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マジで上野さんのバーサーカー化が留まるところを知らない。
これでも上野さんより筋力のステータスかなり上なんだよ。それなのに完全に押し負けてるってなんなの?
脳のリミッターが無意識に制限を、みたいなやつ?俺は上野さんを傷つけないようにいつも以上に力をセーブしてるけど、上野さんはリミッターがぶっ壊れてるとかそんな感じか?
中学時代は明るく、人当たりが良く、誰にでも分け隔てなく接するまさに光の女神とほめたたえられていたのに、今はその面影はどこにもない。
「お願いします。上野さん、止まってください!」
「絶対許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
こええええええぇ!
こんなん耳元でささやかれ続けたらビビって腰が引けるって。そのせいでずんずんと押し込まれて行き、いまだにごちゃごちゃと俺を罵倒し続けているバカ2人のところへ近づいていく。
「あんたら、とっとと逃げろ!」
「ふざけんな!なんでテメエの指図なんか受けなきゃなんねえんだ!」
「そうだぜ!テメエがいなきゃ、今頃そっちの女どもは俺らのもんだったんだぞ!」
マジでアホ過ぎる。この状況でまだ戦力差がわかんねえのかよ。
そんなんでダンジョンなんか入ったらすぐ死ぬぞこいつら。
久賀くんやマサルくん以上のアホじゃないかよ。よくこんなやつらの入学認めたな風守学院!
「う、上野さん?そろそろ正気に戻りましょう?ほら、可愛い顔が台無しですよ?」
そう言って、ゆっくりと上野さんの背中を叩く。
ゆっくりと一定のリズムで優しく背を叩いてやると、興奮した人を落ち着けることができるって、なんかの動画で見た気がする。
「ふぇ!い、今、アタシのことか、可愛いって言った?」
「はい、上野さんは可愛いです。だから、そんな無表情は止めてください!」
「え?あれ?それに、な、なな、なんで護がアタシのこと抱きしめて・・・・・・ふきゅぅ」
え?なんか急に上野さんが真っ赤になって気を失っちゃったんだけど?もしかして、絞め落としちゃったとか?さすがに柔道の心得はないけど、できたんならそれで良いか。
おかげでバーサーカーを鎮めることができた。
足の力を失って倒れかかった上野さんを抱き上げて、ゆっくりと床の上に寝かせてやる。
「さて、これでどうにか制圧できたか」
気絶3、戦意喪失2だ。これで被害が出ることはないだろう。
「っち、なんだよこりゃあ!どう落とし前つけんだテメエ!」
「あったまきた。こいつサンドバックにしちまおうぜ」
こんだけしゃべれれば問題ないな。それじゃあ、みんなを回収して移動するか。
「くらえええ!轟拳!」
すとんと、背中になにか触れた感触が伝わってきた。さっきのビンで叩かれたほうがよっぽど衝撃があった気がするんだけど、まだじゃれたいのか?
「あんたら、いい加減にしないと本気で危ないぞ?」
戦意喪失とはいっても、BL本に気がそがれてるだけで、いつ襲いかかってくるかわからない死神は健在なんだぞ!
「へん、今のでビビりやがったな?でも、今さらやめろったって、許してやんねえよ!轟脚!」
振り向いた瞬間に、顔面にモブBの蹴りが飛んできた。これ、もしかしてスキル使ってる?ちょっとだけ痛かったよ。ちょっとだけ、ね。
「ほら、こんなんでイキってると、絶対に痛い目にあうから。とっとと訓練場にでも行って訓練しなよ!」
「な、なんで平気そうなツラしてやがるんだ!お、俺は、スキルを使って本気でやったんだぞおおおおぉ!」
「今のが本気じゃ、1階層の魔物だって倒せないよ。ほらほら、とっとと帰って、みっちり訓練しな。それとも、俺が一緒にやってやろうか?訓練」
「「お、おぼえてろよおおおおおおおぉ!」」
せっかく笑顔で訓練に誘ってやったのに、男たち2人は典型的な捨て台詞を吐いて逃げ出していった。
スキルを使えるからって、調子に乗っちゃったのかな?よく序盤で出てくる雑魚キャラみたいで本気で心配になる。
あんなんでも、普通の学校にいたら周囲が危険だからって、無理矢理ここに連れてこられたってところだろうか。
「はわわ、そ、そのぉ、マモルさん!」
モブ男くんたちが走り去ったのを見送っていると、背後からアイシェアさんに声をかけられた。
「も、もしかして、なんですけど、マモルさんは、女の子より男の子の方が好き、なんですか?」
何言ってんだこの子!
