#19
九月一〇日
新学期が始まり、憂鬱な日々が始まったと思うこの頃。学校はとあるイベント一色で盛り上がっていた。それは、学業院名物の運動会であった。
学業院の運動会は先輩から新入生まで学生全員て行われる一大イベントである。生徒達が入り混じって競技を競い合い、良い成績を残す。
クラス毎の対抗戦であり、毎年大盛り上がりの大会で、文化祭と並ぶ恒例行事であった。
因みに文化祭は来月行われる予定で、既に教室では準備が始まっていた。今年は物販をする予定であり、冬歌達は教室で喫茶をする予定であった。
なおこの運動会、時折り獣人同士で乱闘が起こる危ない競技があったりするので、獣人限定の競技もあったりする。
放課後や体育の時間で運動会の競技の練習をする中、冬歌達は運動会に参加せずに裏方に徹するつもりの為、運動会運営委員の手伝いをしていた。
「上社さん、搬入作業の手筈は整えて」
「はい!」
「狸道さん。設営業者に連絡はした?」
「あっ、すみません。未だです!!」
学校の一室で冬歌とさくらは慌ただしく連絡をする。その周りでは大勢の先輩や同級生方が走り回っていた。
毎年有名な業界の保護者が見に来ることから警備会社や警察などの警備がある超豪華な運動会だが、今年はその運動会の委員長はなんとらあのカラニットだったのだ。
てっきり留学生なのかと思っていたが、一般生として入って来ていたようで、こうして今年の委員会会長をしていた。
さすがは大企業の御令嬢というべきなのか指示がとても的確で、圧が強い。
おまけに私達の所属する同好会が名前だけなのを良い事に私達をよくパシリにしていた。表向きは身分が関係ないと言われている学業院の特徴を使って容赦なく使い回していた。お陰でこっちは大忙しだ。
相手は三年生な為に逆らうこともしづらく、冬歌達は寧ろ選手よりも動いて居るかもしれないと思っていた。
「この書類お願い」
「は、はい…」
そして、電話を終えた冬歌は目の前に置かれたサインしなければならない書類を前のゲンナリしていた。
外では沙耶香を筆頭に一年生のクラスが練習をひたすらに繰り返して総合優勝を狙っていた。
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現在、西太平洋を中心に一大経済圏を築いている亜細亜連合は冷戦期はソ連・アメリカと橋渡しの様な関係を取っており、冷戦期はよく互いに諜報員を送り合う中継地点と化し、特に満州地方や九州地方などで諜報員同士の陰の戦闘が起こったりしていた。
しかし冷戦が終わり、ソ連と言う仮想敵国を失ったアメリカは大きくなりすぎた武器市場を中東やアフリカ、南米に向けて武器を流していた。
そして欧州の経済を冷戦で手に入れたアメリカは次に西太平洋の経済を掌握し、文字通り太平洋の主になろうと画策していた。
第二次世界大戦時はユダヤ人や日本の行ったキャンペーンで手出しができず、その後の冷戦期の混乱もあって西太平洋の長は日本に掌握されたままであった。しかしソ連が崩壊して二〇年以上経ち、国内の経済の混乱も比較的収まった事から、アメリカは亜細亜連合に手を出し始めていた。
日本は冷戦期はアメリカ寄りの姿勢をとった事から遠巻きに支援をしていたが、冷戦期の混乱に乗じて当時アメリカの持っていた技術の多くが日本に渡っていた事をいまだにアメリカは悔やんでいた。まぁ、同時にソ連の技術も回収していたのでデータを取れたのでトントンと言うべきかもしれいが…。
それでも、西太平洋の経済圏。引いては支那を獲得する事はアメリカにとって悲願であった。
アメリカ寄りとは言っても完全な西側では無く、あくまでも中立を保っており。ソ連を刺激しない様に行動をしていた。
現在、亜細亜連合は北はイェルサレム共和国、南はインドネシアまで加入しており、現在はオーストラリアまでも加入を検討して居る程であった。
アメリカはその経済力を狙って裏から工作をしようと仕掛けていた。
同時刻
帝都臨海地区 青梅コンテナターミナル
多種多様な輸出入用のコンテナ船が停泊する港にある建物の一角で片手にアメリカ製自動小銃を持った集団が確認をしていた。
彼らはアメリカから支援を受け、日本が東南亜細亜地域から採掘された資源をいい様に使われて居ると思って居る極右集団であった。亜細亜連合という名の実質的な日本の植民地の様な扱いに不満を持った連中であった。そのため中には東南亜細亜諸国出身の獣人も混ざっていた。
数ヶ月前の帝都同時多発テロを起こした社会主義では、神の落とし子と言われることがある獣人は排除する対象であり、科学が全てを解決すると豪語するソ連は獣人を徹底的に迫害し、強制収容所行きか国外追放をしていた。
なお、それが墓穴を掘っていた事を第二次世界大戦中に理解し。慌てて戦中から獣人も軍隊に編成していた。そんな歴史がある事から社会主義者に殆ど獣人はおらず、この前襲撃をして来た部隊も全員が人族であった。
アメリカ製自動小銃を持つ極右集団は支援を受けて購入したトラックのボンネットである男が地図を広げながら構成員達に口を開く。
「春にアカ共の起こしたテロ事件で俺達は動きづらくなって居るが、それは日本政府に関連するのみだ」
最初にそう言うとその男はある写真を見せながら詳しい内容を話す。
