#2
1601年、慶長の変に於いて遂に大明帝国を制壓した我が日本。
当時は登場したばかりの火縄銃、そして桶狭間の戦いなどで得た騎兵隊に対する有効な火縄銃の戦術を確立した我が国は、時の太閤である豊臣秀吉の命により朝鮮半島を含めた支那を支配する国家として世界にその名を轟かせていた。
その後、秀吉の死後に彼の跡を継いだ徳川家康によって築かれた江戸幕府による厳格な封建制度の確立により以降の歴史はすべて日本による統治が行われてきていた。
それはたとえ、産業革命が起こった近代に於いても変わることはなく。我が大日本帝国は列強の支配を退けていた。
そんな四百年以上に渡って世界の中心であった支那を統治を行ってきた日本は1939年より始まった第二次世界大戦では枢軸国側として参戦。
その際大日本帝国は『欧州各国から数世紀に及ぶ奴隷的搾取を受けている亜細亜地域植民地の開放』の名の下に欧州各国に宣戦布告。同年12月8日よりマレー作戦を展開、圧倒的戦力を投入して瞬く間に東南亜細亜地域一帯を占領下に置いた。
支那の広大な土地やそこで裏打ちされた工業力によって瞬く間に植民地の解放を行い、占領した植民地の独立を求む国々に対し日本は軍隊の育成を行い、積極的な独立支援を行なった。
独立した国家群は後に『亜細亜連合』の基礎なる『亜細亜通商条約』を締結。世界に向けて『米国や欧州と言った列強は亜細亜から搾取を行う国家』とし『日本は亜細亜解放を目指す正義の国』として宣伝を再三行った。
そして長年の仮想敵国であるアメリカに対しても第二次世界大戦時には最大の緊張となったが、これら日本側のキャンペーンによる国内世論や二正面作戦に苦言を呈する軍部に押し負け、結果として西太平洋を明け渡す事となった。
更に正義の国家を掲げる日本は印度独立を支援。イギリスの戦意はマレー沖海戦で戦力の中核であった戦艦と巡洋戦艦を失い、更にこの印度独立運動の影響もあって完全に挫く事となった。
当初の目的を達成した日本は日独伊三国軍事同盟からの脱退を材料とし、連合国側と取引を開始。
当時から世界最大の人口を誇った日本が抜ける事の意義は連合国側にとっても有利な事案であった。
そして1943年8月15日。
パラオ沖に停泊した戦艦信濃甲板にて英国や米国などの戦争参加国との講和条約であるパラオ条約を締結、同時に日本は三国同盟脱退を表明。
その数ヶ月後に世界の裏切り者としてナチス・ドイツから宣戦布告をされると言う事態に陥った。しかし、欧州から遠く離れた日本にできる事は無いに等しく、実質的に戦争から一抜けした形となっていた。
戦後、日本はソ連率いる共産主義やアメリカ率いる資本主義のどちらにも属さない第三主義国と呼ばれる陣営を率い、第三世界を代表する国となっていた。
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「ーーでは、今日の授業はここまでとする」
教科書を開き、教室で歴史の授業を受けていた私はそこで授業を終えた。
車内で火災事故に見舞われてから一週間、ようやく学校側もさくらも落ち着きを取り戻していた。
最近、帝都をざわつかせている焼死体事件。一部ではモンゴル進駐に反対する者や、社会主義者の起こした暴動では無いかと言われている中。冬歌は出火した直前に発火術式が使われた感覚を覚えていた。
「(通常、術式を遠距離で使うには媒介が必要…それに、発火術式は術者であれば誰でも使用可能…しかし、一体誰が…)」
授業が終わり、教室の机に座ったまま目を閉じて考えているとさくらが声をかけた。
「冬歌、大丈夫?」
「え?」
「最近よく考え事しているからさ」
「あっ、あぁ…私は大丈夫よ」
そう言い、席を立つと冬歌はさくらと共に教室を出る。
