3-9
訓練を終えてシャワーを浴びたり朝食を食べたりしていたら、もう8時を回っていた。支給された通学カバンをひっつかんで寮を出ると、玄関の前で佇んでいる美少女が1人。
ちょいちょい男子に声をかけられているが、なれた様子で笑顔を浮かべながら軽くあしらっている。
さすがは中学時代、毎日告白の行列をさばいていただけあって、あしらいかたが上手い。なんでこの前のショッピングモールでは、そうやって穏便に躱せなかったんだろうか。
というか、上野さんはあんなところで何やってるんだ?学校なら女子寮の方が近い。女子寮からみたら男子寮は学校から逆方向だ。
さすがに道に迷ってるわけじゃないだろうから、誰かを待っているのかな?バディの久賀くん?それとも同じパーティの刀司かな?
「上野さん、おはようございます」
「おはよう!護」
さすがに無視をするわけにもいかないのであいさつをしたら、上野さんは朝から疲れないのか心配になるほどの笑顔を浮かべてこちらに駆けてくる。
「誰か待っていたんですか?」
「う、うん」
やっぱりそうか。それじゃあ俺はお邪魔になるだろうから、とっとと行こう。なんか周りから視線が集まってるし。
「それじゃあ俺はお先に」
「あ、ま、待って」
いや、待ちませんが?
こんな視線を集めた中で上野さんの待ち人が来るまで一緒にいるなんて、絶対にムリですが?
だから俺の腕から手を離してください!
「あの、ね。学校、一緒に行こ?」
待ってたの俺かよおおおおおおおぉ!
せめて事前の連絡とかさぁ、もう少し目立たない方法あったじゃんか。
こんなん、了承しても断っても目立つ。しかも悪目立ち的な意味で。
「はぁ、わかりました。一緒に行きましょう。ちなみに聞きますけど、久賀くんとか、刀司を待ってて、俺はそのついでなんですよね?」
「え?なんであの2人と一緒に学校行かなきゃいけないの?」
その心底嫌そうな顔止めてあげて。仮にも片方はあなたのバディだし、もう片方は幼馴染みなんだから。
「ほら、行こうよ護」
「いや、手は離してください」
なぜか俺の腕を掴んだまま歩き出そうとしたから声をかける。
さすがに思いっきり振り払ったりなんかしたら、周囲でにらみを利かせている男子たちに何をされるかわかんないもんね。
「こ、このままじゃ、ダメ?」
「絶対ダメです!」
「そ、そっか。わかった」
え~っと、そんなに悲しそうな表情をされると、もの凄い申し訳ない気持ちになってくるんですけど。
いや、でも、さすがに腕を組んで登校なんてムリなので、しっかりと腕を離してもらってから、歩きはじめた。
「「・・・・・・」」
き、気まずい。
何をしゃべって良いのか全くわからん。そもそも上野さんと2人きりっていうシチュエーションが10年ぶりくらいなのだ。
「・・・・・・(チラ)」
「っ!(プイ)」
っく。何か話題を提供してくれないかと視線を送ってみたが、見事に顔をそらされてしまった。
マジかよ。一緒に行こうって誘ってくれたのは上野さんなのに、会話拒否っすか。
男子寮から学校まで、徒歩10分くらいの距離があるのに、ずっとこんな感じが続くんだろうか。
「ね、ねえ」
と思ってたら、上野さんから話しを切り出してくれた。未だに顔はあさっての方向を向いているけど。
「マコトから、何か言われた?」
「甘楽さん?」
「昨日ね、入学式の後に言われたの。護が、アタシとバディを組みたがってるって」
おいおい、どういうことだよ甘楽さん。俺がいつそんなことを言いましたかね?
