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 クレープの伝説について詳細を知っている異世界女子は誰もいなかった。そんなに古い伝説だったのか、貴族令嬢に世俗の物語は縁がなかったのか、たんにこの子たちが恋愛話に疎かっただけなのか。


 さて、そんなわけで小腹も膨れたところで、女子たちは下着を買いに行くことになった。


 異世界の下着事情は、中世のヨーロッパ時代レベル。いわゆる「ナーロッパ」なので、下着のレベルも中世らしい。


 この前マイラリアさんがブラ着けていたと思ったけど、アレは日本政府が支給した物で、こちらに来てから初めて着けたんだとか。


「アレって胸が邪魔にならないから便利だよね!」


 と言われても、男の俺には一生共感できない話だが。


 ともあれ、これからも必要になるものだからと、みんなで買いに行くこととなったわけだ。


うん、俺はもちろん着いていかないよ?強引に連れて行かれそうになったけど、スキルまで駆使して抵抗した。


 さすがについ先日まで中学生だった思春期男子が、同級生の女の子たちとランジェリーショップに行けるわけないよね?


 というわけで、近くの本屋で時間を潰そうと思ったわけなのだが。


「あの、ミィティリアさん?なんでみんなと一緒に行かなかったの?」


 青髪さんことミィティリアさんは、女子たちと一緒に行かず、なぜか俺に着いてきてしまった。


「・・・・・・下着は支給された物で十分だから」


 随分と間を開けて返された言葉は、どうにも彼女の本心ではなさそうだった。


「もしかして、ミナモちゃんやラフィさんと一緒にいるのが大変とか?」

「ち、違うわ!姫様もミラフィリーナ様も、下級貴族のあたしたちを気にかけてくださってる。そもそも、フォルティア王国からの留学生はみんな、王妃様の派閥の子どもだからね。仲は悪くないのよ」


 やっぱり派閥ってあるんだ。


水姫さんの派閥で統一されてるんなら、少なくともフォルティア王国の子ども同士でギスギスしたりとかはしなそうだな。


「ん?じゃあなんでこっちに来たの?」

「だから、下着は支給された物で十分だったの!」

「もしお金のことを心配してるんだったら、俺が立て替えといても」

「ち、違うわよ。お金の心配をしてるわけじゃないの」

「じゃあなんの心配してるの?」

「・・・・・・」


 ミィティリアさんはそっと顔を背けた後、両腕で抱きかかえるように胸元を隠した。


 もしかして、胸が小さいのを気にして、みんなと一緒にブラを選びに行けなかった、とか?


 これは聞いて確認なんてできませんよ。察することができるのが日本人の良いところ。今のはなかったことにして、別の話にシフトチェンジだ。


「ミィティリアさんは本とか読む?そもそも、テリオリスの世界って、本は高級品だったりするのかな?」

「・・・・・・」


 いや、良かれと思って話題を変えたんだから、そんな恨みを込めた目で見るのは止めてよ。


「・・・・・・はぁ。そうね、本は高級品だけど、割と貴族以外にも広まっているわ。主要な都市や裕福な村にも書店があったりするから」

「そっか、それだけ本が出回ってるんなら、これを見てもあまり驚かないかな?」


 ミィティリアさんがなんとかこちらを向いてくれたので、正面に向けて指さしをする。


「な、なにここ!鮮やかな絵が描かれた本が、こ、こんなにたくさん!」


 書店を前にして、ミィティリアさんが口を大きく開けて驚いてくれた。本の多さと言うよりも、本自体に驚いているようだけど。


 本は流通していても、印刷技術とか、写真とかはこちらの方が発展してるってことかな。


「ま、マモルくん!こ、これって本物の人が描かれてるみたいだけど、魔法を使って本の中に人を閉じ込めてるの?」

「いや、そんな恐ろしいことするわけないでしょ。ほら、下にも全く同じ本があるよ」


 たまたま手に取ったファッション雑誌に驚きを隠せないミィティリアさん。


写真を知らないようで、同じモデルが何度も出てくるたびに驚いているんだけど、「まさか、この本に閉じ込められたうえに、労働まで課されているの?」と聞かれたのには、さすがに笑ってしまった。


