3-25
「随分とみっともない姿ですね。こんなところで何をしているんですか?」
女の子を背負った執事に、みっともないなんて言われたよ。今の俺はどれだけ情けなく見えているんだろうか。
誰かがいなくなってしまうと思ったら、恐怖で体が動かなくなってしまった。バディの上野さんには、役に立たないから帰れと言われてしまった。それでも、動くことができず、帰ることもできないでこんなところで叫んでいる。
たしかにみっともないな。
動けばどうにかできるかもしれないのに、なにもしないだなんて。
「ふん!」
バッチーンと乾いた音がダンジョンに響き渡り、俺の両頬にはヒリヒリとした痛みが走る。
鼻からたらりと生暖かいどろりとした血が流れ出しているので、かなり力加減を間違ったらしい。
でも、先ほどまでの足の震えはどこかに飛んで行った・・・・・・ということはないけど、さっきよりは動きそうだ。
「・・・・・・自虐趣味とは、とんだ変態ですね。ですが、幾分マシにはなったようですね」
「ああ、おかげさまでね」
「そうですか。自分たちは急ぎの用がありますので、失礼します」
「ちょっと待って。この先は魔獣の溢れ出しとかっていうのがあって危険だ。引き返した方が良いよ」
「・・・・・・やはり、大間々先生のおっしゃっていた協力者とはあなたのことでしたか。自分がお嬢様に同行して正解でしたね」
そんな嫌そうな視線を向けるなよ。俺にそういう趣味はないから、興奮なんてしないぞ?
どうやら新治くん、正確には小雪が大間々先生から要請を受けて8階層の入り口に向かっていたそうだ。
現地の協力者と一緒に、魔獣の侵攻を食い止めて欲しいと言われて。
誰が現地の協力者かは言わなかったけど、おそらく俺のことだろうと考えて、新治くんは無理矢理ついてきたのだとか。
いや、小雪1人だったらいつまで経っても8階層にたどり着けなかっただろうから、新治くんが背負って来てくれて良かったのかもしれないけど。
「中里護くん?随分と臆しているようですが、本当に魔獣を食い止められるのですか?足手まといになるのだったら、今すぐにダンジョンから脱出してください。あなたの代わりは、自分が務めますので」
「いや、大丈夫だよ。今気合いを入れたから。後は俺に任せて、新治くんはダンジョンから脱出しなよ。小雪は俺が負ぶっていくから」
「はあ?あなたのような男が、お嬢様に触れて良いわけがないでしょう!あまつさえ、お嬢様を背負うなど、言語道断です!」
「え?おんぶするくらい、別に問題無いでしょ?」
「大ありです!お嬢様を背負うと言うことは、最近成長著しいお嬢様のお体に触れると言うことです!特に成長されている双丘の柔らかさを背中で堪能したり、細い中にもハリと柔らかさ、なめらかさを内包した太ももを直接触るなど、許されることではありませんよ!まさか、ちょっと手を滑らせてお尻を触ろうと?」
「・・・・・・凪ちゃん、ちょっと下ろしてくれる?」
「え?お嬢様、何を?」
「いいから、下ろしてくれないかな?」
「し、しかし!」
「お・ろ・せ!」
「・・・・・・かしこまりました、お嬢様」
小雪の声、随分と久しぶりに聞いた気がするな。久しぶりすぎて、なんかすごい低い声に聞こえた気がする。腹の底にずんってきたわ。
新治くんの背中から下りた小雪は、前髪を整えながらこちらに歩み寄り、ぱっと笑みを浮かべた。
「なんか、すごい久しぶりな気がするね、護くん」
「い、いけませんお嬢様!ご当主様からのご命令が―――」
「黙りなさい!」
「も、申し訳ありません」
俺と小雪の間に体を滑り込ませてきた新治くんだったが、小雪の一喝で、びくりと体を震わせると、すごすごと小雪の後ろに下がっていった。
「正式なバディが組めなくてごめんね。それに、護くんを避けるようなことしちゃって」
