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裏と表  作者: 全一
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多重偶然

こんにちは、全一です。

少し書きためていたのを投稿します。

感想などを頂けると励みになります。

「こぉぅらー!柳ぃ!」

 気持ちの良い眠りの世界へ誘われていた俺は教師の咆哮で目覚めた。

「お前今月で何度目だぁ?単位いらねーのかおい!」

 教室の窓側の最後列……つまりポジション的に言ってしまうと眠らないのが難しい場所だ。

「次俺の授業で居眠りこいたら関取のような問題だすぞ!?」

 ちなみにさっきから俺に罵声を浴びせてくる数学教師、通称ぶーちゃんである。このあだ名は代々この学校に伝統的に伝わっているらしく、おそらく校内の誰にでも通じる隠語だ。なぜぶーちゃんかって?太ってるから、ただそれだけ。どうでもいい話だが、ぶーちゃんの癖は会話に出てくる形容詞が変わっている。一瞬何を言われたか分からないこともある。まぁ、今回は大量の宿題を出すって意味が取れたが。

 いつもならここから続く長い説教を耐えるための精神調整をしなければならない。だが残念だったなぶーちゃん、俺は起きた瞬間に時計を見たぜ。チャイムまで後30秒ってところだ。

「大体なぁ、俺だってわざわざ……」

 キーンコーンカーンコーン。

 来た、チャイムだ。

「くっ、柳ぃ。まぁいい、今日の授業はここまで!」

 お叱りモードに入っていたぶーちゃんは不完全燃焼気味だったが、チャイムを聞いて教科書や筆記用具を片づけ始めた他生徒の無言の圧力に耐えられなかったのだろう。号令をかけさせると足早に去って行った。

「やっと6限終わったかぁ。後は掃除してお終いだな」

 嬉しいことはつい口に出るもの。そしてそういうときに限って誰かが反応する。

「なに真面目に授業受けて疲れましたっていう面してんだよ」

 俺の隣の席の奴がそう呟く。

「そういう台詞は真面目に授業を受けきった奴が言う台詞だぞ?俺みたいな」

 こいつは小学校からの同級生、今井って奴だ。言わば腐れ縁って奴だな。小さい頃からよく遊んでいたが、まさか高校まで一緒になるとは思わなかった。

 なぜならここ御津根西高校は偏差値としても中の上くらいのランクであり、今井は中学時代学年トップだった男だ。本来ならこのあたりで一番偏差値の高い御津根東高校へ行くべきだったのだ。だが本人曰く、「勉強する気があればどこだって一緒」らしい。ちなみにかっこいいことを言っているが、実は今井の実家は西高校の正門から徒歩20秒。これが意味することは分かるよな?

「へいへい、さすが優等生さんは違いますねー。俺みたいな出来損ないには発言権まで無いっていうかいそうかい」

 机を下げながら掃除の準備をし、いつもと変わらない会話をする。

「そこまでいってないぜ?そりゃ被害妄想って奴だ」

 今井も机を下げながら苦笑いして答える。

「そう言えば佑人、相変わらず部活の希望用紙出してないみたいだな」

 掃除の担当はお互い教室。会話が続くのは当たり前だった。

「あー……前提出したけどなぁ」

「帰宅部ってのは残念ながら無い。お前が提出しないと室長の俺が小言を言われるんだよ」

「それはすまないな。すまないついでに俺のために後3年弱小言を言われてくれ」

「無理」

 そんな他愛もない会話をしているといつの間にか帰りのショートルーム。担任の教師が来週からの予定を話し、帰宅することになった。

「おい佑人、どうせお前帰宅しようと思ってるんだろ?空手部に見学に来いよな」

 高校に入って、今井は空手部に所属した。元々小学生の頃から俺と一緒に空手を習っていたこともあり、中学もそうだったが誘われている。毎日毎日御苦労なことだ。ちなみに俺は中学からは空手はほとんどといっていいほどやっていない。中学時代、たまに部活に顔を出して今井と組み手をしていたぐらいである。