 写真や印刷について説明をすると、熱心に話を聞きながら、本をめくっていた。


「そう言えば、日本の文字って読めるの?」


 さっきのクレープ屋でも、マイラリアさんが問題なくメニュー表を見ていたけど、地球と統合されてわずか半年、日本への留学が決まったのはもっと最近のはずだ。


そんな短期間で読み書きを完璧に覚えるなんて可能なんだろうか?


 少なくとも、会話に違和感は感じない。


「自動で翻訳されてるのよ、魔法で」

「マジでか!」


 いわゆる召喚された異世界で、最初から備わってる基本装備ってやつか。


 異世界の方が無理矢理地球に統合されたから、異世界人の方がその基本装備をもらったらしい。


 地球の言葉なら、どこの国の言葉でも自動で翻訳してくれるらしい。それがあれば、英語の授業とかいらないな。


「ミィティリアさんは、読書したりするの?」

「そ、そうね、そこそこ、かしら?」


 あれだけ剣が上手だったから、あんまり芸術面には興味がないのかと思ったけど、貴族教育とかで教養も必要なのだろうか。


「どんなジャンル?」

「え~っと、ほら、あれよ。領地経営の学術書とか、魔術関連の書物とか」

「領地経営か~。やっぱり貴族のご令嬢ってそういう勉強もさせられるんだね」


 せっかくなので、経済とか経営の書籍が置かれているところに案内してあげよう。そう思って移動していたら、コミックが平積みされているコーナーが目に入った。


「このマンガ、小雪に貸してたヤツの新刊じゃん。もうそんな時期なのか」


 いわゆる異世界転生モノのコミカライズだ。年末に新刊が出たんだけど、もう次が出たんだ。


 思えば1月の終わりからだから、早2か月経つんだもんなぁ。ここに来てからは、マンガなんかほとんど読まないで、訓練ばっかりしてるけど。


「ねえ、まんが?ってなんなの?」


 ミィティリアさんも興味深そうにマンガを手に取っている。さすがにビニールを破ってみせるわけにはいかないよな。そうなると・・・・・・


「ほらこれ。お試しで読めるのがあるよ」


 最近ではあまり見かけなくなったけど、試し読み用の冊子があったので、それを手渡してやる。


「コマはこういう順番で読んでいけばいいからね」

「わ、わかったわ」


 戸惑いながらも、マンガに目をやるミィティリアさん。そして、そのマンガのタイトルを見て目を引ん剝く俺。



『先輩とボクの熱い残業』



 そう書かれたタイトルと、微笑みあい、手を取り合っている2人のスーツ姿の男たち。


 試し読みに置いてあるんだから、もっと万人受けするようなマンガだと思ったんだけど、全然メジャーじゃない。


「え?この2人、お、男同士よね?な、なんでそんなに顔を近づけて・・・・・・え?え?な、なんでベッドに押し倒して?」


 一部には熱狂的なファンがいるジャンルのマンガなのか?


 俺は慌てて本を取り上げようとしたのだが、ミィティリアさんは俺の手をひらりと躱して本に没頭している。


「う、ウソでしょ?男同士でそんな・・・あ、あぁ・・・・・・」


 誰でも手に取れる試し読みのマンガにどこまで載せてるんだよ!ちっちゃい子が手に取ったら親御さんが困るだろうが!


「・・・・・・ふぅ」


 手に取った本をぱたんと閉じて、大きく息を吐いたミィティリアさん。


 彼女はうっとりとした表情を浮かべながら、マンガの表紙をこちらに見せつけて言った。


「この本、続きはあるのかしら?」


 ここに新たに、深い沼に足を踏み入れた少女が1人。








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