2-28
「わ、わぁい、勝ったぁ」
「「「「「・・・・・・」」」」」
俺の勝利に教室中はしんと静まり返ったまま。なぜか冷たい視線を投げかけてくるばかりだ。
「えっと、ミナモちゃん?」
たまらず1番近くに立っていたミナモちゃんに声をかける。
「動けない相手に全力で斬りかかるって、さすがにどうかと思うよ。相手、一応一国の王子様なわけだし」
正論過ぎる!
たしかにちょっとやり過ぎたかなぁ、とは思うけど。向こうだって完全にこちらを殺りにきていたわけだから、俺が手を抜くわけにもいかなかった。
ちょっとムカついたから全力でぶっ叩いた、なんてことはないんだよ?
「ぐぬぬぬぬぅ。まさか足が麻痺するとは思わなかったぴょん」
ほら、壁に叩きつけたけどピンピンしてるじゃん、マサルくん。
どちらかと言えば、正座で痺れた足の方がまだダメージがあるみたいで、足をつくごとにビクビクと飛び跳ねていて、ウサギのように見えなくもない。
それを見ると足の裏をつついてやりたくなるのは、日本人の性というものだろうか。
「では、三本勝負、二本目を始める。勝負内容は―――ロシアンたこ焼き!」
先ほどは身体能力に大きく依存したゲームだったけど、今度は運要素が強いゲームがきたな。
しかも、普通のパーティゲームっぽい。
そうそう、俺はこういう普通な感じのゲームがやりたかったんだよ。
「では、発案者、ルール説明を頼む」
「は~い!」
「え?」
手を挙げてニコニコと歩きはじめたのは、ミナモちゃんだった。
あれ?クジにゲームを書いてもらったのは日本の生徒だけだったはずなんだけど、なんでミナモちゃんが書いてんの?
「ふふふ」
しかもめっちゃ悪い顔で笑ってるし。
「それじゃあ、ルールを説明するよ!まず、たこ焼きを用意します。このたこ焼きに、サランド王国特産のヘルチリペッパーソースをかけていきます」
テーブルの上に置かれたたこ焼きに、楽しそうにソースをフリフリかけていくミナモちゃん。
その様は、魔女が呪いの薬でも作っているかのよう。とても一国の姫様のして良い顔ではなかった。
ていうか、たこ焼き全部にソースかけたら、ロシアンの要素が無くなっちゃうんじゃないだろうか?
「み、ミナモ姫?それは本当に、サランドの名産、ヘルチリペッパーソースなんだぴょん?」
「ふっふっふ。そうだよ~。さっきお兄ちゃんに無理矢理食べさせられたけど、間違いなく、ヘルチリペッパーソースの原液だったよ~」
「げ、原液ぴょん!どうしてそんなものがあるぴょん!ヘルチリペッパーソースの原液は、国が定めた資格を持った商会以外には、卸せないことになってるぴょん!」
そうなんだ。東さんが普通にくれたから、広く出回ってるものかと思った。けっこう辛かったけど、国が規制をかけるほど危険なものなんだろうか?
「へ、ヘルチリペッパーソースの原液は、我が国で拷問にも使われているぴょん!それを、そんなに大量にかけたら・・・・・・」
「さっきねぇ、私、これのせいで吐いちゃったんだぁ。臣下のいる前でだよ?一国の王女が、吐瀉物まみれで倒れたんだよ?戻って来てからはみんなよそよそしいし、変に気を遣われてるのがわかるし。それでねぇ、思ったんだぁ。吐いたのが私だけだからいけないんだって」
こわいこわいこわいこわい!
さっきのこと、かなり根に持ってやがった。たしかに女の子が公衆の面前でゲロるっていうのは、俺が思っているよりもメンタルにきたんだろう。
「私と同じ立場の、一国の王子様、それも、これの原産国の王子様がゲロゲロすれば、みんなは私が吐いたことなんて忘れて、クリストフくんの方に気を遣うよねぇ?」
巻き込むどころか、なすりつけようとしてるだと?なにそれミナモちゃん怖すぎる!
