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「で、では、このゲームを書いた人は、ルール説明を頼む」
「「「「・・・・・・」」」」
久賀くんが日本の生徒に向かって声をかけるが、誰も声をあげない。若干1名があからさまに顔を背けているのだが・・・・・・
「あ~、ひかり。ルール説明を頼む」
それだけあからさまに顔を背けていれば、誰だってわかるよね。
久賀くんに声をかけられた上野さんは、それでも頑なに顔を背けたままだった。
「・・・・・・ただけだもん」
「なんだって?」
「アタシは、護とポッ○ーゲームしたかっただけだもん!護と別の人がポッ○ーゲームやるのなんて見たくないもん!」
じゃあなんで書いたんだよ!
そもそもこの人、どうしてそんなに俺とポッ○ーゲームやりたがるんだよ。
上野さん俺のこと好きなのかって、そんな勘違いをしても許されるレベルだよ。
「では、2人が同時に1本のポッ○ーを咥え、先に口を離した方が負け、というルールで良いか?」
「やだ!なんで護があんなゲロ王子とポッ○ーゲームさせられなきゃいけないの!もう決着ついたんだから、泣きの1回なんて必要ないじゃん!」
それは全くもってそのとおり。俺だって泣きの1回を受けるつもりはなかったし。ただ、一言言わせて欲しい。
「じゃあなんでポッ○ーゲームなんて書いたんだよ!」
「だ、だからそれは護と・・・・・・と、とにかく、男2人で同じポッ○ーを咥えるなんて不健全!い、今ルール考えるからちょっと待って!」
たしかに男2人でポッ○ー咥え合っている図は見ていて楽しいものじゃない。
でも、今回ばかりは普通のルールでポッ○ーゲームをやっておいた方が良い気がする。なぜだかわからないけど、非常に嫌な予感がするんだ。
そう。今すぐにでも教室のドアを開けて、厄介事がやって来そうな・・・・・・
「お~う!この間のメイドさんがここにいるって聞いたんだけどよお。また香草包み焼きを作ってもらいてえんだけど・・・・・・って、なんの騒ぎだこりゃ?」
どうしてこういう嫌な予感は当たるんだろう。危機関知のスキルでも生えたんではなかろうか。
だって東さん、見覚えのある大きな檻を肩で担いでるし。
「なっはっはっは。なんだ、随分とおもしれえことやってんだなあ。だったら俺が手伝ってやるぞ?ようは度胸試し、みたいなもんだろ?」
今までの経緯、ちゃんと聞いてたかな?
せっかく時間をかけて説明したってのに、最後の一文しか理解してもらえてないような気がする。
「ちょうど今ここに、シザーラビットがいるんだ」
ガシャンと音を立てながら、担いでいた檻を地面に置くと、格子の向こうから真紅の瞳がこちらを睨み付けた。
「ギイイイイイイィ!」
前歯を出しながら、こちらを威嚇するシザーラビット。
その威圧にあてられたせいか、生徒たちはしんと静まり返ってしまい、和やかな雰囲気を醸し出してるのは、うちの師匠だけだった。
「2人がこいつの前でポッ○ー咥えて立って、先に逃げ出した方の負け。簡単だろ?」
ポッ○ー咥える意味は?
そんなんただのチキンレースだろうがこの筋肉おバカが!
危険な魔獣の前に立って呑気にポッ○ー咥えてるアホなんか、どこの世界にもいないんだよ!
「し、シザーラビット。耳のハサミが届かない遠距離からの攻撃で仕留めるのが定石の魔獣だぴょん。それを、相手の間合いの中で無防備になるなんて自殺行為だぴょん!」
「なんだあ?お前が手に入れたいものは、命をかけるに値しないってのか?」
「・・・・・・命をかけるには十分すぎるぴょん!」
いや、命をかけるには値しないでしょ!勝ってもなんも手に入らないんだから!