そう思ったのだが、アイシェアさんが手にしているモノを見て、俺は何も言えなくなった。
白い肌を真っ赤に染め上げたアイシェアさんは、アイスブルーの瞳いっぱいに涙をためながら、こちらに向かって1冊のマンガを見せつけていた。
もちろん、BLマンガだ。
よりにもよって、男性同士がベッドの上でアレしてるシーンがでかでかと見開き2ページで描かれている。
「こ、公爵家の次期当主としては、お、お世継ぎを作るのもお仕事ですから!お、女の子にも手を出していただかないと困ります!」
完全にそっちの性癖だと勘違いされたぁ。
よりにもよって、1番純粋そうなアイシェアさんに。っていうか、アイシェアさんになんてもん見せてしまったんだ俺は!
がくりと、両膝をついて崩れ落ちる。
「その、ワタシもがんばりますから。だ、男装とかすれば、大丈夫でしょうか?」
アイシェアさんのスタイルで男装はかなり無理があるでしょうが!
優しく肩に触れながらそんなこと言われても、俺の罪悪感とも喪失感とも言えないこの感情は、さらに深まるばかりだ。
「あ、やっと見つけたわ!おいていくなんて酷いじゃない!って、何よこれ!」
そう言えば、ミィティリアさんを置き去りにしてきたのすっかり忘れてたわ。そもそも、ミィティリアさんが32冊もBL本を買わなければこんなことにはならなかったんだ。
「あたしの書物たちが、な、なんでこんなことに」
「ミィさん、これ、貴女が購入された物なのですか?」
「え、ミラフィリーナ様?どうしてそれを持ってるんですか」
「ふふふ、まあまあ。それよりも、早くこれらの書物を拾いましょう?貴重な書物が汚れてしまいますわ」
やばい、ラフィさんまで引き返せない道に足を踏み入れてしまった。もしフォルティア王国でBLが流行しても、俺のせいじゃないからな。
「そうだわ。マモルくん、これ。どうすれば良いのかわからないからそのまま持ってきたのだけれど」
手渡されたのは、俺のスマホ端末。しかも、まだ小雪と通話中になっている。
『大丈夫だよ護くん。趣味趣向は人それぞれだからね』
「もういっそ殺してくれ!」
『そんなことより、早く配信止めた方が良いんじゃない?』
「配信?」
『うん。上野さんも気絶しちゃってるし、もう終了した方が良いんじゃないかなって?』
小雪が言っていることが、一瞬理解できなかった。
俺の目の前でホバリングするドローンを見るまでは。
「は?え?ま?これ、録画じゃなくて生配信してんの?」
『そうそう。なんと同時接続者数が1万人だって。平日の昼間なのに、なんでこんなにたくさんの人が見てるんだろうね?』
それ絶対言っちゃダメなやつぅ。
「それより、これどうやって止めたら良いの?」
『あ~、私も使ったことないからわかんないよぉ。ちょっと奏センセに聞いてくるよ』
「え?待って待って。それまで俺どうしたら良いの?」
『コメント欄お祭りみたいになってるから、視聴者とお話でもしてれば良いんじゃないかな?』
そのまま通話を切られてしまった俺は、言われるがままX-チューンのアプリを起動。
上野さんたちのチャンネル名がわからんので、配信中の動画を検索。トップにそれらしいチャンネルを見つけたのでそれを再生すると、スマホ端末を両手で握りしめてガタガタ震えている男がアップで映されていた。
俺だった。