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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ニジイロガクダン

 暗く狭い、だが不思議と暗くはない。そんな通路の中を、かつかつ、とテンポの速い足音が反響する。


 そこを歩いているのはひとりの少女――ジオディテールだ。黄色と薄紫の混じった髪に、透き通る海のような瞳を持つ。そして燕尾服に身を包み、ゴーグルを額に付けた、獣人の少女である。


 ジオディテールが歩く通路の奥には扉がある。その行き先は――


「よっす! 参上!」


 ――冒険者ギルドの酒場である。しかもこの国の王都第一支部。つまり大きいところだ。


 派手な格好の、しかし冒険者には到底思えないような少女が、いきなりギルドの酒場のスタッフルームから飛び出してきたので、皆の注目を一身に集めた。

 ただ、これはこの街ではいつものことである……他の冒険者の反応を見れば一目瞭然だ。


「頼むから叫ぶのはやめてくれよ。心臓に悪い」


 カウンター席でビールを飲んでいた男が、ジオディテールの方を向いてそう言う。ただ台詞に反し、その表情は祖父が孫を見るような微笑ましいものだ。まだこの男も二十過ぎなのだが。


「そういや聞いたか、ジオ? なんでも向こうの向こうの向こうの向こうの国で異世界人がやってきて暴れ回ってるらしいぞ」


「向こうの……っていうと? レイアール? それともブレッブスグル?」


「そうそう、レイアールだな。獣人差別がまだ残ってるのに獣人のメイドと執事を二人雇ってて、しかもそれは聖騎士団の上層部の推薦とかもかかわってるって話題になってるぜ。……ま、そんなこと言ったらここベッカソスでA級冒険者やってるジオの方が五百倍くらいすごいけどな!」


 数千年前の戦争や、それよりもさらに昔の神話の時代までさかのぼると、獣人はいろいろとひどい目に遭っているのが分かる。元はと言えば、邪神が反逆を起こした際、悪魔と数種類の亜人を味方に付けたことが原因で、その中に獣人が入っていたからだ。


 ともかく、そのせいで世界各国では獣人差別も根強いところも多い。レイアールは大貴族ほどその傾向が強いし、ベッカソスでは一般国民でさえも獣人嫌いも多い。


 ただ、ジオディテールはなぜかみんなに好かれていた。本人も理由は知らないのだが、自分の娘や妹、孫のような感じでかわいいと思われているらしい。


「えへへ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。でも奢らないよ? 私金欠だからな!」


「自慢げに言うことじゃねぇだろ。ま、おごってもらいたいときはお前の仲間をよいしょすれば奢ってくれるからな」


 そして、ジオディテールはこの街で冒険者稼業をするにあたり、パーティメンバーが三人いる。


 ひとりは、長い銀髪を持った美しいダウナー系お姉さん獣人、メタジャスティス。

 ひとりは、オレンジ色の髪の、物静かな天才幼女獣人、ファウンダリミント。

 そして最後に、自称三人の保護者で、現状は三人のおもちゃのようなかわいそうな少年、ワトソンくんだ。


 特に一番気前がいいのはワトソンくんで、いろいろと労ってから何かを注文すると、どんな高いものでも勝手に料金を支払ってくれる。いいように利用されているようだが本人も理解していて、労ってくれる冒険者の人たちは本人の心の支えだかららしい。


「しかもその獣人のメイドたちがクソ強いらしいぜ。オリハルコン製のわけわからん魔道具は使うわ、惜しげもなくミスリルの爆弾を使い捨てにするわで主人より有名らしいな。かくいう俺もその主人についてはよく知らねぇし。……もしかしてジオ、知り合いだったりしねぇよな? お前もオリハルコン製の武器持ってるし」


「知り合いの心当たりが多くて分かんないなぁ。私の友達、みんなミスリルとかオリハルコンとか持ってるんだぜ?」


「『楽団』か……うーん、そのうち獣人が反逆起こして世界を支配したりすんのかな」


「はは! もしそうなったら騎士団長くらいには抜擢したげるかなぁ」


「俺ぁ騎士は遠慮しておくぜ」


 ジオディテールがカウンターのスタッフにタピオカミルクティーを注文すると、それと同時に白い手紙を渡された。


 それには小さな文字でこう書いてある。


「『指名依頼』……しかもこの装飾、断れないやつだ」


 友人が面倒ごとに巻き込まれていることを察した冒険者の男は、代金を支払ってからそそくさと逃げてしまうのだった。




 ――ギルドマスター室。足音も気配もなく、突如として扉を開けて登場したジオディテールを見て、ギルドマスターが一瞬飛び跳ねる。


「なぁ……マジでそれどうなってるんだ? 俺な、ここからでも帝国の暗部がギルドのロビーに毒入りナイフを一本忍ばせて来ただけで察知できるんだぞ……?」


「そもそも私、そこ廊下を通って来てないからな! 気配が分からないのは当然だよ」


 ギルドマスター、パドゥレスタ・ワーグナーは屈強な赤い髪の男だ。はちきれんばかりの筋肉は、なぜ冒険者を引退してギルドマスターになったのか? というのが七不思議のひとつに入るくらいには強そうに見える。実際、数年前まで世界最高峰と言われるS級冒険者の一人だった男なのだ。


 それがひとりの小さな少女にビビッた挙句悩まされているとは、なかなか想像もつかないだろう。

 そして、ギルドマスター室にはもう一人の人物がいた。


「ゴメンナサイ……うちの子たちがまた迷惑を……ははは……」


 ほとんど白のような薄い水色の髪、それとは逆に深い紺色の瞳、そして、異世界人がこの世界にもたらしたとされるヘッドホンもどき――ただしこの世界ではもっぱらアクセサリー扱いだ――を首にかけた少年。


 クレイジーばかりのジオディテールパーティの唯一の良心であり、ストッパー役の、ワトソンくんである。


「まあビビらせるくらいならまだ迷惑じゃねぇよ、安心しろ。で、本題だが……ま、二人とも、もう手紙は見ただろ?」


「はい、一通りは」


「まだ見てないよ」


「……そ、そうか。じゃあ説明するから、ジオも適当に椅子拾って座れ」


 パドゥレスタが書類の束から一枚の紙を抜き出すと、それを読み上げる。


「依頼主は隣国、神聖国マイスサミカ。そこで毎年、巫女様を通して神様が信託を公の前で授けて頂く祭りがあるのは知っているな?」


 ふたりが頷いたのを見て話を続ける。


「実は、その儀式にはひとつの魔道具が必要になる。それが『神水晶』と呼ばれるものだ。だが、それが先日、何らかの要因により内部構造にダメージが入り、起動できなくなったようだ。そこで、お前たちには、それを作ったハイエルフの住まう大樹国へとそれを運び、修理をしてもらい、再び神聖国へそれを送り届けるという仕事をしてもらう」


「げっ……イヤだなぁ」


「断ることはできねぇから覚悟しておけ。失敗することも許されねぇから覚悟しておけ。しかもこれをチャンスと見た反抗勢力が関わってきそうだから覚悟しておくんだな」


「ひぇぅ……」


 ワトソンくんの胃にストレスで穴が開きそうだ。


「その反抗勢力っていうのはなんなの? 強い?」


「なんで少しうれしそうにしてんだよ。あー、その反抗勢力については俺もよく分ってねぇ。ただ、数十年前から継続的に、神聖国にちょっかいをかけてたやつらがいるってのはよく言われてるんだが、多分それじゃねぇかと思ってる。ちょうど最近活発化して、それで少しだけ情報を得られたんだが、まだ謎も多い」


「で? 強い?」


「強い。これは断言する。……神聖国の聖騎士団はひとりがA級冒険者にも匹敵するレベルだと言われているが、それが五人も殺されてる。かなり凄惨だったらしいな……お前はA級どころかS級も余裕で相手できそうだから死にはしねぇと思うがな。心配なのはそこのワトソンくんだ」


「分かってますよぅ……自分弱いとか言いたいんでしょ。じゃあなんで自分を指名するんですか……」


 半泣きのような形相のワトソンくん。かなりメンタルが弱い彼は、なぜジオディテールのようなのとパーティーを組んでいるのかというのもこの都市七不思議のひとつに入りかけていたりする。


「ン……ギルドとしても以来の詳細は伏せられることも多いからな。知りたいんだったら、神聖国に行った時に聞いておけ。ともかく、いいな? 準備は……っていうかお前ら準備なんてしなくてもいいもんな。さ、じゃあさっさと神聖国に行ってくれよ」


 なかなか厄介そうな依頼主から重要な依頼が来たということで、パドゥレスタギルド長も少し参っているようだ。


「っと、そうだ。これを忘れるな……依頼主から直接の手紙だと。ただ、魔法の効果で開けられないらしい。『来る時に開く』そうだ」


「えぇ? 開かないの?」


「開かん。ワトソンくんの錬金術で開けても、おそらく白紙で読めん。しばらくしたら開くらしいし、せいぜい期待しておけ」


 その後、ワトソンくんがいくつか質問をしてから、その場はお開きになった。




 ジオディテールとワトソンくんは、ギルドの付近を歩き回って、ちょうどいい建物がないか探していた。


 ただ、建物に入るわけではない。目的はちょうどよいサイズの『ドア』である。


「ところで、なんで私とワトソンくんセンセイだけなの?」


 そのあたりの屋台で買った、安いかわりにさほどおいしくない串焼きを食べながらワトソンくんへ尋ねると、彼は困ったようにため息をついた。


「話聞いてたかな……聞いてないんだろうなぁ。運ぶのは少人数で、なおかつ全員が隠密行動にたけた人物である必要があったんだ。ジオくんは『ドア』で移動ができるし、自分はへんな行動を止めるために必要だから。メタくんは万一の攻撃手段が全部巨大魔法だし、ミントは雨が降ってないとまともに動けないし、そういうことだよ」


「変な行動とかしないぞ? 私」


「本気で言ってる? 冗談、だよね……?」


 百パーセント本気でそう言った、頭がカラフルワンダフルなジオディテールは、櫛をごみ箱に放り込んで首をかしげた。


「はぁ……。あ、あれとか良いんじゃない?」


 ところで、なぜドアを探しているかというと……。


 ジオディテールのもつ魔法に『天街突貫(ドアーズ・ザ・リフト)』というものがある。能力を発動しつつドアを開けると、それは亜空間へ通じるドアへと変化し、その亜空間の先は目的地となる……のだが、その目的地によって必要なドアのサイズが変化するのだ。基本的には警備や監視などが手厚い、または道が入り組んでいるなど、入りづらい場所に行くには大きなドアが必要になってくる。


 その尺度はジオディテールが感覚で分かるらしいので、「これだ!」となるドアを探しているわけだ。


「んー……微妙かもしれないけど、ま、いいかな! さぁ行こうぜ、ふっふっふ!」


「あ、ちょっ」


 いきなり店の倉庫のドアをバン! と開けたため、スタッフがびっくりして固まってしまった。


 ワトソンくんが「ゴメンナサイゴメンナサイ」と呟きながら、ジオディテールの後を追ってドアの向こうへ飛び込むと……。


「うぉ! ホーリーエナジーフォースパワーが満ちている!」


 そこは、人気のない広場だった。


 どこのドアから、と後ろを振り向くと、そこには五階建てはありそうな、とても巨大な教会がそびえ立っている。そして――横から、シャランと金属音が聞こえ、ワトソンくんとジオディテールの首元に、剣が突き出された。どうやら、この教会の警備兵らしい。


