処には沙耶香が落としていた拳銃を持ってクワト達に銃口を向けていた。動けることにクワトは驚いていると、沙耶香は半分気を失って居るのかわからないが、叫びながら残った力で拳銃を乱射していた。
「このぉ…!!うちの国で好き勝手しやがってえぇぇぇえ!!死に晒せぇぇぇ!!」ダンダンッ!!
そう言い、無我夢中で引き金を引いており、その様子を見ながらノーヴェは面倒そうにしながら沙耶香の持っていた拳銃に照準を合わせた。
「全く…邪魔だから静かにしてよ…」
そう言うと、生成した水の弾丸が拳銃の機関部に当たって壊れた。すると沙耶香はなんと壊れた拳銃をクワトに投げつけるとそのまま倒れてしまった。ちなみに投げた拳銃をクワトは簡単に避けていた。
「……終わったか…」
沙耶香が倒れたのを確認し、今度こそ移動しようとした時。
パンパンッ!!
クワト達とは反対側から銃声が聞こえ、完全に予想外の方向から飛んで来たクワト達は脚や肩にもろに銃撃を受けてしまった。
その痛みで、クワトは抱えていた冬歌を落としてしまった。
「「っ!?」」
銃撃を受けて咄嗟にその方を見ると、そこには拳銃を構えるさくらや愛結、そしてカラニットの姿があった。
すると、手にH&K HK45を構えていたさくらは鬼の様な形相でクワト達を見ながら二人に言う。
「冬歌を返してもらうから…」
そう言うと、愛結も沙耶香を見ながら倉庫に備蓄されていたH&K MARK23を構えながら言う。
「沙耶香様が此処までの傷を負うなんて…」
そう言って、疲労と怪我から倒れてしまった沙耶香に怒りを抱きながら引き金に指をかける。その後ろでM16A1を構えるカラニットが言う。
「…悪いけど、後輩は返して貰うわよ」
そう言うと、三人はいつでも撃てる状態になっていた。
不意打ちで脚や肩を撃たれ、歩く事もままならない二人はこのピンチに死ぬ覚悟でいると、落とした冬歌が生まれた子鹿のように立ち上がるとクワト達を見て軽く腫れた右瞼を閉じながら懐から札を取り出した。
「今の私にお前らを殺す力は残ってない。だから…」
そう呟くと冬歌は札を発動させるとクワト達は白目を剥いて倒れてしまった。さくら達に撃たれて血の滲むクワト達を見ながら冬歌は倒れてしまった。
「冬歌!!」
倒れ掛ける冬歌に咄嗟にさくらが駆け寄ると、冬歌はまず初めに言いたい事をさくらに言う。
「ごめんね…今まで黙ってて…」
すると、さくらはやや涙ぐみながら答える。
「そんな事ないよ…兎に角、冬歌が無事でよかった…」
そう言ってさくらは心底安心した様子で冬歌を見ると、冬歌はさくらに言う。
「さくら、ちょっと動けないから手伝って貰っていい?」
「うん、分かった…」
そう言うと、冬歌は札を構えて沙耶香を視界に納めると回復術式を使って冬歌が傷を癒していた。骨が折れている様子はないが、ヒビが入っているかもしれないと思いながら冬歌は余っている札を使って沙耶香やクワト達を回復させる。
「敵だったのに回復させるの?」
「証拠だよ…何か情報を掴んでいるかもしれないからね…」
そう言って冬歌は残った最後の札を自分の回復に使うと、そこで気絶していた沙耶香が目を覚ました。
「うっ、痛たたた…」
「流石、回復が早いですね…」
獣人特有の頑丈な体を褒めながら冬歌は沙耶香の手を取る。
「あぁ…狼八代、もう回復したのか…」
そう言って立ち上がると、沙耶香に冬歌は言う。
「これからは是非とも名前呼びの方が嬉しいね…」
そう言うと、沙耶香は回復し終えて気絶したままのクワトを見ながら冬歌に聞く。
「狼…じゃなくて冬歌。コイツらは一体誰なんだ?お前とは知り合いの様だが…?」
