3-19
俺のことをなに1つ見ていなかった、と上野さんは言った。
そんなのは俺も一緒だ。
俺だって上野さんのことをなに1つ見ていなかったし、理解もしていなかった。
俺と一緒にいられなくなったことを、さみしく思ってくれているなんて考えたこともなかったし、あいつの分まで生きてくれようとしているなんて、思っても見なかった。
「やっぱり、俺と上野さんは違いますね。上野さんは、しっかり前を向いて進んでいけるんだから」
「それが正しいと思ったけど、やっぱり間違いだったよ。前ばっかり見てたから、いつの間にか護が隣からいなくなっちゃったんだもん」
それはきっと、仕方のないことだよ。俺と上野さんじゃ違いすぎる。遅かれ早かれ、俺と上野さんは疎遠になっていったはずだ。
「あいつのことがあったから、上野さんは俺と疎遠になったことを気にしてるんだでしょ。でも、あいつのことがなくても、きっと俺たちは疎遠になったと思うんですよ」
「そんなことない!」
「ありますよ。上野さんは美人だし、運動も勉強もできる。人当たりだって良い。中学では毎日のように告白待ちの列ができる。男子の理想を形にしたような、まるでアニメやラノベのヒロインみたいじゃないですか」
「・・・・・・えっと、ありがと」
いや、まじめな話をしているのであって、褒めていたわけじゃないよ?
急に頬を染めてテレられると、こっちが恥ずかしくなるから止めてほしい。
「こほん!まあ、上野さんはそれくらい魅力溢れる女の子だってことです。それに対して俺は、陰キャではないけれども、陽キャほどでもない。普通で平凡な良くも悪くも目立たない、物語でスポットの当たらないモブなんです。そんなヤツが、上野さんの隣にいるわけにはいかないでしょ?」
「そんなの、誰が決めたの?護だって、平凡だけど優しくて、周りのことをちゃんと見て気遣いができて、そのくせすっごい鈍感で、ギャルゲの主人公みたいじゃん!だったらヒロインのアタシが隣にいたっておかしくないでしょ!」
俺が鈍感?そんなこと生まれて初めて言われたんだが?
「こう見えて俺、他人の好意や悪意には敏感なんですよ?特にラブに関しては一家言ありますからね?知ってますか?中学のとき、俺と同じクラスだった荒川さん、上野さんのクラスの筑波くんと両方思いだったんですよ?いや~、周りは全然気づいてませんでしたけど、俺にはお見通しでしたね~」
「え?筑波くんは同じクラスの阿見さんと中1の頃から付き合ってたけど?」
「じゃ、じゃあ、上野さんのクラスの久慈くん、実はうちのクラスの那珂さんに1年の頃から片思いを―――」
「アタシ、久慈くんに1年生のころに1回、2年生のころに2回告白されたよ」
「・・・・・・」
あれ?俺って思っていたより節穴だった?なんか恋愛の話になるとちょっと周りと話が食い違うな~って思ってたのは、みんなが見当外れなこと言ってたんじゃなくて、俺の目が節穴だったってこと?