「あー……冒険者。自分たち冒険者。許可証アルヨ」


 パニックで口調がおかしくなりかけているワトソンくんが、どこからか先ほどパドゥレスタに受け取った手紙のようなものを差し出す。


 警備兵派遣をずらさずにそれを受け取ると、すぐその目を見開く。


「こ、これは……失礼した……」


 驚きは、どうやらジオディテールとワトソンくんが幼い見た目をしていることに対してのも少しあるようであった。


 ワトソンくんへ剣を向けていた警備兵は謝罪をし、手紙を返す。ジオディテールに対していた兵士の方も剣を引くが、ジオディテールの首筋には一筋の赤い傷跡ができていた。だが、それもすぐに治癒する。謝罪もしない兵士の対応に、彼女は少しご立腹の様子である。


「まったく、痛いじゃないの。で、ええっと……ここがどこか、聞きたいんだけど?」


「ああ……ここは神聖国マイスサミカ、その中心地である神都教会。依頼を出された教皇陛下は療養中で、この四階にあらせられるケベック殿下が話をするとのことだ。案内を呼ぶから、少し待っていてくれ」


 警備兵のひとりが、腰に付けていた球体を指でたたく。それから魔力の波が教会の奥へ飛ばされたのをワトソンくんは気づいた。


「ケベック殿下……というと、第一皇子でしたね」


「そうだ。……こういうことを言うのもなんだが、第二皇子のカイマ殿下は、獣人が嫌いだ。すこし、関わるのには注意をしておいた方がいい。ああ、来たぞ」


 やってきた若いメイドが恭しく二人へお辞儀をすると、そのまま教会内部へ案内される。


「うわぉ。広くて迷路みたい!」


「そうですね。この教会を設計された三代目教皇陛下は迷路などの遊びをお好きになられていたと聞きます」


「え、教皇陛下自ら設計、ですか……」


 ワトソンくんが驚いたように声を発すると、メイドは笑顔のまま少し表情を崩した。それを見てそう言われているだけで、実際は分からない、というよくあるケースだと察する。王族などが権威付けをするために才能や能力などを誇張するのは、いつの時代もよくある話なのだ。


 その後もきゃっきゃきゃっきゃ騒ぐジオディテールの話し相手をメイドは勤めながら、実に五分ほど歩くと、ひとつの荘厳な部屋の前にたどり着く。


「ケベック様。冒険者のジオディテール様、ワトソン様をお連れ致しました」


「入りたまえ」


 かっこいい女の声がした。ジオディテールとワトソンくんは顔を見合わせると、開かれたドアの先を見る。

 かっこいい女が机に座っていた。


「ケベック殿下……は、女性なのですか」


「はは、困惑するのも仕方がないな。だが初見で女だと見抜かれたのは初めてだ。さすが将来有望な若いA級冒険者殿だ」


 言われてみれば、胸はあまりないようだし、体つきもそれなりにがっしりとしているし、確かに男と言われても普通の人なら何も感じないだろう。この二人が違和感にすぐ気づいてしまうだけだ。

 言われるままにソファに座ると、メイドが紅茶のカップを差し出した。


「ん、うまー!」


 ジオディテールがそれを一気に飲み干し、呆れた目でそれを見たワトソンくんはと言えば、手を付けない。


「さて、まずは自己紹介をさせてもらおうか。私は第一皇子のケベック。普通は教皇にはなれぬ女ではあるが、なぜか私は皇位継承の第一位とされている」


「……これが体制の変化のきっかけとなるのかもしれません」


「ふふ、そうなるといいがな」


 ジオディテールはお代わりの紅茶をメイドにねだり、少し困らせていた。


「自分はワトソンくん。えー、フルネームがワトソンくん・モンテカルロ。いろいろあって、『くん』までが名前の一部です」


「そうなのか。それは珍しいな。……となると、元は奴隷なのか? 面白そうだな」


「そうですね。六歳の時まで奴隷でした。主は命名する際に『あなたの名前はワトソンくんよ!』などとしてしまったので……こんな結果に」


 ケベックがブフッと吹き出し、腹を抱えて大笑いを始める。


「はぁー、はははっ。今は奴隷商店で説明される注意事項に名前に関しても入っているのだがな。いや、初めて見た。本当にこのミスをする人がいるとは」


 次は、三杯目の紅茶を飲んでしまったジオディテールが胸を張って自己紹介をする。


「私はジオディテール! めっちゃ強いよ! しかもさっそうと現れてクールだから巷では――」


「こら、調子に乗らない」


「構わない。どんな風に呼ばれているかも気になるし、そちらのことを詳しく知りたいからな」


 はぁ、とワトソンくんは困ったように息をついた。


「巷では『夕暮れの夢追い人』とか『星光の微笑み』とか言われてるぜ! ふっふっふ」


「その二つ名の言い出しっぺ、ジオ本人じゃなかったっけ……?」


「だっはははははは! はははっ、おもしろい奴らだな! はー」


 ケベックは再び大爆笑すると、「大方分かった」と真顔に戻る。


「それでは、依頼の説明をさせてもらいたい。簡単な説明は聞いたと思うが、ここにある……これだな。この、神降ろしに必要な神水晶を大樹国へ運び修理をしてもらいたいのだ。もうすでに話は付けたし、代金の方はハイエルフへ払ってある。水晶を持っていけばすぐ直してくれるはずだ」


 机の上に丁寧に置かれた、荘厳な台座付きの金色の水晶玉。ワトソンくんはその美しい装飾と色合いに感嘆し、ジオディテールは「削ってアクセサリーをつくったら売れそうだなぁ」と不敬極まりないことを考えた。


「大樹国へたどり着くにはただでさえ険しい道のりだ。我々に敵対する勢力も活動が活発化する最近、おそらく襲い、神水晶を強奪しようとする可能性もある。常に警戒をしておいてほしい」


「……その勢力について、何か分かっていることはありますか?」


 その問いに、ケベックは力なく首を振る。


「下っ端の構成員ですらB級冒険者に匹敵するような者たち、というくらいだな。彼らは薬か何かで無理矢理力を増強させられており、捕獲して尋問しようとすると狂ったように叫び、暴れ出し、そのうち死ぬ。解剖すると脳の一部が雑に壊死していた。だから、情報が全くと言っていいほど得られていないのだ」


「ふぅん……可能だったら解毒剤でも調合してみます」


「そういえば、ワトソンくん殿は多芸なのだったな。錬金術も扱えると。羨ましいことだ」


 ここで、ケベックは少し声のトーンを下げる。


「……私は、その組織の首はカイマではないかと推測している」


「カイマ殿下? 第二皇子が、なぜわざわざ祖国に反旗を」


「数年前から、奴の動きがおかしいのだ。私や父、つまり教皇に対する態度がやや乱暴になっているし、いつもどこかへ向かって、何をしているのか分からない。私の手の者が尾行したこともあるのだが、相当警戒されており撒かれた。怪しい点ばかりなのだ……まぁ、これだけでは断定はできないがな。ただの私の妄想と思ってくれても構わん」


 不意に、少し離れたところから騒がしい足音が聞こえてきた。それは徐々に近づき、乱暴にこの部屋のドアが開かれる。


「姉上! どういうことなのですかっ!」


 扉を開けたのは、金髪を短い三つ編みにした、幼さもまだ残る少年だった。年にして、十六、と言ったところだろう。


 深緑色の宝石のような瞳は、ケベックの方を睨みつけた後、親の仇とでも言いそうな雰囲気でジオディテールを見た。睨まれた本人は気づかないでのんきに紅茶を飲んでいるが……。


「カイマか。私は依頼の話をしている途中だ。控えろ」


「いいえ控えません! なぜ子供、それも獣人などに依頼するのですか! 世の中にはもっといい冒険者たちがいたでしょう!?」


「カイマ。人の能力は、見た目に比例するものではない。彼らは次期S級冒険者と目される者たちだ。その力も見抜けないようなら、お前にこの話に首をつっこむような資格はない」


「っ……!」


 カイマは苦々し気に二人を睨みつけると、その場を走って去っていった。


「根は悪くない人に見えたけどな」


「ジオ殿はそう見るか。……まあ、カイマも子供の頃は純粋でとてもかわいらしい子だったのだが、四、五年ほど前から変わってしまってな……ああ、すまない、依頼の話に戻ろう」


 姿勢を正したケベックがメイドへ目配せすると、メイドは一つの小さな袋を取り出し、神水晶の横に並べた。


 その袋は金と銀で豪華な装飾のなされた、純白の美しい袋だ。魔力を纏っており魔道具というのは分かるが、よく流通している、容量が多いマジックバッグとは少し異なるように見える。


「これは『収納器』と呼ばれるものだ。通常のマジックバッグの類と同様、これより退席の大きいものをたくさん入れることができるのだが、それに加えこれは収納器自身を収納することができる」


「自分自身を……?」


「ああ。これ自体を収納すると物質としては消えてしまうのだが、魔力が持ち主の体に宿る。念じれば再度袋を出現することができるため、こういった貴重なものを隠したりするのに最適なのだ」


 そう言って実演してみせるケベック。収納器の中に神水晶を入れ、さらにその口をひっくり返すと、袋は完全に消えてしまった。

 だがケベックが腕に魔力を流すと、そこに同じ袋が再度出現する。


「この紅茶美味しいから、それに入れてもらっていってもいい?」


「こら」


「喜んでいただけたようで何よりです。すぐ用意いたします」


「ちょっ」


 メイドが、先ほどの門番のような魔道具を使う。色や押す回数が異なっていたので、ただ呼ぶだけでなく簡単なメッセージを送ることのできる、ポケベルのようなものかもしれない。


「この袋には予めハイエルフたちに貰っていた、特別通行許可証も入っている。私のサインが書かれているから、これを見せれば大抵のことはすんなりいくだろう」


「うん……ああ、紅茶、いただきます」


 まだコップに注がれたままの減っていない紅茶を見てキラキラな視線をワトソンくんへ向けるジオディテール。ワトソンくんは苦手なのに、屈して紅茶を飲んだ。


「うん、おいしいですね」


「それは良かった。……ジオディテール殿、それは何杯目だ?」


「さあ? 十から数えるのやめちゃった」




 ハイエルフの住まう大樹国に行くには、いくつかの国から専用の魔道具に乗っていくか、徒歩で行くかしかない。


 ジオディテールの持つ『天街突貫(ドアーズ・ザ・リフト)』が使えないのは、大樹国には特別な結界が貼られており、転移魔法による侵入を拒むためだ。しかもそれは不思議なことに、大樹国へ行くために付近の国へ転移するのもブロックされてしまう。


 よって素直に神聖国から魔道具に乗ることにしたのだが……。


「列車?」


「ご存じでしたか。昔大樹国を訪れた異世界人がもたらしたものだそうで、神聖国などいくつかの国だけと直接レールを結び、通行を格段に容易にしたそうです。ただ、これは大樹国の意向によりその付近までしか行けないため、普通の人間であれば一週間ほど徒歩で移動する必要もあります」


