3-5
「―――互いの良き部分に触れ、共に成長し合うことを―――」
壇上であいさつをしている赤髪のおっさんをぼうっとした頭で見つめている。
あのおっさん、服装こそスーツを着ているけど、赤い髪や黄金のような金色の瞳を見る限り、異世界の人なんだろう。
話の内容なんか全く頭に入ってこないけど、そんなどうでも良いことを考えていても、視線を向けておきさえすれば、まじめに話を聞いているように見えるだろう。
「―――我が愛娘も皆と共に学ぶこととなるが、特別扱いなどせず、平等に扱ってもらえればありがたい」
そう最後に結んだおっさんは、礼もせずに壇上から降りていった。
「ふぁああ、やっと終わった」
隣の席に座っている刀司が、大きな欠伸をしながらそう言った。せめて手で隠すくらいはして欲しいところだが、こいつにそんなことを言ってもムダだろう。
『続きまして、新入生代表あいさつ―――』
「げぇ、まだあいさつあんのかよ。もう1時間も座りっぱなしで疲れちまったよ」
「もうすぐ終わるから、もうちょっとガマンしなよ。せめて、声のボリュームを落としてくれ」
「へいへい」
いくら人数が多いとは言え、普通の声量で話をしていればさすがに目立つ。
担任・・・・・・はすでに大口を開けていびきをかいているから注意はされないだろうし、副担任はその担任を何度も魔杖でひっぱたいて起こそうとしてるわ。
クラス担任たちからは怒られなさそうだけど、周りから視線は集めてしまうので、まじめにはしていてほしい。
「それでよ。護はバディ、どうするんだ?」
小声で話をすればOKとでも思ってんのか。まじめに話を聞けよ。
「もし良ければ、俺と一緒に組むか?」
「ちょっとちょっとちょっと!ボクのことはどうするんだよお!」
「マコトは上野とでも組めば良いだろ?やっぱ同性同士のほうが気ぃ使わなくて良いし」
「うそうそうそ!刀司くん、ボクに気を使ってくれたことなんかあったかなぁ~?」
「・・・・・・ねえけど」
「ふっふっふ。ボクもないよぉ」
「ねえのかよ!」
バディか。こっちにきてすぐの頃は、レアスキルを持った小雪とはバディを解散したいと思っていた。
でも、まさかこんな感じでいきなりバディを解散することになるとは思っていなかったから、少し動揺してる。
なんだかんだで小雪には助けられていたし、バディを組んでからの生活も嫌ではなかった。
2ヶ月以上バディを組んで、小雪と一緒にいることが当たり前になった。それを今更、別の男にかっさらわれていくなんて・・・・・・
なんか俺、フラれたみたいだな。
いや、実際にフラれたようなもんか。
「ねえねえねえ、聞いてるマモルくん?」
「ん?そうだね。そう思うよ」
「だよねだよねだよね~。それじゃあひかりちんにも後で伝えとくから~」
「ん?」
適当に返事をしたんだけど、なんでそこで上野さんの名前が出てくるんだ?
「ごめん甘楽さん。今のなんの話―――」
「ほらほらほら~、式も終わったしもう行こうよぉ~」
あれ?いつの間に入学式終わってたんだ?
気がついたら会場はざわざわと賑やかな声があちこちから聞え始め、周りに座っていた生徒たちも席を立っていた。
せっかくの入学式だったのに、ほとんど記憶に残っていないな。
「よっし、時間も早えし、訓練場で体動かしてくるかな」
「いやいやいや、せっかくの入学式なんだから、もっとやることあるでしょ~!お昼もまだなんだから~、みんなでご飯食べに行こ~!」
「う~ん。まあ、腹が減ったら動けねえって言うからな。メシ食いに行くか!」
言うからなって、それことわざでもなんでもなく、生物として当然の話だからね?
どうやら入学式が終わったら各自で解散。教室に戻る必要はないらしい。
そう言えば、小雪はどうしただろう?そう思って周囲を見回してみるけど、見つけられない。
執事服を着た少年が侍っているんだから、すぐに見つけられそうなものだが、もしかしたらもう帰っちゃったのかな?
