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「それじゃあ第3グループ!まずは基礎訓練だ!やればやっただけステータスが上がる!今はとにかく走れえ!」
と言うことで、急遽俺と上野さんは第3グループに移動させられた。
上野さんのステータス的にはダンジョンに入場しても問題ないのだが、俺とバディを組むためにはステータスが足りない。それを補うために、基礎訓練を行う第3グループへとやって来たわけだ。
「とりあえず最初の1時間はウォーミングアップに40kmくらい走るぞお!」
そう言いながら、先陣を切って走り出した東さんをグループの全員が追いかける。
「は、早えよ」
「この速度で1時間も走るの?」
「うえ、もうダメかも」
開始して早々に、数人が遅れ始める。体調でも悪かったのだろうか?それとも、魔法職を目指していたから、あまり体力や耐久の訓練をしなかったのかもしれないな。
「上野さんは大丈夫ですか?」
「う、うん。このペースならなんとか大丈夫そう」
上野さんも回復魔法を使う魔法職。だけどその戦闘スタイルは自己強化と自己回復を主体にしたバーサーカー。
体力や耐久はそれなりに高いはず。
だけど、1時間で40km走るんなら、このペースじゃ到底間に合わない。東さんは徐々に速度を上げていくつもりなんだろう。いや、絶対にそうだ。
ラスト10分を全力疾走で走れえ!なんてよく言われた経験があるもん。最終的にはこの倍の速度で走らされる可能性もある。
そのときに、上野さんは着いてくることができるだろうか。
「護は・・・まだ・・・余裕そうだね」
「はい。毎朝訓練前にこれくらい走ってますからね」
今がだいたい時速30kmくらいか?
ステータスが上昇する前なら、ひぃひぃ言いながら全力疾走してた速度だけど、今のステータスだとジョギングしてるくらいの感覚なんだよな。
しかし、上野さんにとってはそういうわけにはいかないようで、呼吸を必死に整えながら、真剣な表情で走っていた。
「よおし!そろそろ体が温まってきたろおから、速度上げてくぞお!」
軽くアクセルを踏み込むような感覚で、東さんが速度を上げていく。それに合わせて生徒たちも必死に速度を上げていくが、しばらくして1人、また1人と脱落していく。
「じゃあラストスパートだ!こっからは全力疾走!残りの体力全部振り絞って走れえ!」
残り10分。予想通り全力疾走で走るように指示が飛ぶ。
ここまで残ったのは俺と上野さんを除けばわずかに3人。
初めてでここまで走ったのは本当にすごいと思う。俺なんか、東さんにロープでくくられて無理矢理走らされてたもんなぁ。
「おら護ぅ。周りなんか見てねえで、とっとと本気で走れ!」
そうは言っても、ここまで一緒に走っていた上野さんをほっぽり出していくのも申し訳ない。わざわざこんな基礎訓練を受けてるのは、俺とバディを組むためなんだから。
ちらりと横を見ると、上野さんは視線を前に向けたまま、引き結んでいた口を小さく開いた。
「・・・行って」
「はあ、わかりました」
俺が全力で駆け出した瞬間に見た上野さんの顔は、どこか悔しさを滲ませているようだった。
「おバカおバカおバカ!初日からなにやってるんですか!」
第2グループの引率から戻って来て早々、大間々先生はキンキンと東さんを怒鳴りつけていた。
いや、本当に、なにやってるんでしょうね。第3グループで基礎訓練を行っていた生徒たちは、俺以外の全員が意識を失って倒れている。
ラスト10分まで残っていた上野さんや他の3人は、本当に残りの体力を振り絞って走ったようでゴールと同時にぶっ倒れた。
途中で倒れてしまった生徒たちも、限界まで走り続けたらしく、ぶっ倒れてから動く気配がない。
俺と東さんではどうしようもないと判断して、新しく生えた『魔拳技』の訓練をしていたところ、大間々先生が戻ってきたってわけ。
