3-26
「うえぇ・・・・・・護くん、私、ちょっと・・・・・・」
8階層へ到着した。
したはいいんだけど、新治くんの背から下りた小雪は、四つん這いで口元を押さえている。
今回もゲロゲロで役に立たないなんてことはないと願いたい。
さて、8階層から7階層へ続く階段の前に魔獣の姿は見えない。
しかし、地響きが徐々に大きくなって来ていることを考えると、もうすぐそこまで近づいているのかもしれない。
そう言えば上野さんの姿がないけど、もしかして刀司たちを助けに魔獣の群れに突っ込んでったのか?
刀司も甘楽さんもケガをしているらしいから、かつての仲間のために・・・・・・
上野さん、漢だな。
「はぁ・・・はぁ・・・やっと・・・追いついた」
「うおおぉ!」
なんて考えていたら、階段から息を切らせた上野さんが下りてきた。
「え?なんで上野さんが7階層から?」
「なんでって・・・途中で・・・追い抜いてったんじゃん」
知らないうちに追い抜いていたらしい。そう言えば、小雪から端末を受け取っているタイミングで、上野さんの声が聞こえたような気がしたんだけど、あれは幻聴ではなかったようだ。
「とりあえず、うえ・・・ひかりさんは呼吸を整えてください。えっと、ドローンは・・・そっちか。視聴者のみなさん、刀司たちの様子とか、今どこにいるかってわかりますか?」
上空を旋回しているドローンを見つけて声をかける。
:ひかりちゃんを追い抜いてった執事服何者?
:はぁはぁしてるひかりちゃん、めっちゃエロいぜはぁはぁ
:↑通報しますた
:気持ちはわかるが今は非常事態だろ
:トージたちはまだ生きてるぞ
:速度がかなり落ちてる。このままだとたどり着けない
:もう少し!もう少しだからがんばれ!
刀司はもう限界なのか?魔獣の群れに追いつかれれば、無事ではすまないだろう。最悪の場合・・・・・・
「お、俺が!刀司たちを助けに―――」
「まあ待ちなってオロロロロロ」
「ぎゃああああぁ!」
慌てて走り出そうとした俺の肩を、小雪が力強く掴んだ。
そのせいか、小雪の口からはなんとも表現しづらいものが溢れ出し、俺の足下に散らばる。
けっきょくゲロっちゃうのかこの子は。
「ふう、すっきりした。そんなことより、護くんはここにいなきゃダメだよ」
「で、でも、たどり着けないかもしれないって」
「ふっふっふ。だからお迎えは、うちの優秀な執事に任せようよ!ついでにヒーラーもつければ完璧じゃない?」
そう言いながら、小雪の吐瀉物をテキパキと片づけている新治くんに視線を向ける。その視線を受けて、新治くんは嫌そうに顔を歪めた。
「お嬢様、自分がお2人を迎えに行くのは構いませんが、上野ひかりさんまで連れて行くのは承服しかねます」
「でも、甘楽さんは足をケガしてるんでしょ?藤岡くんも腕をケガしてるみたいだし。上野さんに回復してもらえれば、凪ちゃんが2人を担がなくてもすむよ。さすがの凪ちゃんでも、2人を担ぎながら走るのは難しいんじゃない?」
「しかし、それではお嬢様が中里護くんとふたりきりになってしまいます」
「別に、問題はないでしょ?護くんなら、私を絶対に護ってくれるもん」
「ですが、それではご当主様が―――」
「今は緊急事態です。お爺さまの言いつけなど、些末なこと。上野さんには浮遊の魔法をかけるので、すぐに出発しなさい」
「・・・・・・かしこまりました、お嬢様」
小雪はいまだに肩で息をしている上野さんの背中に手を当てる。
「え?え?う、浮いてる?」
その瞬間に上野さんの体はふわりと浮かび上がり、混乱したのか両手足をバタバタと振り回していた。
「それでは、行ってまいります」
新治くんは小雪に一礼すると、上野さんの手をとって走り出した。
「ちょっとおおおおおおぉ!なんなのこれえええええええぇ!」
ダンジョンに、上野さんの絶叫が響き渡った。いってらっしゃい。
