3-13
「あの、ね。学校、一緒に行こ?」
自分で言ってて恥ずかしくなるのがわかった。もしかしたら、さっきアタシに声をかけてきた男子もこんな気持ちだった?
いやいや、絶対そんなことないよ。
だって耳の後ろまで熱くなってるんだよ。きっと顔なんか真っ赤に決まってる。そんな顔して声かけてきた人なんていなかったもん。
でも、そんなアタシのことなんて気にも留めないで、護はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
わ、わかっていたことだったけど、実際に目の前でそんな顔されると、やっぱり傷つくなぁ。
でもダメだ、こんなことであきらめちゃ。自分を奮い立たせるために、きゅっと両手に力を入れた。
あ、護の腕を掴んだまんまだったの忘れてた。ど、どうしよう、痛かった?
「はあ、わかりました。一緒に行きましょう。ちなみに聞きますけど、久賀くんとか、刀司を待ってて、俺はそのついでなんですよね?」
「え?なんであの2人と一緒に学校行かなきゃいけないの?」
あ、どうしよう。やっぱり怒ってる?アタシが藤岡くんや久賀くんなんかと一緒に登校するわけないのに!
だいたい、久賀くんとはクラスが別になってやっと離ればなれになれたんだよ?それなのに、護を差し置いて久賀くんを優先するわけないじゃんか。
ああ、こんなところでもたもたしてたら、どっちかがタイミング悪くやって来るかもしれない。
「ほら、行こうよ護」
「いや、手は離してください」
やっぱりさっき思いっきり腕を掴んだのがダメだったのかな?
昔はよく、手をつないで登校したのに。できればこのまま、一緒に歩きたい。
「こ、このままじゃ、ダメ?」
「絶対ダメです!」
「そ、そっか。わかった」
ダメだったかぁ。でも、ここでゴネて一緒に登校してくれなくなったら困る。今日のところはあきらめて腕を離そう。
「「・・・・・・」」
でもすごい。腕は組んでもらえなかったけど、隣に並んで歩くことができている。
こんな近くで、一緒に歩くなんてどれくらいぶりだろう。
すごく身長も伸びたなぁ。昔はアタシの方が全然高かったのに、今は護の方がちょこっと大きい。
横顔も、少し引き締まって男らしくなった。昔の丸顔も好きだったけど、今のシュッとした顔も良いかも。
「・・・・・・(チラ)」
「っ!(プイ)」
う、うわぁ。急にこっち見るからびっくりしたぁ。ど、どうしよう。すっごい恥ずかしい。
ずっと護のこと見てたのバレちゃったよねぇ。
でも、なんだかこういうのも楽しい。まだ少し距離を感じるけど、あの頃に戻ったみたい。
「・・・・・・」
だけど、本当にあの頃みたいになるためには、しっかりと話をしないとダメだ。それをしてこなかったから、アタシと護の間に溝ができてしまったんだから。
「ね、ねえ」
ど、どうしよう。話しかけたは良いけど、どう踏み込んで良いかわからない。ど、どこから踏み込む?そもそも踏み込むって何?相手の正面に踏み込んで抉りこむように打てば良いんだっけ?