「で、でも!自分に向けられた好意くらいはさすがにわかりますよ!まあ、そんな人今までいなかったわけですけど」
「やっぱり鈍感じゃん!」
「え?待ってください。誰か俺のことを好きだった人がいたんですか?つ、つつ、付き合おうとは思わないですけど、紹介してもらっても良いですか?」
「知らないよ!」
うわぁ、上げて落とすなんてひどいことするなぁ。べ、別に期待したわけじゃないけどさ。
まあ、例え鈍感だったとしても、俺がモテモテのギャルゲ主人公ってわけじゃないし?そもそも、鈍感なヤツが女の子にモテるわけないんだよねぇ。
「まあ、そういうわけなんで、非モテな俺はここら辺で失礼しますね」
「待ってよ!話は全然終わってないよ」
立ち上がろうとしたところに、両肩をぐっと抑え付けられて逃げられなくなってしまった。
「終わってないって言いますけど、もうこれ以上話をすることはないんじゃないですか?なにを話したって、お互いに平行線のまま、自分の意見を言い合うだけですよ」
「そうかもしれない。でも、ちゃんと自分の気持ちだけは伝えたいから」
射殺さんとばかりに鋭い視線を向けてくる上野さん。
ああ、たまりにたまった不満をぶつけたいってことか。
どのみち文句や暴言を浴びせられる覚悟はあったわけだし。それで上野さんが満足するんなら聞こう。きっとこうやって腹を割って話をするのなんか、これが最後だ。
「ごめんなさい」
一瞬机でも殴りつけたのかと思うような音が鳴り響いた。実際には『殴った』んじゃなくて『頭突いた』が正解だったんだけど。
上野さんは謝罪の言葉と同時に、深々と頭を下げた。それはもう勢い良く。下げた頭が机に激突して、ヒビが入るほどの勢いで。
「アタシ、護が一番辛かったとき、隣にいてあげられなかった。アタシが一緒にいると、聖のこと思い出して余計辛くなるって思って。ううん、そうじゃない。護に嫌われるのが怖かった。護に近づかないでって言われたくなかった。だから、距離をとっちゃった。本当は、護の辛さを、不満を、全部受け止めてあげるべきだった。本当に、本当にごめんなさい」
頭突きで机にヒビを入れた衝撃が強すぎて、話の半分も頭に入ってこなかった。
けど、とりあえず上野さんが謝罪することじゃないって思う。
だって、距離をとったのはお互い様なんだ。あのときは、そうした方がお互いのためだったってわかる。
それに、俺は上野さんのことを恨んだことなんて、一度もないんだから。
「ごめんなさい、上野さん」
だから、俺も謝ろう。
俺なんかのために、長い間悩ませてごめん。辛い思いをさせてごめん。
そんな気持ちをこめた謝罪を。
「なんで護が謝るの?」
「それはこっちのセリフですよ」
顔を上げた上野さんのおでこは真っ赤だった。マジで血が出てなくて良かったと思う。せっかくの綺麗な顔に、こんなつまらないことで傷でも残ったら大変だからね。
言いたいことが言えたのか、上野さんの顔はずいぶんとすっきりした、可愛らしい笑顔だった。
「じゃあ、その、ね?これからは、昔みたいに一緒にいてくれる?」
「いや、それはムリですね」
「なんで!」
いやいやいや。
普通に考えてそれはムリでしょ!上野さんと四六時中一緒にいたら周りの視線が痛すぎるわ!
今朝だって、一緒に登校したのだってそうとう嫌でしたけど?いつ絡まれるかって冷や冷やしたし、こっち見ながら話してる人が全員、俺の悪口言ってるのかって思っちゃったんだから!
「じゃあバディは?アタシと組んでくれるんでしょ?」
「ははは、ムリに決まってるじゃないですか」
そんなことしたら、いつダンジョンで後ろから刺されるかわかったもんじゃないよ。
「え?え?今の流れでそれって、おかしくない?」
「昔がどうこうとか関係なく、俺は目立ちたくないんで。上野さんとバディなんか組んだら、絶対目立つでしょ?」
上野さんがどう思っていたのかは知らないけど、俺が上野さんと距離を置いてるのは目立ちたくないから。いくら昔みたいに戻りたいって言われても、こんな美少女と常に一緒にいるのはちょっと。
「お~い護ぅ。悪いんだけどよぉ、もうひかりと護でバディの登録しちまったから、1学期のうちは返らんねえぞ?」
「はあああああああぁ?」
なにしてくれてんだよこの筋肉くそ師匠!弟子の意見も聞かないで、そんな重要なこと勝手に決めんなよ!
「なっはっはっは。どのみちステータス的にひかり以外に組む相手がいねえんだからしょうがねえだろ?」
「そんなことないでしょ?Cグループの人だって、訓練すればすぐに」
「いや、レベル差もあるからな。少なくとも1学期中はムリだろ」
あまりのショックで、俺は口を開けたまま放心してしまった。
向かい側の上野さんも、しばらくそんな感じだったらしい。
そんなこんなで、俺と上野さんはバディを組むことになってしまった。