#15
八月一五日
お盆の最終日でもある八月一五日と言うのは日本人にとってある特別な意味を持った日である。
それは第二次世界大戦を実質的に一抜けという形で終わったパラオ条約が締結された日であった。
そして、日本にとっては改革と新たな冷戦時代の始まりの年となった。
世界的に見れば第二次世界大戦中のヤルタ会談が有名だが、日本は当時解放したばかりの東南亜細亜諸国の独立支援で金をかなり使ってしまい、戦後によくある軍縮を行なっていた。
実を言うと、パラオ条約を結んだのも。とっとと戦争を終わらせて増えすぎた軍事費を減らしたい意図があったからだった。
日本は本土は大きいが、当時はアメリカの様にネオンの明かりを街からを絶やさずに軍事兵器を大量に作れるわけではないので。
国内態勢を整える意味もあって先に大戦から一抜けしてあとは後方の支援に徹する形となっていた。その頃にはすでにアフリカ戦線は終結しており、ナチス・ドイツの勝敗は決定したも同然であった。
日本はナチス・ドイツとは、樺太に建国させたイェルサレム共和国の一件で決裂しており、世界的に見れば日本が日独伊三国同盟から抜けるのは時間の問題でもあった。
対アメリカ戦線を可能な限り避けていた日本はこのイェルサレム共和国でユダヤ人の資金力と、米国内のユダヤ人の共感を煽って米国の対日戦に妨害を掛けながら莫大な戦時資金も回収していた。
戦前からユダヤ人の豊富な資金を狙っていた日本は安住の地を求めるユダヤ人に土地を貸すと言う形で樺太にユダヤ人を大量に呼び込んでいた。
ソ連との国境に空白地帯となる自分に味方する保護国を置く事で戦力の削減に努めようとした、当時の時代的背景も絡んだ一大事業であった。
欧州でナチス・ドイツによる迫害や、安住の土地を求めてきたユダヤ人にとって夢の様な話に誰もが飛びつき、世界中に散らばっていたユダヤ人の多くは樺太に移住をした。
初めは樺太自治区として移住してきたユダヤ人に政治を全部任せ、ユダヤ人から樺太の借地料を取って戦費に充てていた。
しかし戦争が始まり、樺太自治政府は日本に樺太購入を打診。それが認められ、樺太買収と共にイェルサレム共和国を建国していた。
尚、この方法は戦時中、マレー作戦において占領下に置いた東南亜細亜諸国にも同じ手で自治区からの政治体制の整った後に独立と言う構図を作り出していた。
尚、独立したばかりのイェルサレム共和国は北と西側にソ連という脅威があった事から、日本とソ連の防波堤としての意味合いも込められていた。
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その日、東京の浅草近くで大勢の人が集まっていた。
道路や隅田川の河辺には多くの屋台が立ち並び、多種多様な人種が出入りしていた。
そんな中、冬歌とさくらは歩行者天国となって居る道を歩いて祭りを楽しんでいた。
さくらが先ほど買ったりんご飴を齧りながら冬歌に聞く。
「やっぱ祭りは良いねぇ…」
「そうだね」
二人は祭りの屋台で買った食べ物を食しながら街を歩く。
今日はさくらが招待してくれた祭りに参加していた。この花火大会はさくらの父の経営する会社が協賛しており、そのおかげで花火をいい席から鑑賞することができると言う。
五人まで入れるという事で、さくらの家族の他に一人余るという事からさくらは冬歌をその余った席に呼んでいた。
「なんか申し訳ないなぁ…せっかくさくらの家族がいるのに…」
「あぁ、良いのよ。こっちも勿体ないと思ってたし、あんまりそういうの気にしないからさ」
そう言いながら浴衣姿の二人は昼間から屋台を巡り歩いていた。さくらは髪の色に合わせて茶色の浴衣を着ており、とても似合っていた。狸族特有の丸い耳も合わさって全体的に良さげ良さげ。