「へぇー。私ガンバル!」


 魔道具は、森に溶け込めるような深い緑色の一両の列車だった。かなり小型になっており、一度に乗れるのはせいぜい十人と言ったところか。


 まあ、排他的な空気を持つハイエルフたちの元へ行くのは、それこそ国の使節や特別な目的を持った者くらいしかいないので、ちょうどいいのだろう。


 ふたりが列車へ乗り込むと、その外からメイドとケベックが手を振りつつ見送る。列車の運転は魔法で自動的に行われるらしいので、車掌は必要ないらしい。


「行ってきまーす!」


「では、また」


 ゆっくりと列車が動き出した。


「こんなの作る技術があるんだったら、どこの国にも置いてほしいよねー。エルフってケチだなぁ!」


「特許と同じような物じゃないかなぁ。まあ、内部構造を調べられて大樹国行き列車に支障が出るのを防ぐためなのもあるんだろうけど……」


 それに対して「なるほど?」と分かったのか分かってないのか、曖昧な返事を返すジオディテール。彼女はそれよりも列車から窓の外を見て、すごい勢いで移り変わる森や山、街などの景色に目を輝かせていた。


「おやつもたくさん貰ってきたし、さあさあ列車の旅を満喫しようぜ! いぇい!」


「……そのおやつの代金、報酬から差し引かれてるって知ってた?」


「えっ!?」


 驚きはするが、食べるのはやめないらしい。


「ジオくんがお菓子をねだり過ぎるから、パドゥレスタさんが苦情を貰って、そしたら報酬からお菓子代を引くような形式になったんだってさ。こんな特例、五百年ぶりらしいよ……A級以下の冒険者じゃ初だって」


「んー、そうなの……。S級って変な人多いからねぇ」


「ねえジオくん、自分が負けず劣らず変人だってことも自覚しようか……」


 パドゥレスタは元S級なのにかなり真面目なひとなのだが、例外中の例外なのだろう。流れてくる話を聞く限り、常に大量の金貨を持ち歩いていないと手が震える金依存症とか、毎日一人のかわいい少年を食べないと(意味深)発狂して手に負えなくなるショタコ……大人のおねえさんとか、変人が多い。特に後者はワトソンくんがばったり依頼先で出会ってしまい、一時間ずっと追い回された経験がある。


 ……まあ、ベテラン冒険者やギルド職員にパドゥレスタの過去についても目を逸らされるばかりなので、ワトソンくんも何かあったんだろうなぁとは勘づいているのだが。


 そうしてしばらく食べていると、ジオディテールは満腹になって眠ってしまった。そしてもう既に、貰っていたおやつは半分が消えている。


「……はぁ」


 どこからかひとつのスーツケースを取り出すワトソンくん。それを開くと、中の注射器、薬品の試験管、怪しげな魔道具などを一式取り出し、ジオディテールの採血を始めた。


「んー……なんか違和感あるなぁと思ってたら、少しバランスがおかしいのか……っと、んん? 毒――うぉわあぁ?!」


 響く爆音、割れる列車の窓ガラス。そしてゆっくりと列車は横転し……


「あ……ああ、うんと、刺客……?」


 ぐしゃぐしゃになった列車から、一瞬でスーツケースとジオディテールを回収し、外へ飛び出た。するとそこには、黒装束の二人組が立っている。


「…………てぇい、ブラッドアタック!!」

「っ!」


 ワトソンくんは先ほど採血した血を、注射器ごと片方の目元へ投げつける! それはギリギリのところでバリアに防がれるも、飛び散った血液が装束へ僅かにかかり、酸のようにそれを焼いて融かす。


「自分は錬金術師もやっててね……物質の性質を買えるなんておちゃのこさいさうぉぁわ?!」


 投げつけられたナイフを躱し、ジオディテールの頬をひっぱたいて起こす。


「ん……」


「ジオくん敵敵! 強いよ!」


「なにぃ! 殺っちまうぜー!」


 飛び起きたジオディテールが地面を勢い良く踏み込み、前方に飛ぶ。


「『遠距離煉哀アヴェク・トワ・レゼトワール・フィランタ』!」


「『詩的な死の音マジェスティ・オブ・イストレンジ』ぃ!!」


 勢いをつけて殴りかかる右拳には光魔法と闇魔法、そして隠し味の水魔法を強引に混合。光と闇と水が全部合わさって最強に見えた一撃を、さらにワトソンくんの補助魔法によって『その空間への直接攻撃』へ性質を変化させる。


 それを冷静に飛びのき、躱そうとした黒装束たちだが……それはこの魔法の前では、逆効果である。


「『遠距離煉哀アヴェク・トワ・レゼトワール・フィランタ』は空間を割る攻撃。逃げれば逃げるほどより面積が広がって、一撃で死ねる……」


 空間に、ガラスのようにクモの巣状のひびが入る。それは同じ直線状にいた黒装束を両方収められる範囲で……その体は、一瞬でバラバラにはじけ飛んだのだった。


「やったねワトソンくんセンセイ! くはは、私にかかればおちゃのこさいさい!」


「お疲れさまぁー……あれま、木っ端微塵だ、やってしまった」


「んー? 脳の欠片を集めて混ぜて錬金術でパーッと戻せないの?」


「無理だよそんなの……」


 いくらワトソンくんが錬金術師と言っても、一般より少し高いレベルの錬金術師なだけである……と本人は思い込んでいる。まぁそれだけではA級冒険者としてやっていけない……と本人は思い込んでいるので、自分で魔法の仕組みや魔道具なども研究して、いろいろと多芸多才なのだ。要するに浅く広くといった感じ……と本人は思い込んでしまっている。


 彼はまだ成長途中と自称しているので、これからもっとすごくなるかもしれない……のだが、本人はここで頭打ちだと思っている。


 ある意味ジオディテールパーティにふさわしい変人でもあるのだ。世間では知られていないが。


「ま、どうせ刺客がこれっきりなわけないだろ! ふっふん、次からしっかりとヤクで洗脳しちゃってくれよだんなー」


「そうだね……。刺客も薬でなんたらって言ってたし、血ぐらい採取しておこうか」


 飛び散った血だまりを魔法で集め、混ざってしまったごみやらなんやらをろ過してから大きな試験管に入れ、特殊な栓で蓋をする。


「さ、乗ろう……の、乗れない」

「あー」


 そう。列車は、先ほど黒装束との開戦時にぐしゃぐしゃにやられてしまったのだ……。




「あー疲れた! 私もうヤダ! ヤダヤダヤダ!」


「仕方ないじゃん……おぶろっか」


「おねがーい」


 ひょいっと軽くワトソンくんの背に飛び乗るジオディテール。実際にものすごく軽いので、おぶっていてもあまり変わらない。


 列車が見事に壊れてしまったので、今は線路に沿って森の中を走っている最中である。速度で言えば列車と同等、あるいはそれ以上の速度が出せているのだが……いかんせん動くのだから疲れるし、ワトソンくんも先ほど採取した血液の検査もできない。


 まあ、普通の冒険者――だいたいCやBランク程度――であれば大樹国までと同じくらいの道を行くのに、最悪ひと月かかっても文句は言えないほどである。この調子であれば、今日か明日にでもすぐ着きそうだ。


 森の中なので、小動物もたくさんいるわけで。先ほどからカラフルな風になっているワトソンくんとジオディテールを見て、リスや小鳥はびっくりして半狂乱になっていたりする。


「ポーションとか作れないの? 疲れが取れて足も速くなるやつ」


「作れないこともないけど、材料もそんなに持ち運べるわけでもないし、あんまり使いたくないかな……」


「ふーん? えーと『風刃(ウィンドブレード)』」


 風の刃を飛ばし、さらにその制御を強引に行って手元へ戻す。まばたき一回くらいの短い時間で、ジオディテールの手には三枚の葉っぱが握られていた。


「それは普通に毒草だね……」


「うぐ……おわ、どしたの」


 不意にワトソンくんが立ち止まった。


 ジオディテールも前を見てみると……そこから線路が途切れているのだ。当然、線路を敷くために拓かれていた森の道も途切れているので、このままの調子で進むと迷子になりそうだ。


「……とりあえず休憩にしよっか。もらってた通行許可証がコンパス代わりになるって聞いてたから、それで行けばいいし」


 スーツケースを開き、お弁当箱をふたつ取り出す。ジオディテールのお手製だ。


「今日はハンバーグと……ナニコレ」


「んえ? わかめとヨーグルトのパスタ、レモンピューレ添えだよ」


「な、なにそのまずそうな……うっ食べるから、食べるから殴らないで」


 確かにジオディテールは料理がうまい。料理がうまいのだが、最近は創作料理に嵌っており、一周回ってゲテモノ量産機になっているのだ。


 今回は他にも、ハンバーガーの中に肉と野菜だけでなく板チョコとらくがんが挟まったものも入っている。なにこのまずそうな……。


 しかも食べないと殴るという厄介な仕様付きである。吐いたりしたら一巻の終わりだ。


「い、いただきますぅ……うぅ」


「おいしい?」


「ハイオイシイデス……」


 この世の終わりのような顔を、無理矢理笑顔に戻そうとしたためかなりひどい顔になっているワトソンくん。ジオディテールは不満そうだ。


「おいしいのに……もぐもぐ」


「どういう食生活を送ったらそんな味覚になるの……?」


 結局、ワトソンくんは匂いにひかれてやってきた小動物にお弁当をあげることで事なきを得た。なお小動物たちは、一口食べた瞬間に雷に打たれたような表情でどこかへ走り去っていった。まずいことしちゃったかな、と心配になるワトソンくん。


「はぁ、疲れた……さ、行こうか。そろそろ日が沈みかけたし……?!」


 ――キャァアアアアアアア!!