一週間前に連続事件に巻き込まれたことを受けてさくらは迎えを受ける様になった。私も近くの駅まで送ってもらっているのだが、おせっかいだなぁと思いながらも少しありがたかった。
いずれはお互いの家にも遊びに行きたいなどと話し、さくらも最近は肉も食べれる様になってきていた。
昼の時間となり、教室の椅子に座って冬歌は鞄から風呂敷に包まれた弁当箱を出す。
「うわぁ、相変わらず綺麗なお弁当ねぇ…」
その中身を見たさくらはそんな風に溢す。弁当の中身は昔からの日本を表した様な鮮やかな弁当だった。
「いつも、作ってくれる人がいるからさぁ〜有難いよ」
「本当、私もこんな弁当作ってもらおうかな?」
「よかったらさくらの分も作ってこようか?」
「え!良いの?!」
少し前のめりになりながらさくらが聞くと、冬歌は頷いた。
「いつも送ってもらっている御礼にどうかな?って思ったんだけど」
「全然そんな事ないのに。送迎するくらいで…」
そんな風に話していると、冬歌達の間に知らない声が入って来た。
「あら、美しいお弁当ですわね」
「あの…貴方は?」
「ああ、私。狐山愛結と申します。どうぞ御贔屓に」
すると顔を見たさくらが明らかに敵を見る目をしていた。
現れたのは狐色の髪を持ち。さくらの実家とライバル関係にある会社の御令嬢、狐山愛結だった。いきなり何の様だと言いたげな様子のさくらだったが、彼女の興味は冬歌のみにあった。
「このお弁当は貴方がお作りになられたのですか?」
「あ、いえ…家族に作って貰いましたの」
「成程成程…あぁ申し訳ありません。いきなりお声をお掛けしてしまって」
「あ、いえ。そんな事はありませんよ」
そう冬歌は答えると、愛結は冬歌をそのまま見て、さくらを一瞥するとそのまま教室の外に向かって歩き出した。
「そうでしたか…では、また時間があればお話でも」
「なっ…!!」
「それでは〜…」
そう言い、狐山は頭を下げるとそのまま教室から出て行った。
その一連の行動に、愛結が見えなくなると、さくらは冬歌の両肩をガッチリと掴んで冬歌の目を見ながら聞く。
「冬歌、あんな狐の言うこと聞くんじゃないよ!分かったね!!」
「あぁ…うん…分かった…」
その目の凄みに驚かされる冬歌なのであった。狐と狸の化かし合いと言ったほうがいいのだろうかと言う光景に目を丸くするのであった。
昼休憩が終わり、午後の授業が始まる。内容は道徳で、人類史に関する授業だった。
私は教科書に書かれた欄を読んでいた。
獣人、又の名を亜人と呼ぶ種族は太古より存在していた。
自然界に存在する動物の耳を持ち。人と動物の間に存在する曖昧な種族であり、神が産み落とした奇跡とも言われている。
古代より日本や支那などの極東地域では獣人を神格化する文献が多くあり、一部の者は魔法や陰陽道と呼ばれる非科学的な技が使える。
魔法や陰陽道とは術士に使える技であり、日本ではもっぱら術式と呼ぶことが多数である。
欧州や米国などでは獣人は亜人と呼び、魔法を使えると言うことや人と違う外見から差別の対象となって迫害をされて来たこともあった。
獣人は身体的特徴から幾つかの種族に分けられ、数多の種族が存在するがほぼ把握不可能と言われている。
ただ、その大半は哺乳類の動物の獣人ばかりだった。
「この教室にも、獣人は大勢います。しかし海外では獣人は差別の対象とされ、それは今でも残っています。なのでもし今後海外に行く様なことがあれば不当な暴力、強姦をされる可能性があることを常に意識しておいてください」
そう言い括ると今日の授業は終わりを迎えた。
放課後、帰宅途中のさくらと冬歌は目的地である池袋駅に到着する。
「今日も送ってくれてありがとう」
「良いよ良いよ、寧ろ家まで送ってあげたいくらいなんだし」
冬歌が車を降りるとさくらがそう言い、二人が話していると運転席から男性の声が聞こえてた。