因みに狸族の獣人も日本だけの種族なのだが、白狼種に比べたら多くいるので特別視される事もなかった。
そんなこんなでさくらと共に祭りを楽しんでいると次第に時刻は夜七時を迎えた。
花火が始まるのは午後九時から。冬歌は招待してくれたお礼にさくらの父の芹一に挨拶をするために三〇分前までには会場に入っておこうと思っていた。
昼間のテレビでは総理大臣や天皇陛下が終戦記念の式典などを行っており、戦時の特番も行われていた。
しかし、この時代にそんな映像を見る様な人は少なく。今日でお盆が終わる事で明日からの仕事に萎えて居る社会人が多くいた。
終戦記念とはいえ、既に何十年も昔の出来事に余りパッとした印象は無いのだ。精々歴史の教科書の一頁くらいの出来事だとしか思えていないのだ。
そんな終戦記念日という夏休み中の大して学生にとっては意味のない休日だと思いながら冬歌達は屋台を回って居ると、持っていた携帯に連絡があった。
「(来たか…)」
連絡を確認し、冬歌はさくらに言う。
「ごめん、ちょっと先に会場に行っておいてくれる?ちょっとお花摘みに行ってくる」
「え?あぁ、分かった。先行ってるから、冬歌も場所間違えないでね」
「えぇ」
そう言うと、冬歌はそのままさくらと分かれるとそのまま祭り会場から離れて浅草の近くの雑居ビルに向かった。
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浅草近くには合橋道具街と呼ばれる商店街が存在する。此処は料理器具などを主に取り扱う店が集まっており、観光客も日本特有の土産物である食品サンプルを求めてやって来ていた。
そんな商店街の一角の雑居ビルの一室である団体が宇野と対面で話していた。
此処は赤翼の先駆者が分解してバラバラになった小団体の一つであり、今日は花火大会が行われるこの浅草で別れた小団体の代表が集まって会議が行われようとしていた。
「ーーでは、その様にお願いします」
「…了解」
ビルの一室で宇野はある写真を見ながら左翼団体の代表をして居る男の顔を見る。
宇野達は日本で活動するための資金を確保するためにこうして左翼団体などからの依頼を受けて金を受け取っていた。
数ヶ月前の帝都同時多発テロで左翼団体の圧力や摘発が盛んに行われて居る中、よくもまぁこんな余裕があると思って居るとその男は宇野に言う。
「その男は我々の邪魔をしてきておりましてね。まぁ、帝都で我々が生きていくためにも是非とも処理をして頂きたいのですよ」
そう言い、人族の相手であれば簡単な仕事かと思って居ると宇野は徐に持っていた札を窓に向かって投げていた。
「っ!?」
「チッ、もう此処まで動いて居るのかよ…」
すると投げた硬化されてクナイの様に使って居る札が無効化されていた。
「っ!マジか…」
既にビル全体に術が掛けられて居るのかと思いながら宇野は部屋から飛び出す。
おそらく窓の外は国の術士が囲んでいるだろう。
だとしたら逃げるにはその術士を突破しなければならないが…。
「行けるか…?」
そう思いながら宇野はビルの屋上に出ると、そこには血を流して倒れる左翼団体の構成員とそんな中で立つ一人の黒い浴衣を着る少女が立っていた。
それを見て、思わず宇野は不敵な笑みを浮かべながら言う。
「またあったな、狼八代かアメリカの術士…」
そう言い、宇野は目の前に立つ黒犬種と思わしき獣人を見ていた。
心陽から連絡を受け、冬歌は合橋道具街にあるとある雑居ビルに向かった。
元々霊力だけは異様にある私は屋上から侵入した。既にビルの周りには狼八代家の関連の術士が囲み、騒動が起こっても問題ない様に手配していた。
