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「まさか、こんなに出てるとは」
両手に下げた紙袋の中には、先ほど、ミィティリアさんが購入したマンガが大量に入っている。
現在32巻まで発行されており、今なお連載中の作品らしい。さすがにこの量をまとめ買いしようなどと、以前の俺だったら考えられなかった。
だって普通に大金だし。俺の小遣い4ヶ月分の金額が溶けていったぞ。
まさか両手いっぱいにBL本をひっさげて歩く日が来るとは思わなかった。この袋の中身を知り合いに見られることを想像すると、嫌な汗をかいてしまう。
「大丈夫かしら?重いのだったら、あたしが持つけれど」
「大丈夫だよ。ステータスが上がったおかげで、これくらいの重さはなんともないから」
精神的にはかなりきついけどね。ステータスが上がっても、メンタルは強くならなかった。
『~~~♪~~~♪』
そんなことを考えながら歩いていると、スマホ端末が小気味よいリズムで音を立てた。
紙袋の持ち手を腕の部分まで引き上げて、ポケットから端末を取り出す。着信の名前を確認してから、その電話をとった。
『護くん大変大変!上野さんたちが襲われてるよ!』
「襲われるって、下着を買いにダンジョンまで潜ったの?」
内容は殺伐としているが、小雪の声は落ち着いているので、こちらは冗談で返してしまう。
『違うよ!ランジェリーショップを出た後に、チャラチャラしたうぇーいとか言ってそうな連中に絡まれたみたい』
それはいわゆるナンパってヤツか。あんだけ美少女がそろってれば、ナンパの1つや2つされても不思議じゃないよね。
でも、それを襲われてるって表現するあたり、小雪らしいというかなんというか。
「ナンパされてるだけでしょ?だったら別に大丈夫じゃないかな。上野さん、そういう相手をあしらうのなれてるし」
なにせ中学時代には、日に何十件と告白されて、その悉くを打ち砕いてきたんだから。
『いやぁ、上野さんたちじゃなくて、絡んできた相手が危ないかなぁって』
それを聞いた瞬間に、俺は走り出した。
やばいやばいやばい!
相手は学院に入学する予定とは言っても、まだろくに訓練も受けてない一般人だ。スキルを1つか2つ持っている程度で、あの集団の相手なんて務まるわけがない。
もし彼女たちが本気で戦ったりなんかしたら、ナンパ野郎だけではなく、建物にも多大な被害が出る。
「なあなぁ~、どうせ女だけで遊んでんだろ?だったら俺らが混ざっても良いじゃ~ん」
「そうそう~。俺らなら面白いこと、たくさん教えてやれるぜぇ」
ああ、なんてテンプレなナンパ野郎だ。すでに上野さんは拳を握りしめて臨戦態勢だし、ミナモちゃんたちも武器を手にしている。
あのバカどもには、ラフィさんの禍々しい鎌が見えていないんだろうか?
そんな装備で油断してたらすぐに死ぬぞ!
「ほら~俺らと一緒に行こう―――」
「せめてフル装備になってから出直してこいこのバカどもがああああああぁ!」
「「ぶっへえええぇ!」」
できるだけ力を込めず、インパクトの瞬間にもソフトタッチを意識した俺渾身のドロップキックで、三下野郎2人は吹き飛んでいった。
吹き飛んだと言っても、せいぜいが2メートル程度。そこまでのダメージは与えていないはず・・・・・・生きてるよね?