 突然遠くから響く、若い女の悲鳴。続いてどかんぼかんという爆音と、甲高い金属音が連続して鳴り響く。


「見物しに行こうぜセンセイ!」


「け、見物って……」


 スーツケースに荷物をしまいなおし、二人で爆音の発生源へと駆ける。その先には、エルフらしい少女がふたり、そしてどこかで見たような黒装束たちがいた。


 黒装束は剣に弓にとフル装備なのだが、エルフの少女ふたりは質素な服を身にまとっているだけで武器など何もない。どうやら黒装束たちは彼女らを拉致しようとしているようで、縄を手に持っているのがいた。


「ずどーん」


 ジオディテールがゆびでっぽうで電気の弾丸を放ち、縄を焼き切る。さらにそれを持っていた黒装束を一人感電させ、意識を奪う。たぶん殺していないはずだ。


「なんでジオくんが狙撃するの! なんで非戦闘員の自分が出てかなきゃならないの! くそーっ!!」


 そのあたりの木を一本丸ごと使って錬金術にかけ、そこそこの木刀を生成するワトソンくん。地面を蹴って黒装束へ斬りかかるが、すぐに対応されてしまう。


 さすがは訓練された組織の一員か、すぐにワトソンくんを五人もの黒装束が取り囲む。


「『地々壊々セフォンドレ・コンプレトマン』っ!」


「なっ」


 ワトソンくんの足元が隆起し、黒装束の足元が沈下する。そしてワトソンくんが跳躍してその場を脱すると、二メートルほどの高さにまで隆起していた足場は広範囲を巻き込んで崩壊。黒装束たちを首のあたりまで地面へ埋めた。


 そして木刀でひとりひとりの頭をぶん殴って気絶させていく。魔法を撃とうとした黒装束は、いつの間にか降りてきていたジオディテールが頭の上で三回ジャンプしてから気絶させるという、かなり非人道的なことを行ったため失敗。ひどい。


「よし終わった。……大丈夫ですか? エルフ? の人」

「っ……!」


 黄色い髪留めの少女が、震えながらも水色の髪留めの少女をかばうように立ちふさがる。


「ほら、木刀でたたくからこうなるんだよ。大丈夫だよ、私強いから! 私はジオディテールで、依頼で大樹国へ向かってるんだ。名前を教えてくれない?」


 ジオディテールの方を見るエルフの少女たち。


「わ、わたしは、アリアナ。こっちが妹の、イライザ……助けてくれて、あ、ありがとう……」


「なんでジオくんだったら許されるんだーっ……」


「摘んでる徳の差だね」


「それはおかしいよ! 絶対に自分の方が徳多い!」


「「ひっ!」」




 アリアナとイライザの精神が安定するまで、十分ほどの時間を要した。


 もう夕暮れ時にまでなり、空は橙色に染まってきている。そんな中、四人は森の少し開けたところで焚き火ときりたんぽもどきを囲んでいた。倒した黒装束は、一か所に集めておいたらいつの間にか消えていたので残念なことである。


「そ、そろそろ食べても……? ごくり」


「ちょうどいい頃合いじゃない? 私も食べちゃお!」


 きりたんぽを食べると、エルフ姉妹の顔に笑顔が戻りだす。おいしかったらしい。やはり食べ物がすべてを解決するようである。


「……で、ふたりはどこへ? やっぱり大樹国? ってなるとハイエルフ?」


「ふぁい、そうれひゅ。ごくん、人間の国へ遊びに行った後、帰る途中だったのですが……いきなり先ほどの黒装束に襲われて。エルフの少女は奴隷として高く売れると聞きますし……やっぱり、狙われたのでしょうか……」


 黒装束スタイルは先ほどジオディテールたちを襲った刺客と同じだったし、奴隷として売り飛ばす以外の目的がありそうだが……とワトソンくんは話を聞きながらそう思った。


 神聖国の反抗勢力は、壊れた神水晶を強奪しようとしている。その理由は分からないのでなんとも言い難いが、ただのハイエルフの少女を拉致してどうするのだろう。


「……ただのエルフじゃない? ……ねえアリアナさん。ちょっと、こっちを向いてください」


「え? ……ひゃあっ!?」


 ワトソンくんがいきなり指で弾いたコインを、とっさにジオディテールが電気の弾丸で弾き逸らす。


「ちょっと! 何してんのさ」


「あ……いや、少し確かめたいことが……ははは、アテルツモリナカッタデスヨ~」


「当たる軌道だったじゃん」


「うっ」


 これぞ論破。


 敗北者はすごすごと下がり、一人寂しく錬金術の作業を始めた。なおワトソンくんのきりたんぽはアリアナが食べた。


「今日はここで野宿になるのかな。あそうだ、ワトソンくんセンセイ、ここら辺の気でログハウスでも立てようぜ!」


「ログハウス?! ここら辺の木、太すぎて扱えないよ……せめて四角に切って積み上げるとかじゃないと……」


「ならそれでいいかな! とりあえず野外で寝るのはヤなんだよねぇ」


「はいはい……」


 手早くそのあたりに生えている木をぐにゃぐにゃと変形させ、ものすごいスピードで一軒の家へ整形していく様を見たエルフ姉妹が食べかけのきりたんぽを握ったまま固まる。


「ぼ、冒険者……なのですよね? 冒険者って過酷な環境でもシンプルに野宿って聞いたのですが……」


「お姉様、同感……」


 自分のことでもないのに、ジオディテールが自慢げに胸を張る。


「まぁ、この程度私らにかかればね。スーパー平穏な暮らしに慣れてるから、野宿が苦手なだけさ」


「こ、この魔法の腕で平穏な暮らし……!? も、もしかしてどこかの宮廷魔導士ですか……!?」


「ときどきあるお話だろ、チートなスペックのやつが自分だけ悠々自適に……て行っても伝わらないかなぁ。ま、いいや、家ができたし、中に入ろう!」


 いつの間にか完成していた一軒家は、どこから素材を得たのか窓ガラスもあり、ドアノブは金属製で、しかも鉢に入った色とりどりの花がある小さな庭まであった。さながら森の奥に眠るお姫様の家といった感じだろうか。


 さらに家の中では暖炉がゆっくりと燃えており、ふかふかのソファにワトソンくんが座って眠っている。


「寝るの早くない?」


「……むにゃ」


「もうワトソンくんは熟睡している。……あ、適当なそこらへんのベッドとかで寝ていいからね。私は外に罠でも仕掛けてくるから」


 ついでに風呂も自分で作ってはいるのだが……それを言わなかったのは、珍しく疲れて眠たいであろう二人のことを考えてかもしれない。


「ふっ、自分だけ風呂に入って皆に自慢してやるぜ」


 全然違った。


 ジオディテールは謎のにやりーという笑みを浮かべながら風の刃で地面を掘ったり木を伐ったりして風呂を成形し、熱湯も注いでから飛び込んだのだった。服を脱ぐのを忘れたまま……。




「んー……おはようジオくん。……ってウワァアアアア!? なっ、なんで裸なの?! ちょ、少しくらい何か着よう?!」


「……ふぁあ。昨日お風呂入った時に服脱ぐの忘れてた……」


 ワトソンくんが目覚めると……同じソファに、素っ裸のジオディテールが横になって眠っていた。慌てて背を向けつつ手足をバタバタさせるワトソンくん。


 やけにあったかいなと思ったらジオディテールの体温が直に当たっていたようだ。


「魔法で乾かせばよくない?!」


「リラックスできるように、こう、癒しが浸透するような魔法をかけてたの……やりすぎて水が抜けなくなった……」


「ば、馬鹿だ……はぁ、もう。新しいの作ってあげるからちょっと待ってて……」


 ソファの一部をナイフで切り取ると、錬金術でそれをいつもと同じような一式の服に変え、目を逸らしながらジオディテールにかぶせる。


 一方のジオディテールはまったく気にした様子もなく、のんびりと着替えを終えた。


「い、一応女の子なんだから、せめて自分みたいな男の前では……」


「別にワトソンくんセンセイならもう家族みたいなもんだし? 今のご時世、そういう男女差別は良くないぞー」


「……」


 少し微妙な顔をしつつ、着替え終わったのを確認するとエルフ姉妹の寝ているベッドへ向かう。姉のアリアナが妹のイライザをぎゅっと抱きしめる形だ。


 ワトソンくんは自分がここにいていいのか少し不安になってきた。


「おーいっ! 起きるよー」


「ん…………。……はい」


 アリアナがまだ眠たそうなのにむくっと起き上がると、イライザも同じように起き上がる。どうやってか整備されていた水道付きの洗面台でみんな顔を洗うと、朝ごはんにいちごジャムをかけたトーストを食べる。


「あ、あったかい……!? ふぉんなばかな……も、もしやお二人は冒険者の姿を取っているだけの、救世主、現人神なのでは……!?」


「今救う世界がどこにあるのさ? まぁいろいろあるけど、神様が出張ってくるほどじゃなくない? ジャシンが復活しないと神様も全面戦争しないって言ってたし。てかトーストくらいでびっくりしてたらそのうちショック死するよ?」


「こ、これ以上にすごいことが……っ!?」


「ふっふん。来る時のために、心を備えておきたまえ……」


「何かっこつけてるの……。今回はなに、組織をやっつけるくらいでしょ。うーん、それでも十分かな……」


 今度はジオディテールのせいで自分の感覚も狂ってきているのでは? と新たな不安が芽生えるワトソンくん。


 全員がトーストを食べ終えたのを確認すると、各々がもちものや体調の点検を済ませて外に出ると、家はぎゅるんぎゅるんと変形して五センチ四方の立方体になってしまった。


「これでいつでもこの家が作りなおせるから、また野宿でも安心です」


「え……ええっ!? あ、あの、魔力はどれくらい……?」


「……さぁ? いっぱいあるかもしれないですね……はは」


 一般的に魔法にたけていると言われるエルフ、さらにそれ以上の魔法技術を持つハイエルフですら敵うかどうか……というか足元にも及ばないだろう、というのが今のアリアナの見立てだ。


 異世界から呼ばれた『勇者』ならば、神によって『祝福(ギフト)』なるもの、具体的にはノーデメリットで用途のバカ広い固有魔法だとか、いくら傷ついても魔法を使っても体力も魔力も減らないとか、そういうものを貰えるとされているのだが、そんな感じでもなさそうだ。


 勇者は基本的に、彼らの出身国の伝統故かこの世界の住民からすれば変わった名前を持つし、だいたいが少しは傲慢だったり自信過剰だったりする――元居た世界での『落ちこぼれ』というのがこちらへ送られてくるのが多いから、彼らの抑えつけられたストレスが強大な力で爆発するのでは、と当の勇者が語ったこともある。


 つまり、ワトソンくんもジオディテールも、異常な能力という点以外は勇者と共通する点が見当たらない。


「あ、あの……ランクは、いくつで……?」


「Aです」


「次期S級筆頭候補!」


「……A級の方々は皆こんなことを?」


「A級はまだ人間の域だけど……ま、S級だったらだいたいできるかなって感じです。大樹国にはS級冒険者は? 有名な魔法使いがいてもおかしくはないと思うんですが……」


 ワトソンくんの問いに、エルフ姉妹は首を振る。


「世間で言われてる通り、ハイエルフは排他的な傾向があるんです。ですから人間社会に溶け込んで生活、ましてや冒険者になるなど……そこそこの魔法の腕があれば、大樹国の中だけでも割と安全に稼いで生きていけますから、向上心が少ないのも、あるかもしれません」


「ふぅん、向上心が……じゃあ自分とジオくんが戦争を吹っ掛ければすぐに国を奪えそうですね……」


「ひぅっ!? や、やめてください!」


「そういうこと言うから怖がられるんだよ、センセイ……」


 自分がかなりの問題発言をしてしまったことに気付いた彼はすぐに苦笑いしつつ否定するも、恐怖の視線が消えることはなかった。




「ウワー……マチダァー……」


「だ、大丈夫ジオくん?!」


 再び日が暮れかけた頃、ようやく大樹国へたどり着いたジオディテール一行。だが、そのコンディションはさんざんである。


 まずジオディテールはお菓子不足と旅の疲れで目の焦点が定まっていない。まだ自分で歩けているだけましだ。


 エルフ姉妹は今日中に間に合わせるために自分から進んで昼食無しの強行軍を提案し、その結果空腹で意識がほぼなくなってしまった。即席の棺桶をワトソンくんが作り、中に入ってロープで引いてもらって移動しているのが現状である。