「ということで、このヘルチリペッパーソースの原液を1本丸々かけたたこ焼きを、順番に1個ずつ食べてもらいま~す!先に倒れた方が負けってことで」
先に倒れた方がって、明らかに普通のロシアンたこ焼きとは別のゲームになっちゃったんですけど。
「でも、たかがたこ焼きで、倒れることなんてある?」
「ば、バカかぴょん!あれほどヘルチリペッパーソースをかけられた食べ物だぴょん。1口でも口の中に入れれば、果たしてどうなることか」
まあ、ミナモちゃんはゲロって倒れたけどさ。それはミナモちゃんが辛いものが苦手だっただけで、普通気を失うことなんてないんじゃないかな。
俺からしたら、なんでマサルくんがここまで焦っているのかわからないんだけど。
「マサルさん。もし嫌だったら、棄権してくれて構わないですよ?そうすれば二勝で俺の勝ちだし」
「そ、そうだったぴょん!ボクにはもう後がないんだぴょん。これは、ツキヨノさんたちをかけた神聖な戦いぴょん!これしきの試練で、彼女たちをあきらめるわけにはいかないぴょん!」
格好良いこと言ってるけど、語尾のせいでいまいち格好がつかないな。
「ナカサトマモル!ボクは絶対に負けんぴょん!残り2勝して、キミのハーレムの女の子たちとキャッキャムフフなお楽しみをするんだぴょぴょん!」
キャッキャムフフって、そんなことどうやってするんだか。
「それじゃあ、俺からで良いですか?」
「え?良いのかぴょん?」
「中里、もしキミが最初の1個で意識を失えば、こちらの王子様の勝ちになるが、良いのか?」
「別に、問題は無いと思うけど?」
どうせ最初の1個じゃ決着なんてつかないだろうしね。きっとこのゲームの本質は、大食い対決。
激辛たこ焼きをどちらが多く食べられるかという勝負になるはず。たしかに先攻は不利かもしれないけど、1個ぐらい誤差の範囲。
「それじゃあ、私が食べさせてあげるからね。はい、あ~ん」
スプーンにたこ焼きを乗せて、ミナモちゃんが口元まで運んでくる。うお、やっぱり匂いは生臭い感じできっついな。
なんでスプーンなのかと思ったら、たこ焼きの下に大量のソースが隠れていやがった。少しでも辛くして、食欲をそごうと言うことなのだろうか?
「あ~ん」
生臭さをガマンしながら、ミナモちゃんから差し出されたたこ焼きを口に入れる。それと同時に、大量に隠されていたソースも、口の中へと放り込まれた。
「ぐっは、辛ぇ!」
さっきよりもソースの量が多かったため、少し咳き込んでしまった。思った以上にソースの破壊力が強く、喉元がチリチリと焼けるような感覚が襲う。
「ナカサトきゅん、だ、大丈夫なのかぴょん?」
「ああ、うん。ちょっと辛くてむせたけど、まだ大丈夫ですよ」
「う、うそぴょん。あれを口に入れて、ちょっと辛いだけだなんて」
見栄をはって『ちょっと辛かった』なんて言ったけど、正直めちゃめちゃ辛かった。できればもう口にしたくないくらいには、口の中が痛い。
やっぱり先攻をとったのは失敗だったかな。お腹がいっぱいになる前に、体が口の中に入るのを拒否しそうだ。
「ふ、ふふ。なんだかんだと言って、実は市販の商品なんだぴょん?でなければ、あんな量のソースを口の中に流し込めるわけ無いぴょん」
「それじゃあクリストフくんにも、あ~ん♡」
「う、ミナモ姫?これ、やっぱり原液ではないか!こ、この量は明らかに常軌を逸している。む、むむむ、ムリだムリだムリだ!わ、私の負けで構わん!や、やめろぉ。やめてくれえええええぇ!」
「はい、王子様っぽくしゃべったから、どのみち罰ゲームだね。はい、罰ゲームのロシアンたこ焼き♡」
じりじりと遠ざかっていくマサルくんに詰め寄ったミナモちゃんは、マサルくんの鼻をつまんで、強引に口を開けさせた。
「ん、んんんんん・・・・・・う゛ぉええええええええええ!」
スプーンを口に突っ込まれたマサルくんは、盛大にゲロをぶちまけながら仰向けに倒れていった。
「勝者、中里護!2勝先取で、中里の勝利だ!」
最後まで司会としての役割を果たした久賀くん以外、まき散らされたゲロで阿鼻叫喚の地獄となっていた。
教室は、すぐにマサルくんの執事さんとメイドのロレーナさんがきれいにしてくれました。