「遠慮しておくよ。俺は最期まで雲のなんちゃらって奴でね」

「やる気がないのにお前が毎日基礎トレしてんのはなぜだろうなぁ」

 小学校からの癖って奴だよ、あんま突っ込んでくれるなよ。

「まぁ、気が向いたら来いよな」

 そういうと今井は教室から足早と去って行った。

「さて、俺も帰るかね」

 皆部活へ向かうために出て行っている。俺もそれに乗じて教室を出た。

 今井の家は論外だが、俺の家も学校からそう遠くはない。徒歩5分ほど学校の川沿いを歩けば着く。走れば2分で着く距離だから、本当はいけないのだが宿題や提出書類を忘れたときなんかは放課中に走って取りに行ったりする。まだ高校に通ってそう経っていないが、既にこの川沿いの風景は見飽きている。ランニングコースで走っているから一日2度往復している所為かもしれないが。

 そんな回想をしているうちに着いた。二階建てのワンルーム、ここの201号室が俺の家だ。訳あって高校から一人暮らしを始めることになったのだが、これが意外に辛い。炊事や洗濯などをこなしながら学業に励むというのは思ったよりも大変なのだ。俺が部活に入らない理由の一つでもあったりする。

「あー……今晩の飯が作れねぇ」

 冷蔵庫を覗いてみると、水と納豆1パックしかない。昨日の時点で食材をほとんど使い切っていたことをすっかり忘れていたのだ。

「こんなことなら学校帰りに買ってくるべきだったなぁ」

 いつも食材を買っているスーパーは川沿いにあるのだが、学校を中心として俺の家を東とすると西に位置する。つまり、学校帰りに寄らなければ二度手間になってしまうのだ。

「仕方ないなぁ。買いに行かなきゃ晩飯がないからな」

 面倒だがここは現地へ赴くしかあるまい。隊長!私が行ってまいります!……ただスーパーに買い物に行くだけだけどね。


「ふう、まぁこれだけありゃ4日は食っていけるだろ」

 結構な量を買い込んでしまった。元々面倒臭がり屋の俺は、今日食材を切らして二度手間になったことに不満を持っており、いつも以上に買い込んでしまったのだ。最近のスーパーはビニール袋をもらおうとすると別途料金がかかってしまう。資源節約、二酸化炭素排出削減って奴だね。もちろん俺はエコバック持参なんだが、ここで困ったことが起きた。

「袋に入りきらねぇ」

 これは想定の範囲外だった。エコバックなんて2つも3つも持ちあるかねーよ!つか袋に入れる時点で気付くとかどんだけ計算不足なんだよ。こりゃ入りきらない分は抱えてもっていくしかないなぁ。

 エコバックを片手に、残る片手で入りきらなかった食材を抱えて学生服姿で歩いている俺は非常に目立つ。学校の前に差し掛かった時に、他の生徒が俺を不思議な目で見てくるのは仕方のないことだった。

