3-12
鬱屈とした気持ちのままマコトと別れて、寮に帰ろうかとモール街を歩いていたところで、何やら言い争い?をしている2人が視界に入った。
「だから執事服なんか止めてって言ってるじゃん!もう高校生なんだから、普通に制服着てよ!」
「しかしお嬢様。男よけにはこの格好が良いと、当主様が」
「別に凪ちゃんのことをお爺さまが監視してるわけじゃないでしょ。学院の中でくらい違う格好しても良いじゃんか~!」
「い、いけません。自分に当主様を裏切ることは―――」
見間違えるわけがない。アタシをこれだけモヤモヤさせている元凶の1人、月夜野小雪さんだ。
朝はあの執事の人の言いなりって感じだったけど、今はどちらかと言ったら月夜野さんが主導権を握ってるみたい?月夜野さんの言葉に、執事さんは両手を挙げて冷や汗をかいている。
そんな姿を見ていて、先ほどまでのモヤモヤとした気持ちが沸々と煮えたぎってきた。
「月夜野さん、ちょっと良いかな?」
そう思ったときには、すでに彼女たちに詰め寄って、声をかけていた。
「失礼。上野ひかりさんでしたね。お嬢様に何か御用でしょうか?」
執事の人がすっとアタシと月夜野さんの間に割り込んでくる。その仕草にちょっとだけイラッとしながらも、どうにか笑顔を作って対応する。
「月夜野さんとお話をしたいんだけど、どいてもらえるかな?」
「申し訳ございませんが、殺気を放った方の前にお嬢様をお出しするわけにはいきません」
おかしいな?笑顔を作ってフレンドリーな雰囲気作りをしようとしてるのに、殺気が出るわけないよね?
「殺気の圧が上がりましたね。何か自分が失礼なことでもしたでしょうか?」
「殺気なんて出してないよ?普通に月夜野さんとお話ししたいだけなんだから」
「そうですか。では、そのままお嬢様とお話ください。自分は主の盾として、ここにおりますので」
いや、邪魔なんだよ。どけや。とは言えず、苦笑を浮かべるしかない。
月夜野さんがどれぐらいのお嬢様なのかは知らないけど、いくらなんでも過保護過ぎない?クラスメイトとお話するだけなんだよ?
「お話するんだから、顔を見ながらじゃないと」
「では、自分の顔を見ながらお話ください。お嬢様のお言葉は、自分が代弁するようにいたしますので」
ああもう!全然話が進まないし、イライラは増すばかりだ。
「ちょっと凪ちゃん!いくらなんでも失礼だよ。上野さんはクラスメイトなんだから」
「ですがお嬢様」
「ほら、凪ちゃん」
「はい、申し訳ありません、上野さん」
月夜野さんの言うことはちゃんと聞くのか。一応の謝罪をして、半身だけ横にずれてくれた。
執事さんの体の隙間から、申し訳なさそうに月夜野さんが顔を出してきた。
「あの、上野さん。ごめんね、うちの凪ちゃんが。この子昔っから過保護で融通が利かないんだよ」
「それより、聞きたいことがあるの」
「護くんのこと、だよね」
何を聞かれるのかわかっていたようで、月夜野さんはこちらから視線を外し、俯きながらそう答えた。
「なんで護とバディ、解散したのか教えてもらっても良い?」
「解散・・・・・・解散かぁ。私としては、解散したつもりはないんだけど、みんなそう思っちゃうよねぇ」
解散したつもりがない?何言ってるのこの子。あれだけ人がいるところで、ハッキリと解散を宣言・・・・・・してないな。
この執事さんが、今後は月夜野さんとバディを組むって言っただけで、月夜野さんは無言を貫いていた。でもそれは、反対してないのも同じ。
結果的にはバディは解散状態になってしまっている。護だって、解散したと思っているはずだ。それなのに、解散したつもりはないなんて。
「わかってるよ。私が自分勝手なこと言ってるって。私の家ってちょっとだけ特殊でね。お爺さまの言うことが絶対、みたいなところがあってさ。だから、お爺さまが凪くんとバディを組むことを決定してしまえば、組まなきゃいけない。でも―――」
「お嬢様、そこまでです」
言葉の途中で、執事さんが月夜野さんを遮ってしまった。