初日の基礎訓練で限界まで生徒を走らせたことを怒られていたけど、しばらくしたらこちらにまで矛先が向いてきて、「倒れている生徒を放っておいて、なに訓練なんかしてるんですかこのおバカ師弟!」なんて、俺まで正座させられて怒られた。
「まずは倒れている生徒を保健室に運びます。ほら、東先生が責任を持って運んで・・・・・・全員を荷物みたいにまとめて運ばないで、魔法で体を浮かせてください!」
「へいへい。じゃあ、他のヤツらは教室戻ってろ~」
どんな魔法を使ったのかはわからないけど、倒れていた生徒が一斉に上空へと浮かび上がる。
その直後に緑色の光が生徒1人1人を包み込むと、弾けるように消えていった。生徒たちと一緒に。
「ちょっと!なんで転移魔法なんて使ってるんですか!なんの説明もなしにあの人数を保健室に転移させたら、養護教諭の先生がビックリしちゃうじゃないですか~!」
「いや、こっちの方が早えだろ?」
などと話をしながら、高速で移動しながら訓練場を出て行ってしまった。
「ねえねえねえ、ひかりちんどうしちゃったの?っていうか第3グループのみんなはどうしちゃったんだよ~!」
甘楽さんと刀司も戻ってきたのか。元気なのはこいつらだけだな。
第3グループの生徒たちも悲惨だったけど、第2グループの生徒たちも相当酷い顔をしている。
「ああ、あいつらか。ダンジョン潜るのが初めてだったからな。魔獣との戦闘でかなり堪えたみたいだ」
いくら相手が魔獣とは言っても、生き物を殺す、ということに抵抗があったんだろう。
それは当然のことだ。敵を斬れば血が噴き出すし、武器を持った手には生き物を殺した生々しい感覚が残る。いくら強くなるためとはいえ、すぐになれることはできないし、一生なれない人もいるだろうな。
それに、命のやり取りをすることにも、こころをすり減らしたはずだ。
死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。そんな極限状態にさらされ続ければ、こころが壊れてしまってもおかしくはない。
「さすがにゲーム感覚でいるわけにはいかねえけどさ。強くなるっつう目標があるから、俺はなんとかやってられるよ」
まあ、そうやって割り切れれば良いんだろうな。刀司みたいに強くなれれば俺だって・・・・・・
「ちょっと~!そんなことよりひかりちんだよ~!ここでなにがあったっていうの~」
「スパルティア式ブートキャンプ?いや、スパルティアはダンジョンに放り込むって言ってたから東式ブートキャンプかな?それのせいでみんなぶっ倒れたよ」
「は~?なにそれなにそれなにそれ~!ひかりちんがぶっ倒れたっていうのに、バディのマモルくんはこんなところでなにやってるのさ!とっととひかりちんの様子を見に、保健室に行ってきなよ!」
「いや、俺は上野さんのバディじゃないし。それに、東さんが教室に戻ってろって―――」
「うるさ~い!良いからさっさと保健室に行ってこ~い!」
けっこうな威力でケツに蹴りを入れられ、仕方なしに歩き出す。どのみち保健室に行ったところで、すぐに意識は戻らないと思うんだけどな。
「も、申し訳ありませんお嬢様」
「あ~もうしょうがないなぁ凪ちゃん。だから無理してこんなところに来る必要なんてなかったのに」
「そういうわけには。お嬢様をお守りするのが、自分の仕事ですので」
ケツをさすりながら第2グループを横切ると、顔を真っ青にして口元を押さえている新治くんと、その背中をさすっている小雪の姿が目に入った。
万能執事かと思ったが、こころは持ち合わせていたようだ。いや、意外とポンコツなのかも?
すれ違いざまに小雪と目が合ったが、俺は思わず視線を逸らしてしまった。
気のせいでなければ、俺を見て笑顔を向けてくれたような・・・・・・
いや、これは思春期男子によくある勘違いだな。