「なんて恥ずかしい格好してんだ俺」

 もちろんいつもの快調なウォークは期待できない。普段なら20分もあれば家に着けるのだが、この調子だと30分以上は覚悟しなければならない。

「俺はお前んとこのパーティに呼ばれないのか?」

 見知った声が聞こえた。振り向くと今井がいた。

「あれ?お前部活だったんじゃ……」

「ああ、顧問が出張でいないのをすっかり忘れててね。誰もいなかったから筋トレだけして帰ってるってところさ。よっと」

 そういうと今井は俺が抱えていた食材を半分ほど持ってくれた。

「運がいいねぇ。俺んち歩いて20秒だから出会わない確率のほうが高かったぜ?ところでこの食材達は?」

 どうやら俺の家まで荷物を運んでくれるらしい。これは嬉しい誤算だ。いつ抱えている食材をぶちまけるかっていう不安があったからな。

「ただ単に買い物行く回数を減らしたかっただけだ、気にするな」

「お前、急がば回れって言葉知らないの?」

「ちょっと意味が違うんじゃね」

 今井のお陰で暇をせず、さらに食材損失のリスクを減らしつつ予定より早く帰宅できた。

「サンキュー今井。そうだ、お礼がてらに俺の料理をごちそうするぞ?」

 どうせ大量に買い込んできたのだ。今更一晩2人分になっても大して変わりはしない。

「おお、んじゃいただいてくかね」

 遠慮はしない。これが腐れ縁って奴だな。

「シェフ柳が作る料理を期待して待ってるんだな。本場イタリアシェフが裸足で逃げだす料理だぞ」

「え?お前イタリア料理作れるの?」

「当たり前だ。パスタ茹でるだけだからな」

「イタリアンシェフに謝れよ」

 さてと、俺は本格的に晩飯を作るとするか。


「うお!意外に旨い!」

 今井は俺が作ったペペロンチーノを食べてそう感嘆を漏らした。

「はははは。遠慮せずに誉めるがいい」

「そこは『遠慮せずに食べるがいい』だろ」

 いちいち突っ込みが的確な奴だな。細かいこと気にしてると禿げるぞ?

「お前中学時代家庭科いつも3だったくせに……いつの間に料理なんて覚えたんだ?」

 小学校からの付き合いだからな、やはり一番にそこに疑問を抱いたか。

「実はよ、俺が作れる料理ってのはかなり限られてたんだ。まぁそこはお前も知ってたと思うんだが、そんなボギャブラリーの少なさじゃ毎日自炊しなきゃいけない俺としては飽きるわけだ。そこでグーグル先生にお願いして料理の作り方をだな」

「面倒臭がり屋のお前がそんな努力を……」

「いや、これが案外面白いんだよ。同じ料理でも2度目だと1度目よりも上手く作れたりして。お前もだまされたと思って作ってみるといいよ」

「あー。それは無理だな。俺んちの台所は母さんの戦場だ。俺みたいな新規兵が立てる場所じゃない」

 そんな会話をしながら食べ終えた頃には既に外は暗かった。

「お、もうこんな時間か。そろそろ帰るとするか」

「おお本当だ。いつの間にこんな時間に」

 今井と話し込んでいたらいつの間にか時計が19時を回ろうとしていた。

 今井は帰り支度をしながら、

「佑人が一人暮らしで大変なのはわかった。だったらなおさら空手部に来いよ。俺が顧問に事情を説明すれば部活を早く切り上げたり、時間のあるときに来たりできるように便宜してやるよ」

 と、空手部勧誘をしてくる。

「ああ、お前に免じて一度は顔出してみることにするよ」

 俺の心配をして言ってくれてるんだ、少しは感謝しないとな。

「おう、約束だぞ。ほいじゃ明日……って今日は金曜日か。また月曜日な」

 そう言い終えると今井はドアから出て行った。

 今井が帰って食後の片づけをして、何気なくテレビを付けた。

「うお!?もうこんな時間!?」

 テレビに映っている時計を目にし、現在の時刻を確認して驚いた。いつもならとっくに基礎トレを終えて風呂に入っている時間だったからだ。今井が少しだけ話に出していたと思うが、空手を止めてからも日課の基礎トレーニング(といっても軽い筋トレとランニングだが)は行っている。小学校6年間続けたせいか、これをやらないとぐっすりと眠れないのだ。

「特番に間に合わないぞこれ」

 時間が多少遅くても大したことはない。明日は休日であり、平日だったとしても寝る時間に支障が出るわけでもないからだ。

 だが今日はそういうわけにはいかない。1か月も前から楽しみにしていた特番が8時から放送されるのだ。

「急げ、急ぐんだ!俺のジャージ……ない、ないぞ!」

 焦っている時ほど人間ってのは遠回りをする。急がば回れという言葉があるぐらいだからね。一通りジャージを探した後、足元に落ちているのを確認した時の俺は、一部始終を目撃していた奴がいたら滑稽に見えただろう。

「あったあった。よいしょっと……」

 苦笑いをしながらジャージに着替える。よし、準備完了。

 楽しい特番まで40分。ぎりぎりだなぁと思いながらドアの鍵を閉める。

 金曜の特番の存在、この日に食材が切れる、さらに学校にいる時点でそれを覚えていない、大量の買い込み、今井の勘違い、今思えばこれらの要因はすべて今からおこる出来事のために用意された布石だったのかもしれない。偶然も重なりすぎると必然だと思えてくる。この後俺はこの言葉を痛感することとなる。


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