出会必然
こんにちは、全一です。
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俺の基礎トレは単純明快だ。自宅の川沿いを走り、公園についたら軽く筋トレやストレッチをする。そしてまた川沿いを走って帰っていく、時間にして約40分だ。
だが今日は40分もかけられない。シャワーを浴びる時間も含めると1時間は見ておかなければならない。そうすると特番が見れない方程式が成り立ってしまう。必然的にランニングのペースが上がっていく。
無心でランニングを続けていたせいか時間の経過は早かった。気付けば既に公園に着いていた。
「これなら帰りは普通に走っても特番に間に合いそうだな」
公園の時計を見てそう思った。
そういえば俺ってこの公園毎日通ってるのに名前知らないな。いかんせんいつも来るのは夜だからなぁ。おそらく出入り口に名前が書いてあるんだろうけど。まぁいいか。とりあえず筋トレして帰るとするかね。
公園の構造は簡単だ。半分が広場になっており、残り半分はアスレチックなどの遊具が設置してある。ちょうど真ん中にベンチがあり、俺はそこでいつも筋トレをしてるって訳だ。そしてこの位置はアスレチック遊具の死角が見えてしまうポジションでもある。その、なんだ、恋人同士が逢引しているのが見えてしまうわけで……。実際に引っ越して短い期間ではあるが2度目撃している。俺は別にやましいことはしていないのに、完全に自分の世界に入っているカップルは俺のことなんて気付きはしない。だから毎回俺が場所を移動するはめになるんだが。
「……今日もかよ」
さてベンチで筋トレしようかと思った時に、遊具の死角に人影が見えた。
だがいつもと様子が違う。普通恋人同士ならば人影は2人のはずだ。だが今見える人影は3人。
「なんだぁ?三角関係のもつれか?」
道徳的にいけないことだとは分かっているが、ついつい会話を聞いてしまう。
「あと2時間、いえ1時間ちょうだい。まだ何もしてないのよ」
「そうはいきません。違反者の言い分を聞いているほど私は暇ではないので」
「武力行使、検討」
なんか危ない現場に出くわした気がする。学生服の女の子一人に対してスーツの男2人。それに武力行使だって……?は、犯罪現場!?
そうこう考えている内に、スーツ男の一人が学生服の女の子の腕をつかみだした。
「い、いやっ、お願い、少しでいいから自由にさせて!」
違反者、自由、武力行使……。これは明らかにスーツの男達が学生服の女の子を拉致しようとしている。腕っ節に自信がないわけではない。トレーニングも積み重ねてきているし、衰えてもないだろう。しかし、試合はしたことがあっても『実戦』は体験したことがない。
「……。なるようになれっ!」
遊具の死角へ駆け、女の子の手を握っているスーツの男に拳を一閃。
「!?」
まさかの死角からの奇襲に、相手はガードをする暇があるはずもなく顔面直撃。
「がっ、ぐぅ」
受身も取れず、そのまま吹き飛ぶ。
「お前ら、暴力で女の子を従わせようとするなんて最低だな。どんな関係があるかは知らないが黙って見過ごすことはできないな!」
先制攻撃を仕掛けてしまったのだから相手との対立は避けられないだろう。だったらヤケクソになるしかねぇ。
「厄介なオリジナルに見つかってしまったな。この場合は法的にはどうしたものやら。」
もう一人のスーツの男は落ち着いてこの様子を見ている。意外に冷静だ。逆に冷静にいられる余裕が怖い。
「ちなみにひとつ、そこの勇敢な君に言っておくと今殴った相手は女性だ。」
……。
……………。
「お、お前ら女の子を誘拐しようとするなんて最低だな。どんな関係があるかは知らないが黙って見過ごすことはできないな!」
「うーん、誘拐ではないな。父親に頼まれて不法滞在している娘を連れ戻すといったところだ。」
しまった。明らかに勘違いで人を殴ってしまった。しかも女性を。うわぁぁぁぁ!うまれてきてごめんなさい!ごめんなさい!
