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「お兄ちゃんはどっしり構えてるだけで良いから、しゃべったり、頷いたりするのもダメだからね!」
などと言われて、俺は貴賓室の上座でミナモちゃんと並んで座っていた。この後やって来る、フォルティア王国の貴族の子どもたちを出迎えるためである。
玄関まで出迎えなくて良いのか確認したところ、それは家格が同等か、下の場合だけとのこと。こちらが上の立場の場合は、出迎えは使用人に任せれば良いそうだ。
俺には使用人なんていないけどね?
「それで~、なんで月夜野さんまで一緒なんですか~?」
「別に、私は護くんの相棒なんだから、一緒にいて当然じゃないかな?」
うん。小雪も同席してくれてるよ。
小雪 俺 ミナモ
みたいな感じで座ってる。
「俺が真ん中っておかしくない?ミナモちゃんが真ん中に座るのが普通じゃないの?」
「まあ、そうだろうけど。私は護くんが変な言質とられないように同席してるだけだから、隣に座らないと」
小雪が真ん中に座ることはあっても、ミナモちゃんをセンターに据えることはできないってわけだ。
「失礼いたします。姫様、お客様がご到着いたしました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
メイドさんが一礼してドアを開けると、ぞろぞろと人が入ってくる。目を見張るような金髪の女子もいれば、リアルではお目にかかれないような緑髪やピンク髪の子もいた。
およそ20人の集団だが、そのうち制服を身に纏っているのが半数といったところか。
全員の入室が終わると、集団は俺たちの前で横2列になって並び、一斉に膝を折って顔を伏せた。
「皆、面を上げてください」
おお!これ、大河ドラマとかでも見たことあるヤツ。面を上げろって言ってるくせに、1回目で上げるのダメとかってヤツだろ?
みんなピクリとも動かないのはさすが貴族ってことかな。
「直答を許します。面を上げてください」
「「「は!」」」
一斉に返事をして、顔を上げる。『バッ!』とか効果音がつきそうなキビキビとした動きに、圧倒される。
この様子を見学会にしたらお金が取れそうだなぁ。
「皆、疲れはないようで安心いたしました。まずは紹介させていただきます。こちらが王妃様の兄、ナカサト公爵の嫡男、護様です。私とは従兄妹の関係になります」
全員の視線がこちらに集まる。思わず頭を下げそうになったところを、ミナモちゃんに足を蹴られて動きを止めた。
「こほん。今は従兄妹という関係ですが、世間で噂されているよう「なことは一切ありません!」のでって、月夜野さん!」
「?」
突然ミナモちゃんから声をかけられた小雪は、こてんと首を倒した。それにつられて、俺も首を倒してしまう。
俺に視線を集めていた貴族の子どもたちも、同様に首を傾げている。
「私と護様は「ただの従兄妹なので婚約や結婚なんて絶対にあり得ません!」から~!」
「そのとおり!」
思わず声をあげてうんうんと頷いてしまった俺を、鋭い視線でミナモちゃんは睨み付けた。すいません。
「ですが、陛下や王妃様からも護様と婚約「せずに王国内で嫁ぎ先を見つけるように」と言われていますので・・・・・・」
その言葉に、男子から「おお!」と歓声が上がる。あれ?そんな話し合ったっけ?
「月夜野さん?邪魔、しないでくださる?」
「姫様の邪魔なんていたしませんよ?私は護くんのパートナーとして同席しているだけですもの」
「パートナーとは言っても、ダンジョン探索のパートナーでしょう?」
「いえいえ、私と護くんは互いに相棒と言い合う仲ですから」
うふふおほほと、俺を挟んで微笑み合う2人。どこに笑いどころがあったのかを教えてくれ。
「仕方ありません。これ以上は何を言っても無駄なようですから、話を進めましょう。いつまでも皆をこのままにしておくわけにもいきませんからね。さて、最後にこれだけは伝えておきます」
そう言って、ミナモちゃんは目を細める。その深紅の瞳から向けられる視線は、重力の魔法でも使っているのかと思うほどの圧を放っていた。
「護様についてですが、私の血縁である事実はかわりません。護様に無礼をはたらくと言うことは、私、ひいては王妃様に無礼をはたらくことと同義であると心得てください」
にっこりと微笑んだ彼女を見て、子息子女たちは顔を青くしていた。こう言われて、俺にちょっかいを出してくるヤツはそうそういないだろう。俺のためにありがとうと言うべきか、圧の強さにドン引きするべきか。
「午後にお茶会を予定しておりますので、またその時にお会いしましょう」
ほとんど言葉を発することなく、子息子女たちは退室した。
ぱたり、最後の1人が出て行き、その扉が閉められる。足音は徐々に遠ざかり、部屋には静寂が訪れ――
「ちょっと月夜野さん!さっきの魔法はなんですか!急に私の周りだけ音が消えたと思ったら、発した記憶のない言葉が並び立てられたのですが?まさか、私に精神操作などかけていないでしょうね!」
急に立ち上がったミナモちゃんは、小雪に向かって大声でまくし立てる。それを涼しい顔で受け流した小雪は、笑顔で小首を傾げた。
「魔法ってなんのことですか?」
「さっき!あなたが!私に使った魔法です!」
先ほどの子息子女に向けた圧以上の圧力を発しながら、ミナモちゃんは小雪に一歩ずつ近づいていく。
剣呑な雰囲気を感じ取った俺は、目の前に差し掛かったミナモちゃんの脇腹に、人差し指を突き刺した。
「ひゃぁん!」
妙に艶のある声をあげたミナモちゃんは、そのままその場でへたれこんでしまう。圧力も霧散して、落ち着いたようだ。
「ちょっと落ち着いてよ。何があったのか、俺にもわかるように説明してくれない?」
「月夜野さんが、魔法で私の言葉を書き換えたんです!」
うんごめん。ちょっと何を言ってるのかわからない。詳細な説明を求めようと小雪の方に視線を向けるが、彼女は笑顔で首を傾げたままだ。寝違えたのかな?
「仮に私が魔法を使っていたとして、姫殿下の言葉をどう書き換えたって言うんですか?」
「私があの場で――」
「あなたがあの場で、護くんと実は婚約していますとか、従兄妹同士とかは関係がないとか、王様や王妃様に結婚するように言われているとか、そんなことを言うわけないですよね?だってあの場でそんなこと言ったら、国が2人の結婚を認めているっていうのと同義ですもんね?公式の場で、貴族の子息にそんなことを言ったら取り返しがつきませんよ?あの場はあくまでも護くんの紹介をする場で、下手に貴族の子どもたちが護くんにからまないようにするのが目的だった。そうする必要があるほど、護くんは貴族社会に疎いし、社交界での腹の探り合いもできない弱者です。まさか、一国の姫ともあろう方が、そんな卑怯なことをしようとはしませんよね?」
「あ、えっと、そう、ですね」
ずらずらと早口で長文を語って聞かせた小雪に、へたり込んでいたミナモちゃんはさらに押し潰されていくようだ。
追い打ちと言わんばかりに、小雪は鋭い視線をミナモちゃんに向けた。
「それで?私が魔法でなにか?」
「・・・・・・すいませんでしたぁ」
なんで異世界のお姫様がなんで土下座!と思ったけど、水姫さんは日本人だし、文化を学んでいても不思議ではない、のかな?それとも、異世界にも土下座の文化はあるのかな?
「ミナモ姫殿下、そのお姿は、い、いったい何をなさっているのですか?」
いや、きっと異世界には土下座の文化はないんだろうな。
部屋に入ってきたご令嬢の様子を見て、そう思った。