「さてと、やっとふたりっきりになれたね、護くん」
「うん。そういうセリフはちゃんと口元拭ってからにしてね?」
さすがに口元に胃液が滴ってる女の子にはドキッとしないもんね。なんか、相変わらずって感じで落ち着くけども。
「上野さんとはどう?上手くやれそうかな?」
「いや、変に気を使ってばっかりだから、あんまり上手くいってるとは言えないかな。それに、上野さんはどんどん前に行って戦っちゃうからさ。俺って必要なさそうなんだよね」
「ああ、たしかに上野さんに騎士様は必要なさそうだよねぇ。でも、上野さんからもらったスキルは、一緒にいた方が効果的なんでしょ?」
たしかに、ひかりの盾には上野さんと一緒にいることでステータスに大幅なバフがかかるけど。
さっきみたいに、上野さんが1人で戦って、俺の出番がない場合はただの死にスキルだ。今のところバフの効果は実感できてない。
そもそも、自前で回復できるバーサーカーに盾役は不要だと思う。
「どっかに護りがいのあるお姫様はいないもんかね」
「目の前にいるんじゃないかな?」
「いや、小雪と組んでたときも実践で小雪を護ったことないよね?あれ?もしかして小雪と2人で実践って初めてじゃない?」
初めて10階層のボスに挑戦したときは後ろでゲロ吐いてたし、シザーラビットと戦ったときは『炎魔法が使えないから戦いたくない』って言って後ろで見てるだけだったし。
「ま、まあ?訓練では連携の訓練もたくさんしたんだから、やってやれないことはないよね?」
そう思いたいところだ。
少なくとも、刀司や甘楽さんの無事が確認できれば、体も少しはマシに動かせるだろう。
そう言えば、刀司たちも配信してるんだったな。少し怖いけど、状況を確認するために配信を確認してみよう。
無事に上野さんたちと合流できていれば良いけど。
『おい!なんで俺を担いでんだよクソ執事!』
『っち!魔獣の群れにあなたを放り込めないのが残念でなりません』
『ちょっとちょっとちょっとぉ!刀司くんはもう体力の限界なんだから、執事さんに担いでもらった方が良いってぇ。ボクは刀司くんのおかげで体力有り余ってるから自分の足で走っちゃうけどね~』
『てめぇマコト!煽ってんだな?煽ってんだろ?』
『ふっふっふ~ん、煽ってまっせ~ん』
思ったよりも大丈夫そうだな。魔獣との距離もだいぶ離れてるみたいだし、これならここに余裕を持って到着することができるだろう。
そう思うと、体が少し軽くなったような気がした。
しかしこいつら、後ろから魔獣の大群に追われてるっていうのに、随分と余裕があるみたいだな。思ったよりも数が少ない、とか?
「良かった。元気、出たみたいだね」
「ああ、おかげさまで」
「ふふ、まだ私はなにもしてないけどね。お礼なら、あとで凪ちゃんと上野さんに言ってあげて」
上野さんにお礼を言うのは別に良いんだけど、あの執事にお礼を言うのはちょっとなぁ。
お礼を言ったところで、『お嬢様のご命令ですから、あなたにお礼を言われる筋合いはありません。むしろ、気安く話しかけないでください』とか言われそうだ。
「さあ、調子が戻ってきたところで、準備でもしましょうか」
「準備?」
「そうだよ。せっかくだし、私たちもドローン使ってみようよ。チーム・スノーシールドで生配信、やったことなかったでしょ?」
言われてみれば、常にカメラマンとして大間々先生が同行してくれてたもんな。
小雪が端末の操作をすると、姿をドローンへと変えた。それはすぐに浮かび上がり、小雪の頭上でホバリングを始めた。
「じゃあ、いっちょやりますか。私が絶対護くんを護るから」
「ああ、俺も絶対に小雪を護るよ」
小雪は右手を握りしめ、こちらに拳を突き出した。その手に、俺は左手で拳を作ってコツリと当ててやる。
「がんばろうね、相棒!」
「おう、相棒!」