 そして一番マシな状態のワトソンくんだが……まあ、彼は彼で腕と足の感覚がない状態だ。それは両足と両手に計二本ずつのロープで重い棺桶を引きずっているのだから当然ではある。


 これらの状態はワトソンくんかジオディテールの魔法で回復すれば治るのだが、治したら治したで辛い行進が待っているだけなので、意識がないだけましという考えの結果だ。誰しもワトソンくんより自分が大事である。


「た……旅人? 冒険者? なぜ死んだ顔で棺桶を引きずっているのだ……!?」


「入国するのだよな……?」


 街の門番二人組が困惑している。


 ワトソンくんは人のほぼいない入国審査の手前で回復魔法を全員にかけると、棺桶の蓋が勢いよく開かれてエルフ姉妹が飛び出してくる。


「あー……こういうもの、自分」


「なんと、神水晶の運搬役だったか……話は聞いてる。そ、そちらの姉妹方は……」


「森で襲われてたのを助けたんです。こちらへ帰ってくるようだったので同行しました」


 門番が何かを言いたそうにしていたが、ジオディテールが「眠い眠い」と呪詛のように吐き続けるのですぐに入国することになった。


 * * *


 ――どこか。


「ジオディテールとワトソンの襲撃は失敗。アリアナとイライザの拉致はジオディテールとワトソンに妨害されたため失敗となりました」


 黒装束のひとりがブラックな雰囲気の玉座に向かって膝をつきつつ報告する。位が高い黒装束なのか、襲撃の実行犯とは異なり腕に白い金属の腕輪が巻かれている。


 そして、それに応えるように、誰も座っていない玉座から声が発せられた。


「何たる失態。冒険者どもはともかく、アリアナの拉致も失敗するとは」


「申し訳ありません。しかし偵察によると、一行は我々の管理する宿で宿泊している模様。あらかじめ毒を盛って弱らせており、深夜に襲撃する計画です」


「……。かの錬金術師は世間一般には弱いとされているが、どうなのだ」


 錬金術師とは、もちろんワトソンくんのことを指す。いつもビビってばかりで、戦闘はジオディテールなどのパーティメンバーに丸投げしているので世間の評価では『弱い』『非戦闘要員』『後方支援』とされている。


「周囲の地面を手足のように操り、五人も同時に地面へ埋めたのを確認しています。また夜では、その周囲にやや違和感のある状態だったため、おそらくは隠蔽の魔法も使われていたのかと」


「……それだけか?」


「錬成の技術も相当のもののようです。『神話樹海』の木をまるまる一本使い、表情の変化もなく撲殺武器とみられるものを形成しておりました。おそらく同時に付与魔法を、少なくとも『耐久(ハードネス)』と『衝撃増加(ダメージアップ)』を多重に使っていたものと見られます」


 神話樹海、というのは大樹国を取り囲む森を指す。ワトソンくんたちがアリアナとイライザを助けたのも、一晩を過ごしたのもこの森だ。


 そして付与魔法を多重に使う、というのは非常に高度な技術である。ふたつの付与がかけれれば一流、みっつかけれれば天才、よっつ掛けられるのは支援特化の勇者か魔王に悪魔くらい、五つ掛けられるのはダンジョンの産物。そして六つ以上は髪のみが成し遂げられる技――というのがだいたいの区分となっている。ふたつ掛けれたならそれだけで宮廷錬金術師にやとわれるくらいなのだ、それこそ選ばれし者くらいしかできない。なので、錬金術師は基本、多重に付与するより付与魔法の質を上げることに注力する。


 それを平然とやってのけたワトソンくんが異常なのである。


「……」


 さらに問題点はそれだけではない。


 この黒装束も付与魔法に違和感を感じていたのだが……かけていたものは『耐久(ハードネス)』や『衝撃増加(ダメージアップ)』なんてちゃちなものではない。


 実際はその完全上位互換となる『不壊(アンブレイカブル)』に『衝撃操作(ダメージコントロール)』、それに加え『収納(インナーストレージ)』、『衝撃停滞(ステイアタック)』、『風刃飛来(フライショック)』までかけてあったのだが……あいにく、それを完璧に察知するには黒装束の実力は足りなかった。


 それぞれ、絶対に壊れない、ダメージ量をある程度操作できる、所有者の体の内側に魔力体として収納できる、あらかじめダメージを一定期間その場に止まらせられる、衝撃波を飛ばせる、というとてつもない付与魔法だ。これらのうち一つでもついていれば魔剣と呼ばれ、AからS級冒険者の愛用武器になるレベルなのだが……。


「……偵察・襲撃を続けよ。ワトソンには警戒しておくことだ」


「かしこまりました」


 黒装束は立ち上がって深く礼をすると、玉座からぽいっと放られた小瓶を受け取り、中身を一気に飲み干した。


 その中身がなんなのかは黒装束ですら知らないが、彼はその体に力が染みわたっていくのを感じ、主への忠誠を一層強めたのだった。


 * * *


「やっておいた」


「スペシャルサンクス~」


 ジオディテールが起きると、地面には手足を縛られ、顔を覆うベールを剥がれた黒装束が転がっている。頬に大きな傷跡のある若い男だ。


 昨日の深夜に、襲い掛かろうと部屋へ入ってきたこの黒装束を、あらかじめ錬成で仕掛けておいたトラップが全自動で意識を奪い、捕縛したのだ。今度こそ逃がさないつもりである。

 ぺちぺち。


「っ、く……っ!? 何……ッ!?」


「尋問開始! さぁ君の名前を云い給え」


 口を閉ざしたままだったので、反抗的な態度だなと思ったジオディテールがワトソンくんから受け取った飲み物の中身を無理やり飲ませる。


「んっ……んんっ!?」


「素直になれるおくすり……かな? 自白剤的な? だんだん効いてくやつだから、少しずつ体が言うこと聞かなくなるのを楽しんでね♪」


「あ、あぁ……うっ、あ……!」


 息が苦しそうにばたんばたんと悶える黒装束。ワトソンくんとしては自分で調合したのに思うところがあるのか、あたふたしつつも手は出さなかった。ワトソンくんと、ジオディテールは精神構造が違うのかもしれない。


「さぁ君の名前を以下略」


「……なまぇあ、ない……『十七番』とよばぇていた……」


「十七番……てことはいっぱいいたの? 仲間」


「おぇの隊にぁ、『二十五番』までいた……他の隊のこぉっ、と、は、よくしぁあい……」


 その後も十七番はしっかり質問に答えていたが、少しするといきなり苦しみだす。


「うがぁっ!? がぁあああ、あああおおおおおあおああぁあああああ――」


「ワトソンくんセンセイ!」


「あーっ、もう!」


 ぶすっと注射器の針が十七番の首筋へ深く突き刺さる。これまでに採取していた血液から取り出した『解毒剤』を打ち込み、例の脳が雑に壊死する薬を消し去る。


 苦しんでいた十七番は徐々に動きを止めると、まだ焦点の定まらないものの呼吸が正常に戻り、おとなしくなった。


「セーフ……かな。自白剤の後遺症の方が心配だけど……」


「どんな後遺症が残るの? コレ」


「……日常生活にさほど支障は出ない。出ないんだけど、なんか勝手に忠誠を誓って勝手にファンになるんだ……ファンというか、ガチ恋勢に……」


「げっ。マジ? じゃあ私のこと大好き人間になるって事……?」


「そうなるかなぁ……。自分じゃなくてよかったや」


 とんでもない事態に発展してしまったジオディテールは「先に言えよっ!」とワトソンくんの頭を殴ったのだった。




 一行は、依頼の最終目的地となる大樹国の首都へと足を進める。エルフ姉妹も首都へ帰るまでの旅だったので、まだ同行中だ。


 十七番は……ワトソンくんがあのホテル自体が黒装束の組織の息がかかったものだと察していたので部屋へ放置したまま飛び出してきた。旅に同行させて、ジオディテールの戦意がぐだぐだと下がったらそれこそ目も当てられない。


 組織の方で十七番を処分しなければ、どうにかこうにか会いに来そうなものだが。


「『氷の道レスポワール・ドゥ・ドゥマン』」


「わ!?」


 ワトソンくんの魔法により、一行の体がふわっと持ち上がる。それと同時に、ふわふわと浮いているその足元がパキパキと氷、足場を形成した。


「森の中だと薄暗くてヤだから、昨日調整したんです、この魔法。足を持ち上げてみて……そう、空飛んでるみたいでしょ? 氷の橋ができるから、空を歩けますから」


 これからまたしばらく森である。この魔法を急遽調整して実用までこぎつけたのは、ただ森の中が嫌なだけではない。この森の中は、割と危険な魔物に分類されるやつがたまにいるのだ。


「かぁいー! でっかいリスだ!」


「それ、近づくだけで斬り刻まれる『キルオーラスクイレル』だから騒がない方がいいよ。こっちに気付かれると一キロメートルなら斬撃飛ばせるし」


「うわー!? 腕がー!」


「いわんこっちゃない……」


 魔法で一瞬で再生させ、さらにキルオーラスクレイルへ向かって多種多様な属性の刃を構えつつあっかんべーをすると、その気迫に負けたでかいリスはものすごいスピードで逃亡していった。


 それを見つめていたイライザが少し残念そうに肩を落とす。


「でもかわいい……ペット……」


「はは。キルオーラスクレイルの住んでるところは、近くにオーラレスキルオーラスクレイルがいますよ。そっちなら、体が二メートルくらいあるけどおとなしくてペットにもなります」


「あー! いた! 三メートルのやつがいるぞ!!」


「三メートルになると、だいたいはオーラレスキルオーラスクレイルのふりをして捕まえに来た冒険者を食べようとするオーラントオーラレスキルオーラスクレイルだから気を付けた方がいいよ」


「なにそのトゲアリトゲナシトゲハムシみたいな……うわー!? 今度は両腕がぁ!?」


「だから騒ぐなっていったのに……いわんこっちゃない……」


「グ、グロい……S級冒険者はこんなことが日常茶飯事なの……!?」


 またあっかんべーをしてもひるまなかったオーラント(略)スクレイルだったので、ジオディテールは見様見真似の錬金術で生成した五百メートルのハリセンで頭をぶったたいてやった。


 事態がごろんごろんと異常な方向に変わり、エルフ姉妹の常識は打ち砕かれて修復不可能になってしまったため、彼女らは自分が斬撃を飛ばされるという発想もないくらいだった。一応、ワトソンくんが結界を張ってあるが。


 ジオディテールが結界を張ってもらってないのは、痛い目を見れば学習するだろう、という計らいである……ただし効果はなさそうだ。


 ――そんなこんなでジオディテールが十回目の攻撃を受けた頃。


「いったーい!! あ、街が見えてきた! あれ首都じゃない!? 首都だぁっ!」


「不法に都市にはいるのもダメだから、そろそろ……そこら辺の空き地に降りよっか。よっと」


 ワトソンくんが能力を解除して飛び降りると同時に、ジオディテールも飛び降りる。エルフ姉妹は魔法の補助をしてゆっくりと降下だ。


 それから現れたでかい攻撃的なリスをハリセンでしばきながら進み、五分ほどで大樹国の首都、その門へとたどり着く。


「やっぱ人は少ないんだねぇ」


「一般の人なら大樹国前の樹海で迷ってしまいますし……それに我が国はやっぱり他の人を入れたくない傾向もあるので……ええと、少し不愉快な気持ちになるかもしれません。先に謝罪しておきます」


