悪魔の発明
秋の歴史2024参加作品
エジソンがプレスリリースの最終原稿をチェックしている時、秘書のメアリーが言伝に来た。
「社長、面会希望の方がいらっしゃっていますが、どうしましょう?」
「面会?そんな予定あったっけ?」
エジソンはポケットから手帳を取り出しパラパラとめくる。
「いえ、特にお約束はされえいないそうです」
それを聞いてエジソンはパタンと手帳を閉じ、フンと鼻息をついた。
「御覧の通り今は無理だな。もし資料があるなら置いて行ってくれれば見ますと伝えておいて」
エジソンは発明品の売り込みか何かだと思った。飛び込みの面会希望の多くはそれだったから。
「いえ、売り込みじゃないんです。古くからの友人だとおっしゃられて」
「友人?アポイントも無しに、仕事中に押し掛ける友人なんていないと思うがな・・・」
エジソンは腕を組んで考えこむ仕草をする。もっともこれは、仕草だけで、内心は面会相手が嘘をついていると決めつけている。
「テスラが来たと言えば分かるとおっしゃってます」
「テスラだって?!」
メアリーが言葉を言い切る前にエジソンが叫んだ。
「やぁ、忙しそうだね」
男は入ってくるなり、手近なソファにどかりと座った。
エジソンの部屋は様々な試作品や珍しい文献があり、初めて入る者は夢中になるものだが、その男、テスラは、まるで興味を示さなかった。
「ああ。明日、新作のプレスリリースを出すんだ」
エジソンは答えた。
「それか?」
テスラは布で覆われたそれを指した。
「ああ。だが、これはキミでも見せることは出来ない。ビジネスなんだ。すまないな」
エジソンはテスラと新作の間に割って入るように移動した。
「だいたい知ってるよ」
テスラが呟くように言った。エジソンはそれに対しては何のリアクションも返さなかった。
昔からこの男とは反りが合わない。
「しかし、急にどうしたんだ?」
エジソンが本題に入る。
「古い友人として忠告に来たのさ」
テスラはかつてのエジソンの部下である。友人と言われる筋合いは無いのだが、エジソンは作り笑顔で答えた。
「ほう、まだ私を友人と呼んでくれるのかい?」
テスラはかつて、意見の相違からエジソンの会社を退職をしている。
その相違と言うのが電力を供給する際の送電方法だ。直流派のエジソンに対してテスラは交流を主張した。
テスラ退社後、エジソンは交流を落とす為に随分汚い情報戦略を仕掛けたが、それでも敗北してしまった。
彼に負けたことは、世間からは天才と呼ばれているエジソンにとっては、大きなシコリとなって残っている。
しかし、テスラは意に介していないようだ。
「科学の発展の為に、しのぎを削った戦友だと思っているが、違うのかね」
「違わないね。では、その友人の有難い忠告を聞かせてもらおうじゃないか」
エジソンが聞く姿勢を示すと、テスラは急に真顔になり、前のめりになった。
「それは悪魔の発明だ。世に出さない方が良い」
テスラの言う『それ』とは、ちょうどエジソンが発表を控えた新作のことだった。
「これがか?」
エジソンは拍子抜けしたような顔をした。ある程度の自信作ではあるが、彼にとっては数ある発明の一つでしかないからだ。
そもそも、そんな物騒な用途の道具ではない。
しかし、テスラはいたって真面目に続けた。
「君がそれを世に出すと、世界を変えてしまう」
「こんなものが?世界を変える悪魔の発明だって?キミはタイムマシンでも発明して未来でも見て来たのか?」
「そうだ」
エジソンはぎょっとしてテスラの顔を見た。
「冗談だよ」
エジソンは笑えなかった。この天才が言うと冗談に聞こえないのだ。
「しかし、半分は本当だ。未来は紙と鉛筆があれば見える」
そう言って、テスラは自分のバッグから分厚い紙束を取り出し、エジソンに手渡した。
「これ、全部お前が計算したのか?」
エジソンはパラパラと渡された資料に目を通した。
「ああ」
「なるほどな」
エジソンは思案する。
「オレが忠告を聞かなかったらどうするつもりだ?」
「どうもしないさ。発明も発表も自由だ」
「これでオレが発表を止めると思うか?」
「止めないだろうな」
「じゃあ、なぜ忠告に来たんだ?未来が見える天才様が」
「なぜだろうな・・・」
テスラは一旦考えた。そして言った。
「議論が次の発明を生むからだろう。危機も知ってさえいれば対策も立てられる。だから危機を知っている人間は多い方が良い。そんな所だ」
「ありがとう」
エジソンは言った。
「やはり会社の為、電力普及の為、これの予定は変えられない。しかし友人の『忠告』はありがたく頂いておくよ」
そう言ってエジソンは右手を差し出した。
「分かった。それでは、私も友人の意志を尊重し、来るべき未来に備えよう」
そう言って二人は固い握手を交わし、テスラは部屋を後にした。
エジソンは予定通り、その発明、トースターを売り出した。
これを売り出す為にエジソンは『1日2食は体に悪い。健康の為には1日3食が必要だ』と宣伝する。
実はこの『1日3食』に特に根拠はない。実際、それまでアメリカ、日本、他世界の多くの国では1日2食だった。
しかしエジソンの影響力は凄まじく、1日3食は爆発的に普及する。
単純に考えて、食事回数が1回純増すれば、肥満が社会問題になるのは必然と言える。
悲劇は『1日3食が体に良い』が一人歩きし、信仰化してしまったことだ。健康を啓蒙する際、これに異を唱えることはタブー視された。
これに異を唱えることが一般化するには、別の『世界を変える発明』であるインターネットや携帯端末の普及を待たなければならなかった。
ー了ー
エジソンのトースターの発表が具体的にいつなのかが調べてもわからなかったので、テスラ退社後かなり経ってからと想定して創作しました。電力普及の為に発明した製品なので、送電が落ち着いてからとして一応辻褄は合うかと。。
もちろん、こんな会合があったわけもなく、各々の人物像も勝手なイメージです。
悪しからず。。