「五日後に新帝国ホテルの宴会場でJMC社のパーティーが開かれる。そこで我々は出席予定のJMCの娘のカラニット・イェネルを捕縛し、雇い主に渡す。それが任務だ」
そう言うと全員が頷き、さらにその男は話を続ける。
「あくまでも狙いはカラニット・イェネルのみ。事を起こさぬよう、殺しは控えろ」
そう言うと極右集団はホテルの地図を確認しながら計画を話していた。
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「お疲れ様、ありがとうね」
委員会室で仕事を終えて倒れて居る冬歌達にカラニットが声をかける。
今まで膨大なサインと電話をして対応に追われた二人はカラニットに程のいいパシリにされて走らされていた。
スケジュール設定は他の先輩方がやってくれて、冬歌達は運動会の時に設営する観客席の準備の為に業者に連絡をし、足りない備品は明後日に緊急で買い出しに行く予定で、実質帰宅部の私達が買いに行く事が決まっていた。
やる事が目白押しの冬歌達にカラニットは二人を食事に誘った。
「どう?この後時間あるなら一緒に飯に行かない?」
「飯…?」
「えっ、先輩とですか?」
思わずさくらが聞き返すと、カラニットは頷きながら言う。
「そうそう、どうせあんた達暇だろうし、これから忙しくなる慰安の意味も込めてね。…近くのファミレスで良い?」
これから忙しくなるってマジかよと思いながらも、せっかくの先輩からのお誘いだと言う事で二人はカラニットと共に学校を出て行く。
「いやぁ、よく働く一年生で良いねぇ…これなら私の後任もいけるんじゃない?」
そう言いながら校舎を出ていく三人は、これから寄り道で近くのファミレスに行く事になった。
運営委員会に入った事を内心後悔しながら冬歌達はカラニットと共に学校を出ていく。なんでもカラニットがよく一人で行く行きつけの場所で、下手にプライドのあるお嬢様とかは行かないから、良い場所らしい。
元々、カラニットは一人でいる事が多いようで。ボッチだったのかと思いつつ、冬歌達はカラニットの引率で学校近くのファミレスに入った。
「あっ、ちなみに言うけどドリンクバー以外は割り勘ね」
「え?あっ、はい」
普通、こう言うのって先輩が奢る状況じゃないんですか?
それからは意外に楽しかった。
ファミレスというあまり来ない店だったが、ジャンキーな食べ物を食べながらドリンクバーで飲み物を選んで自由に飲んでいた。
「ーーそれでね、化学の萩野先生と国語の加藤先生ってデキてるらしいんよ」
「えぇっ!?本当なんですか!?」
特にカラニットとさくらは先生がらみの恋の噂で盛り上がっていた。
「ほんとほんと、うちの学年じゃあもっぱら有名よ」
「それは初耳でした。えぇ〜なんか不思議な関係ですね。あまり皿が合わなさそうな気がしますが……」
「人って不思議よねぇ〜…」
そんな事を話しながらファミレスで時間を過ごしていると、冬歌の携帯から着信音が聞こえた。
「あ、ごめん電話だちょっと席外すね」
「ん、分かった」
そう言い、冬歌は店の外に出て電話に出ると、相手は心陽からだった。
「あぁ、もしもし心陽?」
すると心陽は電話越しからでも分かる不満げな声を出しながら冬歌に言う。
『お嬢様、今何時かお分かりでしょうか?』
「ん?まだ七時くらいじゃ…」
そう言いながら店にあった時計を見ると午後八時五〇分を示していた。
「…あっ」
思わぬ時間に思わず驚く声が漏れてしまうと、心陽は呆れたように冬歌に言う。
『全く、連絡の一つは寄越してください。こちらにも相応の予定と言うものがございます』
「ごめん…すっかり忘れていました…」
素直に謝ると、心陽は呆れながらも冬歌に聞く。
『では、いつ頃お戻りになられるか。お教え下さい』
「そうね、大体九時三〇分位になるかも」
『畏まりました。時間も時間ですし、お迎えにあがります』
「あぁ、有難う。あっ、場所は…」
そう言い、冬歌が今いるファミレスの場所を言おうとした時、心陽はとんでもない事を言った。
『問題ありません。既に場所はお嬢様の携帯のGPSより把握しております』
「あぁ…そぅ…」
あの、ガッツリ違法行為じゃないのかと思ってしまうが、あの母親のことを考えたら妥当な判断かと思いながら冬歌は突っ込む事なく電話を切ると、そのまま店内に戻った。
すると店内で座っていたさくらが先ほどの電話について聞いてきた。
「誰からの電話?」
「ん?あぁ、家族から。『いつになったら帰って来るんだっ!!』ってちょっと怒られちった」
「え?もうそんな時間?」
そう言うとさくらは携帯の時間を見ると一瞬ギョッとした様子を見せると慌てて店を出て電話をしていた。
ガラス越しに何度も謝っている様子が見え、相当怒られているのかなと思いつつ冬歌とカラニットはその様子を眺めていると、カラニットは思わず呟く。
「良いねぇ、家に家族が居るって…」
どこか羨ましそうにするその目を見て思わず冬歌はカラニットに聴く。
「あれ?先輩は一人暮らしなんですか?」
「えぇ、学業院に通う時にこっちに越してきたのよ。たまに両親は会いに来てくれるけど、やっぱりいつも親がいるってのは羨ましい限りだよ」
そう言われ、同じような生活に冬歌はどこか共感していた。




