3-20
「「・・・・・・」」
ヒビの入った机を隔てて向かい合う俺と上野さん。
俯いたままの上野さんは微動だにせず、無言を貫いている。大変気まずい!
もうこれ立ち去っても良いよね?
「おい坊主、てめえ護っつったか?」
「は、はい」
合法ロリ白衣幼女が俺の肩に手を置いてくる。めっちゃ小っちゃい手が非常に愛らしい。
「護よお、てめえこっちの嬢ちゃんと幼馴染みなんだろお?」
「えっと、まあ、一応?」
「んだその曖昧な返事は!はっきり答えやがれ!」
「はい!幼馴染みです!」
この人めっちゃ怖い。幼女が大人ぶってお口悪いとかではなくて、圧が本物だ。下手なこと言ったら殺されるんではなかろうか、そう感じさせるだけの圧を放っていた。
「いいか護。幼馴染みってのはなあ、どんなときでも一緒にいるのが当たり前なんだよ」
「当たり前ですかねぇ?」
「現にこうやって同じ高校まで来てんじゃねえか。運命レベルでつながってんだよてめえらは」
家が近所なら学区が同じだから、嫌でも中学までは一緒になっちゃうよね?まあ、高校は別々になる可能性もあるけど、上野さんも刀司も、奇跡的に一緒になっちゃったけどさ。
「ちっとくらい距離を置く期間があったくれえでぐだぐだと。幼馴染みに生まれたんなら、一生一緒にいるくれえの覚悟見せやがれ!」
おもっ!幼馴染みの関係って、そこまで覚悟決めなきゃいけないモノだっけ?
「アタイはそうしたぞ?」
ニヤリと口元を上げた川内先生は、拳を軽く東さんの腹に当てた。
東さんが異世界に召喚されてからずっと、1人で東さんのことを探し回っていたって言ってた。幼馴染みとして、一生一緒にいる覚悟を決めていたから。
「先生と違って、俺はあきらめちゃいましたから。いや、探すこともしなかったから、あいつが見つからなかったのかもしれないですね」
「ああん?何の話だ?見つからねえって、こっちの嬢ちゃんが護の幼馴染みなんじゃねえのか?」
「俺の幼馴染みはあと2人います。1人はこの学院に来てるんですけど、もう1人は・・・・・・」
どうなったのかはわからない。
狡猾な手段で誘拐されたのかもしれないし、1人でどこかに出かけてしまい、人知れず事故に遭ってしまったのかもしれない。
異世界と統合された直後には、もしかしたらと思って、異世界の特別対策室が運営していた『異世界召喚者捜索電話』なるものに電話をかけたが、家族ではないからと、取り合ってはもらえなかった。
あいつが失踪してから、あいつの家族はどこかへ引っ越してしまって、どうやっても連絡をとることはできなかったので、もしかしたら異世界から保護されている可能性もあるかもしれないけど。
「おいおい待てよ。するってえと、まさかの四角関係ってやつかよ!おいおいこりゃあたまんねえな」
ちょっとちょっと。こっちはシリアスな話をしてるってのに、なんでいきなり満面の笑みで鼻息荒くしてんの!
しかもなんだよ四角関係って!
別に俺たちの関係はそんな複雑なものじゃないし。そもそもあいつが無事なのかさえ全然わかってないのに。
「それでえ?残りの2人は男か?女か?」
「学院に来てる方が男で、いなくなった方が女です」
「ほっほぉ~う。んじゃあよお、どっちかとやってるだろ?『大きくなったら結婚しようね』って定番のやつをよお」
世間一般の幼馴染みがそんな約束を当たり前のようにしてるなんて思わないで欲しい。
それこそ、そんな約束をしてるのなんてラブコメやギャルゲの中だけの話だ。都市伝説だよそんなの!
「してるわけないじゃないですか!」
「おいおい、護はこんなこと言ってっけど、どうなんだよ嬢ちゃん」
いやいやないない。あいつはもちろん、上野さんとなんかそんな約束するわけ―――
「しました」
「かぁ~、だよなだよなあ。ど定番の鉄板ネタだもんな~」
マジかよ。そんな約束した覚えないって。いやいやいや、覚えてないくらい昔の話ってこと?物心つく前の話とか引っ張り出されても困るんですけど?