「えーっと、あのー……ごめんなさい。ワタクシこのまま帰宅してよろしいでしょうか……?」
きょとんとしている学生服の女の子とスーツの男に頭を下げる。
「帰ってもらっても構わんよ。私は被害を受けてないからね。ただ被害を受けたリーシャがそれを許せばの話だけどね。」
そういうとスーツの男は吹き飛んだリーシャと呼ばれる女性に目を向ける。よろよろと立ちあがる姿が確認できた。嘘だろおい……不意打ちで本気で殴ったんだぞ!?秒単位で立ち上がれるダメージじゃないことは格闘技をかじっていた俺にはわかる。
「アンタ逃げた方がいいわよ。一般人が『狂気』に勝てるはずないもの。」
学生服の女の子はそういいながら俺の前に立ちはだかる。何も持っていなかったはずの右手には日本刀らしきものが鞘に収まったまま握られている。
「お、おいおい、どこからそんな物騒なものを取り出したんだよ!?つーか待て待て、家出少女のお話にしては話が飛びすぎてないか!?」
ああ、こんな揉め事に首を突っ込むんじゃなかった。
「心配無用、リーシャもやられっぱなしじゃ顔が立たないだろうから、そこの勇敢な君と手合わせさせてやれいい。ふむ、そうだな。もしそこの申し出を受け入れてくれるのであれば君の暴行は不問にしてもいい。それでいいかな君?」
元はと言えば俺の勘違いで一方的に殴ってしまったんだ。殴り返されても文句は言えない立場のところを手合わせで許すといっている。俺に拒否権はない。
「元々悪いのは俺だからな。手合わせぐらいで許してもらえるならありがたい。」
「成立だな。これで決闘法に従っているわけだから法的には何ら問題はないだろう。オリジナルが相手というところが引っかかるが。」
聞きなれない単語がちらほらと聞こえる。さっきもいってたな。オリジナルってなんだ?
「リーシャ、決闘方式は素手、勝敗は降参か気絶以上。ただし相手はオリジナルだ、殺すなよ。」
「了解」
そういうとリーシャは俺の正面に相対する。先ほどの奇襲のダメージが残っているとは思えないほど素早く構える。
「ちょっとアンタ、勝ちなさいよ!絶対よ!」
雪菜と呼ばれていた学生服の女の子は俺を応援している。女の子に応援されるって気持ちいいね。
「うれしいねぇ。元々悪いのは俺だけど応援しちゃっていいのかい?」
「アンタが勝てば私の自由時間が増えるのよ!」
前言撤回。全然うれしくねぇ。なんて現金な女だよ。
「さて、お互い準備は整ってるみたいだな。それでは開始といこうか。」
素早く構える。向こうも構えたままこちらの様子を見ている。あれだけの耐久力があるんだ。強くないわけがない。
刹那、リーシャは深く腰を落としたと同時にこちらへ駆けてくる。あれは相手を倒してマウントを取りに来る態勢だろう。マウントをとられた日には万が一にも勝ち目はなくなる。
「そうはさせねぇ!」
掴みかかってくる相手よりもさらに態勢を低くし、足払いをする。
しかし足払いは空を切る。あの距離でこの速度の足払いを回避できるはずがない。
上を見る。すぐそこにリーシャの胴体回し蹴りが放たれていた。ガードが間に合うはずもなく直撃する。
「ぐあっ!」
どうやらマウントを取りに来ると思わせるための行動だったみたいだ。
脳天直撃はかろうじて避けたものの、右肩を強打してしまった。
すぐに態勢を立て直し、後ずさりながら構える。右肩が動かない。骨まで届いているかわからないが、確実にダメージは残っている。
「これくらい……っ」
じり貧になる前に攻めるべきだと悟った俺は前に出る。間合いに届いた瞬間ハイキックを放つ。格闘技無経験でなければよっぽどガードされることは分かっている。間合いを見てもここから届く攻撃は蹴りしかないのだから。
案の定ガードされるが、俺には次の一手がある。ガードされた瞬間足を地に付け、そのままハイキックの勢いを殺さずにすかさず足払いを放つ。ここまで高低のある攻撃なら避けられないだろう。
しかし予想に反してまた足払いは空を切る。ガードと同時に後ろへ下がっていたみたいだ。まずい、早く態勢を立て直さなければ。
