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3-8





「・・・・・・誰もいない、か」


 いつも通り早朝に訓練場に足を運ぶ。当然のことながらまだ誰の姿もない。朝4時だしね。


 軽くストレッチをして体をほぐしてから、お決まりのランニングを始める。最初は10km走るだけでぶっ倒れてたけど、ステータスが上がったおかげで、ウォーミングアップに40kmくらい走るのが普通になってしまった。


 車並みって、どう考えても一般人からは逸脱してる気がする。いや、そのうちこれが地球でも普通でスタンダードになるはず。何年後かには。きっと。


「おや、本当にこんな時間から訓練をしているんですね」


 10分程走ったところで、訓練場の扉から見知った少年が入ってきた。


あの執事服。


 間違いなく小雪の執事だ。名前はたしか、新治凪、だったか。


 新治くんは軽くストレッチをした後に、俺と同じように訓練場の外周を走り始めた。


 いや、執事服のまま走るのかよこいつ。


 そんな視線を向けていると、向こうもこちらを一瞥して、急に走る速度を上げ始めた。


 ぐんぐんとスピードを上げる新治くんは、半周以上あった俺との差をあっという間に詰め、俺の横で併走する。


「おはようございます、中里くん、でしたか?」

「・・・・・・」


 俺は無言で速度を上げ、新治くんを引き離す。


「あいさつもできないのですか?」


 すぐに速度を上げて俺の横に並んでくる。嫌みったらしい顔で話しかけてくるから、こちらは無視して速度を上げ、引き離しにかかる。


「ふん(笑)」


 しかし、さらに速度を上げた新治くんは、一瞬で俺のことを抜き去っていった。しかも、俺を抜いていくときに鼻で笑いやがった。


 くうぅ~、なんだよあいつ。


 いやいや、落ち着け俺。あんなのと張り合ってもしょうがない。俺は俺、ヤツはヤツだ。これは競争じゃなくて自分の訓練なんだから、自分のペースで走ればそれで良い。


 ただ今日は、いつもより調子が良いからもう少し速度を上げてみようかなぁ~。


「ふふん(笑)」


 全速力で疾走して、新治くんを追い抜く。抜かすときに鼻で笑ってしまったのは、別に悪意があったわけではないよ?


 さあ、このまま周回遅れにして、もう一度鼻で笑ってやろう。


「俊敏のステータスは、自分の方が高いようですね」

「っなぁ!」


 全速力で駆けている俺を余裕の笑みで抜き去っていく新治くん。思わず変な声が出たが、必死に食らいつこうと足を動かす。


 しかしその差は一向に縮まることはなく、徐々に広がっていった。


 なんであんな速度で走り続けられるんだ。いや、どこまで速くなれるんだ?今まで俺と併走していたのがまるでお遊びだったかのように、速度はどんどん上がっていく。


半周以上差がついたかと思えば、すでに俺の背後まで迫っていた。


「それが全力ですか?思ったより、たいしたことはなさそうですね」


 そう言い残して、新治くんは俺をあっさりと抜き去っていった。





「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 あの後も全力疾走を続けたが、体力切れで地面に転がるまでに10回は追い抜かれてしまった。