「おら護。こっちの嬢ちゃんはちゃんと覚えてんだぞ?だったらもう、結婚して一生一緒にいてやるしかねえだろお。ばでえだかぼでえだか知らねえけどよお、それ組むくらいでぐだぐだ言ってんじゃねえぞ本当によお。いや、待てよ?もしかして、もう1人の女とも結婚の約束なんてしてねえだろうな」
それこそないだろ。あいつは俺らにとって妹みたいな存在だったんだから。
「してないで―――」
「してました」
「うそでしょ?」
「小っちゃいころから、アタシと聖は護を取り合ってケンカしてたんで」
「なっはっはっはっは。やっちまったな護よお。おいおいおいおい、こりゃあ、死んでもいなくなった幼馴染み探さなくちゃいけなくなったなあおい」
あいつがもしどこかで生きてるんなら、どうにかして探し出してやりたいと思うけど、その理由が『見つけ出して結婚したいから』だと思われるのは甚だ遺憾である。
「だけどまあまずは、こっちの嬢ちゃんをどうにかしてやんのが先決だろ?」
「どうにかって、どうしろって言うんですか?」
顔を伏せたまま背後に絶望のオーラを纏っている美少女に、平凡な俺が何をしてやれるわけでもなく。
いやまあ、責任は俺にもあるわけだから、どうにかなるならどうにかしてやりたいとは思うけどさあ。
今までちゃんと上野さんを見てこなかった俺には、どうすることもできない。
「先に言っといてやるがよお。ここで、『子どものころした約束なんて無効です。気にしないで忘れてください』なんてふざけたことほざきやがったら、その尻蹴っ飛ばしてやるからな?」
そう言われて、ぎくりとした。まさかこの人読心術のスキルでも持ってるんじゃなかろうか?
「じゃあ、なんて言えば良いんですか?」
「そりゃあ決まってんだろ?まずは、『一緒にいてください』だろ?」
さっきの話を聞いてたんだろうかこの人は。それは目立つし周りからのやっかみがあるから嫌だって言ったばかりじゃないか。
昔みたいにって言ってる上野さんは、たしかにそれに近い言葉を待ってるかもしれないけど、だからって『一緒にいてください』なんてプロポーズみたいな言葉をもらって喜ぶわけない。
そもそも、あれだけ嫌がった俺がそんなこと言っても、上野さんのこころに響くとは思えない。
「んだよ護よお。小難しいこと考える必要なんかねえんだよ。がばあっと抱きしめて、『俺と一緒にいてくれえ』って言やあ丸く収まんだろうが」
「なんでいきなりハードルぶち上げてくれてんですか!だいたい、俺なんかに抱きしめられて、上野さんが喜ぶわけないでしょうが!」
ニタニタと笑った口元を片手で隠しながら、もう片方の手で上野さんの方を指差す川内先生。
つられて上野さんの方を見た俺は、すぐに視線を川内先生にもどした。
「おら、幼馴染みが待ってんだろうが。とっととがばあっといけやボケがあ」
「せ、先生が変なこと言うから向こうに気を使わせたんですよ!」
上野さん、すでに両手を広げて待ちの体勢でした。
どうすんだよ。向こうは昔みたいになるために必要だと言われたから、絶対に嫌々従おうとしているだけだろ。そこを抱きしめるなんて、さすがに申し訳なさすぎる。
「おら、とっとと甲斐性の1つも見せやがれ。それともあれか?ぶちゅっとした方が良いってのかあ?」
「バカなことを・・・・・・本当にバカなことを言ってくれましたね先生!どうすんですか、本気にして待ってんじゃないっすか!」
瞳を閉じて唇を突き出した上野さんの姿は見なかったことにしよう。
「俺と・・・・・・一緒にいてください」
「え?チューは?」
必死に絞り出した俺の声を聞いて、上野さんは不満げにそうつぶやいた。