「おう、護には良い訓練になりそうだからな。勝負からは降りさせねえぞ?」
先に逃げ道を潰された。さすがは我が師匠だ。俺の考えていることが良くわかっていらっしゃる。
「まあ、無抵抗で突っ立ってるだけってのも味気ねえからな。回避と防御はありにすっか。そんで、先にポッキーを折られた方の負け。そっちの方が訓練になりそうだもんな!」
「勝負に訓練を持ち込まないでくださいよ!」
「ちょっとくらい良いじゃねえか。ここ最近、昼間の訓練休んでんだから」
その代わり、朝晩と訓練の内容がハードになりましたけどね!
「で、では、東先生の意見を取り入れ、ポッ○ーゲームのルールを確認する。両者ともにポッ○ーを咥えた状態でシザーラビットの前に立ち、先にポッ○ーが折れた方が負け。良いな?」
「だ、大丈夫だぴょん!」
「おうよ!護だって大丈夫だ」
いや、勝手に返事しないでよ!こんなクソみたいな勝負、できればやりたくないんだから。
「ちなみに、スキルの使用はありですか?」
「ん~、なしだな。せっかくだから動体視力の訓練しようぜ!」
スキル無し?ひかりの盾が使えなきゃ、俺ただの一般人なんですけど?
「大丈夫だぜ、護。相手の動きを落ち着いて見られりゃ、今の護ならシザーラビットの攻撃くらい余裕で躱せる」
「師匠の信頼が重すぎる!ムリムリ!躱し損ねたらポッ○ーじゃなくて首がポッキリいっちゃうじゃんか!」
「ん?ポッキリ折れるなんてこたあねえよ。チョキンと切り落とされるだけだ」
「切り落とされるだけだ!じゃねえよ!チョキンといったら間違いなく死ぬでしょうが!」
「なっはっはっは。そうなりたくなけりゃ、しっかり相手の動きを見極めるこったな。ほれ、始めるぞ」
東さんが右手を振り上げると、いつぞやの食堂のように紫色の光が放たれる。
空間魔法だ。
他の生徒たちの姿が、みるみる遠くなっていく。取り残された俺とマサルくんは、10m程先に鎮座した檻の前で腕組みしている東さんに視線を向けた。
「ほれ、とっととポッ○ー咥えろお!シザーラビット出すぞお?」
言われて、俺とマサルくんはポッ○ーを咥える。
凶悪な魔獣を前にしてポッ○ー咥えるなんて、狂気以外の何物でもないだろう。
ちなみに俺はポッ○ーはチョコがついてない方から食べる派なので、持ち手の部分を咥えている。
それに対してマサルくんは、チョコの方から咥え込んだ。どうやら食べ方からして俺の敵だったようだ。
「それじゃあ、いってこいやあああぁ!」
「ギギイイイイイイイィ!」
檻から出されたシザーラビットは、東さんに尻を蹴飛ばされて、悲鳴にも似た鳴き声をあげながらこちらに突貫して来る。
「な!ほ、ほんとふにほひはなっはひょん!」
なんつってるかわかんねえよ!
とにかく、テンパってるマサルくんのことはいったん忘れよう。まずは自分の命が優先だ。
シザーラビットは、よりによって俺に向かって突っ込んでくる。
ハサミになっている耳が体に隠れて、いつ、どこから攻撃がくるのか読めない。本当にこれ、避けられんのかよ。
「ギイイイイイイイイィ!」
「うひゃあ!」
接近してきたシザーラビットの耳が、目前で交差するのが見える。それは一切の躊躇なく、俺の首を斬り落とそうとする攻撃だった。
間一髪、かがむことで回避に成功したが、その一撃だけでシザーラビットの攻撃は終わらない。
「ギイイイィ!ギイイイイィ!ギイイイイイイイイイイィ!」
低空に一撃。それをジャンプで躱したところにさらにもう一撃。必死に上空で体を捻って躱したところに、とどめの体当たりをかましてくる。
腕を使ってガードするが、ガードに使った左腕からミシミシと嫌な音が聞こえた気がした。
最後のはやばかった。
あれがハサミの攻撃だったら、上半身と下半身がお別れして、ゲロをぶちまけるよりも悲惨な光景をお届けしてしまうところだった。
でも、どうにかシザーラビットの攻撃は見えている。
まだもう少しなら、戦っていられそうだ。