一緒に登校するのだってご遠慮願いたいのに、バディを組みたがるわけなんかないじゃん。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、こちらに視線を向けた上野さんは俯いてしまう。
「わかってるよ。護はアタシなんかとバディなんて組みたくないでしょ」
組みたくないよ。
上野さんと一緒にいれば、周りから色々言われるし、とても好意的じゃない視線にさらされる。あの時みたいに。
それに、どうしても思い出しちゃうんだよ。
楽しかった、あの時のことを。
俺にはそんな資格なんてないのに。
結局俺と上野さんは、教室に着くまで口を開くことはなかった。
「おっすおっすマモルく~ん!ねえねえねえ、早速ひかりちんと一緒に登校してきちゃって~。ちゃんとバディは組めたのかぬあああああ!ちょちょちょおおお!ゆ、指がああああぁ!」
席に着くなり突撃してきた甘楽さんに、あいさつ代わりのアイアンクローをお見舞いする。
筋力のステータスが常人以上に高くなっているおかげで、甘楽さんくらいの女の子なら、アイアンクローをしながら体を持ち上げることも容易になった。
さて、このムダなおせっかい焼き、どうしてくれようか。
「にゃにゃにゃあああああ!まも、マモルくん、はなして、とりあえず1回手ぇはなしてええええぇ」
とはいえ、甘楽さんもかなりステータスが高くなっているようで、それほど痛みは感じてい無いようだ。手足をバタバタさせているけど、まだまだ余裕はありそうじゃん。
「甘楽さん?なんで俺が怒ってるかわかるかな?」
「うぇ?な、な、なんでマモルくん怒ってんの~?全然解んないんだけど、とと、とりあえず下ろしてぇ」
「いや、下ろしたら絶対逃げるじゃん!」
「当たり前でしょ~!」
まあ、少しは気分が晴れたので離してやるか。
「うぅ~。朝から美少女の顔になんてことするんだよぉ。手の跡とかついてないよね?ねえねえねえ?」
「あ~、大丈夫じゃない?」
そもそも甘楽さんが手でさすってるから全然見えないのだが?
「もうもうもう!せっかくボクがお膳立てしてあげたのに、なんでこんな目にあわなきゃいけないんだよぉ~」
「余計なお世話だよ。それに、上野さんとはバディ組んでないし、組む予定もないよ」
「え?なんで?」
なんで?じゃないよ。本気でこの人は俺と上野さんがバディを組むと思ってたんだろうか。
「マモルくん、ひかりちんと幼馴染なんでしょ?」
「幼馴染って言っても、小学校の高学年ころから疎遠なんだよ。中学でだってほとんど話してないし」
本当のことを言ってるんだから、そんなジト目で見るのは止めてくれよ。
どうにも俺の説明に納得できていない甘楽さんは、刀司の席にどかりと腰を下ろして、さらにジトっとした視線を向けてくる。
「小学校の高学年ってことは、その前になんかあったの?」
珍しく真面目な口調で尋ねてきた甘楽さんの言葉は、確信をついていた。思わず自分の顔が強張ってしまったのが、自分でもわかってしまった。
「はぁ~、わかったわかった、わかりました~。パーティ組んでから、ひかりちんはずっとマモルくんの話ばっかしてたからさ~。本当はあんなリーダーとじゃなくて、マモルくんとバディになりたいのかな~って思ってたんだけどなぁ~。マモルくんにその気がないんじゃ、どうしようもないか~」
「何があったか、聞かないの?」
「いやいやいや。さすがにボクだって、空気くらい読めるんだよ~?そんな顔したマモルくんから、無理矢理話を聞くわけにもいかないでしょ~」
そうか。甘楽さんに気を使わせるくらいに、今の俺はひどい顔をしてるんだ。
「でもでもでも~、そしたらバディはどうするの?月夜野さん、マモルくんとのバディは解散するつもりなんでしょ?」
「それは・・・・・・でも、まだ本人の口からそう言われたわけじゃないし」
「残念ですが、お嬢様は自分とバディを組みますので、あなたとのバディは解散ですよ」
執事服の少年は、そう言いながら俺の前に立っていた。