そう聞くと、黒焦げになった札が消えていくのを確認した冬歌は答える。
「そうですね、強いて言うならば…『二つの時代が生んだ怪物』と言うべきでしょうか?」
「「「「?」」」」
「まぁ、私が最も思い出したくない記憶ですが…」
そう言うと、回復術で傷を癒した冬歌は立ち上がると気絶した二人に札を貼り付けると猿轡と後ろ手で縛り始める。そして、二人を縛り終えると冬歌は沙耶香に言う。
「沙耶香さん、この二人は我が家で回収していいですか?」
「…何故だ?」
「そこは秘密という事で」
そう言い人差し指を立てながら言うと、沙耶香は呆れた様に言う。
「いつもの隠し癖ですか…」
「うち十八番ですよ」
「はぁ…まぁ良いや。死体はそこら辺に転がっているから良いけどさ…」
そう言って縛った二人を見ながら冬歌は持っていた携帯で連絡を入れる。もう、自分の変装が解けている現状で隠す必要はないので心置きなく執事の心陽を呼べる。
「もしもし…至急車を寄越して。『ベースカラー』の術師を捕縛したわ」
そう伝えると、心陽は驚いた様子で答えた。
『っ!…直ぐに向かいます。お嬢様』
「急いで。陸軍に連れて行かれる前に」
『畏まりました』
短く電話を終えると冬歌はそのままさくら達を見ると、沙耶香達に提案する。
「さて、迎えが来るまで休憩しますか…」
「…あぁ、そうだな」
そう言うと、一戦を終えた二人は座り込み。冬歌は倉庫の天井を仰ぐと、沙耶香が聞いてくる。
「コイツらの組織なのか?」
「さぁね〜」
そこで死体となったカラニットを誘拐した集団を思い返す。
「恐らく、どこかの国の支援を受けた小さな反政府組織じゃない?」
「まぁ、でなきゃ貴方みたいな人を誘拐しませんよね〜」
カラニットの意見に冬歌が賛同すると、さくらと愛結は疲れた様子で倉庫の床にへたり込んで気絶して縛られた二人の術士を見ていた。
「ーーそれで、お嬢様は狸道様やイェニネル様などにお話ししたのですか…」
帰り道、心陽は冬歌に言うと彼女は少々疲れた顔で言う。
あの後、クワト達を回収に来た車に二人を乗せた後に沙耶香が呼んだ陸軍部隊が到着し、カラニットと交渉した上でこの一件を揉み消すことにしていた。
中にある遺体は回収され、ついでに溜めてあった武器も押収されていた。
過激派の資本主義者の起こした誘拐事件かと推測されており、カラニットはパーティー会場の連絡を入れて体調が悪くなって急遽帰ったと一報を入れていた。時刻は午前一時、誘拐事件があってから四時間ほどが経っていた。
そして、事件を揉み消すためにさくら達はそのまま解散していた。壊された拳銃に関してはまた後日考えようという事で冬歌は壊されたジャッジの代わりを探そうと思っていた。
「えぇ、元々変装具は取ったから覚悟していたけどね…」
「なるほど…」
心陽はじゃあそのまま学校にも返送なしで通学する気なのかと問うと、冬歌は先手を打って心陽に言う。
「でも、学校には変装具を付けて行くわ。書類上の登録は上社冬歌だから…」
「では直ぐに予備の呪具を準備させます」
「悪いわね」
「いえ、当然のことですので」
そう言い、先の戦闘で壊れてしまった変装具の話をして予備の呪具を早速準備させていた。
一件落着して車に乗って家に戻る途中、冬歌は心陽に聞く。
「それで、捕らえたベースカラーの方は?」
そう聞くと、心陽は冬歌に答える。
「はっ、現在は地下の隔離施設で封印しております。自爆を警戒していますが、今の所そのような兆候はありません」
「分かったわ…引き続き警戒を怠るな。見知らぬ術式を使用していたことも考慮し、封魔装置も使って置きなさい」
「了解しました」
そう言うと、二人は車に乗ったまま家に帰って行った。