「? 差別意識的な?」


「ええ……ハイエルフ以外は劣等種族だって人もいるにはいるので……」


「大丈夫、そんなやつらどこにでもいるさ! だいたい拳で解決できるからな! はっはっは」


「い、一応神水晶を直してもらう、こっちが下の立場だからね? 分かってるよねジオくん……?」


 通行許可証を見せるとやはりすんなり入れた。だが、なぜかエルフ姉妹は門番に足止めを喰らってしまい、またあとで会おうね、ということになった。


 というわけで街中を散策しつつ、神水晶を直すために言われている魔道具工房を探す。


「ヘイヘイエルフのお兄ちゃん、ストロベリーインターネット工房? ってどこにあるか知らない?」


「は……?」


「す、すみません連れが……スウィッツェリントさんの魔道具工房を探しているのですが」


「あ、ああ。スウィッツェリントじいさんのトコならオレも今から行くとこだったんだ。ついて来てくれ」


 そう言うと、エルフの青年は来た道をくるっと回転してから歩き始めた。


「ん? ぜったい行くところじゃなかった――」


「しっ! 優しくしてくれてんの!」


「それバレたら意味――」


「しっ!!!」


 エルフの青年は後ろで行われているひそひそ会談に訝し気な視線を送ったが、すぐこぢんまりとした、奥行きが長い一軒の家の前に立ち止まり、ドアを開いた。


「おい、じいさん! なんか知らねぇけど人間と獣人の客が来てんぞー! ……少し待っててくれってさ。さ、入りな」


「失礼しまーす……」


「ハウディー!!」


 工房に入ってすぐの部屋は、暖炉にソファのある、ワトソンくんの即席ハウスと似たような感じだった。ただ、そのさらに奥の部屋からものすごい熱気と金属音と魔力がブワァアアアアと放たれている。


「相変わらず重っくるしー工房だな……空気がよどんでやがる」


 ――ダァン!!


「……悪かったのぅ、こんなところで」


 爆発のような金属音と共に奥の部屋から一人の老爺が現れた。


 ふてくされた子供のような顔、身長二メートルほどの巨体、真っ白な髭。そしてやはりエルフらしくとんがった耳があった。


 手には大きなハンマーと大剣のようなものを持っているうえ、全身をパワードスーツのような魔道具で覆って補助している。見るからに強そうだ! かっけー! と目を輝かせるジオディテールであった。


 ハンマー以外に魔道具工房などないのだが、カッコいいので気にしないらしい。


「あ! どうもじいさん! ジオディテールって言うよ!」


「ちょっ、こら、じいさんとか言わない!」


「え? エルフのお兄ちゃんそう呼んでたじゃん」


「親しいからいいの! 初めて会う人にじいさんとか呼ばない!」


 ぎゅわーぎゃわーと叱るワトソンくんたちを見て、魔道具じいさんは不機嫌そうな表情を一層深める。


「冷やかしならとっとと失せな。儂ぁ獣人が嫌いなもんでね、お前を見るだけで吐き気がしそうだ、虫唾が走る」


「ぎゃ、逆流性食道炎!? お酒とコーヒーと炭酸飲料は控えた方がいいらしいぜっ!」


「それは鷲を煽っておるのか……ッ!?」


 ――ドガァアアアアン!!


 地面がへこむくらいにまで大きく蹴り、体験を構える魔道具じいさん。エルフの青年とワトソンくんは二人そろってわたわたとしていたが、ようやく思い出したワトソンくんが特別通行許可証を二人の視線の間に差し込む。


 途端、じいさんの眼が大きく見開かれた。


「おお、お主が神聖国からのじゃったか! ちっこいのに優秀らしいな」


 いきなり、ワトソンくんを孫のようにかわいがりだすじいさん。パワードスーツの力込みで絞められたり――本人的にはハグしている――、頭をひっぱたかれたり――本人的には優しくなでている――するせいで意識が飛びかけた。


「す、すまない……。じいさん、将来性のある子供がいたらすぐそんなことするんだよな……」


「私! 私は将来性が無いの!?」


 すっ……とハイライトの無いどす黒い目を向けられるジオディテール。


「お前には未来もクソもない。ただの『停滞』だ。儂ぁそんなヤツは気に入らねぇな」


「……」


 そう吐き捨てられたジオディテールは、珍しく物悲しそうな顔で奥へ拉致されるワトソンくんの背を見ていたのだった。




「……停滞……じいさんにそんなこと言われるたぁ、あんたソートー特殊なんだな? 普通はあんな目、向けねぇよ、じいさんでも」


「うーん」


 ジオディテールは工房に会ったクッキーを勝手に取って食べている。


「獣人が嫌いって言ってたし、そのせいじゃないの?」


「そりゃそうだ、なんて言えたらいいんだけどなぁ。あいにくじいさんは獣人だろうがハイエルフだろうが、人を見定める時はキッチリやるひとだよ。何年か前にも獣人の冒険者が来てたが、そんときゃ菓子とジュースくらい出してたな。……おんた、なんか呪いでもかけられてんのか? こう、成長が止まる感じのとかあるんだろ」


「さあ? もしかしたらそうなのかもしれない」


「……たまにいるんだよな。そういうのは首つっこむと後悔するから……オレはやめておくぜ。じゃあな」

 エルフの青年はそう言ってソファから立ち上がると、工房の外へ出て行ってしまった。


「勘のいいガキは何とやら……この場合はじいさんと兄ちゃん、かな?」


 意味深な笑みで工房の奥を見つめるジオディテール。

 そして、その内心は――


(決まった! 見てるやつ、絶対私がなんかダークなやつだって思ったに違いないぞ! よっしゃ私クールひゃっはー!!)


 ……といった具合であった。まったくダークではない。




 一時間もすると、工房の奥から汗だくで目を回しているワトソンくんが現れ、ソファにぐたりと倒れこんだ。


「どしたの? ダイジョブ?」


「うへー、熱かったよぉ……あ、もう修理できたんだってぇ。あらかじめ不具合の見当? はついてたらしいよぉ。流石はハイエルフで一番の魔道具屋さんだねぇ」


「へー! すごいじゃん! じゃあ私オウム帰りできるね!」


「お、オウム帰りぃ……?」


 すぐに工房の奥からパワードスーツの魔道具じいさんも姿を見せる。その両手には、さらに輝きを増した美しい神水晶が抱えられていた。


「これで完成だ。あとは持って帰るのが仕事なんだろうが……帰る前に、中央公園に寄っていけ」


「……? それは、なぜですぅ?」


「命令だ。正体は明かせんが、逃げでもしたら一生この世界で生きていけんと思うことじゃな。さあ、行くがいい」


 何やら恐ろしいことを言われつつ、神水晶を受け取ってから工房の外へ押し出される二人。水晶玉を完全に隠してしまったワトソンくんは、よく分らないまま中央公園の場所を探す。


「あれだね! 噴水があるぜ」


 中央の公園なだけあって、相当な広さがあり割とすぐに見つかった。その奥には、国の主が住んでいそうな――実際住んでいるのだろう――バカでかいツリーハウスをお城にした建物がある。


「なんか、他の建物は人間と同じなのに、お城だけツリーハウスって違和感あるねー」


「こら、そういうこと言わないの。あの木が第一世代の世界樹なんだって。今はもう力のほとんどがなくなってて、その奥にあるもう一本のおっきな木が今の世界樹だよ」


「ふぅん?」


 せっかくワトソンくんが話をしてくれているのに、もう既にジオディテールの興味関心は噴水の方に移ってしまったようだ。


 噴水の真ん中にある、樹を模したモニュメント。その台座にあるプレートの文字を読もうとしているようだ。


「『M&F』……なんとか? リアル?」


「目、悪いの……? あれはこの大樹国の成り立ちをざっくり説明した板だよ」


「んー……ホントだ! 寝ぼけてたのかなぁ? まいいや、ところで私たちをここに呼んだのは?」


 ワトソンくんが噴水から視線を背後へ移す。少し遅れてジオディテールも振り向いた。


「来たみたいだよ……やっぱりちょいと面倒ごとだよね」


 そこにいたのは――先ほど別れた、アリアナとイライザだった。

 ふたりは森の中で出会ったような質素な服ではなく、主張しすぎない、おとなしめのドレスに身を包んでいる。


「さっきぶりですね……王女? 皇女? ……言い方分からない殿下」


「あら、気づかれていたのですか? やっぱり、次のS級冒険者の方に隠し事はできませんか……」


「ええっ!? めっちゃ偉い人だったの!? そんなバナナ」


 相変わらずイライザの方は口数が少ないが、サプライズに失敗して残念そうだ。あ、ちょっとまずかったかな、と思ったワトソンくんであった。


「いつ気づいたのか、聞いても?」


「ええ、もちろん」


 ――ワトソンくんは錬金術以外にも多芸多才なのだが、それには心理学――というより怪物の域に踏み込んだ読心術も含まれる。


 その根本にあるのはこういう考え方だ――『行動や動きには、対象の心理や記憶が何らかの形で作用する』。対象がもし、驚く、という同じ反応を取ったとしても、記憶が異なればその動作には一ミリ、もしくはそれよりさらに小さいずれが生まれてくる。それを見て、対象の状況を読み取るのである。


「……えっ?」


「説明、分かりにくかったらスイマセン……」


「え、いや、説明云々の前に言っていることがよく理解できないのですが」


 わぇ? という謎の顔を浮かべているアリアナを見て、ワトソンくんはもう一度読心を実践してみることにした。


「……ここにコインがあります」


「あ、ありますね?」


 実際には何もないのだが、訳が分からなさ過ぎて脳が焼き切れたアリアナは流れで返答。


「分かりました。あなたの好きなたべものは焼きいも――」


「わぁあああああ!? ちょ、それ秘密です! 黙ってて!」


「ひゃ、ひゃい……」


 どうやら焼きいもが好きなのが恥ずかしいらしい。というところまで読み取ってしまったワトソンくん。その事実は仲良しこよしの妹であるイライザでさえ知らなかったのか、意外そうな顔をしている。


 幸いにも周囲の人たちには聞こえていなかったようなので、ワトソンくんの頬をつねつねする手を離すのだった。


「でも、ジオディテール様はびっくりしてくれて嬉しいです」


「それは良かった! 国のトップの娘さんなら、命のお礼が期待できそうだね」


「またそういうこと言う……」


 そんな会話に、アリアナは苦笑しつつも。


「もちろん、父がお礼をしたいそうです。一緒に城まで来ていただけませんか?」




 ツリーハウスの中は、かなりしっかりがっしりした作りだった。


 木製とは言えど魔法がかかっているらしく、火にも水にも耐性があるようだ。付与魔法二種だが属性ひとつだけに対応する耐性はやりやすい方だし、やはり魔法の得意なハイエルフの国ともなれば、これくらいできて当然なのかもしれない。


「からい、うま」


「良かったです」


 今は食堂らしい場所で豪勢なバイキングを食べている。主にジオディテールが。


 堅苦しい謁見より食事の方がいいだろうというアリアナの配慮で、玉座の前で膝をついたりするやつはカットされ、直接この食堂へ案内されたのだ。


 まあ、ワトソンくんはアリアナの両親にいろいろ話を聞かれ、食事ができていないようだが。


「おいしいけど、なんでこんなに辛いやつばっかなの?」


「そこが辛いもののコーナーだからです」


「えっ!? じゃああっちは?」


「甘いものコーナーですよ」


「……」


 よほど甘いものが食べたいのか、既に自分のトレーに盛っていた辛い料理をすべて十秒で食べ尽くすと、甘いものを大量に取って戻ってくる。


 その量、向かいでバランスのいい食事をしているアリアナが、ジオディテールの糖分が少し心配になったくらいである。


「ふぁ……お腹すいた」


「おお、ワトソンくんもカップケーキを食べ給え」


「な、なにそれ。カップに生クリーム盛っただけじゃ……?」


 そう言いつつも差し出されたのを受け取って食べてみると、やっぱり生クリームだった。


「はっはっは! ブービートラップ!」


「えぇ……?」




 そんなこんなで食事を終えた。


 城を出ようとするジオディテールとワトソンくんに、アリアナの父が近づく。


 アリアナの父はまだ若く見える、三十代前半ほどの美男だ。それが優しい笑みで立っている。


「今日はもう疲れたでしょう。泊まっていきなさい」


「いや……自分たち、早く神水晶を届けに行かないといけないですし」


 父はなおも食い下がったが、ジオディテールが止めた。


「そうか……なら」


 ――ズバァッ!