「んだテメェ!」
「いきなり何しやがんだゴラア!」
ああ良かった。手加減は完璧だったようで、クソ野郎たちはすぐに立ち上がってこちらを怒鳴りつけてきた。それだけの元気があれば問題なさそうだ。
「2人を助けに来たんだ。ごめんね、急に蹴り飛ばして。大丈夫?けがしてない?」
「はあ?テメェなに言ってやがんだよ!」
俺の胸ぐらを掴み上げるモブA。そんな弱々しい筋力で、よくあのバーサーカーや死神と対峙しようと思ったな。
「よくがんばったな。ここからは、俺が護ってやるから」
「ぐあぁ、う、腕がぁ!」
モブAの手首を軽く掴んで、手を放してもらってから、2人のクソ野郎共を護るように立ちはだかる。
「お兄ちゃん、どいて」
「姫様への無礼は万死に当たります。打ち首では生ぬるい。この鎌で八つ裂きにした後、先日購入したミキサーなるものですりつぶしてあげましょう」
「・・・・・・」
ミナモちゃんとラフィさんは怒りをあらわにしてその切っ先をこちらに向けてくる。
上野さんは、なぜか無言のままハイライトの消えた目で俺の後ろにいるモブABを見つめていた。これは、完全にロックオンしてる。
「ひかりの盾」
残念ながら今日は装備なんて持ち歩いていない。ひかりの盾だけが今できる最強の装備。
普通の高校生が買い物程度で武器なんて持ち歩かないし、そもそも銃刀法違反・・・・・・いや、学院内は治外法権になってるって誰かが言ってたっけ?
俺は両手に紙袋をぶら下げたまま、ひかりの盾を構えて腰を落とす。
さあ、来るなら来い!
「バカにしてんのかおい!調子乗ってんじゃねえぞクソ雑魚がぁ!」
「あだぁ!」
突然背中に衝撃を感じた。何かぶつかったかな?痛いかな?程度のものだったので、盾も自動で反射してくれなかったようだ。
「へへ、ビビってんのか?」
「もういい。このおかしなヤツ、とっととたたんじまおうぜ」
たたんじまうって、アンタは昭和のヤンキーか!
「ねえ、今アンタ、護を殴ったの?」
こんなやんちゃなクソ野郎を2人も守りながら、あのバーサーカーを止めないといけないのかよ。
しかも、上野さんの攻撃はひかりの盾で反射できないというクソ仕様。
「おらぁ!とっととどけやこのカスが!」
「つうか、なんで俺らを守ってんだよ!格好つけたきゃ向こうの女共を守ってやれや」
ボコボコと、まるで肩たたきでもされているかのような衝撃が背中に伝わってくる。
マジでそのレベルなんだったら、黙って俺に守られていてくれ。
「んだよ!全然動かねえぞこいつ。どうなってやがんだ」
「んなら、こうやりゃ良いだろう、がぁ!」
バリンというガラスが割れる音と一緒に、頭に冷たい感触が広がっていく。それはポタポタと、前髪を滴って床に落ちていく。
「ギャッハハハハハ、ざまあねえ。おら、これ以上痛い目見たくなったら、とっととどけろやば~か!」
その瞬間、俺をビンのジュースで殴りつけたモブBを後ろに突き飛ばし、盾を構える。
「っく!なんで邪魔するのさ旦那様!」
「早くどいてお兄ちゃん!そいつら殺せない!」
同時に斬りかかってきたミナモちゃんとマイラリアさんをひかりの盾で吹き飛ばす。空中で体勢を整えながら、さらに追撃を加えようとする2人に対して、両手に持っていた紙袋を投げつけて撃ち落とす。
片方16冊のBLマンガが入った紙袋の直撃を受け、ミナモちゃんとマイラリアさんは昏倒。
紙袋も無事ではすまなかったようで、バラバラと音を立てながらマンガが床に放り出されてしまった。
「・・・・・・あの、マモルさん?この書物はいったい?」
「は、はわわわ。お、男の人同士でこんな、こんなのって・・・・・・」
散乱したマンガを手に取って読み始めるラフィさんとアイシェアさん。2人は完全に戦意を失って本に夢中になった。
しかし、残ったバーカーカーこと上野さんは、そのマンガを一瞥すると、いっそう表情を無くして無言で殴りかかってくる。
ダメだ。あの拳はひかりの盾で反射できない。でもさすがに、上野さん相手にカウンターを使うわけにもいかない。
「上野さん、止まってください!」
上野さんの拳を躱し、両脇から手を回して上野さんの上半身を抱え込む。
「彼らには手を出さないでください!お願いします!」
上野さんの上半身を押さえ込みながら、俺は必死に叫んだ。