そのまま執事さんは、再び月夜野さんを隠すようにアタシの前に立った。
「申し訳ありません、お嬢様。ここからお部屋まで、お1人で戻っていただけますか?」
「・・・・・・凪ちゃんはどうするの?」
「自分は少し、上野さんとお話がありますので」
「そっか。わかったよ。失礼なこと言っちゃダメだからね?それじゃあ上野さん、また明日」
そう言い残して、月夜野さんは女子寮に入っていった。この執事さんを残して。
困ったな。
アタシは月夜野さんの話が聞きたかっただけで、この執事さんとお話するつもりも、理由もない。
「よろしければ、どこかでお茶でも飲みながら、ゆっくりとお話ししませんか?」
「けっこうです。用があるならここで。手短にお願いします」
笑顔で誘ってくる執事さんに、アタシも笑顔を浮かべながら答える。
どこかでお茶でもって、ナンパの常套句でしょ?そんな誘いは耳ダコなんだ。ホイホイ着いて行くわけがない。
「そうですか。では手短に。自分は中里護をお嬢様に近づけたくありません。バディを組ませるなど以ての外です。なので、どうか上野さんには、中里護と公私ともにバディになっていただけないかと」
「公私ともに、バディって?」
「もちろん、恋仲になっていただければ、と思っています。そのためならば、自分が全面的にバックアップいたしますよ?」
「・・・・・・」
思わず、執事さんの顔面目掛けて全力で拳を振り抜いていた。
「お気に召しませんでしたか?」
残念ながら、顔面の直前で拳を受け止められてしまった。今のアタシにとって最大の地雷を踏み抜いたんだから、1発や2発は受けてくれても良いだろうに。
「話、それだけなら、アタシはもう行くから」
「よろしいのですか?今のままでは、中里護との距離はどんどん離れていってしまいますよ?昔のように、伴に歩むことなどできなくなってしまいますよ?」
執事さんに背を向けて歩きはじめようとして、そう声をかけられる。その言葉はアタシのこころの奥底に、鋭く突き刺さって、足が止まってしまう。
護はあの頃みたいに戻るのはムリだって言ったけど、アタシは戻りたい。
5年以上、アタシがどれだけそうあることを望んできたか。おかげでどれだけアタシがこじらせたと思ってるんだ。
また一緒に並んで歩くことができれば、こころから笑っている護の隣にいられたら、それに勝る喜びはないだろう。
だけどそれは、誰かの手を借りて成し遂げることじゃない。
これはアタシが、アタシのためにやりたいこと。護の気持ちを無視してるのは十分わかってる、ただのわがままだって。
このわがままを押し通すために、アタシにできる精一杯を護にぶつけよう。
そう決意した翌日。さっそく護と一緒に学校に行こうと思って、朝早くから男子寮の前に立っていた。
「ねえ、良かったら一緒に学校に行かない?」
「誰か待ってるの?俺がそれまでの間話し相手になろうか?」
そのせいで、寮から出てくる男子の半数以上に声をかけられることになった。手を出さなかった自分を褒めてやりたいよ。
「おはようございます。上野さん」
待つこと20分。やっと護が出てきてくれた。しかも、護の方から声をかけてくれるなんて。あまりのうれしさに、顔がほころんでいくのが自分でもわかった。
でも、次の言葉で現実を突きつけられてしまう。
「誰かを待っているんですか?」
「う、うん」
「それじゃあ俺はお先に」
「あ、ま、待って」
護は、アタシが護のことを待ってるなんて思いつきもしない。
なんで?
昔は毎日一緒に学校に行ってたんだよ?それが今では、アタシと登校することが罰ゲームみたいな顔して。
まあ、ムリもないよね。
アタシが声をかけたせいで、周りの男子から視線を集めている。妬み嫉みのこもった視線に晒され続けたら、アタシだって気分が悪くなる。そういった視線が苦手な護なら、なおのこと辛いだろう。
それでも、今日はほんの少しでも近づきたい。とっさに腕を掴んでしまったせいで、逃げられないだろうしね。
だからアタシは、勇気を振り絞って声をかけた。
「あの、ね。学校、一緒に行こ?」