「ほらほらほら~、マモルくん置いてっちゃうよ~?」
「あ、ごめんごめん。それよりまだ11時前だけど、甘楽さんもうお昼食べられるの?」
「ふっふっふ~ん。食べれなかったら刀司くんに食べてもらうからよし!ボクはデザート食べるし!」
食事って言うより、仲間内で集まってしゃべりたいだけか。ファミレスがあればちょうど良さそうだけど、どこかにあったかな?
「やあ、マモルくん。会いたかったよ」
そんなことを考えながら立ち上がろうとしたら、背後から声をかけられてしまう。
なんで今日はこうもタイミング悪く声をかけられるんだろうか、なんて思いながら振り向くと、先ほど壇上であいさつをしていた赤髪のおっさんが立っていた。
え、え~っと、どちら様でしょうか?
「なるほどなるほどなるほど~、先約がいたんじゃあ仕方ない。ボクは刀司くんと行くから~。また今度、学校でね~!」
なにがなるほどなんだか説明してからいなくなってくれ!
俺この人があいさつしてたのは知ってるけど、名前とかなんも聞いてないんだから!
「それじゃあ、我らも行こうか。どこか、話をしながらお茶を飲める場所があれば嬉しいのだが」
「え?」
少なくとも俺はこのおっさんとは初対面。さすがに誰とも知らないおっさんと2人でお茶っていうのはムリ。
せめて名前を聞きたいところだけど、あいさつ聞いてなかったんで名前教えてもらえます?なんて聞くわけにもいかないし。
「すいません、2人で、ですか?」
「む?ああ、もちろん娘も一緒だよ」
ということは、この人の娘さんも今日の式に参加してるのか。
ふむふむ。だいたいどちら様か検討がつきましたよ。
異世界人で俺の知り合いは少ない。そして、女の子で赤い髪を持つ知り合いなんて、1人しかいない。
信号機3人娘の赤担当、マイラリアさんのお父さんだ!
なんでいきなりマイラリアさんのお父さんにお茶に誘われたのかは全くわからないけど、マイラリアさんが来てくれるんなら、どうにかなるだろ。
「それじゃあ、先に娘さんと合流しましょうか」
たしかフォルティア王国の生徒はIクラスだったはず。
マイラリアさんのお父さん?を引き連れながら、生徒の合間を抜けながら歩いていると、カラフルな髪色の集団が眼に入る。
高校デビューの集団でなければ、あそこが異世界組の生徒たちが集うクラスだろう。
なぜか全員パイプ椅子に腰掛けたまま背筋を伸ばし、微動だにしていないんだけど、大丈夫だろうか?
お隣のサランド王国やミサカイ皇国の生徒たちはすでに誰も残っていないので、誰も帰って良いことを教えてくれなかった、なんてことはなさそうなんだが?
あの雰囲気の中から、マイラリアさんだけを連れ出すのはかなり大変そうだぞ。たしか、あんまり家の位が高くないって言ってたし、いくらお父さんが来てるからって、真っ先に連れ出すわけにもいかない。
いや?そもそもなんであんまり家の位が高くないマイラリアさんのお父さんが来賓であいさつしてんの?
「どうかしたかな?」
なんだか嫌な予感がして、おっさんの顔を改めて見直す。
燃えるように赤い髪。これはマイラリアさんと一緒。若干マイラリアさんの髪色の方がオレンジよりな気もするけど、親子で全く同じ髪質、なんてことはなくても不思議じゃない。
それよりも特徴的なのは、瞳の色。
黄金に輝く金の瞳。
この瞳を、俺は知っている。もちろん、マイラリアさんじゃない。
ごくりと唾を飲み込んだと同時に、背後で人が動く気配がした。
恐る恐る振り返ると、先ほどまで椅子に座っていた集団が、1人の例外も無く、一斉に跪いていた。
この後の展開を考えたら、頭が痛くなってきた。
こうなったら、絶対にマイラリアさんも連れて行こう。