 ああ、ダメだ。全力出しすぎて気持ち悪い。こんなの、初日に東さんに引きずられて10km走らされたとき以来だ。


「全力疾走を1時間。体力はそこそこ、といったところでしょうか」


 上着の内ポケットから取り出した懐中時計を眺めながらそう言った新治くんは、汗一つかいておらず、呼吸の乱れもなかった。


 早さだけじゃなくて、体力も化け物並かよ。


 くそ!普段は誰かに負けたって悔しくなんかないのに、新治くんに負けたのが吐き気がするほど悔しい。いや、もう本当に吐きそうなくらい気持ち悪い。


「では、自分はお嬢様のお支度を調えなければなりませんので、失礼します」

「待てよ」


 ぺこりとこちらにお辞儀をしてきた新治くんを呼び止める。まさか呼び止められるとは思っていなかったようで、きょとんとした顔でこちらに視線を向けた。


 だけど、俺には聞かなければいけないことがある。


「今日、普通に学校あんの?」

「・・・・・・ございます。本日はオリエンテーションとのことですが、なぜご存じないのですか?」

「それ、どこ情報なの?」

「入学式の後にお話がありました。それに、端末にも通知がきていると思いますが?」


 基本的にメールは開かないタイプなもんで。入学式に関しては小雪と新治くんのせいで、知らぬ間に終わってたし。


「そうか。ありがとう」

「いえ、それでは失礼いたします」

「あ、ちょっと待って」

「なんと言われても、お嬢様に近づけるわけにはまいりませんが?」

「いや、学校って何時から?」

「・・・・・・朝のホームルームが8:30からはじまります。それまでにはご登校ください」

「わかった」

「持ち物は、筆記用具と端末があればよろしいかと。では、失礼します」


 わざわざ今日の持ち物まで教えてくれるなんて、意外と良いヤツなのかな?度々呼び止められたくなかっただけかもしれないけど。


 とはいえ、まだ時刻は朝5時を少し過ぎたばかり。こんな時間から小雪の登校の準備?


 普段なら、あと2時間は寝てるだろうけど。


 というか小雪は女子寮に住んでるのに、どうやって支度を調えるんだ?


まさか、執事は男子禁制の女子寮にも出入り自由とか?そんなうらやましいことある?


「はぁ・・・・・・今更俺には関係ないことかな」

「その割には、ずいぶん張り合ってたみたいだね」


 感傷に浸っている暇もなく、頭の上からミナモちゃんの声が降ってきた。いつまで経っても来ないと思ったら、こっそり俺たちが走ってたのを見ていたらしい。


「月夜野さんに、未練があるんだ」

「その言い方止めて。ただ急なことだったから、もう関わりが無くなると思ったらさみしいなって」

「バディを解散しても、同じクラスで前の席なんだから、学校に行けばいくらでも話ができるんじゃないの?」

「いや、それはぁ・・・・・・俺が話しかけるの、迷惑じゃない?」

「なにそれ。令嬢に婚約解消されたあとの子息みたいだね」


 それってつまり、彼女にフラれた彼氏みたいってことですか?


 それだと、想像以上に気まずくて話しかけられそうにないんだが?


いやいや、俺たちはバディであって恋人ではなかったんだから、別にクラスメイトとして話しかけるのは問題ないはず。席も前後で近いんだし、話をしない方が逆におかしいだろ。


「ふふ、今日のお兄ちゃんならボコボコにできそうだね」


 いや、普段からミナモちゃんにはボコボコにされてると思うんだけど?


「ああ、でもその前に、お師匠様からのお話もあるみたいだね」

「え?」


 ミナモちゃんにつられて視線を移動すると、訓練場の入り口で腕を組んで仁王立ちしている東さんと目が合った。


 めっちゃ笑顔なんだけど、嫌な予感しかしない。


 東さんは腕組みをしたまま一歩を踏み出すと、一瞬で俺の視界からいなくなった。


「上か?」

「残念、後ろだ」

「うおおぉ!」


 上を見上げているところに背後から声をかけられたものだから、思わず変な叫び声をあげてしまった。


「見てたぞ護ぅ。ずいぶんと差ぁ着けられてたじゃねえか」

「す、すいません」

「なっはっはっは。謝るこたあねえよ。これからみっちり鍛えまくって、早さも体力も追い抜いてやりゃあ良いんだから」


 あ~、はい。思考が完全に脳筋のそれだった。


 せめて励ますとか・・・・・・東さんにはムリか。


「とっととあいつぶっ飛ばして、小雪を連れ戻してこいや」


 いや、新治くんぶっ飛ばしただけだと、小雪は連れ戻せないと思うんだけど。


 まあ、その言葉のおかげで少しは元気が出た気がする。さすがは師匠。







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