「死ね」


「っ……!」


 突如出現した剣により、ワトソンくんの顔から腹部にかけてがズバリと斬り裂かれる。真っ赤な血が噴き出て、その場に膝をつき、ばたんと倒れるワトソンくん。


 フリーズしていた城の兵士も一撃で首を刎ねると、次はお前だと言わんばかりにジオディテールの方へと剣を向けるのだった。


「黒装束のまわりもの?」


「劣等種族は、やはり愚かなのだな」


 愚かなのはジオディテールだけである。


 とはいえジオディテールも戦闘に関してはスペシャリストなので、自分も炎と電気の弾丸を構築し、攻撃する。この際城がどうなろうが知ったこっちゃないらしい。


「このハイエルフに魔法で勝負を挑むか?」


「いつ、それが魔法だって言ったよファザー!」


 魔法は純粋な魔力のカタマリをぶつける『攪乱(ディスペル)』という技術で解除させることができる。一般的な手段として知られるそれを使ったものの……ジオディテールの攻撃は消えず、慌てて飛びのく父。


「ふっふん。錬金術で『ライター』と『エレキテル』を作って、それで攻撃したんだよ。魔力で構成されてないから、適切な対処法じゃないと消せない! さぁもっと行くよ!」


「くっ、なめるなァッ!」


 次々と生成されては消えていく道具群。それにより、魔法にも負けず劣らずの威力を誇る攻撃が繰り出される。


 水鉄砲からは『水槍(アクアスピア)』、うちわからは『風刃(ウィンドブレード)』といった具合である。


 しかし父もさるもので、水には火で蒸発させ、風は真っ向から相殺するという正確な判断を続けた。


「……隙を見せたなッ! 『吸命樹海ダーク・ドレイン・フォレスト』!」


「うわらば」


 地面から生えてきた木がぐにゃりとジオディテールに絡みつく。それに触れていると、体内の魔力がどんどん吸われていき、かわりに父の疲れは癒され、さらにはバフがかかったように見える。


「クク、力がなくて動けまい? 三分もすれば干からびてお前も死体よ!」


「え、力は入る――」


 ――シュバンッ!


 一瞬にして細切れにされる木の幹。だが、これを切ったのはジオディテールではなかった。


「……万一があるかもって義体で動いててよかったや」


 前の木製バットを握った、ワトソンくんだった!

 血まみれで死んでいる自分の体……の形をした魔力体を手で触れて消し去ると、ワトソンくんはバットを父の方へ向けた。


「な……!」


「いまさら言っても遅いと思うけど、魔法が『そこそこ強い』だけじゃあれだけの自信を持つ理由にはならないんですよ。あなたのそれはただの蛮勇だった」


 自分の魔法がそこそこ止まりだと評され、顔を真っ赤にする父。


「かくいう自分もそんな強くないけどね。……あなたよりは上です。『氷封樹海フォレ・ソンブル・ジュレ・ア・モール』」


「ッ――!?」


 先ほどの『吸命樹海ダーク・ドレイン・フォレスト』と同じような、氷でできた木が父の四肢へ絡みつく。それはどんどん父の生気を奪っていき……一分も経たず、その命を奪ったのだった。


「ジオディテール様、どうしたの――キャアッ!?」


 騒ぎに気付いてやってきたアリアナが悲鳴を上げ、へたり込む。


「え、え……?」


「安心してください。こいつは偽物です。……本物は先日殺されたようですが……」


「じゃ、じゃあ……今日のは、パパじゃ、なかったって、こと……?」


「そうなります。……後処理は任せました、王位継承権第一位の、アリアナ殿下。それでは」


「なにかあったらまた呼んでネ! 『天街突貫(ドアーズ・ザ・リフト)』」


 この部屋の出口を外部へ繋げる。外からくるのは禁じられているようだが、外へ出るのは問題ないらしい。


 これから来るであろう面倒ごとを避けるためにも、ふたりはさっさとドアをくぐって消えてしまった。




「や!」


「うわ!? ……あ、ああ。いつぞやの冒険者か……もう終わったのか?」


 ドアをくぐった先は、神聖国の教会だ。あたりはもう薄暗くなっている。


 教会の入口を護っていた門番のひとりはこの前と同じだが、もうひとりは別の人だった。にこにこしている面白い顔のおっさん、というのがジオディテールの失礼な第一印象である。話は聞いていたのか、彼も特に剣を抜いたりはしなかった。


「終わりましたよ。ケベック殿下のとこに行ってもいいですか?」


「ああ。案内を呼ぶから待っていてくれ」


 もう一度来ていたとは言えど、こんなでかくて迷路のような建物を迷わずに進める自信はなかったので、案内してもらってケベックの部屋へ向かう。


「早かったな。もっとかかるものだと思っていたが――」


「うわぁ!?」


 絨毯に躓いて正面からぶっ倒れるワトソンくん。


 ジオディテールとワトソンくんが部屋へ入ると、相変わらず強そうでクールなケベックが座って書き物をしていた。けっこうどんよりした雰囲気だったが、二人を見ると笑顔になる。執務で疲れているのかな、とジオディテールは思った。


 ケベックのハンドサインで部屋から出ていく案内のメイド。


「神水晶はしっかり修理してもらえたか?」


「ええ。これです」


 ワトソンくんが取り出したのは、輝きを取り戻し神々しさを放つ美しい水晶玉だ。それを見てケベックは子供のような、嬉しそうな表情をする。


「……で、大丈夫だったのか? 反抗組織の襲撃とかは」


 質問に答えようとするジオディテールを制止するワトソンくん。彼は……笑顔のまま、地面に唾を吐き捨てた。


「もうやめよう。こんな茶番」


「なんだと?」


「白々しいですよ。黒のなんとかかんとか首領、ケベック・マイスサミカ」


 ケベックの表情が暗いものに変わる。ジオディテールの表情はいつもにもましてまぬけになった。


「……よく分かったな。どこで気づいた?」


「さっき、あなたの父上からもらっていた手紙が開きました。読みました。察しました。そしてさっき、わざと転んだ時の反応を見て確信しましたよ」


「……反応……?」


 ジオディテールがなぜか自慢げに、ワトソンくんの得意技の読心術について解説すると、ケベックはますます怪訝な顔になった。


「フン、まあいい。知られてしまったからには消えてもらわないとな。さあ、始めようか、粛清を!」


 何らかの魔法が発動し、一気にこの部屋のサイズが拡大する。そしてどうやって隠れていたのか、それとも今転移したのか、黒い鋼の腕輪を嵌めた黒装束――つまり、組織でケベックに次ぐ地位を持つ者たちが五人も現れる。


 黒装束は魔剣をそれぞれが抜き放ち、ケベック自身も二刀流の構えを取った。


「うぉお、よくわからんけどやったるで!」


「口調おかしくなってない……?」


 ジオディテールは拳に魔力を纏わせて構え、ワトソンくんもバットと小さめのバックラーを構えた。


「りゃあああああ!」


 まず、飛び出したジオディテールがマッハで黒装束をぶん殴る――が、それは受け止められる。しかし、纏わせていた魔力の目的は威力の上昇ではない。


 ――ドガァアアアッ!


 大きな衝撃を与えた際の、暴発だ。


 さすがに予想していなかったのか、それとも威力が大きすぎたのか、吹っ飛ばされて壁にめり込む黒装束のひとり。魔力を拳に纏わせて戦うのもいるにはいるのだが、暴発を狙う人など見たこともなかった。


 いっぽう暴発をまともに受けたジオディテールだが、服の袖あたりはやや破れているものの本体は無傷。正確には、焼けた傍から修復されていた。


「えーい!!」


 ワトソンくんは錬金術で適宜壁などを作り出しながらうまく攻撃を躱し、防いでいた。そして飛び出てきた壁がたまに黒装束の顎にクリーンヒットすれば勝ちである。本人はあまり意識していないのだが。


 そんなこんなで四人の黒装束が戦闘不能になると、残りひとりは突っ立ったままで動かなかった。


「……四零、裏切ったか……ッ!?」


 壁にめり込んでいた黒装束のひとりが苦しげに声を発するが、四零と呼ばれたのは「フッ」と鼻で笑って返したのだった。


「おい」


「ケベック様。いや、ケベック。俺は忠誠を誓う相手を間違えていた」


 持っていた剣を、迷わずケベックへと向ける四零。そして顔のベールを外したその男は――


「あれ!? 十七番だ!」


「ご機嫌麗しゅう、ジオディテール様ァッ! この私めはあなたを全身全霊で支えるべく、四零を殺し、成り代わって馳せ参じた次第でございますッ!」


「お……おう。ありがとう?」


 十七番は案の定、自白剤の影響でジオディテールの親衛隊になってしまっていた――!


 四零改め、十七番は剣の腹で戦闘不能になっていた他の幹部たちの頭をぶったたき、意識を失わせる。


「万一の盾にでもッ、なんにでもお使いくださいませェッ!」


「と、とりあえずそこで立ってて!」


「はいッ!」


 やけに気合いの入った返事をするのでさすがのジオディテールも引き気味である。とはいえ中途半端な実力で戦いに割り込まれると邪魔なので、とりあえず放置。


「ケベック! お覚悟ぉ~~~~!」


「『王典(キングス・バイブル)』」


 殴りかかったジオディテールの体が、空中で静止する。魔法を放ったケベックはすまし顔でジオディテールの額をトントンと叩くと……一秒後、その体がぶっ飛んだ!