「冬歌ちゃん、いつかウチにも来てくれたまえ!はっはっはっ!」
その男性はさくらと同じ狸耳を持ち、少しビール腹が目立つ四〇代ほどに見える男性だった。
彼はさくらの父であり狸道家具の当代社長である狸道芹一である。社長自らの送迎に冬歌はやや驚いていると、すかさずさくらが言った。
「まさか親父が来るなんて思わなくってね…ごめん、臭かったでしょ?」
「おいおい、俺はいつでも清潔だぞ。そりゃ言い方ってもんがあんだろう」
そう言い愉快げに話す芹一に少しだけ微笑ましく思った冬歌は芹一を見ながら頭を下げた。
「いえいえ、ここに来るまでとても楽しかったです。送ってくださって有り難うございました」
「こちらこそ、さくらの友人に会えて嬉しかったよ」
そう言うと芹一はハンドルを握った。
「じゃあ、また明日ね〜!」
「ええ、また明日」
そう言うと車は走り出し、冬歌はそれを見送る。そして、車が見えなくなるとそのまま冬歌は目の前に止まった黒塗りの車に乗り込むと、そのまま目黒にある家まで戻った。
目黒に立つ一軒の煉瓦作りの屋敷に冬歌は帰る。
車を降りると、冬歌はそこで出迎えを受けた。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
その女性は前に冬歌の車を運転した女性であり。黒髪に紫色の目をし、今はメイド服を身に纏っていた。
「ただいま、心陽〜」
「お嬢様、軽食の御用意が出来ております」
「わ〜、やった〜!」
冬歌はそう言いながらウキウキになって屋敷に向かって走る。その様子を眺め、冬歌の専属執事である瀬戸心陽は慣れた様子で家の中に入って行った冬歌を追いかけて行った。
家に入ると、そこでは冬歌は机に置かれていたクッキーを口に入れていた。
「お嬢様、もう少しお淑やかにお食事をなさっては如何でしょう?」
「え〜、良いじゃん。誰も見れないんだし」
「お嬢様、そう言った行動が癖になりますと外でも出てしまいます」
「心陽は心配性だなぁ〜。今までに間違ったことある?」
二人はお互いに問答をしながら話す。今までの長い付き合いだからこそできる話であり、通常はあり得ないと言うべき光景だった。
少しばかりの問答を終えた後、心陽は冬歌の目の前にタブレットを出した。
「これは?」
「先日、お嬢様が対処いたしました人物の身辺情報です」
「……」
写真付きのデータを見て冬歌は先ほどのゆるい表情とは打って変わって鋭い目となる。そしてタブレットのデータを読む。
「被害者は瀬端健一、三三歳。東京都青梅市在住の会社員。副業としてモンゴル進駐を訴える記事を作成…ですか」
報告書を読むと心陽が追加情報を伝える。
「警察も被害者の身辺から連続焼死事件として追跡を行っていますが…」
「相手が発火術式を使っているんじゃあ、難しいでしょうね…」
基本的に術士には術士をぶつけるしか方法は無い。一部例外的に術士を非術士が抑えられる方法があるが、それは超秘匿技術の為、一般的に流通はしていない。
「ええ、その為。陸軍の術師部隊が協力すると言う事になっています」
「陸軍の?よく警察なんかに協力するわね」
「被害者の一人に陸軍少将が含まれている事からだそうです」
「…なるほど」
眼鏡と髪留めを置きながらそう呟くと冬歌は納得した。しかしそれでは事件解決のための警察と、敵討の為の陸軍で絶対衝突する事は目に見えていた。だからこそ…
「ウチらで捕える必要が出てくると?」
「仰る通りです。お嬢様」
すると彼女はため息を吐いた。
「はぁ…あんまり好かないなぁ、こう言うのは」
「仕方ありません。政府も、警察と軍の衝突など望んでいないのですから」
「あの事勿れ主義者めが…」
そう冬歌は愚痴った後、気持ちを整えると心陽に伝えた。
「心陽、準備は?」
その問いかけに心陽はスッと目を閉じて答えた。
「既に出来ております」