そして準備を整えた状態で冬歌は大胆に屋上から侵入し、警護をしていた左翼団体の構成員を通常の弾薬で撃ち抜いた。
威力がデカ過ぎて体が真っ二つになったのもあったが、気にする事なく冬歌はその者を探そうとした時、ちょうど奴は屋上に現れた。
「また会ったな、狼八代かアメリカの術師…」
屋上に出て来たその男は冬歌にそう言い、不敵な笑みを浮かべる。既に下では呼び出したSATが突入を仕掛けた頃合いだった。
89式6.5mm小銃を抱えて突入し、中にいた左翼団体を軒並み逮捕していた。
そんな中、屋上では冬歌と宇野が対面していた。
少しの間の後、先に仕掛けたのは宇野だった。
「悪いけど、こっちは仕事があるんだ。退いてもらうぜ」
そう言い、宇野は自身の得意な術式である発火術を冬歌に向けて放つが、冬歌も持っていた札を使って発火術を防いでいた。
数日前のあの強力な一撃を知って居るからこそ、これくらいの事は想定済み。だから宇野は次の策を行う。
「とうっ!!」
すると宇野は冬歌に向けて中身の入った瓶を投げつけると、宇野は指を鳴らした。
その瞬間、中身に入っていたアルコールが爆発し、目の前に真っ赤な炎の壁が出来上がった。
「っ!!」
まさかの行動に一瞬だけ怯むが、冬歌は刻印弾を宇野に向けて撃つが、そこに男の姿はなかった。
咄嗟に周りを見ると、ビルの屋上を伝って走っていた宇野の姿があった。
「っ!逃すかぁっ!!」
それを見て即座に冬歌もビルの屋上を走り出し、宇野を追いかけていた。下では祭りで賑わう人が花火見物をするために河辺に集まりだしていた。
追いかける途中、冬歌は宇野の足を狙って一発弾丸を放つ。
「うっ!!」
そして放たれた弾丸を、宇野は障壁術式を使って抑えるも、刻印弾を完全に中和できず脹脛を掠って呻き声をあげた。
一瞬の間に冬歌は宇野い急接近するとその首を掴んだ。
「うぐっ!!」
首を掴まれ、思わずその力に驚き宇野はよろけてしまうとそのまま柵に背中が当たり、頭だけが外に突き出される。
このまま手を離せば地面に真っ逆さま。それにおそらく術は無効化される。
よって生殺与奪の権利は彼女が持っていた。
その現状に思わず宇野は目の前で自分の首を掴む少女に向かって吐き捨てる様に言う。
「まさか、此処までの実力とはね…」
正直舐めていたわけではないが、此処まで高い実力があるとは思ってもいなかった。さすがは狼八代家の術士だと思って居るとその少女は宇野に言う。
「あんたの癖は全部理解して居るのよ。…ウノ」
その名前に青年は目を見開いて驚いた。
「っ!?どうして俺の名前を…!!」
すると、その少女は宇野の首を掴みながら言う。
「アンタをよく知って居るからよ」
そう言うと、少女は宇野の胸に銃口を当てた。
「45口径の拳銃弾だ。いくら術師のお前と言え防げるはずが無い」
「…俺を警察に突き出す前に殺すのか?」
そう聞くと、その少女は言う。
「えぇ、『ベースカラー』は全員殺すのが私の目的だ…」
「…そうかよ…」
そして、少女が銃の引き金に手をかけた時、宇野は今出せる限りの発熱術式を首を絞めて居る少女の手に向けて放った。
「っ!!」
そして、その術式に気付いて少女も対抗する為に霊力を流し始めた。
その時、宇野は思わず息を呑んでしまった。
おそらく、付けて居る眼鏡が呪具だったのだろう、少女は霊力が切れかけたのか今まで漆黒だった髪が徐々に色が抜けて灰から白に抜けていた。
そしてその姿はまさに自分たちが追い求めていた少女にそっくりであった。
「お前…まさか…!!」
冬歌の姿を見て、思わず宇野は固まってしまっていた。