「うげへ……いてて」


 すぐに立ち上がったジオディテール。ケベックはそれに対し、愉悦の表情を浮かべた。


「『王典(キングス・バイブル)』は、神聖国の王である者が代々受け継いでゆく魔法。この世界をつくられた神が、我が国に唯一お与えになった魔法だ。これまでの王の固有魔法が、すべてこの魔法には込められている」


「あーね。あるあるだ」


「……何?」


 ジオディテールがのびのびストレッチを始めたかわりに、ワトソンくんがバットを構える。


「それを持っているってことは――つまり、ケベックのお父さんはもう死んだわけですね。というかあなたが殺した」


「その通り。今放ったのは『鎖付きの鳥バード・イン・バードケージ』……わが父の持っていた固有魔法だ。愛しい娘に使ってもらえて、あれも本望だろう」


 地面にバットをぶつけて抉り、その反応でケベックの持つ魔法の大かたを把握した。だが、これからどれを選んで使うかの情報は全く読めない。おそらく、臨機応変に瞬時に使い分けるのだろう。


 そちらなら、こちらもすぐに対応すれば裏をかくことはたやすい。


「さて、じゃあ自分も頑張りますかね。錬成!!」


 地面をびっしりと埋め尽くすように金色の花が生えてくる。それはやや油っぽく、ケベックの足がぬめっとして気持ち悪い。


 いっぽうジオディテールとワトソンくんはその体に風魔法でコーティングをしていたので、影響は受けなかった。十七番は忘れられている。


「エレキテルアターック☆」


 ジオディテールの指先から放たれた電気の槍がケベックの頬に当たる。すこし火傷のような状態になったが――


「いっつ!」


 かわりに、ジオディテールの頬も黒く焦げてしまった。しかも修復が遅く、なかなか治らない。


「――これはダメージを反転させる。さらには回復の阻害まで行ってくれるものだ。攻撃はできるが、私が死ぬ前にお前が死ぬかもしれんな? 我慢比べだ、どうする?」


「くらえ、十七番ミサイルっ!」


「仰せの通りにィイ!!」


 重力魔法で引き寄せた十七番を、風魔法で勢いよく射出する。亜音速の人間の弾丸は、反応するよりも早くケベックの頭へ頭突きをぶちかました!


「ぐぉっ……!」


「くぅ……」


 目論見……をしていたのかは分からないが、運のいいことに十七番とジオディテールが二人がかりで行った攻撃のダメージは、反転しても半分ずつ。ケベックの頭にはかなりのダメージが行ったが、二人はさほどでもなかった。


 痛みをこらえつつ剣で捨て身の攻撃を仕掛ける十七番。今の彼のジオディテールへの忠誠は本物らしい。


「『攪乱(ディスペル)』ぅ!」


 斬撃がケベックの腕を裂く直前、ワトソンくんが放った魔力弾によって一瞬だけダメージ反転の魔法が失せる。タイミングよく、十七番の剣はケベックの左腕を奪った。


 いったん距離を置くと同時に、チェンジする形でジオディテールが飛び出す。


「せいやぁあああ! ウルトラスーパーナグリ!」


「ジオくん、ネーミングセンス……」


 再びの『攪乱(ディスペル)』により、今度は左足を折られ、肩を砕かれるケベック。あまりのダメージに、壁を背にしてその場へ崩れ落ちた。


「ク……ククッ! 甘いん――」


「何がおかしい、って聞けばいい?」


 あらかじめ投与されていた薬の影響で異形の怪物へと変貌を遂げようとする四人の幹部たち――だが、すぐに反応したジオディテールに首を刎ねられ、完全に行動を停止した。


「なぁ……っ!」


 ケベックは大きく深呼吸をすると――奥歯に仕込んでおいた、最凶の薬のカプセルをかみ砕こうとし――

「姉上はこちらッス! はやくはやく!」


「失礼するよ」


 勢い良く吹っ飛んだ部屋のドアがケベックの真横の壁にぶち当たってひしゃげ、ゆっくりとフリーズした。


 そして現れたのは、ケベックの弟であるカイマ、そして見たことのない美少女だった。


 ……気が付くと、ジオディテールやワトソンくん、十七番はその場で座り込んで眠っている。


「な……なん、だ……?」


 扉が壊されたというのに、ありえないくらいの静けさ。そして人の気配が自分とカイマ、そして謎の少女だけ。この不気味さは、ケベックの心を強く締め付けた。


「……は、ははっ! もしやジオディテールの協力者か! だが残念だったな、あらかじめお前の仲間は毒を盛り、拉致してある!」


 恐怖心からか、半ば狂ったように笑うケベックに憐憫の視線を向ける少女。


「なん、なんなのだ、その目は……ッ!」


「残念だが……君は、そのことを。ジオディテールの仲間たちが拉致されたことを、どこで知った(・・・・・・)?」


「……何を言って、いる……? こ、こちらの組織のメンバーからの報告で――」


「そういうことじゃないんだがな。まあいい、ここに、メタジャスティスとファウンダリミントは存在しないんだ。いいか?」


 話の内容を理解できない様子のケベック。実際、頭がおかしくなっていないカイマも理解できていない。


 ジオディテールの仲間として話くらい聞いたことのある、メタジャスティス、ファウンダリミントが存在しない……?


「なんなのだ、貴様……! 訳の分からないことばかり――」


「率直に言えば俺はこの世界の神だ。ゲームマスターと言い換えてもいいかもしれないな。本来介入は許されないんだが……ジオディテールを見ていると面白くてね。ついやって来てしまったんだ。……とりあえず、いったんお前を封じるとするよ――『来る王への因果と引導カドー・プール・ル・ロワ・パルティ』」


 世界が真っ青に染まった。ケベックの視界以外の感覚が奪われる。動くこともできず、まるで夢か映画を見ているようだ、と思った。


 不思議とケベックは恐怖感は感じなかった。……あるいは、恐怖感のせいで感情が欠落するほど狂ってしまったのか。


『エラー』


 何も感じなくなったケベックは、浮かび上がったその文字列を、なにも考えず、ただぼうっと見つめ続けていた。……いつまでも。


 * * *


 ――数週間後、教会の最上階のバルコニーにて。


「イイヤツなんだね! フレンドフレンド、教皇さん♪」


「獣人は嫌いだ! ……が、まあ、会話くらいは、してやらんでもない」


「ツンデレかー。カイマくんイケメンだし需要あるのかなあ。どうなのワトソンくんセンセイ?」


「……じ、自分に言われても……」


 ジオディテール、ワトソンくん、カイマは街を見下ろしながら、あまり豪華ではない食事をとっていた。鶏肉をさっぱり煮たものに、塩胡椒だけを振ったサラダ、そして味のないパン。飲み物は緑茶だ。


 とうてい国を支配する一族が取るような食事ではないのだが、神聖国に限っては例外で、上に立つものほど質素でつつましく、といった理念があるらしい。あの後ケベックの日誌を読んだカイマの話によると、ケベックはこっそり贅沢なものを食べまくっていたらしく、新しい教皇になったカイマがその料理人やメイドも解雇している。


 そして、カイマはまあ獣人が嫌いだが、それと政治は別、と割り切っているようだ。個人的には獣人は大嫌い、信用などしない。だが神聖国において、政策で獣人を差別したりはしない。


 イイヤツのようだ。


 そしてそれから少し離れたところで、メイドとも違う場所から三人を見守る存在がふたり。


「健康食だね。なるほど神聖国の教皇たちの寿命が長いのもうなずける」


「そうだな」


「やっぱりジオディテールも主人公なんだし王とかになるべきだよね。これに乗じて神聖国を乗っ取ればよかったのに」


「そうだな、ジオディテール様が主人公とは、分かっているではないか。……ま、待て、お前誰だ?」


 十七番が、いつの間にか隣にいた美少女を見てぎょっとする。友達のように自然に会話していた自分が怖くなった。


「私はM(エム)。ジオディテールの友達だよ。あと教皇とも知り合い」


「そうなのか……ジオディテール様のおともだちか。これは失礼した」


 それからまたジオディテールウォッチングを始める二人であるが、すぐに本人に発見された。


「あ! Mじゃん、十七番も一緒に食べよー!」


「バレちゃったかー。てか俺と十七番の分の料理なくない?」


「あ……隠れてたんスか。すぐ用意させるッス」


 てきぱきとメイドへ指示を出し始めるカイマ。


「Mに対して口調おかしくない? キャラ崩壊してない?」


「うるさい。こちらとしては敬意を払いたいのだが彼女がフランクに接しろと言うから、どうすればいいか分からずこうなっただけだ」


「あ、そうなの」


 Mがジオディテールの方に近寄って猫耳を引っ張って遊びだす。引っ張られている方は困ったような顔をしているが、まあまんざらでもないようだ。


「ん? あれ、Mだ。来てたの?」


 ワトソンくんはMを見てそう反応した。ワトソンくんがタメ口になるのは、敵と対峙する時か身内に話す時くらいで、今は後者である。Mはこれまでもちょくちょくジオディテール一行と仲良くやっていた。


 少しすると二人分の料理が運ばれてきた。Mの料理だけドレッシングがかかっていたりバターがついていたりと豪華である。


「いいのか? まあありがたく頂くけど。いただきまーす」


「……ジオディテール様の料理ほどではないな。お前らも一度、ジオディテール様の料理を食べてみるといい、目が覚めるぞ」


 ワトソンくんは最近食べさせられた、マンゴープリンとアーモンドが中に入ったハンバーグを思い出して「ぐぇっ」と変な悲鳴を出した。


 そうとは知らないカイマとメイドたちは少し興味があるような顔をしている。


「や……めておい、て……くだ、さい……っ」


「お、おいどうした! 救護、早く来い! ワトソンが気絶した!」


「はぁ!? ちょ、失礼な! 死体蹴りしてやる!」


「そうだッ! ジオディテール様の料理のどこが悪いというのだァ――ッ!」


 一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化すバルコニー。

 Mはそれを微笑ましそうな表情で見つめていた。

 ~質問コーナー~

 Q:『楽団』って何のコト?

 A:ジオディテールやワトソンくんなどが所属する『ミックステープ楽団』の略称です。この世界には楽団というものがあまりなく、基本は個人の演奏家ばかりなので、彼らが拠点とする都市では『楽団』で通じます。


 Q:ジオディテールとMが戦ったらどっちが勝ちますか?

 A:場所によります。が、全力で正面衝突することはないと思われます。


 Q:ケベックは最期どうなったのですか? エラーとか意味わからないのですが?

 A:この世界の裏側である、グリッチのみに満ちている虚無の世界に封じ込められました。そこにアクセスできる専用の能力か、Mに匹敵するレベルの権能か権限がないと取り出せません。


 Q:結局Mってなんなの?

 A:この世界を含めたいくつかの世界を支配する神です。とある事情により主人公以上の補正が適用されるため、事実上の最強の存在です。最強っていっぱいいるけどね。


ジオ「いやぁ私が大活躍でかっこいいネ♪」

M「最後は俺がもらったけどネ♪」

ワト「なに姉妹みたいにしてるの……」

ケベ「割とお揃いだなー。今度弟に私のコスプレさせようかな」

アリ「カイマくんかわいいし、似合いそうですね!」


カイ(……な、なにか寒気が……)

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