「別に気にしてないから大丈夫だよ」
「ぶー、なんだよそれ!私は護くんとのバディが解消されて、さみしかったんだからね!」
学院に来てからずっと一緒にいたんだ。小雪と一緒に訓練するのも、ご飯を食べたり出かけたりするのも、俺にとっての日常になっていた。
それが急になくなってしまったんだから、俺だってすっごくさみしかったよ。
恥ずかしいから、絶対に言わないけどね。
「そう言えば、上野さんはどうしたの?」
「えっと、おいていかれちゃった」
「うええ!あの上野さんが護くんをおいてっちゃったの?本当に?」
「俺がビビっちゃったからかな、帰れって言われちゃったよ」
お恥ずかしい話だ。鼻血が出るほど強く頬をはたいて気合いを入れたけど、それでもまだ怖くて足が震えている。
「ねえ、護くんはどうしたい?」
「どう?」
「誰かを目の前で失うのが怖いから、戦いから逃げて外に帰りたい?それとも、みんなを助けるために戦いたい?私は、どっちを選んでも護くんの判断を尊重するよ?」
「そんなの、最初っから決まってるよ」
もう、俺の知らないうちに誰かがいなくなるのは嫌だ。
残念なことに、俺には戦うための力が備わってしまった。みんなを助けるための力が。
だったら、その力を使って、みんなを護りたい。
「でも、いざとなったら、怖くて動けなくて」
「そっか。だから上野さん、護くんのことをおいていっちゃったんだね。まったく、バディだってのに酷い話だよ」
「いや、悪いのは俺だから」
「そんなことないよ。バディなら・・・・・・相棒なら、何があってもちゃんと一緒にいなきゃ。だからさ」
そう言いかけて、小雪は俺の手をぎゅっと握った。その瞬間に、俺の体はふわりと浮かび上がる?
え?なにこれなにこれ!
「さあ、行くよ相棒!地獄の入り口まで、ね。ほら、凪ちゃん。早く負ぶって!」
「お嬢様、中里護くんと手をつなぐのお止めください。代わりに自分が―――」
「ほら、早く行くよ~!」
「わかりました!わかりましたから、せめて両手で掴まってください!中里護くんも、自分の服を掴んでくれて構いません。いえ、とっととお嬢様から手を離して、自分の服に掴まってください!」
「あ、はい」
物凄い剣幕で注意されてしまったので、俺は仕方なく小雪から手を離して、新治くんの上着の裾を掴んだ。
手を離したタイミングで小雪に不満そうな視線を向けられたが、何も言うことはせずに、すぐに新治くんの背に飛び乗った。
「それでは、行きますよ!」
瞬間、視界が高速で移動を開始した。
やっぱりあのときのランニングではかなり手を抜いていたんだな。とてもじゃないけど、俺もこの速度で走るのはムリだ。
「凪ちゃん、この先壁に突き当たったら左だよ」
「了解しました」
小雪が端末のアプリで地図を見ながら指示を出す。
でもこれ、後々大丈夫だろうか?
小雪ってけっこう乗り物酔いしやすかったような気がするんだが、地図なんか見ていて大丈夫なのだろうか?
「う・・・ちょっと・・・ダメかも」
「こ、小雪!地図は俺が見るから、小雪は前だけ見てて!」
「ご、ごめん。ありがとう」
さすがに魔獣が大量に溢れ出してる状態で、この前のボス戦みたいな状態になるのは非常にまずい。
俺が必死で魔獣を食い止めて、その後ろで小雪がゲロ吐いてるとか、考えると頭痛くなるわ。
「え?え?護?」
小雪から端末を受け取っていると、後ろから上野さんの声が聞こえたような気がした。
そう言えば、先行している上野さんはどこら辺まで行ってしまったんだろうか?早く追いつかないとな。
「新治くん、その先を右に進んで。後はまっすぐで8階層に続く階段が見えてくる」
「・・・・・・わかりました」
まだここまで魔獣は押し寄せてこない。どうにか魔獣の波が来る前に、8階層まで到着しなきゃ。