だ、ダメだ。考えれば考えるだけ混乱してきた。
そ、それに、もし拒絶されたらと思うと、怖くて言葉にできない。
あ、でも待って。昨日マコトが、護にアタシとバディを組むように話をしたって言ってた。も、もしかしたら、護も相手がいなくて困ってて、アタシとバディになることに前向きだったら・・・・・・
「マコトから、何か言われた?」
「甘楽さん?」
「昨日ね、入学式の後に言われたの。護が、アタシとバディを組みたがってるって」
ああ、違った。せっかくがんばったけど、かける言葉を間違った。
表情を消した護の顔を見て、胸が締め付けられるように痛くなる。
断られるとわかっていても、マコトの名前なんか出さないで、しっかりアタシの言葉で、アタシとバディを組んで欲しいって伝えるべきだった。
マコトに言われた、だなんて予防線をはって、自分が傷つかないようにしてしまった。
こんなんだから、アタシはダメなんだ。ちっとも前に進めないのは、結局アタシに勇気がないからだ。アタシが変わらないと、護を変えることなんてできっこないのに。
「わかってるよ。護はアタシなんかとバディなんて組みたくないでしょ」
ぽつりと口から出てしまった。自分からこう口にしたのは、護の口から「違うよ」って言って欲しかったのか。それともはっきりと「組みたくない」って突き放して欲しかったのか。
もう自分の中で考えも覚悟もぐちゃぐちゃになって、何が何だかわからなくなってしまった。
今はもう、何を言葉にしようとしてもダメだ。
また次がんばろう。
そう思ってしまったアタシは、本当にヘタレで、卑怯で、弱い人間だと思った。どれだけステータスやレベルが上がったって、アタシは弱いまま。
護だって、アタシより全然強くなったのに、昔のことを乗り越えられないまま。
こんなにすごい力があっても、なんの意味もない。たった1人の男の子すら救えない力に、なんの意味があるって言うんだろう。
護がステータスやスキルを嫌っていた気持ち、今ならちょっとだけ、わかる気がする。
せっかく一緒に登校できたのに、もうなんにも話ができなくなっちゃったなぁ。
「にゃにゃにゃあああああ!まも、マモルくん、はなして、とりあえず1回手ぇはなしてええええぇ」
教室について早々、護に絡んだマコトは、見事に返り討ちにあって教室中に悲鳴が響き渡った。
ごめんねマコト。アタシのためにやってくれたことだったのに、チャンスを生かせなくて。今度なんかおごってあげるから。
そう思いながら、マコトに向かって合掌する。
「どうやら、あまり上手くいっていないご様子ですね。自分は、いつでも手をお貸しできますよ」
またきた。昨日の今日で、早々上手くいくわけないでしょ!こっちは5年以上引きずってるってのに!
「けっこうですよ。これはアタシがやりたいことなんだから。誰かに手を貸してもらったら意味がないの!」
「ふふ。お強いのですね、上野さんは」
アタシが強い?そんなわけないじゃん。アタシはあのとき、聖がいなくなったことよりも、自分がメディアに囲まれることを心配してた。傷ついていた護を支えてあげることもできず、護から突き放されるのが怖くて自分から距離を置いた。
これは、そんな弱かったアタシを変えるための戦いなんだ。
「おっと、そろそろ行ったほうが良さそうですね」
執事さんはそう言い残して去って行った。そして、なぜか護の前の席に腰掛ける。
いや、なんか視力が悪いから月夜野さんと席を代わってもらったとか言ってるけど、絶対うそじゃん。だったら1番前の席の人と代わってもらえば良いのに。
それになんか、後ろの席に移動させられた月夜野さん、すごくきょどきょどしてるよ。そりゃあ昨日の時点で周りの人たちは交友関係を築いていたのに、その中に新しい人は入りにくいよ。
ただでさえ、月夜野さん人見知りっぽかったし、知り合いが誰もいないところに放り出されたら、そりゃああなるって。
「ひかり様、おはようございます!」
元気良くそう声をかけてきたのは、前の席の磐戸さんだ。昨日は護がアタシのことを抱きしめて興奮していた変態だと声高に言ってたっけ。
そ、そう言えば護も、あ、アタシを抱きしめて興奮したって言ってたっけ。
「どうしましたひかり様。お顔が赤いようですけど、風邪でもひきました?」
「だ、大丈夫だよ磐戸さん。そんなことより、様付けはやめてよ。クラスメイトなんだよ?」
「いいえ!ひかり様のように高貴な方を呼び捨てにするなんて、私にはできません」
「高貴な方って、この学院には本当の貴族や王族の人だっているんだよ。高貴っていえばそういう人たちのことじゃない?」
そんな話をしながら、朝のホームルームがはじまるのを待った。
ちらりと視線を横に向けると、執事さんに顔を押さえつけられている護の姿があった。
明日こそ。明日こそは護とちゃんと話そう!