だがその隙を相手が見逃すはずはない。低い位置にある俺の顔面めがけて蹴りを放つ。
「ふぐぁ!」
横へ吹っ飛んだ俺は立ち上がって構えようとした。しかし体が動かない!立ち上がれないのだ。
「攻撃が……重い。っ、ぐっ。」
どうやら頭部にクリーンヒットしたおかげで立ち上がることが出来ない。
「勝負あったな。」
あっけない勝負だな……。こちらの攻撃は1発も与えられずに相手の攻撃2発でダウンかよ。ははは、泣ける話だぜ。
「圧勝、必然。」
思いっきり見下されてるな、このリーシャとかいうやつに。
「強いなアンタ。ああ俺の負けだよ、降参降参。」
「いい試合だった。ただ君が実戦不足なだけだろう。」
観戦していたスーツの男は何者だろう。いい試合?一方的だったようにしか見えないだろう。
やっと立ち上がれるようになった俺はフラフラと力なく立ち上がる。
「ちょっとアンタ、大丈夫なの?『狂気』の打撃をモロに受けて。」
雪菜と呼ばれていた女の子が近寄ってくる。
「ああまぁ、一応立ち上がれるくらいにまではな」
丁度5mぐらいの距離を置いて、俺と雪菜、スーツ男とリーシャが対峙している形になる。
「君はもう帰ってくれてもいいぞ。約束通りここでの話はなかったことになるわけだからな。これからは私たちと雪菜君の問題になるから……」
そう言いかけてスーツ男の手が止まった。急に腕のブレスレットの様な物を弄ったと思うと、何やら腕を耳に押し当てて会話している。専門的な用語?で喋っているためか内容は全く理解できない。
不意に腕を下ろしたと思うと話しだした。
「任務優先度5か。……仕方ない。リーシャ、お前は私と一緒に不法侵入者を駆逐。雪菜君、君は今すぐ帰ってくれないか?」
どういう風の吹きまわしか、今まで力ずくで拉致しようとしていた女の子に帰ってくれと懇願とは。
「嫌よ。後数時間はいるつもりよ!それとも優先度3の私の身柄拘束を優先させるつもりかしら?」
立場が逆転している。
「ぬ、仕方ない。」
そういうとスーツの男は俺の方に視線を合わせた。
「私の名は白川金時。世界統治機構治安維持本部長『中央不敗』だ。折り入って君にお願いがある。」
自己紹介を始めやがった。世界統治……?どっかのお偉いさんだってことは何となく分かった。
「俺に!?」
俺の第六感が警告音を鳴らしている。この話の流れからすると……
「雪菜君の身柄を頼む。」
やっぱり。
「いやいやいや。そう言われても……」
いきなり女の子の身柄がどーのと言われても困るわけだ、いろいろな意味で。いや少し嬉しかったりもするけどさ。
「簡単なことだ。任務が終わり次第雪菜君に連絡をする。それまでオリジナル……ああ、現地人といた方が不審な行動を取らずに済むからな。色々聞きたいことはあるだろうが、それは雪菜君から聞いてくれたまえ。私には時間がない。行くぞリーシャ。」
「……了解。新任務最優先。」
おいおい、こっちの了承は取らずに一方的だな。だが俺としても好奇心が抑えきれない。一体こいつらはどこから来た人間だ?未来?宇宙?さっきから話しているオリジナルって何の話だ?気になって仕方がないのも事実だ。
「ああ、そうだ失礼。君の名を聞いていなかったな。」
今にも走りだそうとしていたスーツ男、白川はそう言いながら振り向く。
「……佑人。柳佑人だ。」
「ユウト君、ね。これは君への報酬の前払いだ。」
手元が一瞬光ったと思うと俺目がけて何かが飛んできた。
「うおっ!あぶねえ!」
すかさず後ろに飛び、何が飛んできたか確認する。
槍だ。うん、槍が足元に刺さってる。
「それでは頼む、ユウト君」
槍に意識を取られ、スーツ男の白川がそう言い終えた頃に頭を上げると、既に二人の姿はなかった。
俺に近寄って来た雪菜は、足元に刺さっている槍を抜きながらこっちを見ている。
「よろしくユウト。話を聞いていたけど、アンタ中央不敗が帰ってくるまで私の下僕になってくれるんだって?」
絶対話聞いてなかっただろお前。